3.6 耳を傾ける人々

 しかし、クレシアは剣士ではないし、いまのところ強いわけではない。考えれば考えるほど、自分にクレシアを守りきる自信がないことのあらわれなのではないかと疑ってしまって。料理屋で奮発した食事を前にしても、トゥエンはよい気分ではなかった。目の前でクレシアがしあわせそうに肉を口にしているのをちらっと見て、何を思ったか、よけい暗くなってしまった。



 会話がないことにたまりかねて、クレシアが食事の手をとめた。



「だいぶ思いつめた様子ですが、どうかしたのですか?」



「いえ、ちょっと考えごとを」



「仕事に関係が?」



「いえ、そういうことではありません」



 ハナシを切りあげて肉だんごにフォークを突き刺したところ、クレシアはハナシのつづきをねだった。ハナシを聞いて何かできないかと思いついたようだった。しかし、読者であれば、トゥエンができれば話したくないことであるのは分かっているだろう。案の定なんとかしてはぐらかそうとするトゥエンだったが、クレシアはひかなかった。



「剣士には自分で答えを見つけなければならない問題があるんです」



「その問題は剣士以外では考えちゃいけないものなのですか」



「ウェルチャさんも考えたことがあるでしょうし、これからも直面することです」



「それは、いったい」



「だからそれは、いずれ分かることでしょう」



 トゥエンは肉だんごを口につめこんで、外を見た。壁や窓が一切なくて通りからはまる見えなだけあって、通りをいきかう人がよく見えた。朝の奇妙なしずけさはいずこで、初日に街をみたときの活気がもどっていた。通りを逸れて店内に入ってくる人も、外で看板を見上げるところからはっきりと見えた。



 トゥエンの肩がびくりととびあがった。前ばかりを見ているなか、トゥエンの横に背後からとつぜん二人組があらわれたせいだった。いや、のみならず、そのとき耳にした言葉の中にイーレイという言葉があったのだ。



 クレシアはまだトゥエンの悩みをききだそうと口を開くのだが、言葉がでてくるすんでのところを、トゥエンは手のひらを見せてやめさせた。クレシアを剣士のとがった目つきで一瞥して、それから目をつぶった。いらない世界を消し去って、トゥエンは音だけに頭をはたらかせた。



「トラハヒェブを二つ出してくれ」



「かしこまりました」



 足音が少し。



「――それで、お前はどうするんだ」



 小さな声でささやくように。



「バカかお前は、そうでもしなきゃ仕事ができなくなるだろ」



「痛エな殴ることないだろうが」



「とにかく、あいつのいってることが正しいかどうかは知ったこっちゃねえ。あいつに従わない限りはこの町で商売できない」



「俺はな、あの野郎のことは気に食わなくてしょうがない。商売なら他の場所にいってもできる。ボブネなんかがよさそうだ」



 とつぜん第三の声が二人の会話にわりこんできた。その男もイーレイにはよい印象をもっていないようで、味方するしかないといったヤツを、けなし半分説得半分でまくしたてた。声も大きくなって、店員のなだめる声が聞こえてきた。



 トゥエンは目を開けた。クレシアの奥で男がいまにもケンカをはじめようかとしているところだった。クレシアも身をよじりながら一部始終を眺めていて、時々トゥエンに振りかえって、その目がおびえていた。眉尻がすこしばかり下をむいていた。



 トゥエンは店をでようと、腰のあたりから銀貨を取りだした。間髪をいれずに行動をおこす必要があると気づいたからだった。が、連中はとたんさめてしまったようで、席にすわったかとおもえば木のジョッキをイッキのみして、トラハヒェブを注文した。大声のせいでしずまりかえっていた店のなかが、ふたたびざわめきだした。



 クレシアがはっきりとききとれるぐらいの息をもらした。下を見ながらの息、顔をあげたら、犬のしっぽみたいにおびえていた眉尻がいつものややつり上がった見た目に戻っていた。



「トゥエンさんがハナシをさえぎってなんだろうと思っていたらこれですから、何だかひやひやしました」



「すみませんね、ちょっと気になったものでしたから」



「あの男の味方になるのかどうか、ということですね」



 クレシアは要点を分かっていたようだから、食事を終わりにしよう、とトゥエンは次にいうつもりだった。しかし、クレシアはその前にフォークをとった。肉だんごのつけあわせについていたイモのあげものを口にした。味の広がりとともにほころぶ彼女の笑みがトゥエンをとろけさせてしまって、出しかけた銀貨をもどしたのだった。

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