3.5 鮮やかなフードの色

 離れている町を眺めている風には見えるが、トゥエンはすっかりうわの空だった。なぜかというと、決闘まがいの武器のたたきあいが頭の中でくりかえされているから。



 とりきめ、つまりトゥエンが攻撃してはいけないことをたしかめてから訓練がはじまった。まっすぐにふみこんでナイフをふるうクレシアを、トゥエンはコリシュマーデの根元ではらった。すると素直なことに、あいた空間めがけてナイフがはしった。それも剣ではらわれる。ときどきナイフをはらうのではなくうけとめたりもするけれど、おさない戦術のナイフを一流の剣でもてあそんでいるという単純な構図はおわるまでかわらなかった。



 クレシアはトゥエンの目がとどくところでヒマそうに歩いていた。地面を見下ろしながら草をけりとばしては、草のかけらがとびちってゆく様子を目でおっていた。手はうしろでくんでいて、鞘におさまったナイフが絡まる指にはさまっていた。



 トゥエンが全体を思いかえすのは一度だけだった。しかし、何度もくりかえしていた。ナイフに絡まってはなれない手から放たれる一撃。ふりかぶったところからコリシュマーデにぶつかるまでを何十回も見なおした。あまりに分かりきっていて、よいところがどこにもない場面だが、トゥエンがみつづけていたのは目だった。まっすぐに急所をみすえてゆるがない目。最近教えたどの騎士もまっすぐだった。よけいなことを考えてない、すみきった目のうつくしさは、王宮騎士団の目にみたことがなかった。団員の中に見たことがあっても、ごくまれにやるシモフとの決闘の中に見るのみだった。



 ぼうっと目のことを考えていたら、クレシアが声をかけてきた。



「いろいろ考えてみたのですが、ナイフでは剣を相手にするのはひと苦労しますね」



「力も攻撃範囲もおとってますからね」



「となると、大事になってくるのが俊敏さなのですよね、攻撃をされる前に攻撃することになりますから」



「そうとはかぎりません、大事なのは目です」



「目でどうナイフを生かすのですか」



「剣だって攻撃範囲をはずれればあたりません。ぎりぎりのところでよけられさえすれば、そのあとにあるのは」



「相手は剣を振り下ろしきるまで対応できない、ということですね」



「まさしく。ぎりぎりでよけて、すかさずあいた空間を刺す。それも一刺し、一斬り、一撃必殺で」



「ですが、それでは護身というよりも必殺術ですよね」



「もしあれなら、急所をつくのではなく、手首を斬りでもすれば、剣はもてませんよ」



 だが、トゥエンが思い出す限り、クレシアは急所をねらっていた。クレシアはもしかしたら身を守るということと相手をあやめることの区別がついていないのかもしれない。あのときの彼女の目はトラだった。分別がついているのかどうかはともかく、クレシアはトゥエンを殺すつもりでとびかかっていたことだろう。



 獣人であるクレシアはやはりどこかで人間を恨んでいるのだろう、とぼんやり考えながら町に目をやったら、町からでてゆく一団をみつけた。イーレイがまたいでいたような馬をしたがえているわけでもなければ、大きな荷物を手にもっているわけでもなく、むしろ手には何ももっていないようだった。目をこらして見ていれば、頭にフードをかぶっていることに気づいた。だが、よく知る麻色のものではなくて、赤い色のフード。



「ウェルチャさん、赤いフードなんてものもあるんですか?」



「麻のですか?」



「分かりませんが。ちょうどいま、赤いフードをした人たちが町をでてゆくのを見まして」



「獣人の人たちはフードを自分であんで作りますから、染めることはめったにありません。染めるとしても、染料は高いですし」



「ではすぐ手に入るもので染めたというのは?」



「アカネの根でならあのぐらいに染めることはできるでしょうが、メルヒェンドよりも北にいかなければ生えてないものですし」



「どっちにしろ高いんですね」



 クレシアの相づちを待たずしてトゥエンは腰をあげた。赤フードの連中がいるほうへ五歩、大股ですすんで、猫背になりながらも一団の様子をうかがった。進行方向をひたすら見ていて、たがいに言葉をかわすそぶりも見受けられなかった。重苦しい空気のなか、腰にさがっている細長いものだけがきらきらと陽の光で輝いていた。



 どうやら剣士らしい。獣人でいて剣士となると、なんらかの志をこころに秘めて剣をもった人なのだろうとトゥエンはぼんやり考えた。やはり国を倒すためにほどこしをうけたのだろうか、それともクレシアのように身を守るための剣を身につけたのだろうか? いろんなことを考えて、さいごにいくつか、剣士にとってとても大事な志をならべた――人を守るため、剣をきわめるため、世の中をかえるため。



 トゥエンは剣を抜いて、刀身のくびれをみつめた。コリシュマーデ独特のくびれは、男のようなほかの剣とはちがって、女のような気品がある。のみならず男らしいするどさがある。歌劇でえがかれるような、強くてまっすぐな志をもつ女。コリシュマーデを別の言葉でいいかえればこんなところだろうか。



「トゥエンさん、町にもどって何かたべましょう、練習したらお腹が減りました」



 そんなことを思ったのも、クレシアとコリシュマーデが重なって見えたからにほかならなかった。

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