2.7 謁見と衝突

 トゥエンがあう人というのは、国王だった。できれば早いうちにあいにいきたかったのだが、クレシアが作った昼食をたいらげて、コリシュマーデの焼き戻しと刃のとぎをやっていたら、クレシアを送るまであと数十分といった時分になってしまった。その人と話をする時間は十分もない。いいや、ふつうの人間であれば名誉と考えるところだが、トゥエンはなるべく早いところすませてしまおうと、できることならば一分以内でかえってしまおうと心にきめていた。国王にあうにしては、彼がきているのは黒のオスェンであり、簡素にして無礼だった。



 国王がいる部屋のまわりは真っ白で、扉を背にして立つ騎士の姿には全くにあわなかった。貧相な――といっても世間としてはかなり豪華だ――服装は下っ端の騎士だ。トゥエンを前にする騎士の表情もまた騎士らしからぬ、オドオドとしたようすだった。目が泳ぎだしたのはトゥエンの手を見た瞬間からで、彼のことは『さま』をつけてよんだ。



 中の内装もまた白かった。ひとり分にしては大きな寝床が真ん中にすえられていて、その横には青いオスェンをきた女がひとり、トゥエンに頭をさげていた。いっこうに顔をあげるきざしはなかった。



「トゥエンか、よくきたな」



「あんなものを目のまえで見てしまっては来ないわけにはいくまい」



「お前もあの場にいたのか」



「ええ、それで具合は」



「小隊長のおかげでこの通りだ。小隊長は死んだようだが」



 大きな顔面で、はげかけた頭。顔だけをみればたんにブサイクな男であるが、これがこの国の主だった。獣人に屋外劇場にて殺されかけた当人である。いまはかけ布をかぶっていてみえないものの、その下は包帯だらけのはずだった。



「やり方をかえる気にはなりましたか?」



「いまの国内情勢では、こうするのが一番安定するのだ、お前にはわからぬことだろう」



「犠牲を最小限に抑えるのが国の長としての責務だろう」



「これが最小限だ」



「おおすぎる」



「ならどこかの町を差別するか? そうすればお前はそれにも反対する、ちがうか?」



「そのときはもっと大きな運動になる」



「だから『最小限』なのだ。抑えることのできるぐらいの抵抗ならば問題ない」



「騎士団の剣士が死んでるんだ。できていないじゃないか」



「騎士はいくらでも志願するさ、王宮騎士団の名は名誉だからな」



「なんのための国王だか」



 トゥエンは女の横をとおって窓に立った。見えるのはすべて王宮の敷地だった。きれいにしかれた石畳は、町のものとちがって白く、王宮ではたらく人間たちも、白を基調とした制服にそでをとおしていた。石畳につまずくひとりを見つけて、トゥエンはにやっとした。



「いいかトゥエン、いくらトゥエンだからといって、獣人に加担することはゆるさない。もしそうするなら、どんな手をつかったって、お前を殺す。騎士団といっしょになって、ハプスブーグ家を守れ、国を守れ」



「騎士団に入った新人団員にはいつもこう問題を出してる。『自分がもっとも大事にしているものが悪をはたらくとき、騎士としてどうすべきか』、オレがどう答えるか分かるか?」



「それは、国を」



「ざんねん。国は、オレにとってもっとも大事なものじゃない。では、これで」



 女の横をとおって部屋をあとにした。けっきょく、女はトゥエンがでてゆくまで頭を下げたままだった。



 さて王宮から一刻も早く離れたいトゥエンだが、足早に廊下を歩いていたところ、シモフによびとめられた。遠くから走ってきたのか、ずいぶんと息がとびはねていた。こっちだ、とよばれてついていったら、シモフの部屋だった。なかば強引だった。



 部屋に入るなり、シモフが部屋の真ん中にしゃがみこんだ。どんなことを話すのかが分かったトゥエンも、彼の横にしゃがんだ。部屋の真ん中でする話といえば、大なり小なり関係なしに、外の誰にもきかれてはまずい内容だった。二人で王宮でのいたずらを企てたときも騎士団をおそったときもこうやって計画を練ったものだった。



 お前は、とシモフがささやいた。



「お前は、どの立場をとるんだ」



「はっきりはしてないさ。ただ、はっきりとした所属ってのはないだろうな。所属がつけばうごきづらくなる」



「こっちに作ってのもなしか」



「ああ、いまのところはな。獣人差別の圧政をしてるわけだから」



 トゥエンは背筋をのばして窓に振りかえった。聞こえないような声で話をしているとはいえども、『何かおかしなことをしていた』と知られれば、二人が、特にシモフがうたがわれてしまうこととなる。それだけはさけたかった。



「ただ、獣人側で不穏なうごきがあれば、不穏といっても勢力内でのハナシだ、それはできるだけ伝えたい。もちろん、騎士団の中でそんなうごきが見られれば知らせてほしい。これは二人だけの極秘」



「ああ、剣にちかう」



「これからは玄関先に剣をさしておく。練習用のヤツだ。何もないときは斬撃剣を二本、何かあるときは刺突剣を一本」



「そんな毎日お前のところにいけるわけじゃないぞ」



「そうか、なら、その時その時に来てくれ。情報があれば教えよう」



 この提案はかなりあぶない橋だった。銀貨二十六枚の損どころではない。ちょっとでもヘマをすればシモフにウソをつかまされてしまう。剣にちかいをたてた人間で、かつてからの友達なのは事実だが、彼は騎士団に身をおいている。騎士団としてウソを話すこととなるかもしれない。ただ、これはシモフ側にもいえることで、うまく利用すれば騎士団を一網打尽にもできる。



 だとしても、今回、トゥエンは騎士団をけすことが目的ではない。



「トゥエンはこれからの戦争の中で何をするつもりなんだ?」



「戦争は人の本性がよくでるもの。その中で和平のじゃまになる人をけす、人間も獣人も関係ない。ただ、この戦争で人間も獣人も大差ないって分かってくれれば一番いいんだけれどね」



「お前は仕事をまちがえたよ。傭兵になってれば大金持ちだ」



「金のために人を殺すのは剣にもうしわけない」



「そいつはお前らしい」



 シモフはにやりと顔をゆがませて、床に手をついて立ちあがった。窓のある方にゆっくりと脚をすすめた。シモフの背中を見ながら、トゥエンも腰をあげた。



「もし戦場であうことになったら、俺らは敵同士だな」



「オレの家以外であうとなればすべて」



「いつかこうなるとは思ってたけど、いざなってみるとヘンな気持ちだな」



「戦争が終わればもとにもどるさ。ま、両方が生きてればの話だが」



 冗談に聞こえない冗談をいって、トゥエンは扉へと歩いていった。ちらっと窓に目をやったが、だいぶ暗くなっていた。

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