4.3 襲撃、のはずが

 外にでたら、目のまえに男が――料理屋での男が息も絶え絶えとなっていた。トゥエンと目があうと、男も料理屋でみかけたことを思い出したのか、声をあげようと口を何度も大きく広げた。ここはヤツの国じゃない、とぎれとぎれにそうのこすと、力をうしなってしまった。



 トゥエンたちはまず一本路地に入ってにげることにした。方向はしかし悲鳴や怒号の響いているほうで、まちがいなく市民が襲撃にあっている現場だった。走っているせいで、トゥエンの剣がチャカチャカと、一歩駆けるたびにうるさかった。



「市民たちを細い路地からにげさせる、そうすれば敵を相手にしやすいし、広いところをいくよりはましだ」



「はさまれた場合はどうする」



「ならシモフが先をゆけ。オレらがうしろをかためる」



「いやオレがうしろになる、連れがいるんだからうしろだと重荷だ」



「勝手な行動にでたらすてるからな」



「ああそれでいい」



 トゥエンは横のシモフに目でうなずいてから、ななめうしろのクレシアに気をむけた。クレシアはトゥエンの二歩うしろのところで、腕をめいいっぱい振りまくって、二人の速さにくらいついていた。でも、口はぱっくりと開いていて、閉じることをわすれていた。クレシアにとっては、追いつくのでいっぱいいっぱいだった。



 トゥエンは速度をおとしてクレシアと並んだ。シモフがうしろに走る場所をうつしたのをクレシアの奥にみとめながら、彼女の調子をたずねた。迷惑をかけまいとだいじょうぶとの答えをかえすものの、答えをかえすにも荒い息の合間から絞り出さなければならないほどだった。走る速さをすこしおそくしましょう、早口に吐き出して速さをおとした。クレシアがやや先をゆく形となったが、すぐにトゥエンと並んだ。かとおもえばうしろに下がっていって、トゥエンがちらっとみれば、大股で一歩うしろのところにくっついていた。まだ息はくるしそうだった。



 クレシアの息をけすかのようにして声が迫っていた。ときどき家と家との間から大通りをみると、一瞬ではあるけれども、地面に伏せる誰かがかならずいたから、よっぽどの数が殺されたようだった。女と男の叫び声がたてつづけに聞こえた。



 女と男の声。トゥエンはおかしなことを聞いた。同じ質の声を、さっきも聞いた。死んでいるならばありえないことだし、きられていても、きりかがよっぽどのヘタじゃないかぎり、どんどん力がなくなってゆくはずだった。なのに同じ強さで、質もかわっていない。耳で聞いたことをもういちど再生してみれば、複数の声の繰り返しのようにおもえた。シモフにたずねてみれば、彼も同じことを感じていた。



 トゥエンはひとつの道筋を見つけた。あまりにもいりくんだやり方におどろいて、立ちどまってしまうほどだった。



 イーレイを筆頭に町ぐるみでオレらをはめた――イーレイから襲撃までのことが一気につながった。イーレイが何かしようとしていて、その拠点をここに作ろうとしている、とひらめいたのだった。そのためにはトゥエンのようにイーレイのことを嗅ぎまわる存在がきえればいい。『騎士団をおしえるほど』の人間なら、人を助けにとんでくるだろう。通りで男が死んでいたのは、エルボーの中でも拠点に反対する人がいたということだ。



 どうしたんだ、とのシモフにトゥエンが答えたら、シモフはむずかしい顔をした。



「でも、どちらにせよ反対している人が殺されることをみすごすわけには」



「敵がおおすぎる。それに、どうして路地を走る市民を見ないんだ? この町の道をよく知ってる人なら、路地を使わない手はないだろう?」



「もう、助けなきゃいけない人はころされたのか」



「脱出できたのかもしれないな。すくなくとも、助けるべき人はもういない」



「わかったトゥエン、しかしだ。確認のために連中が本当にまねごとをしてるのかたしかめたい」



「なら、剣がガチャガチャならないよう押さえていけよ」



 シモフが声を出さずにうなずいて、壁ぞいに走ってゆく。両手は彼の得物に手をあて続けていて、とても走りづらそうにしていた。トゥエンもそのあとを追い、いちどだけクレシアに振りかえった。それからはずっとシモフのほうに目を光らせながら、他方でひとつの問題で頭がいっぱいだった。



 ひらめきの中にあった、『騎士団をおしえるほどの人間なら』は、どうすればイーレイの知るところとなるのだろうか?

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