第32話 教授と副団長
カゲトと名乗った魔術師の少年は、騎士団副団長との協議が終わると部屋を出て行った。
協議の内容としては、カゲトへ支払う報酬の半分をダンジョンを攻略するうえで必要な物資を支給することで合意したのが、一番大きな成果だろう。
副団長は彼を笑顔で見送った。
「なかなか面白い少年でしたな。実に擦れていない、魔術師らしくない魔術師だ」
横合いから声をかけられ、副団長は表情を引き締めた。
「そのようですね、教授。欲がなく、わがままを言わず、礼儀を知っている。どこかの裕福な商家か大農家の出身といったところでしょう」
「貴族らしくない上に、他人を信用している。周囲の人間にとても恵まれて育ったのだろう。ダンジョンをいくつも攻略したというのも、どこかの大物パーティーに守られていたと考えれば説明がつきますな」
「そうですね。ではその線で調査を進めさせましょう」
副団長ダンテリオンが言うと、トーライ教授はため息をついた。
「前途有望で、自信があり、それに見合った実力もある。このまま彼の成長を穏やかに見守りたいというのは、私のわがままだろうか」
「気持ちはよくわかります。ですが、世情が不安定になってきている今、ダンジョンの攻略は急務であります。また、兵をいたずらに失うわけにもいきません。我々の仕事は、彼が無事にダンジョンを攻略し、王国に平和がもたらされるように尽力することです」
「それは分かりますが、彼への質問が少々しつこかったように思えます。素性の調査も重要ですが、彼がそんなに信用できませんか?」
「我々は王国の臣として、成すべきことを成さねばなりません。彼が我が国に害成す者かどうか見極めるのもまた、我々の役目です。彼は我が国の民ではないのですから」
副団長はその分厚い胸板を叩く。
「私は騎士団の一員として、王国貴族として、この国をずっと守ってきました。そしてこれからもそうであり続けます。もし彼がダンジョンで何か悪さをするのなら、その時はこの手で誅することになりましょう」
「まだ彼がそうするとは決まったワケではないでしょう。あなたも思ったでしょう?彼は善良だ。悪を成すような人物ではない」
「彼がそうだとしても、彼を選んだ神が悪神だとしたらどうします?」
【悪神】の言葉に、教授の目が険しくなる。
「創世十二神と、その眷属神。その中のどの神が彼を選んだのかが、重要なのは間違いないでしょう。副団長、あなたは彼の使い魔を見たのでしたね」
「はい。黒い鎧と【罪】の気配を纏った、人型のモンスターでした。あれが彼の主力だと考えて、間違いないでしょう」
「【罪】の気配ですか。あなたが言うならそうなんでしょうが、それだけで彼の神を悪だと判断するは難しいところですね」
「なぜです、【罪】を持つモンスターなど、悪神の眷属で間違いないのでは?」
問われた教授は咳払いをひとつして、語り始める。
「【罪】と【罰】は、秩序の範囲に含まれるのです。【秩序】と【混沌】。【光】と【闇】そしてそのどれでもない【中庸】。我々が悪神と認識しているものは【混沌】にして【闇】の眷属がほとんどです。そして【秩序】に族する神は、ほとんどが善神ですよ」
「ですが、悪神もいるでしょう」
「いないとは言いませんが、彼の神は違うでしょう」
「なぜそう言い切れるんです?」
副団長の問いに、教授は微笑んだ。
「彼は白いハトを連れていたでしょう?あれも使い魔だと気づいてますか?」
「もちろん。あれは【罰】の気配をわずかながら持っていました。なればこそ、やはり悪神の眷属であると私は考えたのです」
「なるほど、【罰】の気配ですか。そういうこともあるでしょう。私はあのモンスターを知っています。あれは【秩序】にして【光】に属するモンスター、【エンジェルチック】です。あなたも聞いた事くらいあるのでは?」
「
「そうですか?彼は最初にミステミス姫と出会った時にはもう、エンジェルチックを連れてたらしいですよ。しかも姫は、彼はあの使い魔をとても大切にしていたともおっしゃっていました。私はあの使い魔が、彼をここに導いたに違いないと私は思います」
教授の言葉を聞いて、副団長はしばし黙考する。教授は冷めたお茶をすすりながら、副団長が口を開くのを待った。
「なるほど、あのモンスターが秩序神の御遣いだと言うのですね。たしかに、教授のおっしゃることも納得できる部分もあります。彼を選んだのは秩序神かもしれません。その可能性はないわけじゃないでしょう。しかし、それでも彼は、完全な善人ではないでしょう。会談の最初を覚えていますか?王子に反抗的な態度をとったのですよ」
「そうですね。貴方の言うとおりです。ですがそれは、王子の態度の誤りもあったでしょう。貴方も言ったでしょう?彼は我が国の民ではないと。彼は仕事を依頼された一人の人間として、対等な立場での話し合いを望んでいたのです。彼の態度もまた正しかったとは言えませんが、間違ってもいないのですよ」
「ならばどうしろと、教授はおっしゃるんですか?」
教授はお茶を飲もうとしてそれが残っていないことに気づくと、残念そうにカップを置いた。
「副団長、貴方は功績を出した部下への褒美をケチったりするような人ではないはずだ。ましてや、彼はこれからの仕事を期待する相手です。そんな人物と対等な関係を築くためには、何が必要かはわかるでしょう?」
「彼は私の部下ではありません。ありませんが、なおさら褒美で釣る必要がありますな。もしくは彼の不満を和らげる必要があります」
「その通りです。私も少々考えがありますが、準備が必要なので話しの続きは後日としましょう。それまでに、貴方の方も何か考えておいてください。いいですね」
「教授には頭が上がりませんな。わかりました、おっしゃる通りにいたします」
教授は席をたつと関節をほぐしながら部屋を出て行った。それに続いて副団長も部屋を出ると、入れ替わりにメイドが入ってきた。
メイドが扉を閉める寸前、その足下を黒い影が通り抜けた。
「きゃっ、今のネズミ?いったいどこから入り込んだのかしら。後で駆除の相談をしなきゃ」
メイドはため息をつきながら、部屋の後片付けを始めた。
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