3.7 剣の魔物

 料理を全てたいらげたあと、二人は町中を見てまわっていた。人の活気がある中、騎士団の服をその人々の中に見ることはなかった。そうしてから二人はイーレイ醸造所にいた。門は閉じられてはいるが、カギはかかっておらず、ちょっと体重をかけてみればズルズルうごいてしまう状態だった。馬を使ってどこかへでかける、にしては不用心だった。このまわりにも、騎士の姿はなかった。



 別にここへきたからといって目的があるわけではなかった。イーレイの名を聞いたからなんとなくでここにきてしまったのだった。クレシアはトゥエンに何か考えがあるのだろうとしずかについてきていたが、意味がないことを知るなり、急に不満をもらした。拍子抜けだったらしかった。



「てっきり潜入するかと思っていましたのに。だから夕方まで時間をつぶしたのかと」



「そんなことするわけにもいかないでしょう。そこまで力をもってるわけではありません」



「でも、やれば何か収穫があるかもしれませんよ」



「騎士団がどこで目を光らせてるか分からないんですから、そんな大それたことできませんよ。ウェルチャさんも知ってるでしょう、イーレイとこの町の騎士団にはつながりがあるかもしれないんですよ」



「どうくぐり抜けるかを考えないのですか」



「オレもウェルチャさんも、その手の技術をもちあわせてはいないでしょう」



「見張りはできるというのに!」



 クレシアは門扉に両手をかけて、ため息を地面にぶつけた。地面と頭のあいだを弱い風が吹くまで全然うごかないでいて、ふいてからであっても、手を扉においたままトゥエンの顔を見上げるのみだった。その目がまっすぐトゥエンの鼻をつらぬいていて、トゥエンが見たことのない目だった。このままでは中に入ってしまう、直感が体中に走った。



 トゥエンは反射的にクレシアを注意した。思っていたとおり、クレシアは中に入ろうと企てていたらしく、イーレイの情報をあつめないと、という名目でトゥエンを説き伏せようとした。そこでトゥエンは、もし何かあればリーシャが悲しむ、と名前を出した。



 リーシャの名を出したら、クレシアは門扉から右手を離した。中空の手はナイフの鞘をわしづかみにし、顔に視線をうつせば、醸造所に顔をむけていた。



 それでなんとかなったと安堵してしまうだろうが、トゥエンはそうはいかなかった。



 トゥエンはその光景を、剣術修行をしていたころにときたまみたことがあった。剣をもったことのない人が剣をもったとたんに強気になってしまう、いわば剣にのまれてしまったかのような現象だった。いつムチャをしでかしてもおかしくない状態である。



「わたしはジーンさんを助けたいのです」



「ウェルチャさんは勘違いしてます。いまのウェルチャさんではリーシャを助けることなんてできません。できるとしても、足をひっぱるだけです」



「なぜそんなにもひどいことをおっしゃるのですか? できます」



「ではウェルチャさんはそのナイフで何をしましたか」



「それはまだ、教えてもらったばっかりですから」



「つまりあなたは何もしてないんです。お分かりですよね。十分な訓練もないんですよ。もしこれでもできるというのなら、ウェルチャさん、あなたは武器をもつにはまだ早すぎるということです」



 トゥエンはクレシアに一歩で密着するほどに近づいた。腰の鞘をつかんで、むりやりひきはがした。鞘と腰ひもを縫い合わせていた糸がブチブチ悲鳴をあげるのを無視して、ナイフを鞘ごとうばいとった。ナイフをひき抜いて門扉を前にして振りあげると、本気でたたきつけた。かんだかい耳障りな音が響いた。刀身の先端がトゥエンの頭上へとびあがり、醸造所の敷地に突き刺さった。刃が陽の光で輝いているのに対して、折れた断面はすっかりくすんでいた。



 トゥエンの顔つきはいまだかつてないほどに険しかった。まゆ毛も目じりもこれ以上ないくらいにつりあがって、まるで物語にでてくる怪物のようだった。ナイフにこびりついていた怪物、人にムダな自信をつけて、無謀をやらせようとして、命をないがしろにする怪物。トゥエンがクレシアをなんとかしようと考えた結果、クレシアにとりついた化け物を倒したのだった。そのために、トゥエンはその化け物並のすさまじい形相になってしまった。



 宿にもどります、という言葉に、クレシアは肩をびくりとさせた。トゥエンがクレシアの手首をつかむと、彼女はいたみに顔をしかめた。



 おオい、とのいきなりとびかかってきた声に肩をちぢこまらせたのはトゥエンだった。クレシアの手首を話して声のあった通りの反対側を見てみれば、小隊長のものとはすこしちがう――金糸がいくらかおおめに使われている騎士服のシモフがいた。目があうと、彼は斬撃剣をチャカチャカならしながらかけよってきた。



「こんなところで何をしてるんだ、折れたナイフなんかもって」



「連れに『剣の魔物』さ」



「ああ、自信過剰になったわけか。で、どうして」



「仕事さ。シモフ、お前は休暇、ってわけでもなさそうだな」



「こっちも仕事だよ。あとよ、その連れの人は」



「オレの弟子さ」



 クレシアの方をちらっと見てからこたえるトゥエンに、鬼の表情はなくなっていた。

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