第35話 元騎士オーガン

「私の罪、だと?」


カナの父親であるオーガンは、不機嫌そうに顔をしかめた。


「そうだ、お前の罪を数えてやる。ひとつは私にウソをついたこと。ふたつ、家族にウソをついたこと。そして三つ、自分にウソをつきつづけていることだ」


指を立てながら数え上げるたび、オーガンのまぶたが小さく痙攣けいれんするようにうごく。

麻薬を使い続けたせいで幽鬼のようにたるんだ顔から、表情が消えていく。

正直言ってとても怖いが、逃げ出すわけにも行かないのでこちらも顔を引き締める。


「心当たりがあるんだろう。何か反論はあるか?」


「突然あらわれた魔術師風情が、何を知っているというのだ。わたしがうそつきだと?わたしがつみびとだと?この国のために長年尽くしてきたこのわたしを、この国に来たばかりの貴様は何も知りもせずに罪人呼ばわりのか!」


つかみかかる腕を避けて、その目の前に杖を突き出す。ピセルがその杖の先にとまり、オーガンを正面からにらみつけた。

ピセルの目が妖しく光ると、オーガンが手を伸ばしたまま動きを止めた。


「私はお前をみた・・


「な、うご、けない?」


「聞け、騎士オーガン。私はお前を見たのだ。お前は傷つき、苦しみ、そして薬に逃げたのだ」


「逃げたのでは、ない。わたしは、また、戦うために、国のために」


「黙って聞け!騎士オーガン。私はお前の苦しみを見たのだ。傷を負い、戦場から遠ざけられた悔しさを。剣をとれず、家長の座を追われた無念を。守るべきものに養われている惨めさを、私は理解している」


「わ、わた、わたし、は」


通訳した言葉をぶつけるたび、オーガンの顔色が赤くなったり青くなったり変化する。

真実を突きつけられる怒りと恐怖、それがオーガンを残酷に串刺しにしていく。

体の動きを縛っているだけで苦痛は与えていないはずだが、今にも吐きそうな顔色になっている。


「オーガン、貴方の苦しみは、薬ではとりのぞくことはできない。薬はお前をより惨めにするだけだ。だが、私はお前を救うことができる」


オーガンは荒い息を吐きながら、ピセルを見つめている。

その手が本当に救いをもたらすのか疑いながら、注意深く様子をうかがおうとしている。


「私は……そのピセルは、秩序の神の遣いです。怪我と薬により乱された貴方の人生に、再び秩序をもたらすため協力しましょう。大丈夫、私たちは貴方の味方です」


「わたしは、また剣をとることができるのですか?わたしを役立たずと決めつけたアイツらと、わたしを追い出した息子を、後悔させてやることができるのですか?」


「はい、もちろん。私が協力すれば、必ず以前のように活動できるようになるでしょう。ただし治療には苦痛がともないます、ですが歴戦の騎士である貴方なら、きっと乗り越えることができるでしょう。どうしますか?」


問いかけると同時に、オーガンの金縛りが解ける。

オーガンは床にひざをついてしばらく動かなかったが、不意に顔を上げると僕のローブのすそにとりすがった。


「魔術師さま、治療してください。わたしを元のようにもどしてください。また戦えるようになるのなら、どんな辛いことにも耐えて見せます。ですから、お願いします」


「えっ!?あ、コホン。いいでしょう。貴方の覚悟は受け取りました。では手を組んで目を閉じなさい。そして私の魔法を受け入れるのです。絶対に抵抗してはいけませんよ、いいですね?」


「はい、おっしゃるとおりにいたします」


オーガンはすぐさま目を閉じて、祈るように両手を組んだ。

ピセルが乗った杖先をその目の前に持ってくると、ピセルが魔方陣を展開した。


『頭を垂れし罪人が来たれリ。我、秩序の神メガテラニスの名において、その身に纏う罪に罰を与エン。正しき秩序の道へと導く茨よ、彼の罪を戒めタマヘ【血茨の冠ローズクラウン】』


魔方陣がオーガンの頭を包み込むと、赤い光の帯となって巻き付いた。オーガンが痛みにうめくが、そのままじっと耐えている。

数秒して魔方陣が消えると、オーガンの頭に茨の輪をかたどったアザが残っていた。


『終わりマシタ。センパイ、また通訳をお願いしマス』


ピセルが杖から離れて、僕の肩へともどってきた。

咳払いをして姿勢を整えてから、オーガンへと呼びかける。


「施術は終わりました。もう立ってもいいですよ」


「おお、治療が終わったのですか?どことなく頭がすっきりした気がします」


うれしそうなオーガンには申し訳ないが、はっきりと首を振って告げる。


「いいえ、治療はまだ始まったばかりです。私が施したのは、秩序正しき道を示すため術です。貴方はこの先、自分の意思で自分を取り戻すのです。それこそが真に秩序正しき道です」


「それは、どういうこと……ぐわあっ!」


動こうとしたオーガンが、いきなり頭をおさえてうめいた。すぐに痛みは去ったみたいだけれど、信じられないというような顔でこちらを見ている。


「えー、今のは貴方が秩序正しくない行動をしたために、戒めの痛みが発生したのです。常に秩序正しい行動を心がけていれば、痛みが発生することはありません」


「秩序正しい行動、ですと!?」


「はい。具体的には、傷の痛みを薬で誤魔化そうとしたり、あるいは先ほどのように神の御遣いたる私たちのことを疑ったり害そうとしたりすることなどですね。あとはご自分でいろいろ試して探ってください」


「それのどこが治療であると……あ痛っ!」


「薬を使わなければ、これ以上体を悪くすることはないでしょう。禁断症状についてはご自身で耐えていただくしかありません。ですが、施術の効果で少しだけ楽になっているはずです。ではオーガン殿の騎士としての一日でも早い復帰を心待ちにしておりますよ」


頑張ってできる限りの笑顔でそう言いつつ、心の中では完全に楽にできないことを謝りながらオーガンの部屋を出た。

僕もアレはどうかと思ったが、他にいいアイデアを出せなかったのでしかたがない。

ぜひとも頑張って秩序正しい人になってもらいたい。


部屋の外ではカナと母親が心配そうに待っていたので、治療のための施術が終わったことを伝える。

せめてものフォローとして、オーガンが時々痛そうにするだろうけど、それは治療のために必要な痛みであること。オーガンが秩序正しい行動をした時は、積極的に褒めるようにと伝えた。


「秩序正しい行動、ですか?」


「はい、それがオーガン殿を救う道なのです。ですので、奥様もその手助けをしてあげてください」


戸惑っている様子だったけど、秩序正しいという曖昧な表現をされれば誰だってそうなるだろう。

後は慣れてもらうしかない。


何かお礼をしたいと言われたが、結果が出てからでいいと言って家から出た。

オーガンが大変なのはこれからだろうから、家族で仲良く協力してほしい。

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