4.6 業物探訪
外では雨が降り出した。カウンター席に座っているトゥエン。ゴウゴウと地響きにも似た音が耳のなかでさわいでいた。この様子ではベルクタープ・ギーエンだと、外を見なくても分かった。
トゥエンはとなりの席で上半身をカウンターに預けているリーシャを見下ろした。トゥエンがだきしめている中で、彼女の声がしだいに弱くなって、ついに眠ってしまったのだった。ひきはなして席に座らせたのはいいが、このまま放置して帰ってしまうのもかわいそうだから、起きるまで待つことにして、そうしたら外で大雨が降り出したのだった。その先のことはまだ考えていなかった。
トゥエンは酒樽の近くにあるろうそくに目をうつした。はじめはナイフぐらいのながさがあったものが、いまでは親指ほどの大きさとなってしまっていた。ろうそくの根元が山のようになってしまっている始末で、とけたろうの一部は酒樽にしたたっていて、そのうえではつららができあがっていた。
トゥエンは目のやり場を手元のグラスにおいた。中身はとうにつきていて、底に酒がほんのちょっとたまっているだけだった。しかし、トゥエンの目には、そのグラスの中にいろんな言葉が入っているかのように見えていた。剣、ナイフ、心得、魔物、死。彼はグラスに目をおとしたとたん、あらたにクレシアのことを考えはじめたのである。
本当にたたかうために必要なことでよいのか? トゥエンがひっかかっているところはここだった。クレシアに武器をもたせるのでは、いまのままでは危なっかしい。トゥエンもリーシャも、武器はもたせたくないと考えていた。だからといって、身を守るためにはもっていて損なことはない。だが、それではクレシアが誰かを殺す可能性をけすことができなかった。
人を殺す能力をできるだけ抑えた武器がありさえばよい、トゥエンの考えはここまでいたってはいた。その武器がなんなのか、どんなものなのか、トゥエンは知らなかったし、分からなかった。ただひとつ、両手であつかう棒を使わせることも考えたが、木の棒で剣に太刀打ちできるわけがなく、だからといって鉄の棒は重すぎて使いものにならない。
トゥエンはふとカウンターの作業場に光るものがあるのをみつけた。腰をうかせてのぞきこんでみれば、それは酒をまぜるときに使っていた棒だった。かきまぜ棒に手をのばして、先端からもういっぽうまでを舐めるようにじっくり見て、それからナイフをもつときのようににぎってみた。棒を縦にして、じっと眺めた。
「これだ」
トゥエンは銀色の光にニヤリとした。頭の中でまさしく誰も見たことのないような武器がうまれていた。新しい武器はしかも、人を殺す能力のない武器だった。この棒をもっとふとくながくして、剣の攻撃にもたえられる、じょうぶなつばをつけてやりさえばよい。片手であつかうには手ごろな大きさだから、これを両手にもたせればよい。ただし、クレシアにはある程度筋力をつけてもらわなければならない、トゥエンの考えはめまぐるしく結論へといきついた。
トゥエンはかきまぜ棒をもとに戻そうと腕をカウンターのむこうへとのばしかけたが、そのとき異様なほどの疲れが頭にのしかかってきた。めまぐるしく考えをめぐらせた頭がつかれはてていたらしい、よっぽどふかく考えこんでいたのだなと自身に感心しながらも、頭がボーっとしてきた。
メイリアのための新しい武器をきたえなければならない。だが、考えつづけていた頭は彼の言葉を受けつけなかった。クレシアの武器だけじゃない、トゥエンはエルボーのことにだって頭を使っていたのだから、これ以上使える場所がないわけで。
トゥエンはカウンターの上半身をまかせた。腕を枕にして、顔はリーシャのいる左側にむけた。どこかのろうそくがきえたようで、リーシャの顔がうす暗くなった。その表情がとてもやさしげで、彼女のいる部屋だけが誰にもおかされない平和な世界のように感じた。だからまぶたがゆっくりおちてゆくときも、トゥエンは幸せな気分だった。
トゥエンが目をつぶったとき、樽の上のろうそくがきえた。
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