第二章

8、誤解



あれからどのくらい経ったろうか。

俺はずっと放心状態でシスターの遺体の傍にボーっと座り込んでいた。


すると、遠くから少しずつ足音が近づいてくる。

村人たちが戻ってきたのかもしれない。シスターのことを伝えなくちゃ・・・

俺は腫れた目を擦って立ち上がる。


が、村人たちの様子がおかしい。もうモンスターはいないってのにみんな物騒な武器を構えてこちらに向かってきている。


「あいつが・・・あいつがシスターを殺したんだ!!」

「俺も見た!あいつはバケモンだ!!」


なんだみんな見てたのか・・・?

そう、そこに落ちてるバケモンがシスターを・・・


「殺せ!じゃないと俺たちも殺される!!」

「あいつがバケモンだったなんて!!前からそうじゃないかって思ってたんだ!!」

「早く村から追い出せ!!」

「そうだ!出ていけ!!」


痛っ!

なんだ!?なんで俺に石を投げるんだ!?

俺はシスターの遺体が傷つかないように咄嗟に覆い被さる。


「やめろ!なんで・・・やめろって・・・!」

「おい!これ以上シスターに何する気だ!!」

「離れろバケモノ!!」

「シスターから離れろ!!」


なんだ?なんなんだこれは・・・!

いつも優しかった道具屋のおっちゃんも、話し相手になってくれてた宿屋のばあちゃんも・・・

みんなみんな人殺しを見るかのような目をしている。

俺は必死に誤解を解こうと声を張り上げる。


「違うッ!!シスターを殺したのはそこのモンスターだ!!俺じゃないッ!!!」

「何言ってんだ!!お前がそのモンスターをぶっ殺すところをこの目で見てんだよ!!しらばっくれるんじゃねぇッ!!」

「何の話だ・・・・ぐぁッ!」


大人の力で投げられた石が見事に額に直撃して血が流れてくる。

駄目だ・・・全く話を聞いてくれない。それに今ここを動けばシスターに石が当たってしまう・・・

どうしたら・・・!!


「おやめなさいッ!」


この声は、神父さん・・・!?

俺は恐る恐る振り返る。やっぱり神父さんだ・・・


「何で止めるんだ神父さん!」

「シスターネアを殺した奴だぞ!!」

「他の人たちもお前が殺したんだろ!ここで死をもって償え!!」

「そうだ!悪魔の手先だ!殺せ!!」


殺せ!殺せ!

村人たちが投石を止めるや否や一斉に叫びだす。

もう枯れたと思ってた目からまた水が溢れ出してきた。もう耳を塞いでしまいたい。

すると、黙っていた神父さんが口を開いた。


「そうですね・・・ではここで殺してしまいましょう。」


は・・・?


「いいぞー!!」

「神父さんやれー!!」

「流石神父さんだ!!」

「早く村を救っておくれ!!」


え、俺・・・殺されんの?

この数か月一緒に過ごした村人達に死ねって言われて、お世話になった神父さんに殺される・・・?

シスターを目の前で亡くして、こんなに苦しい思いで、俺は・・・


思考がグルグル回っているうちに容赦なく神父さんが近づいてくる。

怖くて辛くて、震えが止まらなくて、逃げようとしたけど足が恐怖ですくんで上手く立てない。

怖い怖い怖い怖い・・・・死にたくない!!


俺が抵抗にもなってない必死の抵抗をしていると神父さんが耳元でささやいた。


「リアン、よく聞いて。今から私が村人たちの目くらましになるような魔法を打つ。その一瞬のすきに逃げなさい。そしてその足で王都を目指すんだ。王都の魔術教団なら君のことを知っている人がいるかもしれない」

「え・・・?」

「君が普通の人間でないことは知っていたよ。ケガがあんなすぐに治るはずないから、いろいろ調べていたんだ。」

「神父さんは、疑わないんですか?俺がシスターを・・・」

「君みたいな優しい子がそんなことをするのかい?」

「いえ・・・」

「じゃあ君じゃない。私は数か月共に過ごした君を信じるよ。さぁ、これ以上は怪しまれる。準備はいいね」


神父さんはバッと立ち上がって村人たちに向き直る。


「このバケモノに動けなくなるワードマジックをかけました!さぁ、シスターの仇です。骨も残らなくしてやりましょう!」

「うぉー!!いいぞ神父さんやれー!!」

「殺せー!!」

「シスターの苦しみを味合わせてやれ!!」


神父さんは詠唱を始めた。

そして辺りが一瞬発光して俺の目の前が大爆発する。


「うわっ・・・!!」


本当に外してくれた!!

俺は煙が消えてしまう前に全力で逃げた。

走って、走って、走って。

何度も転んで血が出たけど、今はそんなこと気にしていられない。


シスターは目の前で死んだ。村の人たちには殺されそうになった。

もう全身のあちこちが痛いけど、なにより胸が痛くて仕方がなかった。


「うっ・・・・」


駄目だ駄目だ!考えるな!!

今は出来る限り遠くへ、俺が見つかったら神父さんが殺されてしまうかもしれない。


俺は自分の頬をパンッ!と叩くと無心で走り続けた。



***********************************



もう随分と遠くまで来た気がする。

今日は走ってばかりで流石に疲れた。もう動きたくない。

俺は近くにあった木の幹に腰掛ける。


辺りは既に薄暗くなっており、パラパラと雨の音だけが響いていた。

そういえばさっきからサバを見かけていない。これだけ静かなら絶対喋りだすのに。

少し不安になってポケットを探しながら呼び掛けてみる。


「おい、サバ?どこだ?」

「ここにおるぞ」


何処とも無くサバの声が聞こえた。

俺はキョロキョロするが姿はない。


「ここだ、お主の目の前におるだろう」

「え?」


すると俺の影からヌルッとサバが出てきた。

え、そんなこと出来たの?


「なんでそんなところに・・・」

「潰されては堪らんからな。それに・・・いや、それより今は今後のことを考えるべきではないか?」

「え?・・・あぁ、そうだね」


サバは何か知っていそうな口ぶりだけど日は落ちかけてる。先に今日野宿する場所を確保しておかないと危険かもな。

後でじっくりただそう。


俺は重い足を引きずりながら周辺を探索する。

この世界に初めて来たときにいた森と違ってある程度生き物の気配がする。

普通の森だという事実に安心したが、逆に言えば熊とか蛇みたいな危険な動物が潜んでいるかもしれないということだ。

安心して眠る為にも出来るなら洞窟のような身を隠せる場所がいい。雨も凌ぎたいしね。


色々考えながら辺りをしばらく散策すると少し開けた場所に出た。

見回してみると都合よく大きめの洞窟が目に入った。


「あそこでいいんじゃないか?」

「ふむ、なかなか立派な洞窟ではないか。だが先客がいたらマズい」

「少し近づいてみるか」

「慎重にな」


俺は抜き足差し足で少しずつ近づいていく。

入口まで来たが今のところは物音はしない。

俺は思い切って顔を覗かせてみた。

すると突然、


バサバサバサバサッ!!


「キィキィキィキィィイイイイイ!」



大量の飛ぶ黒い何かが洞窟から出て来た。俺はビックリして顔を引っ込める。


「ななななんだ!?」

「わからん!物凄い量だな」


しばらくして黒い大群が途切れる。

たぶん今のは蝙蝠こうもり?だったと思う・・・でも尻尾がやけに長くて先が鈎爪かぎづめ状になっていたからモンスターの一種かな?にしてもおぞましいものを見た・・・。


俺は気を取り直してゆっくり洞窟の中を見てみる。うーん、暗くてよく見えないな。


「サバ、なんかライトになるような魔法ないの?」

「便利屋みたいに言いよって・・・仕方ない、“ ライト ”」


サバがそう放つと空中に光る玉が浮かび上がった。

凄い・・・やっぱり魔法はもっと色々使えるようになりたいな。今度サバに教えてもらおう。


辺りが明るくなったので早速危険なものが無いか見てみる。

さっき大量の蝙蝠こうもりたちが出て行ったからか今はもぬけの殻のようだ。

これはラッキー。


「大丈夫なようだな」

「うん。今日はここで一晩過ごそう」


外は大分暗くなってきた。この季節は夜になると一気に冷え込むから俺は早めに使えそうな枝を沢山拾ってきてサバに火をつけてもらった。

雨に濡れて体も冷えて来てたし助かった。

俺が体を温めているとサバが話しかけてきた。


「おい、小僧」

「なんだ?」

「お主、本当に何も覚えとらんのか」

「・・・?」

「・・・そうか」


ん?何だその問いは。

俺は気になって聞き返す。


「俺、なんか忘れてんの?」

「・・・」

「さっきの村人たちと関係ある?」

「・・・」

「サバ・・・俺、大丈夫だよ」

「・・・本当か?」

「本当。何だよ、お前気を遣ってくれてんの?らしくないじゃん」

「しかし・・・我は貴様と契約している身。血と血の契約ではないとはいえ、なんとなく貴様の心情が伝わってくるのだ。1000年以上生きてきた我だがこのような心情は何とも耐え難い」

「何だ・・・バレてんのか」

「無論」

「はは・・・でも、俺は聞かなきゃ納得出来ない。」

「・・・」

「お願いだサバ、あの時何があった。」


サバは難しい顔をしながら重い口を開いた。


「あのデカブツに貴様が突っ込み、吹っ飛ばされたのは覚えているか」

「うん・・・」

「その後貴様は致命傷を負い、倒れたはずだったのだ。しかし、目を覚ました。姿を変えてな。」

「・・・」

「まさに悪魔のような風貌で広場にいたモンスターどもを一掃した。そして、あのデカブツを圧倒的な力で倒した後、そいつを喰いだした。」

「え・・・」

「シスターが止めなければ人間の死体にまで手を出していたやも知れぬ」

「・・・・そうだっ・・・たん、だ」


あの時水面で見たバケモノはやっぱり俺だったんだ。

はは・・・そりゃいくら説明しても誤解なんて解けないよな。だって襲ってきたバケモンが人の皮を被ったバケモンに殺されて、更に共食い現場を見たなんて恐怖の何物でもないもんな。

なんだ、一気に辻褄つじつまが合っていくじゃんか。悲しい程に。


「なぁ、サバ」

「なんだ」

「俺、もう人間じゃないんかなぁ・・・・?」

「それは・・・お主次第だ」

「・・・そっか」

「・・・うむ」


俺はこの日夜遅くまで情けないくらいに泣いた。

その間、サバは黙って隣にいてくれた。

辛いことだらけだけど、最初の頃と違って俺は一人じゃないんだなって思えてとても安心したのを覚えている。



そしてその後は疲れていたのもあって気が付けば気を失うように眠ってしまっていた。



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