第41話 スライムエリア
下水道をアーリアさんの案内で進む。
着替えたポンチョは通気性がなくて、歩いているだけで暑さが籠もる。ついつい脱ぎたくなるが、新しく出てきた敵への対策で、フードまでしっかりと被る必要があった。
その敵とは、おなじみスライムだった。
粘性のある液体が、あたり一面を這いずっている。小型犬くらいのものから、大型の成犬くらいまで様々なスライムが、床だけとはいわず壁や天井にまでうごめいていた。
聖なる光は辺りを照らしているが、すし詰め状態なので遠くへ追い払うことができない。
その結果、道をふさぐスライムを片っ端から倒すことになった。
「えいっ、やあっ、たあっ!」
お手本のような動きで、カナが次々とスライムを倒していく。
僕もマネをして杖を振るが、全然カナのように上手く振れない。狙った所に当てられないし、当たったとしても力が伝わらない。
ずっと
『おや、骨が折れるとは言わないのデスか?』
そんな見え見えのジョークを言うほど退屈してはいない。だいいち、スライムには骨がないじゃないか。
折れる骨がないのなら、肉を裂くしかないだろう。
目の前のスライムへ向けて、【傷】の魔法を放つ。命中したスライムは破裂し、その体液を辺りに飛び散らせた。
「おー、派手にやるねえ。カゲトくんもじゃんじゃん倒していいからね。おかわりはまだまだたっくさんいるからね」
アーリアさんは飛び散った体液を透明な容器で回収していた。体液は肌や服に付くと少しずつ溶かしてしまうが、このポンチョやあの容器は溶けないようだった。
「もうすでにお腹いっぱいなんですけどね。なんでこんなことになっているんですか?」
「ここはいわゆる実験区画でね。分解能力を強めたスライムを放って下水の浄化に役立てているのさ。でもね、ちょっと目を離すとこんな感じに増え過ぎちゃうから、定期的に減らす必要があるんだよ」
「それにしてもちょっと増えすぎじゃないですかね!ひょっとして間引くのサボってたりしてます?」
「さあ?そこらへんはお城に任せてたから分からないなあ。今日だって、ちょっと経過を見るだけのつもりで来たんだもの。まさかこんなに増えてるなんて、思ってもいなかったよ」
これは担当者は間違いなく罪アリだ。気まぐれで僕たちが来なければ、いずれスライムがあふれ出していただろう。後で副団長さんあたりにチクっておこう。
「アーリアさん、魔術師さま、ちょっとアレ見てください!」
カナに呼ばれて行くと、指さす先にプールが見えた。
非常灯のような弱い光が、プールを囲う通路を照らしている。25m程度のプールだが、深さはそれなりにありそうだ。
「わあ、ここまでスライムが増えたらそうだろうと思ったけれど、これは壮観だ」
「のんきなこと言ってる場合じゃありませんよ。どうするんです?」
「どうするもなにも、見ちゃったんだもん。やるしかないんじゃない?」
二人は僕には見えないものを見ているのだろうか。僕には彼女たちが何のことを言っているのか分からない。
「え?何をやるんですか?よく見えないんだけど、マズいことでもあったんですか?」
アーリアさんは何かイタズラを思いついたのか、口の端をつり上げて笑った。
「えっとねえ。あのプールは元々、汚水を沈殿させるために作られたものなんだ。魔術師なら頭いいから分かるよね?汚れってのは水より重いから、流れが遅い場所では下に沈むの」
あのプールは沈殿槽なのか。水をキレイにするために、余分な汚れを下に沈めるための場所。つまりあの下には汚物が溜まっていると。
「あれ、でもあんまり臭わないですね。汚れが集まっているなら、もっとひどい臭いがすると思うんですけど」
「そうだね。ところでこの区画は最初と比べてどう思うかな?」
「さっきと比べて臭いも薄いですね。流れている下水も汚れは少ないし、壁もキレイに見えますけど……まさか」
「話が早い人は大好きだよ」
ちょっとイヤなことに思い当たると、その答え合わせだとでも言うように、アーリアさんは小瓶をプールに向けて放った。
小瓶はすぐにプールに落ちるが、それが水面でバウンドした。
水切りの石のように回転していたわけじゃない。プールに溜まっていた水が、水じゃなかったのだ。
落ちた小瓶の中身がこぼれると、プールに溜まっていたものが大きく震える。それが枠を越えて出てこようとして、近くのスライムを巻き込んでプールへ戻った。
落ちたスライムはそれに飲み込まれ、それの一部と化する。
「うわあ、あれ全部スライムか」
「育ちすぎだよね。スライムを駆除する薬も、あの体積じゃあ効果は薄いみたいだ。さて、どうしたものかなあ」
キング、いや、ジャイアントスライムとでも言うべきだろうか。あれは倒せるようなものなのだろうか。
某アクションRPGだと、ダメージを与えて少しずつ小さくしていき、最後に核をつぶして終わりだっただろうか。
問題はこの世界のスライムには核らしきものがないということだ。
それにスライムと言えば世界観ごとに生態が違うので、効果的な倒し方が決まってない。あるゲームでは打撃に耐性があったりするし、また別のゲームではかなりの強キャラだったりするし。
「範囲魔法でぱぱっと片付けられたりしないかな?」
「自分は魔法苦手なんだよね。駆除薬も残りわずかだし、出直さないと無理かなあ」
「あの、わたしはまだまだ頑張れますよ!」
カナが近くのスライムを倒しながら主張しているけれど、一人で削りきれるような大きさじゃない。
なにより、戦いは数だ。人数は言うに及ばず、レベル、ステータス、身長・体重のパラメーター、使えるスキルなどなど、数が大きい方が有利なのは間違いない。
例えジャイアントスライムよりもレベルやスキルで勝っていたとしても、質量の差が圧倒的に開いているので、捕まったらつぶされて終わりだろう。
「カナは周りのスライムを頼むよ。あのデカいやつは僕らがいろいろ試してみるから」
「はいっ、頑張ってください」
元気に応えてくれるカナはいい子だ。対してアーリアさんは、面倒くさいという言葉が顔に浮き出て見えるダメな大人だ。気持ちはよく分かるけど、少しは取り繕った方がいいんじゃないかな。
「アーリアさん、駆除薬って、すぐ作れたりしないの?」
「道具はあるけど、材料がないねぇ。あっても一時間くらいかかっちゃうよ?」
『完成品をショップで検索しまシタけど、量を買うとけっこう高くつきマスね』
ならいったん休憩室まで戻って、素材から駆除薬を調合してまた来ればいいだろうか。安全な場所の方が作業効率はいいだろうし、そもそも敵から逃げながら調合するとか無茶な話だ。
「じゃあ一度戻ろう。材料は持ってるかもしれないから、名前を教えてください」
「調合するの?まあ、ありふれてる素材だから持ってるかもしれないけど……って、カナちゃんちょっと服をひっぱるのやめてもらっていい?」
「え、なんですかー?呼びました?」
カナは離れた所でスライムを倒している。アーリアさんの後ろには誰もいない。
「え、ええー。じゃあ、自分の服を引っ張ってるのって……」
「スライムだ!服を脱げ!プールに引き込まれるよ!!」
「いやー!溶かされるとか勘弁してーーー!」
あわててポンチョを脱いだアーリアさんだが、脱いだはずのそれにすぐに飛びついた。
透けたポケットには、見覚えのある本が入っている。
「魔導書!それレアなの!持ってかないでー!」
「なんでホルスターあるのにポケットに入れてんの!?」
「持ってた方が、すぐに使えるんだもんー!」
アーリアさんはまるで一本釣りされる魚のように放物線を描き、スライムプールへ落ちて行った。
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