第33話 メイド少女の頼みごと

お昼過ぎから始まった王子様達との会談が終わったのは、日が傾き始めたころだった。

話すだけでこれほど疲れるとは思いもしなかった。元から話しをするのは得意ではなかったけれど、相手の都合と自分の損得を考えながら話し合うのはものすごく気力が必要だった。

自分のわがままを叫ぶだけならどれだけ楽だったろうか。けれど僕は他人の顔色をついつい気にしてしまうので、黙られるだけで悪い事をした気になる。

相手のことを気遣うのは悪くないんだろうけど、今回はそうも言っていられない。後で僕がものすごく苦労することになる。

自分の目的のためにも強気で言わなきゃいけなかったけど、ものすごく勇気が必要だった。

そんなときに、ピセルがいてくれて本当に助かった。

彼女は僕にしか聞こえない言葉で、言うべきことを遠慮無く言ってくれる。僕はそれをマイルドな表現にして伝えるだけでよかった。ただし、その言い換えにすごく気をつかったのだけれど。


「つかれたー。もうむり。なにもかんがえたくない」


部屋にもどってベッドに倒れ込む。

ふかふかやわらかなベッドはやさしく受け止めてくれる。この包容力に癒やされる。


『お疲れ様デシた、センパイ。必要なもののリストアップは私がしておくので、ゆっくり休んでくだサイ』


「ありがと。おことばにあまえマス」


このまま夕食の時間まで寝てしまおうか。

ダンジョン攻略に必要なものは騎士団からもらえることになったし、外で買い物をしたらその支払いもしてくれることになった。

買い物は明日以降にするとして、今日はもう休んでいいはずだよね。


「ちょっとのどが渇いたから水でものもうかな」


あとトイレ行って、服も楽なのに代えておこうかな。

なんて考えながら立ち上がったタイミングで、ドアを遠慮がちにノックされた。


「あ、あの、突然失礼します」


ミノタウロスに開けさせると、そこにいたのはメイドの女の子だった。

緊張した様子で入ってきたかと思ったら、ドアの横に立ってる鎧姿のミノタウロスに声を出して驚いて、何度も謝ったりしていそがしい。

何を考えているのか分からないオッサンたちの相手をしていた後だからか、余計にその子の動きに癒やされてしまった。


「そっちのは気にしなくて大丈夫だよ。何かあったのかな?王子様か、それとも副団長さん辺りからの呼び出し?」


「その、すいません。お伺いしたのは、魔術師様にお願いしたいことがあったからなんです。厚かましい事とはじゅうじゅう承知しておりますが、どうか聞いていただけないでしょうか」


途中かみそうになりながらも、一息で言い切って深々と頭を下げた。

ピセルに目線で聞いてみるけど、メイド少女は別に危険じゃなさそうだ。

詳しい話を聞くために、しきりに恐縮する彼女をイスに座らせた。


「突然お伺いして、申し訳ありません。わたしは城勤めのメイドをしております、カナと申します」


カナは全体的に地味で華奢な印象の少女で、メイドさんたちが並んだら確実に見分けがつかなくなる自信がある。

下級貴族の妾腹の子で、お情けで城で働けていると説明された。それ以上のプライベートな事まで言い訳するようにしゃべり続けるので、キリがないから途中で遮った。


「それで、わざわざ僕に頼みたい事ってどんなこと?できることなら協力してもいいけれど」


「本当ですか!ありがとうございます。なんとお礼をしていいか。あ、まだ内容を言ってませんでしたね。ごめんなさい。わたし、そそっかしくていつも失敗しちゃうんです。この前もそうだったんですけど……」


「それ、これからの話に関係ある?」


「いえあの、すいませんすいません!」


こんな感じで脇道に逸れそうになりながら、なんとか用件を聞き出した。


「わたしの父は元は騎士団に所属していたんです。騎士団は王国周辺のダンジョンから出てくるモンスターを討伐してるんですが、三年前に森のダンジョンにモンスターが大量発生した時があって……。あ、モンスターの大量発生ですけど、集団暴走スタンピートじゃありません。そうなる直前に気づけたので、なんとか間に合ったって教授が話しているのを聞きました。それと、森のダンジョンは元からモンスターが増えやすいんだとも言ってました。普段は冒険者の人たちが討伐してるからそこまで増えないんですけど、その時はちょうど鉱山のダンジョンの方が人気があったらしくって……」


「それで父は騎士団の人たちと毎日のようにモンスターの討伐をしていたんです。でもそんなことしてたら、怪我ばっかり増えて、回復薬も魔法も足りなくて、みんな傷だらけなのに、それでも国のためだからって頑張ってたんです。あ、別にお城の人たちがいじわるしてたわけじゃありませんよ。騎士団だけじゃなく、みなさんがモンスターの大量発生をなんとかするために働いていました。わたしはまだお城に上がれていなかったので、大した事はできなかったんですけど。あ、でも、街の人たちと一緒に炊きだしをやったりしたんですよ。そこで今のメイド長と知り合うことができたんですけど……」


「父はそのモンスター討伐の時の傷のせいで騎士団を辞めることになってしまったんです。しかもその傷が今でも痛むらしくて、治すためには特別な薬草が必要なんです。あ、でもお城のお医者さまも治癒術士さまたちもとてもいい人達ばかりで、父のことを気にしてくれてるんです。でもその薬草は希少な物で、父の他にも必要としてる人はたくさんいるんです。だから父の分は、わたしたちが用意しないといけなくて。でもその薬草は、もう街の薬屋さんも売ってくなくなっちゃって。あ、でも薬屋さんが悪いわけじゃないんです。わたしがもっと頑張っていれば、お金をたくさん払えただろうし、父はあんな怪我をしなかっただろうし……」


「その薬草は、ダンジョンに生えているんです。特に森のダンジョンにあるらしいんですけど、森のダンジョンのは採れる分が限られている上にきょうてい?というものがあるらしくて、わたしじゃギルドに依頼を出すこともできないんです。だから、魔術師さまにその薬草を見つけてきてはもらえないでしょうか」


そう言って、メイド少女はこちらを見つめてきた。

僕も彼女の方を見ていたので、視線がばっちり合うことになる。不安な表情で、でも頑張って何かを成し遂げようとしているような、必死な顔をしている。

これが親切な魔術師にお願いに来たお客さんでなければ、素直におしゃべりできなくなりそうだ。


『センパイ、その子はセンパイのお言葉を待っているんデスよ』


「えっ?あ、うん。そっか、ちょっと話をまとめたいから、聞いていい?」


ピセルに言われなければ、いつまでも見つめ合ってるところだった危ない危ない。


「はい、わたしに答えられることならなんでもいいです」


「君はお父さんの傷を治すための薬草が欲しいから、それを僕に採ってきて欲しい。ってことだよね」


「そうです。あ、でも……」


「ちょっとまって、僕の質問に答えてくれるだけでいいから。わかった?いいね。じゃあ次の質問だけど、その薬草が森のダンジョンにしか生えないなら、森のダンジョンで採ってくればいいのかな?」


「いえ、違います。森のダンジョンじゃなくても生えてるんです。あ、でも、森のダンジョンが一番よく採れるらしくてそれで、あ、でもダンジョンならどこでも生えるらしくて……」


「まって。つまり、この王城地下のダンジョンにも生えてるかもしれないから、それを見つけてきて欲しいってこと?」


「はい、その通りです。わたし頭が良くないから説明するの下手なんですけど、こんなに簡単に分かってもらえるなんて初めてです。お前の話は分かりにくいって、いつも怒られてばかりなんです。魔術師さまはすごいですね」


満面の笑みでうなずかれた。いつもこんな調子なんだろう。

この子、悪気はないんだろうけど相手をするのがかなり疲れる。


「褒めてくれてありがとう。それで重要なことを聞いてなかったけど、その薬草の名前ってわかる?」


「あ、言ってませんでしたね。すいません。【イタミケシ】って名前の薬草です」


痛み消しか。まんま鎮痛薬になりそうな名前だな。

ピセルなら、詳しいことが分かるだろうか。


『イタミケシは、ダンジョンにのみ生える芥子けし科の草デス。いわゆる麻薬の材料デスね』


ファッ!?麻薬だって!??

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