第36話 冒険者ギルドと錬金術師

元騎士オーガンの治療――といえるかどうか疑わしいもの――を終えたあと、僕らは早々に出てきてしまった。

あれではオーガンはイタミケシの成分が抜けるまで中毒で苦しむんじゃないかと思ったけれど、ピセルは自業自得だと言い切った。


『そもそも、傷が治っているのにイタミケシを使い続けたのが間違いなのデス。ええ、そうデスとも。オーガンの傷はもうとっくに治っていマス。それでもイタミケシがもたらす快感が忘れられず、傷が治りきってないとウソをついて使い続けたいたのデショう。いま薬を断たなければ、近いうちにあの家族はどうにかなっていたデショうね』


前の世界でも、麻薬中毒は不幸な結果をもたらしてたな。

殺人事件になったり、そうじゃなくても捕まって牢屋に入れられたという話は聞いた。

オーガンさんのせいで、奥さんとカナまで不幸になってはかわいそうだ。

これ以上イタミケシを使わせないためにも、アレで正解だったのだと思う事にしよう。


『用件は手際よく片付けられたので、だいぶ時間ができまシタね。どうシます?』


「ちょうどいいから、またあそこへ行ってみよう。冒険者ギルドへ」


前回、ダンジョンに毒ガスが充満した時に僕らは、冒険者ギルドに登録をしていた。

なんてったって異世界だ。冒険者ギルドがあるなら、登録しなくちゃダメだろう。

あこがれの異世界ライフ。あこがれの冒険者。あこがれのテンプレイベント。やはり異世界生活はこうでなくては!


冒険者ギルドにつくと、最初と同様に、受付ではお姉さんがヒマそうにしていた。

扉についていたベルの音で入り口を見たお姉さんと目が合った。


「いらっしゃいませ、えっと、カゲトさんでしたね」


「こんにちわ、お久しぶりです。覚えてもらえてたんですね」


「ええ、もちろん。使い魔を連れた魔術師の方は、そう多くはないですから」


お姉さんはピセルを見て微笑んだ。


『モブに笑顔を向けられてもなんともありませんが、センパイを覚えていたことは評価しマショう。1ポイントプラスです』


なんの点数だよ。えらそうだな。


「本日のご用件は、また買い取りでよろしいですか?」


「はい。また前と同じようにクズ魔石がたくさんと、あとちょっと珍しい素材が手に入ったので、そっちの扱いについても相談したいんですが」


「わかりました。ではまず魔石をお預かりしますね」


出されたトレーの上に、袋につめておいたクズ魔石を置く。モンスターは体内に魔力が結晶化した魔石を持っていて、ギルドはそれを買い取っている。

僕らにとっての油のように、エネルギー源として使われているようだ。

スケルトン系は簡単に生み出せるせいか、安いクズ魔石しか採れなかったが、ドール系はそれよりもいい魔石を持っていたので、前よりかなり高く売れた。


代金を受け取ったあと、今回のメインアイテムの出番である、大きな壺を取り出した。


「これは、捕獲壺ですね。いったいどんなモンスターを捕まえてきたんですか?」


「それが、ドレーンスライム?っていうらしいんですけど」


地下ダンジョンでボスとして出てきたスライムを無理矢理閉じ込めたその壺を見せると、受付のお姉さんはそれに飛びついた。


「ドレーンスライムですって!?鉱山のダンジョンでごく希に見つかるというあの!??見つけたんですか、すごい運がいいですね」


「ええ、まあ」


鉱山のダンジョンじゃないんですけどね。


「買い取り価格をすぐに調べますね。ちょっと待っててください」


「残念ですけど、売りにきたわけじゃないんです」


「えっ、売らないんですか?」


分厚いカタログを開いたまま、お姉さんが首をかしげた。


「はい。そのドレーンスライムから、魔石の生成をしたいなって思ってるんです。なので、お願いしたいんですけど、生成ができる人はいますか?」


「あー、なるほど。そう来ましたか。はい、大丈夫ですよ。魔石生成できる方を紹介することはできます。……できるんです、が」


不意に真面目な顔になって、言葉にタメを作るお姉さん。

その雰囲気の落差に思わずつばを飲み込んで言葉を待つと、お姉さんはゆっくりと口を開いた。


「紹介することはできるんですが、やっぱり売ってくれません?」


「売りません。早く教えてください」


魔石を売った代金とともに紹介状を受け取り、そしてドレーンスライムが入った壺にしがみつくお姉さんを引きはがして壺を回収し、ようやくギルドから出ることができた。


『なかなか手ごわかったデスね。やはり一発魔法を使っておくべきだったのデハ?』


「そしたら今後はギルドを使えなくなっちゃうだろ。現金収入のためにも仲良くしとくべきなんだから、あれくらいのジョークにはつきあってあげないと」


『ジョークにしては、目が本気でしたケド』


だとしてもジョークだとしておくのが、平和に生きるコツです。

敵はダンジョンの中にいるモンスターだけで十分だ。


受付のお姉さんが描いてくれた地図に従って進むと、繁華街の外れに目的のお店を見つけた。

【錬金術師アーリヤのアトリエ】の看板がかけられている店の扉をくぐる。

中はカラフルな水薬や粉薬がビンに入れて並べられていたり、見た事もない不思議なオブジェがあったりする。なかなかファンタジーな店だった。

思っていたよりも何倍も普通そうで、なんとなく不気味で怪しいのを予想していただけに、すこしだけ残念だった。


『なんだ、客か?』『客かな?どうする?』『どうするどうする』


ささやくような声が聞こえた方を見ると、店の奥で小さな影が動くのが見えた。


『こっちを見たぞ!』『見つかった?』『どうするどうする』


小さな影たちはなにかをコソコソ話あったあと奥に引っ込む。その数秒後に、ドタバタと走ってくる音が聞こえた。


「おおお客さん?おおお待たせしました!すすすいません!」


汚れの跡がついた白衣を乱して出てきたのは、分厚いメガネをかけた女の人だった。


「はひゅう、お、男の子……」


店主らしき女の人は僕を見た後、ゆっくりとまた奥に下がっていった。


『客だろ、とっとと出ろよ』『話さないと商売できないよ?』『どうするどうする』


「ちょっと待って、まだ心の準備が……」


白衣の女の人が、3人の小さな子供?に押されるようにして出てきた。


「いい、いらっしゃいませ。アーリアのアトリエにようこそ。いいいったい何のご用でしょうか?」


かなりキョドっていらっしゃるんですけど、まともに話ができるんだろうか。

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