第31話 王子様との会談

「ダンジョンのマッピングを、王子様にお願いしたいんです」


そう言われた王子様たちの反応は、ごく普通のものだった。驚くわけでもなく、怒るわけでもない。

ここは王城の小会議室。今回の会談用に用意された部屋だ。

僕とピセルの前には、上座に王子様、その左右に副団長さんと初めて会う灰色の髪のおじさんが座っていた。


僕の提案に対して、王子様は当たり前のような口調で言った。


「マッピング程度、別にどうということはないが、それが望みとは欲がないのだな」


「いえあの、今のは相互協力の提案ですよ。僕はダンジョンの攻略に集中できますし、王子様たちもダンジョン攻略に参加したって堂々と言えるようになるっていうことなんですけど」


自分で提案しておいてなんだけど、こんなにあっさり承諾されるとは思ってなかった。もっとゴネられると思ってた。

でも報酬の話しとは別だ。それっぽっちじゃぜんぜん足りない。


「相互協力だと?貴様は我の許しがあるゆえにダンジョンに入ることができるのだ。ならば伏して願うのが道理だろう。たかが魔術師風情が我と対等であるつもりか?」


「なら、後は王子様が頑張って攻略してください。ダンジョンは本格的に目覚めてるんで危険は増えてますけど、兵隊さんがたくさんいるなら大丈夫でしょう。でも王子様の代わりに命を落とす事になる兵隊さんはかわいそうですね。家族もいるでしょうし。まあ、追い出される僕にはもう関係ないことですが」


「ほう、我を脅すつもりか?なかなか肝のすわっているな」


「王子様を脅すなんてとんでもない。僕はただの魔術師風情、王子様にかなうモノなどなにひとつ持ってませんよ」


王子様と笑顔でにらみ合う。僕はピセルとの約束を守るためにも負けられないんだ。

王子様にもプライドがあるだろうけど、ここは攻めるべきだろう。ここで叩き出されるならそれでも仕方ない。ここからならダンジョンに飛ぶこともできるし、報酬がもらえなくてもそれは元々だ。


キレたら負けのにらめっこを続けていると、王子がイスから立ち上がった。


「いいだろう、ならば――」

「王子、落ち着きなさい。あなたの言葉には、未来の民の命がかかっているのです。感情で動くのは、幼子のすることですよ」


話し合いが始まってからずっと無言だったおじさんが、王子様の言葉を遮った。

プライドの高い王子様が、そのおじさんには不満そうな顔をするだけで我慢している。

王子様はイスに座り直すと、鼻をならして黙り込んでしまった。


代わりに、とでも言うように、おじさんが口をひらいた。


「申し遅れました。私はこの王城の学者として雇われております、トーライです。城のみなからは教授と呼ばれています。魔術師殿もどうかそう呼んで下さい。私も微力ながらも力をお貸します」


紳士的な態度で、僕をまっすぐ見てくる。ちょっと居心地が悪いが、いい人そうなのでこちらも丁寧に自己紹介をした。

右手を差し出されたので握手を返すと、意外とゴツい手で力強く握られた。見た目はただのおじさんなんだけど、只者ではないのかもしれない。


「魔術師どのはずいぶんとお若いですね。その年齢でダンジョンの攻略を神に命じられるとは、さぞかし才能がおありなのでしょう。ぜひとも我々にそのお力をお貸しいただきたい」


『センパイが天才なのは当然デス。なんたって私が選んだのデスから』


お前がドヤるなよと思うが、褒められて悪い気はしない。


「僕でいいのなら、喜んで協力します。ただ、ダンジョンが思ったよりも手強いので申し訳ないんですが、協力をお願いしたいのです」


「ええ、わかりますとも。私はこの国の歴史を研究しておりまして、ここの地下ダンジョンについての資料も見つけてあります。それをお貸しいたしましょう」


「昔の資料ですか。それはとても助かります」


教授が教授が紙の束を机の上に置く。それは古びた木の皮に刻まれた、ダンジョンのマップだった。


「地下ダンジョンは、三百年前からこの地にありました。この国の祖、初代フォレスタス王がその地下ダンジョンを封印し、この地に王国を築いたのです。これはその時の記録です。それと、こちらが先日の調査結果を新しくまとめたものです」


教授は副団長さんから受け取った新しい紙の束を置く。紙の質はぐんとよくなっていて、僕が知るわら半紙に近い質感になっている。

この流れは、僕もマップを出すべきだろう。用意してきたカバンから、僕もマップの束を出す。それは大きな一枚の葉から切り出された、画用紙に近い質感の紙だった。

このためにわざわざウィンドウから写し取ってきたものだ。十階までは王子様も探索してたからマップは完全なものを描いてきたけど、十一階から下は枝道の先をいくつか削っておいてある。この先を王子様たちにマッピングしてもらうつもりだった。


それぞれのマップを見比べると、ほとんど違いは無いのがわかった。

ただ、隠し部屋はどのマップにも描かれていない。やはり、あると知らなければ見つけられないものなのだろう。

他に違いがあるとすれば、僕が新しく変更した場所くらいだろうか。ただ、十一階から下のギミックについては曖昧な部分が多く、僕が描いたものが一番詳しかった。


「さすが魔術師殿ですな。仕掛けについての解説がとてもわかりやすい。これがあれば、探索がよりはかどるようになりましょう。あれほどの短期間でここまで見抜くとは、やはり天才なのですね」


「いえいえ、これくらいのギミックならどこにでもありますよ。進行を遅くする為のよくある仕掛けです」


「ほう、どこにでもある・・・・・・・、ですか」


そう言った教授の目が光った気がした。

あれ、なんかマズいこと言っちゃった?


「察するに魔術師殿は、いくつかのダンジョンを攻略した経験があるということですね。是非ともお話をお聞きしたいのですが、よろしいですかな?」


「ええっと、そんな大した事はありませんよ?ただ僕はダンジョンを攻略するのが好きだっただけです。この十三階のスイッチですが、階段にたどり着くためには対応するスイッチを順番に切り替えていく必要があります。間違えるとスイッチのある場所まで往復しなければならないので、順番をしっかり考える必要があります」


「ほうほう、なるほど。それでこの長い解説文ができあがるわけですな。これをお一人で検証するのは、さぞかし労力が必要だったでしょう」


「そうですね。ここはモンスターとの戦闘よりも、通路の往復が疲れました」


「なるほど。では次のこの仕掛けについてですが……」


そこから教授がどんどん質問をしてきて、それに答える時間が始まった。今までより一番長く話したと思うけれど、教授の聞き方が上手いのかとても楽しく話す事ができた。

ついうっかりマップに描いてない部分のことも話しそうになったこともあったが、ピセルが止めてくれたので大きなミスはなかったと思う。

そうやって二十階までの解説を終えたところで、やっと一息つくことができた。


「さすが魔術師殿ですな。ここまでダンジョンについて理解されている方は、今まで会った事がありません。後でもっと詳しく話しをしませんか?」


「それはいいですね、では……」


『センパイ、そこまでデス』

「教授、そこまでにしておけ」


声をかけられて気がついた。僕と教授以外があきれ顔でこっちを見ている。ちょっと熱が入りすぎてたらしい。


「今回は教授の知識欲のために用意した場ではない。それは後にせよ」


「失礼しました。ところで、結論は出ましたかな?」


王子様がうなずいたが、結論とはなんのことだろうか。


「魔術師よ、貴様がダンジョンの攻略を得手としていることはよく分かった。貴様の提案を受け入れよう。貴様はダンジョンを先行し、仕掛けとモンスターについて我に報告せよ。さすれば相応の報酬をくれてやる」


そうだった、王子様とは僕の提案について話しをしていたんだっけか。


「詳細はダンテリオン、お前に任せる。今後はお前が魔術師からの話を聞け。以上だ」


こうして僕は、ダンジョン攻略のための資金を獲得するとともに、ダンジョンに兵士を引き込む事ができた。

兵士たちが常駐するようになれば、魔力の回収もはかどることになる。

これでピセルの封印を解除できる日が近づくぞ。

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