2.6 焼きならし
かえってきたトゥエンは、黒のチュニックにきがえ、部屋中の燭台にろうそくをともして、最後には火床にも火をいれた。火床の炎が安定してから炭をたして、横のふいごで空気を送った。中をとおってくる熱風があつさをとおりこえて、ほおを痛めつけた。まだ熱が足りない。火床の温度計は自らのほおだった。
頬のあつさ加減がトゥエンに適温であることを知らせた。トゥエンはすると部屋のはじっこにある木箱から、丸い、ちょっとゆがんだ金属棒をもってきた。丸い金属棒といってもいろいろな鉄をくみあわせて作った、トゥエン渾身のものである。酒場での『一日で一本できればいい』といったのはこの棒があるからで、一から作るとなると、一日と半分ほどを棒作りにささげなければならない。
その棒を、火床の中にすっぽり入れた。ある程度まで熱したら火床の外で冷やして、焼きならしをして棒の中にあるひずみやむらをとる。それからコリシュマーデの形にきたえてゆく。
焼きならしの工程をこなしてゆく間、トゥエンは何も考えなかった。どんなことがあっても、トゥエンは、火のまえでは何も考えることのできないただの人形だった。鉄や火床がうったえるがままに黙々と棒をきたえ、火床の火を守り、鉄のかたさをも見極める。焼きならしがおわって本格的にたたきはじめるというときに日がのぼったことを、彼は知らなかった。
だが、人形を人に戻すものが、昼になってやってきた。二階からクレシアがおりてきたのだった。トゥエンはというと、三角の棒を先端にかけてほそくしてゆく工程のなかば、なかばといってもほとんど終わりというところにあった。
トゥエンさん、とクレシアがよぶも、たたきつづけているトゥエンはできかけの刀身にしか五感がはたらいておらず、ひたすら先端の部分を細かく叩いていた。根元の太いところから、細くなるところにいたってはすでに形はできていた。三角の断面を保ちながらも、先端をとがらせる。
トゥエンは前かがみになっていた上半身をおこし、上へ息を吐き出した。鼻の下の汗がほおに流れた。ほおからこぼれて、チュニックにおちるものの、たちまち見えなくなった。右手の金づちをおいて、汗を拭うと、彼は刀身をもちあげた、両手で、道具ではさんで。右に左に、とひねりながらブレがないか確認を――ここまでで何回やったかはかりしれない――した。それからトゥエンには息をつく間もなかった。全体に数種類の泥をぬり、火の強さを抑えた火床の中に入れて、焼き入れにうつった。
トゥエンは火床の口をひたすらにらみつけた。眉をこがさんとしているかのような熱が噴き出していても、トゥエンは目をそむけようとはしなかった。何度もパチパチとまばたきして、刀身がさけぶ声を見つづけた。声を見極め、火床から取りだし釜の中の水をさした。たちまち白いもやがわきあがり、部屋をむしあつくした。
クレシアが声をかけられたのは、このときだった。声を聞いたトゥエンは水蒸気の中からクレシアの前にでてきた。トゥエンが見たクレシアはフードをしていなかった。クレシアが、お昼まで寝坊してしまってすみません、といったものの、トゥエンには寝坊というよりもいつが朝なのかを分かっていなかった。昼がきたことも知らなかった。
「いま、何をなさってるのですか?」
「剣をかたくする作業です。これから、火床で熱して、それを油で冷やして頑丈にします」
「素人には分からないです」
「そうでしょうね」
トゥエンは油の炉の火を入れる口をのぞきこんで、炭をなげいれはじめた。二の腕大の炭は、黒い口の中へまたたく間に飲みこまれてしまった。十本ぐらい投げいれ、つづけてまきを三本たべさせる。五回くりかえして、火床の剣に振りかえった。
トゥエンにとってみればなんともない作業であるけれども、クレシアは興味津々に彼の手を見ていた。油のにおいもなんのその、油で満たされた釜によりかかって彼のうごきをのぞきこんでいた。耳たぶの毛をいじりながら、口をわずかに開けていた。
トゥエンはちらりとクレシアのまぬけ顔をみやるも、すぐに目を口に戻して、石と金を手にした。火花を草にかけつづけながら、口をひらいた。
「ところで、ウェルチャさんはいつ酒場にもどるつもりですか?」
「昼間はであるきたくないので、できれば陽がしずんでから、と思っているのですが。あ、でも、トゥエンさんがでてほしいというなら」
「いえ、人とあう予定があって家をあけなければならないので、留守番をしていただけるならだいじょうぶですよ。ただ、仕事上人が来ることもありますので、でないようおねがいします」
「もちろん、分かってます」
クレシアの細長い目をちら見したとき、大きな火花が草にとんで、草を燃やした。あっという間に燃え広がって口の中が赤くなった。炉から離れるよう、トゥエンはクレシアにいった。
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