5.入隊試験

 懐かしい…!!

 壬生の屯所だ。

 西本願寺に引っ越してまた壬生に戻ってくるなんてヘンな感じだけど、とにかくあたしは戻ってきたんだ…!



 琉菜は壬生の屯所前でふう、と深呼吸して高鳴る胸を落ち着かせた。



「すいません、オレ浪士組に入りたいんですけど!」琉菜は入口付近にいた隊士に元気よく言った。


 新選組にいる間は、この男言葉で通すつもりだった。前回来た時に、中富がそうしていたように。


「お前が?まだ童じゃねえか」声をかけられた隊士は嘲るように笑った。

「童じゃねえ!オレは19だ!」

「19!?そうは見えねえが…」

「とにかく、入隊試験くらい受けさせてくれよ!」

「なんの騒ぎだ?」


 琉菜ははっとして門の奥を見た。

 何度も聞いた懐かしい声。

 土方がいかつい顔でこちらへ向かってきた。


 お久しぶりです!土方さん!


 琉菜は嬉しそうな顔を必死で出さないようにして土方を見た。


「副長!この童が、入隊したいと…」

「だから童じゃねえ!」琉菜は喚いた。


 土方はしげしげと琉菜を見た。


「名は?」土方はそれだけ言った。

「中富新次郎」

「とりあえず力量だけ確かめようじゃねえか。ついてこい」

「はいっ!」

「ふ、副長?こんないきなり現れた童のお相手を?」隊士は慌てたように土方を見た。

「実力次第だ。たとえガキでも、今の壬生浪士組に兵力が増えるに越したこたぁねぇ」

「それも一理ありますが…」

 納得いかなさそうな隊士を無視して、土方は琉菜を中に招き入れた。



「平助は巡察…佐之と新八もいねえか…」

 土方はぶつぶつと言って何か考えていた。

「…仕方ねえな」









「初めまして、中富新次郎さんですね。副長助勤の沖田総司といいます。よろしくお願いします」


 沖田は竹刀を手に朗らかに言った。


 琉菜がずっと待ちこがれた、沖田との再会だった。


「はいっ!こっちこそよろしくお願いします!」


 わぁ~!

 沖田さんだ沖田さんだ沖田さんだー!!

 久しぶりー!会いたかったー!


 ホントに、沖田さんなんだ。

 また会えた…


 琉菜は感激のあまり泣き出しそうになっていたが、顔に目一杯の力を込めて平静を装った。



 嬉しいんだけど、この展開はあんまりよくないかも…


 琉菜を道場に連れてきた土方は、たまたまそこにいた沖田を呼び止め、実力を見極めるから一戦やれと指示したのだった。



「始め!」


 土方の声で沖田との試合が始まった。


 琉菜はこれまで鍛えた成果を発揮せんとばかりに必死に沖田に向かったが、日本一の女子高生の腕も、本物の侍の前では効果のないものだった。


「総司一本!」


 あっという間に決着はついた。


「ありがとうございました!」琉菜は深々とお辞儀をした。

 今度こそ本当に泣いてしまいそうだった。


 入隊試験で落ちちゃった…

 それじゃあ、兄上はやっぱり別人なの…?


 …まあ、こうして沖田さんに会えたからいいと思うしかないか。

 未来に帰れるまで中富屋で働かせてもらおうかな…


 防具を片付けながらそんなことを考えていた琉菜は、土方に声をかけられハッと我に帰った。


「お前、身分は?」

「はい、江戸品川宿にある旅籠・中富屋の次男坊です」


 というのは、琉菜は熟考の末にたどり着いたでっち上げの自分の出自であった。


「江戸の旅籠の次男坊がどうして京都に」


 そう言われるのも想定の範囲内だった。


「次男坊なもんで、口減らしで神戸の親戚の家に預けられました」


 ボロは出さないよう、聞かれたことにだけ淡々と答えた。

 なぜ神戸の親戚、としたかといえば、琉菜と中富屋の多代たちの関係を悟られないためだった。

 この大嘘だらけの生い立ち、一旦怪しまれ調べようと思えば調べられてしまう。もし本物の中富新次郎はすでに亡くなっていることがバレたら大変である。簡単に調べられないよう、自分の拠点は江戸と神戸だとして京都からは遠ざけるようにした。


 土方は品定めするように琉菜を見ていた。


「…そうか。まあいい。もともとうちは身分なんか問わねえし」


 じゃあ聞くな!


「いいだろう。中富新次郎、採用だ」

「へ…?」


 琉菜は自分の耳を疑った。


「だってオレ、負けたのに…」

「もともとお前みたいなのが総司に勝てるなんて思っちゃいねえよ。太刀筋はまあまあだったし度胸もあるみたいだからな」土方はぶっきらぼうに言い放った。

「…ありがとうございます!」

「とりあえず総司の隊にいろ。総司、あと頼んだぞ」

「わかりました」


 沖田はにっこりと笑うと、道場の外に出るよう琉菜を促した。


「これからよろしくお願いしますね!」沖田はにっこりと笑顔を見せた。


「屯所はそんなに広くないので、案内しなくてもすぐに覚えるでしょう。ああそれと、平隊士は交代で賄いをすることになってます。毎日の稽古は朝と夕の2回やってますからそのつもりで」

「はい、わかりました。」


 そうです、案内なんて間に合ってますよ。

 それに賄いなら任せてください。

 なんたって元賄い方ですから!


 琉菜は心でそんなことを言いながら、屯所の中をぐるりと見回した。

 何もかも懐かしいものばかりだった。

 琉菜は喜びを噛み締めながら沖田の後ろについて歩いた。


「それにしても、どうしてうちに?神戸から来るのはなかなか大変だったでしょう」

 沖田が尋ねた。


 あ、この話まだ続くのね…


 琉菜は頭をフル回転させて、嘘の続きを話した。

「身分を問わず、公方様のお役に立てるっていう壬生浪士組の噂を聞いて…オレずっとそういうのに憧れてたんで!奉公先の親戚とはもめましたけど、ほとんど家出同然で来ちゃいました」 

 琉菜はてへへ、と笑いながら話した。


「そうなんですか。じゃあもう後戻りできませんね」沖田も笑い返した。

「はい!ここで精一杯働かせてもらいます!!」

「がんばってくださいね。とりあえず、近藤先生と芹沢先生に挨拶してきましょう」


 沖田はそう言って近藤の部屋に向かった。







「近藤先生、失礼します」

「総司か。入りなさい」


 沖田はガラっと障子を開けた。

 中では、これまた懐かしい顔が琉菜を待っていた。

 二人は近藤の前に正座した。


「こちら、たった今入隊が決まった中富新次郎さんです」沖田が紹介した。

「ああ、話はトシから聞いている。初めまして中富くん。これからよろしくな」


 土方さん、もう局長に話したんだ。さすが、仕事が早いわ。

 にしても、ああもう懐かしい!


「中富新次郎です。こちらこそよろしくお願いします」

 琉菜はぺこりと頭を下げた。

「隊務は大変だからな。がんばってくれ」

「はいっ!」

「それじゃ中富さん、今度は芹沢先生のところに行きましょう」

 沖田はすくっと立ち上がって琉菜を促した。

「すみません先生、なんだか慌ただしくって」沖田がにこやかに言った。

「いや構わんよ。芹沢さんによろしくな」

「はい」


 沖田はにこりと笑うと近藤の部屋を出た。

 琉菜も少しお辞儀をして、沖田の後についていった。





 芹沢鴨、かあ。

 この人は初めて会う。本で読んだ感じだと、酒飲みで金遣い最悪、とか、実はいい人、とかいろいろ言われてたイメージだけど、実際どうなんだろう?


「こっちが八木邸で、芹沢さんたちのお住まいです」


 今いた前川邸の向かい側にある八木邸を指しながら沖田が説明した。







 芹沢は縁側に腰掛け、妾の梅と思われる女の肩を抱き、琉菜たちに背を向けていた。


「芹沢さんっ!」


 沖田は後ろから脅かすように声をかけた。

 芹沢はめんどうくさそうに振り返った。


「沖田か…」

「はい。こちら、新入隊士の中富新次郎さんです」

「中富新次郎です。よろしくお願いします」

 琉菜は深くお辞儀をした。


 この人が芹沢かぁ。なるほど、貫禄あるなー。


「中富新次郎…」芹沢は琉菜をじっと見た。

「女子のようだな」

「なっ!」


 女子じゃねえ!


 その言葉を琉菜は寸前で押さえた。

 ムキになればますます怪しい。


「気のせいか…中富、期待するぞ」

「はい、ありがとうございます!」

「芹沢はん、さっきの話の続きしてや?」


 梅がだだをこねるように芹沢の体を揺さぶった。

 そして、ちらりと琉菜と沖田を見た。

 もう行け、とその目が訴えていた。


「それじゃ、失礼しまーす」

 沖田はにこにことその場をあとにした。






「顔はいかついけど、芹沢さんっていい人なんですよ」


 沖田さん、さりげにひどい…

 ってか、新選組ってそんな人ばっかり…



「あ、山南さん!」


 沖田が声をかけた人物を、琉菜は見た。

 山南が、のんびりと前川邸の庭を歩いていた。


 そうか、ここは山南さんがまだ生きていた時代…

 まさか山南さんにもまた会えるなんて…

 タイムスリップってホントにすごいや。

 琉菜はうれし涙とうれし顔を出すまいと、顔に思いっきり力を入れて山南を見た。


「総司か。そちらは?」山南は琉菜を指した。

「さっき入ったばかりの中富新次郎さんです」

「中富新次郎です。よろしくお願いします」

「副長の山南敬助です。よろしく」山南は朗らかに挨拶した。








 夕食の席で琉菜は他の隊士に自己紹介することになった。

 そこには、先程会った者だけでなく、懐かしい顔がたくさんあった。


「初めまして、中富新次郎です。今日からみなさんと一緒に隊務に励みたいと思います!よろしくお願いします!」


 わあっと歓声が上がった。

 琉菜はにこっと微笑み、座って部屋を見渡した。


 あたし、また新選組の一員になれたんだ。

 本当に、本当にうれしい!

 これからは男として、ここでがんばらなきゃ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る