3.5 太刀筋を見る

 ため息のあと、建物によりかかりながら、これからどうするかをクレシアにたずねたところ、訓練をしたいと言いだした。そこで防具がないことを考えて彼は調達しにいこうと提案するも、『訓練』の一点張りだった。トゥエンは防具の大切さを教えようとするも、たかい塀の外へ引っ張り出されてしまった。



 クレシアはけっして強引ではなかった。トゥエンをトロトロにとかしてしまうぐらいの笑顔で、こわさで服をつかんでいた手はトゥエンの手首をだきしめて、目は進行方向とトゥエンのいろんなところをみつめていて。目。鼻。口。口角のわずかなテカリ。耳たぶのうぶ毛。まゆ毛の尻。一歩あるたびにゆれる前髪。



 まるで飼いネコをみる目でクレシアは見つめていたわけだが、トゥエンの指導下に入ると、たちまち『ヒョウ』の目となった。



 指導下というのはあまりしっくりくる言葉ではない。もっとはっきりと正しく示すのであれば、ほとんど眺めていた、とするのがよかった。トゥエンがまなざしをむけていなかったのは、クレシアが訓練のはじめにしたふたつの質問のときだけだった。ひとつは剣ではどのような振り方をするのか、それと、どうやって攻撃を繰り出すのか、だった。答えにトゥエンは剣を振るってみせた。途中でひとこと、これが斬撃剣、これが刺突剣、と口にして、斬撃剣と刺突剣それぞれの振り方と攻撃をきりかえた。



 見せただけのトゥエンは、それからはクレシアからやや離れたところに立って、ナイフを振るう姿と汗、あるいはナイフを見ながら考えこむ姿をみつめるのみだった。彼の目はナイフのうごきのするどさにはっとし、腰のうごきに恍惚とした嘆息をついた。ナイフをもっていないほうの握りこぶしのうごきの強さに圧倒された。



 クレシアは筋がよかった。体全体のうごきがひとつとなって、ナイフにつたわっていた。地面をふみつける脚の力が、腰をまたたくまにつきぬけ、彼女がまとう緑色のオスェンにかくれているたわわな乳房をはねあげ、ナイフにとどいた。ナイフの先端が空気の中をかけぬけ、空気がさけて悲鳴をあげた。何度が空気を切って、クレシアはナイフをうしろにひいて、柄にもう一方の手を巻きつけた。空気をこれいじょうないほどにらみつけたと思ったら、脚と腕とでナイフをつきさした。クレシアの右脚と腕がめいいっぱいのびていた。



 はじめて武器を振るったとは思えない身のこなし。もし経験がないというならば天才ということができるほどの体づかいのうまさもさることながら、クレシアの所作はトゥエンを魅せてしまった。ちゃんとした訓練――騎士としての心構えや体の鍛錬、技術と剣をもたせることができればどれほど幸せなことか、とナイフに心を奪われそうになりながらも考えた。自分を守るだけではなく、人を助けることもできる立派な騎士になれることだろう。



 そのため、これから近いうちに起きるだろう戦いが恨めしくなった。起きるとはまだはっきりしていないが、騎士のかんというやつだろう、未来の戦いのことをやんわりとつたえていた。しかし、全てがカンというわけではなかった、対立がはっきりとあらわれているなか、戦いがいつ起きてもおかしくない。イーレイがひきおこしかねないのだ。



 クレシアはながいことナイフをつきさしたままでいた。まるでトゥエンには見えないなにものかがそこにいるかのようで、トゥエンはとたん緊張してきた。ずっと見とれている間、クレシアは戦っていた、ただの給仕だった彼女が敵を相手に、そのうえトドメをさした。いまさらになっていろんなことに気づきはじめたトゥエンは、緊張の次に心の内側から膨れあがってくる、なまあたたかい幸せな気分を知った。



「あの、トゥエンさん」



「どうしたんですウェルチャさん」



「ちょっと休憩してから、相手をしてもらえませんか? その、やってみたらどうなるのかをたしかめたいので」



「しかし、ウェルチャさんは今日はじめて武器をつかったのではないんですか?」



「でも、すぐにでもつかえないと護身にはなりませんから」



「そうですね、すぐにも」



 トゥエンは意地のわるいことに、指導者としての厳しい目をむけてしまった。すぐにでもつかえて、どんなにつかれていてもできなければならない。トゥエンはコリシュマーデをひきぬいて、クレシアにとがった剣先をつきつけ、剣先ごしにその姿を見つめた。クレシアは一瞬うつむき気味に笑みをうかべ、ついさっきしまったナイフで応えた。

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