第37話 錬金術師アーリア

錬金術師のアーリアさんは、平たく言えばコミュ障だった。

着ている白衣には何の汁かわからない汚れが残っているし、メガネには指紋がべったりついている。

向かい合っているのにこっちの顔を見ようとしないし、しょっちゅう髪や耳をいじっている。分かりやすすぎるくらい自分に自信のない人だ。

でも僕は知っている。こういう人は、自分の得意分野なら超人的な集中力を発揮できることを。

日常生活に支障があるかもしれないが、そこをカバーする人がいれば輝く人。そのダメな一部分をさっきの小さな影たちがカバーしているのだろう。


そんな推理を確かめるためテーブルの上にドレーンスライムが入った壺を置くと、アーリアさんがぶつかりそうなほど顔を近づけた。


「これは……年代物の捕獲壺ですね。テラニサイドで作られたものでしょう。造りが特徴的なんです。例えモンスターであっても罪あるものは罰し、罪ないものは傷つけない。秩序神の教えがこんな部分にもはっきり出ているんですよ。長期的な捕縛には向きませんが、短期的には理想的な捕獲アイテムです。数は多いんですけど、テラニサイド以外ではあまり出回らないんですよ。こんな状態のいいものが見れるなんて思わなかったなあ」


早口でまくしたてたかと思えば、今度はうっとりと見入っている。どこの世界でもマニアの生態は変わらないらしい。


『おい、仕事の話が途中だろ』『また仕事がなくなるよ』『どうする?』


店の奥から三人の小さな子供が出てきた。子供たちはわいわい言いながらポットとティーカップを並べ、お茶を注いだと思ったらまた店の奥に行ってしまった。

あっという間の無駄のない動きで、声をかけるヒマもなかった。


「あの子たちは妖精族のお手伝いさんたちです。みんな働き者で、いつも助けられているんです。って、また話がずれちゃってますね、すいません。それで、今日はどんな話でしょうか。魔導具はまだそんなにありませんが、お薬ならすぐにご用意できますですよ」


「いえ、この捕獲壺に捕獲したドレーンスライムから魔石の生成をお願いしたいんですけど」


「えっ、この壺の中の、え?ドレーンスライム?」


アーリアさんの頭の上にハテナマークが浮かんでいるのが見える。


『なんで捕獲壺を出したと思っているんデスかね?』


言ってやるなピセル。こういう人は研究用と対人用の頭のつながりがうまくいってないんだ。仕事はきっとうまくやってくれるはずだ。たぶん。


「ドレーンスライムは知ってますよね?」


「もちろんです。主に鉱山の下層に生息するスライムの変異体のことですよね?スライムは変異体が多いと言われていますが、その大半は食性や環境に適応した結果だとされています。結局は普通のスライムの範囲内なので、正確には変異体と呼べないと私は思うんですよ。でもドレーンスライムは違います。体内にさまざまな物質を取り込んでいるために純粋な素材として扱うのは難しいですけれど、その分同体積のスライム種と比べて多い魔力を持っているんです――」


「魔石を生成することはできるんですよね?」


「はい。スライム系はいろいろな方法によっていろいろな素材を生成できます。ドレーンスライムからは魔石だけでなく、それ以外の物質も生成する方法があります。ただドレーンスライムが取り込んだ物質にもよりますが、魔力を含んだ金属というのは価値が高いので、魔石ではなく素材を生成する人は多いです。ドレーンスライムが欲しいなら、わたしよりも冒険者ギルドに捕獲依頼を出した方がいいですよ。発見数が少ないのでいつ手に入るかは分かりませんが」


「そのドレーンスライムがこの壺の中にいるので、それから魔石を生成してほしいんです」


「はい、ドレーンスライムが、この中に……」


チッチッチッチッチ、ポーン。

アーリアさんの頭上のハテナマークが、数秒後経ってからびっくりマークに変わる。


「ドレーンスライムが?!この中に?!!見てみたい、開け……あ、その前に道具を用意しなくちゃ。ここじゃあダメ、作業場で、ええとそれから……。ベラドー、アマナ、セリバオ。ちょっと手伝って!」


『おー』『はーい』『おしごとー』


奥から三人の妖精族がやってきて、壺を軽々と持ち上げる。そのままアーリアさんといっしょに奥へと行ってしまった。

追いかけようとすると、妖精族の一人が戻ってきた。


『おしごとはひきうけまーす。あしたのよるにはおわってるから、そのあとにきてくださーい。おかねはそのときでいいでーす』


妖精に押されて店から出る。振り返ると店の戸はしっかりと閉められていた。


『まったく失礼なモノどもデスね、次はきっちり分からせてあげなくてはなりマセン』


「また反応できなかった」


妖精は見えてはいたのに、言葉をかけることさえできなかった。


『それは仕方ありマセンよ。妖精属は人の意識の境目で動くことができるのデス。普通の人間では認識するだけでも難しいデショう』


「なにそのチート種族。泥棒とか暗殺者とかいたら怖いな」


『妖精属は直接的な犯罪行為ができマセン。創造神がそのように造ったのデス』


「ピセルたちの神とはまた別な神様?」


『ハイ、創世12神のうちの一柱デス」


「その話ちょっと気になるけど、陽が傾いてきたしお城に戻ってからにしょうか」


『冒険者ギルドが街外れデスからね。街の外へ行く者どもにとっては良いのデショウが、我々には少々面倒デスね』


「いっそお城に冒険者ギルドの出張所みたいのがあればいいのにね」


『それは無理デショウ。基本的には冒険者ギルドは国に属さない独立した組織デス。癒着を疑われることをすれば、他国に口を出す隙を作ることになりマス。国としてもギルドとしても、必要以上に協力することはできないのデス』


組織と組織の関係は僕が考えるほど単純じゃないらしい。

歩きながら話をちょっと聞いたくらいじゃ、イマイチ理解が及ばない。

仕方ない難しい話には口を出さずに、おとなしく自分ができることをやろう。

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