第40話 アーリアとカナ

魔を遠ざける聖なる光。

ピセルが使える魔術の中でも特に簡単なものである。

普通の光源としてはもちろん、部屋の中に設置すればうるさい害虫だけでなく、弱い魔物も入れないようにする便利なものだ。

移動中だと効果は低くなり、敵対的な魔物に見つかれば問答無用で攻撃される。……はずなんだけど、相変わらず敵が寄ってこない。

なにか変な効果でも追加しているのかと思ったが、ピセルを見ればドヤ顔で胸を張っている。


『どうやら私の実力に畏れをなしているようデスね。フッ、他愛ないデス』


そのせいで予定よりも歩き回ることになっているのだが、それが問題だとは思ってないようだ。

指で軽くつついていると、カナが小走りで寄ってきた。


「かわいいハトさんですね。その子、魔術師さまの使い魔なんですよね。ちょっとなでてもいいですか?」


ピセルを見るが、別に問題はないらしい。

カナが差し出した手に自分から乗っていった。


「わあ、白くてすべすべですね。汚れもない。キレイにしてるんですね」


小手を外してやさしくなでている。ピセルが目を閉じて身を任せているところをみると、まんざらでもないらしい。


「魔術師さま、昨日はどうもありがとうございました。父も元気に動き回っていて、昔に戻ったみたいです」


「そう?そんなにすぐに効果が出るとは思ってなかったけど」


「あのあと、久しぶりに剣の稽古をつけてもらえたんです。最近はずっと家にこもってばっかりだったので、動けるようになってとても嬉しかったです」


『以前は薬の副作用から来る倦怠感で、動く気力が無かったのデショウ。デスが、怠惰という罪をいつまでも許しておくわけにはいきマセン。有り余る力は健全に発揮してもらいマス』


「ときどき変な声を出すこともあるけど、動くのが久しぶりだからきっとすぐに昔のカンを取り戻してくれますよね。父がまた騎士として復帰できれば、わたしももう王宮に行かなくても済みそうです」


術はちゃんと続いているようだ。人間は慣れる生き物だし、一刻も早く適応できるよう祈っておこう。


「ん?王宮に行かなくてもってことは、メイドの仕事は好きじゃないの?」


「わたし、かしこまった礼儀とか覚えるのが苦手で、しょっちゅう先輩たちから怒られてるんです。わたしには合わないから辞めろって言われてて、わたしもそう思うので丁度よかったです」


それはイジメられてるってことだろう。

辞められるのを素直に良かったと言えるか分からないが、辛い環境から離れられるならそれはいいことかもしれない。

部外者である僕が告げ口しても解決しないだろうし、もう自分で解決策を見つけているならそれがいいだろう。


「メイドを辞めた後はどうするの?ああ、冒険者もやってるんだっけ」


「はい。リアさん……アーリアさんが雇ってくれることもありますし、困ることはないですから」


アーリアさんは自分のことはともかく、他人には気を使える人らしい。信頼できる人がいるならよかった。


一方話題のアーリアさんは迷い無い足取りで進み、カギのかかった扉の前で立ち止まった。

扉にはサビと汚れで読めなくなった看板がかかっていた。おそらく『関係者以外立ち入り禁止』とかそういう意味だろう。そんな看板を気にすることなく、白衣の内側からカギを取り出して扉を開いた。


中は小さな休憩所のようになっていて、さらに奥に扉があった。


「ここから先は下水の管理区域でね、普通の冒険者は入れないんだよ。自分がいたから来れたんだよ。よかったでしょう?」


「珍しい場所だってことは分かりますけど、いったい何があるんです?」


「それは先に行ってのお楽しみだよ。さあ、君もこれを着たまえ」


渡されたのはフード付きのポンチョだった。手触りがつるつるで、向こうが薄く透けている。ビニールのような素材でできているようだ。

カナにもそれを渡すと、隣の部屋で着替えると言って二人で入って行った。

簡単に着れると思うのだけれど、わざわざ移動する理由があるのだろうか。

僕はローブの上から羽織ればいいだろうかと思ったが、重ね着すると動き辛くなるのでローブを脱いだ方がいいかもしれない。


着終わって動きを確認していると隣の部屋からお声がかかった。

いちおうノックしてから入ると、目を疑う光景が広がっていた。


二人ともさっきのポンチョを着ているのだが、その下に肌色が薄く透けて見える。

よく見ればアーリアさんは白衣をポンチョに替えただけのようだが、半袖のシャツとショートパンツから出る白い手足が、今まで隠されていた分だけ際だって見える。

普段は隠しているだけで、スタイルはいいのだと改めて思った。


一方カナは、より衝撃的な格好だった。

同じく薄く透けるポンチョの下に、水着のようなものを着て、その上に革鎧を着けている。


『こ、これは、スク水+ビキニアーマーと言ったところデショウか。邪道と言えば邪道デスが、アリかナシかで言えば十分アリデスね』


全面的に同意する。何よりちょっと恥ずかしがってるところがさらにいい。


「じゃーん、どうだいどうだい?カナちゃんはかわいいだろう」


「ええそうですね。記録に残せるならしっかり保存しておきたいですね」


「リアさんも魔術師さんも、なに言ってるんですか!わたしなんかそんな見る価値ありませんよ」


「そんなことないよー。カナちゃんはかわいいよー。そんな恥ずかしがることないんだってば」


アーリアさんの言動がセクハラオッサンそのものである。二人は普段からそんなやりとりをしているのだろう。とても仲がよさそうだった。


「そ、そうだ。もう準備は終わりましたよね。早く先に行きましょうそうしましょう」


カナが強引に話を打ち切って行ってしまった。


「ちょっとからかいすぎちゃったかな?まあいっか。さあ、ここからカナちゃんの活躍をとくと目に焼き付けるといいよ。自分が許可する」


「あんた何様だよ」


「もちろん、カナちゃんのお友達様だよ」


アーリアさんは満面の笑顔でそう言い切った。

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