第34話 メイド少女の家へ行こう

メイド少女カナの話を聞いて、とりあえずカナの父親の様子を見てみることにした。

翌日の昼には、実家から戻ってきたカナが両親に了解をとってきて、すぐに向かうことになった。


人通りの多いメインストリートから外れたところにある、閑静な住宅街。そこにカナの実家はあった。

家の前に着いたはいいんだけど、中でなにやらもめている気配がする。

カナは扉の向こうでそれを収拾しようとして入ったっきり出てこない。聞こえてくる声からすると原因は僕のようなので、刺激しないように大人しく待っていることにする。


『むむむ、この気配は、間違いありマセン。私、ワクワクしてきましたよ』


「いったい何があるっていうのさ。ごく普通の家じゃないのさ。そりゃ、昨日の話を聞いたら大変そうだと思うけど、ワクワクするようなことじゃないだろう?」


『すいません。この空気が久しぶりだったもので、昔を思い出して浮かれてしまいまシタ。ところでセンパイ、ミノタウロスは本当にダンジョンへ送ってしまって良かったのデスか?』


「なんだよ急に。ずっと部屋で一人で待たせているのも悪いし、本人も望んでたし、それで問題ないよ。それに二十階周辺なら一人でも楽勝だろうし、うまくレベル上げしててくれるでしょ。携帯食料もたくさん持たせたし」


杖の上のピセルに答える。

ミノタウロスの鎧姿は、一般市民には迫力がありすぎる。それにもしかしたらモンスターだと見抜く人がいるかもしれない。できるだけ目立たせない方がいいだろう。


『いえ私が心配しているのは、センパイの身の安全デスよ。話す相手は、薬チュウの元騎士なんデス。錯乱して斬りかかって来たらどうするんデス?』


「ええと、そうならないよう祈ってて」


カナの父親は、治療されるまでの痛みを誤魔化すためにイタミケシを使っていたらしい。鎮痛薬としての使い方は、薬屋で売るくらいの普通さらしい。

回復薬と同じか少し安いくらいの値段なので、回復薬がない時の一時しのぎとして使うのだろう。

粉末状なので、ビンに入った回復薬より持ち運びの面で優れている。


不幸な事に、魔物討伐が長く続いたために回復が行き届かず、イタミケシでごまかし続けた結果やめられなくなってしまったのだろう。

麻薬の禁断症状は人間性を奪うと聞くし、なんとか助けてあげたいと思う。


『断薬治療なら、私におまかせくだサイ。きっと立派な真人間にして見せマスよ』


ちょっと心配だが、断言できるなら頼んでいいかもしれない。


家の前で待っていると、ご近所の住人だろう視線を感じる。

カナ本人が言っていたけど、貴族の娘といえども妾の子供なので、家は普通の一軒家程度のものだ。

妾にも家を買ってあげられるとか、けっこうお金持ちなのかと思ったけれど、ピセルが調べたところによると、本妻は愛のない政略結婚だったらしい。つまりカナのお母さんの方が本命とのこと。

耳ざといご近所のオバサマ方は、カナの家の事情を知っているのかもしれない。遠くでこっちを見ながらひそひそ話をしている。


いい加減いたたまれなくなってきたころ、ようやくカナが扉を開けてくれた。


「たいへんお待たせしました魔術師さま。せまい家ですがお上がりください」


玄関では、カナのお母さんが出迎えてくれた。

カナに似ているが、触れれば折れてしまいそうな、はかない花のような雰囲気がある。


『メイドの娘は叩いてもへこたれなさそうなのに、親はずいぶんとモロそうに見えますね。男はこういう女に弱いのデショウか』


それはカナの親父さんの趣味じゃないのか?僕に聞かれても困る。

家の中は思っていたよりも普通で、貴族だと聞いていなければちょっと裕福な一般家庭だと勘違いしていたろう。


「主人は奥の部屋にいます。こちらです」


カナのお母さんによって、頑丈そうな扉の前に案内された。他とくらべて明らかにお高そうな扉だ。

カナのお母さんがノックすると、「入れ」と声が聞こえた。扉を開けてもらって、僕とピセルだけが中に入る。


部屋に入ってすぐ目に付くのは、壁にかけられた獣の頭部の剥製だった。ハンティングトロフィーというヤツだろう。それもひとつでなく、壁の一面に大小さまざまな動物や魔物の頭の剥製がかけられている。


そんな獣の群れを背にして、イスに座った男がいた。


「ようこそいらっしゃいました魔術師殿。私がこの家の主人、オーガンです」


オーガンさんを見て思わず、顔怖っ、と言いそうになるのをこらえた。

顔の皮膚が全体的に垂れていて張りがない。そのため目つきが悪く見える。顔色も悪く、不健康なのがひと目見てわかるほどだ。


「カナから聞きましたぞ。魔術師殿はあの娘の頼みで、わざわざ私の体調を看に来ていただけたのだとか。しかしご覧の通り私は万全です。魔術師殿のお手をわずらわせるようなことは、何一つありません」


オーガンさんが立ち上がると、顔の位置が僕より頭二つ分は上にあった。肩幅も広く、腕も丸太のように太い。全盛期はすぎてるはずなのに、歴戦の戦士のような風格があった。

そんな人がゆっくり近づいてくるのは、恐怖に似た圧迫感がある。


「あの娘は気の小さいところがありましてね。確かに身体は以前のように動かなくなってはいますが、それでもまだまだ剣をとることはできます。薬さえあれば、そう、薬さえあれば私は以前のように動けるようになるのです。魔術師殿は成さなければならないことがあるはずです。わざわざおいでくださったことはまことにありがたいのですが、今日のところはおひきィッ……!!」


僕の肩にオーガンさんの腕が触れそうになった瞬間、ピセルが目にもとまらぬ早さでオーガンさんの眉間をくちばしでつついた。


なにやってんのピセルさん!?


『ダウト!ダウトです!!この人間、ウソまみれでとても耐えられたものではありマセン。ウソのウソ、ごまかしのごまかしデス。くさすぎマス!』


ピセルは興奮しながら羽ばたいている。

オーガンさんは額をおさえてこちらを睨みつけてきた。


「この、鳥、なにを……」


『センパイ、通訳おねがいしマス』


お、おーけー。

咳払いをして、オーガンさんの視線を僕に向けさせる。そして杖を突き付けてこう言った。


「騎士オーガン、お前は罪を犯している」

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