10.ポトガラヒー



 あっという間に、伊東率いる「御陵衛士」が新選組と袂を分かつ日が近づいていた。


 その前日、琉菜は原田の住む別宅を訪れていた。


「原田さん、おまささん、今日は場所を貸してくれてありがとうございます。ここのお庭がちょうどよくて」

「それは構わへんけど、何するつもりなん?」 

 

 まさに尋ねられ、琉菜は持ってきていた巾着袋から、未来で充電満タンにしておいたスマートフォンを取り出した。まさは琉菜が未来から来たということを知っているので、堂々と見せることができる。


 ちなみに、中富屋では何らかのトラブルでスマホが使えなかった時のために持ってきていたインスタントカメラを使ったが、今回は人数も多いのでスマホを使う。携帯型のフォトプリンターもばっちり用意してある。


「藤堂さんが明日行っちゃうんで、その前にみんなで集合写真を撮ろうと思って。屯所でこんなの出したら説明できないから」

「集合…なんだ?」原田が尋ねた。

「みんなで、写真、ポトガラヒーを撮るんです」


 その時、玄関の方から声がしたので向かってみると、沖田、藤堂、永倉、井上が集まっていた。


「どうしたんですか琉菜さん?みんなをこんなところに呼び出して」

「おい総司こんなところとはなんだ」

「やだなあ、言葉のアヤじゃないですか」原田の突っ込みに沖田は笑顔で答える。そして、視線を琉菜の持つスマホに向けた。

「琉菜さん、それはなんです?」

「これは、スマホっていうか、今はカメラ。ポトガラヒーを撮る道具です」

「そんな小さな板で?」

「ポッ、ポトガラ……!」藤堂が化け物でも見るような目でカメラを見た。

「そうだよおい、琉菜ちゃん、ポトガラなんか撮ったら魂抜かれるって……!」


 いつも大抵のことには動じない原田までもがそんなことを言うので、琉菜はおかしくなってクスクスと笑った。


「大丈夫ですよ。あたしなんか向こうで毎日のように撮ってましたよ」

「ま、毎日……?」井上が絶句した。

「失礼ですが、琉菜さんは向こうではさぞ高貴な身分の……」永倉が急に恐縮したように言った。


 確かにこの時代、写真一枚取るのも安くはない。毎日撮っているとあらば、それだけ「家が金持ち」と思うのもおかしくはない。


「違いますよ。ここから百五十年の間にカメラはどんどんコンパクト……小さくなって、誰にでも買える値段になるんです。あたしのいる未来では、一人一台は持ってますよ」

「はあ、そういうものですか……いささか想像がつかないな。それにしても、毎日何を撮るんです?」永倉が言った。


 琉菜はスマホのカメラロールを順番に見せていった。


「友達と撮ることもありますけど、見た目のかわいい食べ物とか撮って、SNS…うーん、個人個人が発行する瓦版のような……錦絵を見せ合いっこするみたいな……そういう使い方をして楽しむんです」

「お、おい、これ琉菜ちゃんか?」たまたま画面に出ていた写真に原田が素っ頓狂な声を上げた。


 写っていたのは、夏に鈴香と野外の音楽フェスに行った時の写真だった。Tシャツにショートパンツという服装だ。


「これ外だろ?な、なんでこんなに手足を出してんだよ」

「うーん、未来では割と普通というか……」言いながらもなんとなく琉菜も小恥ずかしくなってきた。


 フェスに行った時の服は勝負服でもあるから、沖田に見てほしいような気もしたが、この時代の価値観を考えるに、見られたくないという気持ちもせめぎ合う。が、そんな心配はするだけ無駄であった。


「確かに、一番最初はここまでではなくても、琉菜さん脚の見える、なんかこうひらひらした腰巻みたいな服装でしたよね。足は脚絆みたいなものを身に着けてましたけど」


 それはたぶん、スカートとハイソックスのことかな……?

 ああ、そうだ、どっちにしても沖田さんには見られてたんだ。別に恥ずかしい格好してたわけじゃないのに、なんか恥ずかしい……


「総司、まじかよ!俺は見てねえぞ!」

「来てすぐにお鈴さんの着物に着替えちゃいましたからねえ」

「くそっ。いいなあ。俺も未来に行ってこういう格好の女たちを拝みてえ」

「ちょっと、左之助はん?」まさの冷ややかな声に、原田はそれきり黙りこくった。


「おい、左之助いんのか!?」


 今度は土方の声がした。


「おっ。第二陣が来ましたね」琉菜はにんまりと笑った。



 この日を逃したら、集合写真を撮ることなどできなくなる。

 新選組にいる藤堂も、結核の病状がまだ進んでいない元気な沖田も、写真に収めるなら今しかない。

 琉菜は、タイムスリップ話を知っている全員に声をかけていた。


 幹部がぞろぞろと連れ立って屯所を出たら何事かと思われてしまうので、バラバラに原田の家に来るよう琉菜は触れ回っていた。


「琉菜っ、なんだってこんなところに呼びつけやがって」

「土方さんまでそんなこと言うなよお」またしても自宅を「こんなところ」呼ばわりされた原田が、悲しそうに訴えた。

「藤堂さんのはなむけ?っていうんですかね、みんなでポトガラヒーを撮ろうと思って」

「ポトガラだと!?魂でも抜かれたらどうすんだ」

「おいトシ、それじゃあここにいる俺はなんなんだ」


 一緒に来ていた近藤が冷静な突っ込みを入れた。近藤はすでに、現代にも残るあの有名な写真を撮影済みだ。


「しかし琉菜さん、ポトガラを撮る金なんてどこに…?」

「これで撮るんですよ」


 琉菜はカメラを見せた。すると、「そんな小さなもので!?」から始まって、先ほど永倉たちに説明したことと全く同じ話をもう一度する羽目になった。


「とにかく、撮影始めますから、皆さん縁側に座って、そうですね、五人くらい。あとの人は後ろに立つか、膝立ちしてください。あ、もちろんおまささんも入ってくださいね。茂くん抱っこしたままでいいですから」


 こ、こうか?などと戸惑いながら男たちは並んだ。


 前列には真ん中に近藤を配し、その左右を土方、沖田、端には井上と永倉が座った。

 後列には、原田夫妻と藤堂、斎藤が並んだ。


「そういえば、山崎さん見ませんでしたか?」


 琉菜はスマホの画面越しにを男たちを見ながら尋ねた。


「見てませんねえ……」井上がキョロキョロと辺りを見回した。ちょうどその時、山崎が現れた。

「わあ、俺が一番遅うなってしもた。皆さん、申し訳ない!」と頭を掻くと、山崎は斎藤の隣にすっと並んだ。


「よしっ、全員集合ですね!撮りますよ?」


 山南さんも、いたらよかったなあ……


 そのことはあまり考えないようにして、琉菜は改めてスマホを構えた。


「じゃあ、まずこの時代のみなさんで」


 自分で言いながら、なんだかおかしくなってくすくすと肩を震わせながら琉菜はスマホを覗き込んだ。画面に映っているのは、普段見ることのないガチガチに緊張した愛すべき新選組幹部の面々である。山崎だけは、二カッとした自然な笑顔だが。


「皆さん、もっとリラックスリラックス!あ、えーと、力を抜いてください。特に顔の!」


 カメラという未来の物を手にしているからか、このメンバーの前だからか、琉菜の方が気を抜いてしまいついカタカナ言葉が出てしまう。

 それもご愛嬌ですよねと言わんばかりに微笑みながら、琉菜はシャッターを押した。


 確認すると、そこに写っていたのは新選組が好きな人間なら垂涎物の一枚だった。

 この中で写真が残っているのは、近藤、土方、晩年の永倉、斎藤だけである。それ以外の面々は写真が残されていないので、平成の世では割と勝手に少女漫画風のイケメンに仕立て上げられたりしている。


 未来で歴史家の人に寄付したら大発見だ!ってニュースになるだろうけど、そういうわけにもいかないし。

 これは、あたしだけの宝物にしようっと。


「次は、あたしも入っていいですか?」


 琉菜は庭にあった大岩に小さな三脚を立て、そこにスマートフォンを設置した。セルフタイマーも設定すると、近藤と沖田の膝元に滑り込み、しゃがみ込んで写真に入った。

 スマホはカシャっと音を立てた。


「え!?今、撮れたんですか?」

「誰もいないのに?」

「なんで?なんで?」

「ほら、やっぱり人ならざるものがいるんですよお……!」


 泣く子も黙る新選組の幹部が、揃いも揃って大慌てなので、琉菜はいよいよおかしくなって笑い出した。


「セルフタイマーっていうんですよ。今印刷しますから待っててくださいね」


 通常通り写真を撮ることもできたし、フォトプリンターも正常に使えたので、すぐ紙に印刷することができた。


 二種類の集合写真を人数分印刷してさっさと配っていく琉菜を、山崎以外の全員がぽかんとして見つめていた。山崎は、琉菜以外には見られないように皆の後ろに立って、声を押し殺して笑っている。


「これが、未来のポトガラですか…?すごい、色がついてる!」沖田が唖然として言った。

「こんなに何枚も同時に…!魂が…!」

「だから平助、魂が抜かれるっていうのは迷信だ。それにしても、こんなに見たままの状態で撮れるなんて…」

「以前局長が撮ったポトガラは、全体が茶色っぽい感じでしたからね…」永倉が穴の開くほど写真を見つめた。

「山崎だけ、なんだか自然っつうか、いつも通りの表情かおだな」


 土方の発言に、琉菜はヒヤリとして山崎を見たが、山崎は「そうですかあ?そらあよかったですわ」と交わし、話題をそらそうと琉菜に尋ねた。


「琉菜はん、それって俺でもポトガラが撮れるんですか?」


 山崎の発言に全員が「えっ」と振り向いた。 


 琉菜はまだハラハラしながらも、「まあ、そうですね。こうやって撮りたい物に向けて、この丸いところを押せば」とさも幕末の人に説明するようにして山崎にスマホを渡した。


「へえ、おもろいなあ」山崎はそう言うと、慣れた手つきで「戸惑う局長・副長のツーショット」や「一切表情を変えない斎藤の横顔」などを写真に収めていった。


「山崎さんずるい!私もやってみたいです!」

「おい総司、そういうことなら俺にもやらせろ!」


 山崎からスマホを受け取って、あーでもないこーでもないと言いながらスマホを弄る沖田と原田に、琉菜は


「いいですけど、撮っても全部は印刷できませんよ!?そんなに紙持ってきてませんから!」と忠告した。

「それと、皆さん、これは大事なことですから絶対守ってほしいんですけど!」


 全員がぴたりと動きを止め、琉菜に注目した。


「あたしのいる時代には、この写真は残っていません。ということは、百五十年の間に紛失したというわけです。どちらにせよ、あたしが未来から来てこの時代でこんな写真を撮っていたことがバレたら、とにかく大変なので」


 この言い方はどうかと思ったが、琉菜は一息吸って言葉を続けた。


「皆さん、死ぬ前に処分してください!処分し損ねて死んだら、茂くんに処分してもらうように!」


「なんだそりゃ。お前は俺らがいつ死ぬか知ってるからそんなことが言えるんだろうけどよ」土方がふんっと鼻を鳴らした。

「知ってますけど教えませーん」

「当たり前だ。そこまで言うんなら、お前が責任持って回収して捨てるんだな」

「そしたらよ、今捨てちまえばいいんじゃねえか?琉菜ちゃんが一枚持ってれば見れるわけだし」


 言ってから、原田は「やべ」という顔をして藤堂を見た。


「私は、ありがたく持っていかせてもらいます。斎藤さんも、そうしますよね?」


 斎藤は藤堂を見て、「ああ」と頷いた。


 琉菜が人数分の写真を配ったのはほかでもない。

 彼らは、いつかバラバラになる。

 その時に持っていてほしい。そんな願いからだった。 


 なんとなく、皆それを察したのか若干気まずい空気が流れた。


「何にせよ、皆それぞれこのポトガラは死ぬまで大事に持っておこう!」近藤がその場をまとめた。

「平助。斎藤くん。新選組を離れても、俺たちはこのポトガラで繋がっているからな」


 にかっと笑う近藤を見て、藤堂も、そして珍しく斎藤も微笑んだ。


「ありがとうございます!局長!琉菜さんも、ありがとうございます!」

「なんだ平助、さっきまで魂抜かれるとか言っていたくせに」

「永倉さん、それは言わないでくださいよお。これがあれば、向こうでも頑張れそうな気がします」

「うん、その意気だ!」


 集合写真を手に和やかに笑う新選組の幹部たちを見て、琉菜はじんわりと目頭を濡らした。誰にも気づかれないように、素早く拭った。



 やがて三々五々原田邸を後にする幹部たちの目を盗んで、山崎が「とっておきの一枚撮っといたから大事にするんやで」と言っていたずらっぽく笑った。琉菜が画像を確認してみると、沖田たちが慣れない手つきで撮った構図のめちゃくちゃな写真が数枚続いた後に、山崎が撮ったと思われるきれいな写真が出てきた。

 その中に、自然に笑い合う、琉菜と沖田のツーショット写真があった。


「山崎さんっ……!イケメンすぎます……!」

「あら、嬉しいこと言うてくれはる。俺はあっちじゃ福山をも凌ぐ色男と言われて」

「いや、見た目の話じゃなくて」

「なんや、失礼なやっちゃな。ほなら削除しよか?」

「あっ、絶対ダメです!」



 その写真を、屯所に戻って早速印刷バックアップしたことは、琉菜は誰にも内緒にした。






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