2.5 起源論について
トゥエンは酒場にいた。クレシアは寝てしまい、抱きあげてはこんでくるのもあれだろうと思い、家に寝かせたままだった。部屋を灯すろうそくはいつもの半分もゆらめいていなくて、カウンターの上ではシーペのボトルがこけていた。マーターの顔は、薄闇のなかでも赤かった。ボトルが空になったときに、トゥエンがグラスをとりあげなければもっと赤くなっていたことだろう。
「どうしたんですかそんなに飲むなんて。さすがに客がひとりしかいないとはいえ」
「すいません、コトあるとお酒に走ってしまうのがわたしのわるいくせでしてね」
「きのうからそうですよね。何かあったんですか?」
「ちょっと、口論しましてね」
「そうでしたか」
マーターは空のグラスを取りだしてトゥエンに背中をむけた。またハチミツ酒に手を出すのかとカンがはたらいて腰をうかせたのだが、そそがれるのは一回だけで、みえるようになったグラスはアワをふいていた。
「この世界にはまず獣人がうまれて、獣人から人間がうまれた。お客さんはそのことをご存じですか?」
「はい、知ってます。なぜそれをいまたずねられるのですか」
「そのことで口論になったものでしてね。獣人と人間が争う理由はそもそもどこがきっかけなのか、ということです」
「ずいぶんあぶない話をするんですね」
「ここのお客さんはそういうタチに興味がありますから、お客さんのように」
全くその通りだ、と納得しかけたが、ちょっと待てと思いとどまった。のせられそうになったのはここに来るまでクレシアと獣人の話題をしていたせいだった。考えてみれば、マーターと話したことはばらばらだ――酒、剣、騎士団、それから獣人の動向。クレシアと同じような質問をしてきたことが一度あった。獣人関連の話についてはマーターからのネタ振りだった。
つまり、トゥエンはあまりにおおくの知識をさらしてしまったのだ。マーターが話しかけてくる内容に対して理解しすぎたのである。マーターもまた、その道に対して理解しすぎている。
しかしクレシアが獣人と分かったいま、どうしてかくさなければならない? 獣人を給仕として雇っているマーターは、すくなくとも敵ではないと考えられよう。だが、クレシアが身分をかくしているとしたら? クレシアにはそれほどの度胸はあるのか? マーターがクレシアを知らないとなると、たちまち敵になるかもしれなくなる。
「なるほどねえ」
トゥエンは頭のなかで右往左往していた。何をすべきかという手段ではなく、マーターという存在に対してだ。どう人物像を築こうとするにもすぐゆきづまってしまう。どれをえらんでも行きどまりで、広がらない。マーターを相手にして、はじめてこまった。
「ではマーター、あなたはどうお考えなのですか。きっかけはどこか」
「ありません」
「きっかけがない、ですか」
「獣人がうまれて、人間がうまれて、二つがいっしょの文化を築いて、そして分裂した、それだけのことじゃありませんか」
「それではたしかにひんしゅくをかいますね」
トゥエンはマーター探しを棚にあげて、どうやってこれ以上自分の意見をさらけ出さないよう話をすることに頭を使った。酒をがばりと飲み、きもちを一新させた。のこりもながしこんで、グラスをあけた。
かえろう。意見をかくす特効薬だった。マーターが注文したコリシュマーデを作ると理由をつけて腰をあげた。ああそうですか、とカウンターの代金をつまみとるも、それはざんねんです、と二度もこぼされた。
マーターがトゥエンの心を探っているのははっきりとした。
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