4.7 師匠
何だかとてもおそろしい夢を見た気がしたが、トゥエンはよくおぼえていなかった。目を探したとき、リーシャはまだ寝ていて、肩を揺するものをみようとしたら、頭に何もかぶっていない、寝癖のまだついたクレシアがいた。
起きたときにリーシャの姿がどこにもなかったから店にでてみたのだといった。しずかだったからどこかにいったのかもしれないと思いながら戸を開けてみれば、カウンターで寝ている二人。閉店の看板も出していなかったらしい。そういえば、トゥエンはリーシャが閉店のかけ札を外に出しているのを見ていなかった。
ベルクタープ・ギーエンのとどろきを思い出して外の天気をたずねてみたら、雲ひとつない青空だとクレシアが答えた。
「でも、トゥエンさんはどうしてここにいるのですか?」
「リーシャにエルボーのこととイーレイのことを報告しに、です。それと、ウェルチャさん、あなたのこと」
「わたし……ナイフをもつべきではないということですか」
「いえ、ちがいます。ウェルチャさんには、技術を教えないとかえってあぶない、ということです」
「ということは」
「ただし、勘違いしないでください」
一瞬にして目を輝かせるクレシアを、トゥエンは人さし指で制した。人さし指のむこうで表情のかたまるクレシアの表情に、トゥエンは愛想のよい笑みをうかべた。
「ウェルチャさんには相手を殺さずに相手をたおす方法を教えます。それだけじゃありません、武器をもつものとして肝に銘じなければならないことも身につけてもらいます」
「なら、わたしは何を準備すれば」
「覚悟をもってください。武器をもつ以上、大きな責任がつねにつきまといます。この意味は分かりますね?」
「命のやりとり、ですか?」
「そうとってもらっても構いません」
トゥエンはおもむろにとなりでまだ寝息を立てているリーシャに手をのばした。肩を揺すって、リーシャを起こさせた。はじめは寝ぼけたようなのろいうごきだったのが、クレシアのあいさつをきくなりとびあがって、まんまるの目で見てくるものだったから、トゥエンはニっと笑って頭をなでた。なでてもなお目がとびでそうだったから、おはよう、と声をかけた。
トゥエンはリーシャの目をさまさせて、それからクレシアのことを説明した。しだいに頭がさえてきたのか、ただ聞いているだけだったのが、徐々に相づちだのうなずきだのをかえすようになった。
一通りの説明が終わって、リーシャがたずねてきたのは武器についてだった。人を殺さないでたおすことができる武器は、リーシャも見当がついていないようすだった。
「そんなにむずかしいものじゃない。刃のないナイフだよ」
「刃がないの?」
「そう、これならきって人を殺すことはできないし、だけれどなぐったときのいたみで相手を封じられる。まあ、やりようによっては殺すことになるけれど」
「でも、それだけじゃただの棒とかわらないじゃない」
「だから、つばのところをいじって、剣のうごきを奪えるようにするんだ。剣がうごかせなければ剣士はどうしようもないからね」
たしかにいいかも、と答えるリーシャはクレシアに目をやっていた。とぎれた会話をつなごうとしないで、リーシャはクレシアをじっと見すえているようだった。クレシアに目をうつせば、彼女もリーシャを見ていた。とするよりも、にらみつけているといった方がよいかもしれなかった。
トゥエンはふたりの間のかけひきを感じとっていた。リーシャはクレシアのきもちをさぐっていて、クレシアはしずかに答えていた。そこに横やりをさしてしまってもうしわけないきもちになったが、はっきりさせなければいけないところがあって、トゥエンは言葉した。
「ウェルチャさん、約束してください」
「どんなことですか?」
「まず、やるからには途中で投げ出さないこと。あと、誰も殺してはならないこと」
「トゥエンさんのいうことなら」
クレシアはかすかにうなずいた。一歩うしろに体をひいて、トゥエンにむかって頭をさげた。トゥエンはその理由をわからないでキョトンとしていた。クレシアの、よろしくおねがいします師匠、との声が床にはねかえって耳にとどいて、トゥエンは体のなかから湧き上がる熱で顔がかゆくなった。
「あの、朝ごはんはもう用意してありますので」
厨房につながる扉にすいこまれてゆくクレシアとリーシャ。リーシャは、師匠ってなんかオジサンくさいよねエ、とケラケラ笑って、クレシアはもうしわけなさそうにトゥエンに一瞥していた。トゥエンはというと、はずかしさでイスから立ちあがれずにいた。
恥ずかしさは食事を食べ終わっても収まらない。顔が赤いまま朝食を共にしたトゥエンは家にもどるまで頬が熱っぽかった。
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