第29話 お風呂
休養のために外に出ようとすると、一階の転送魔方陣の前に誰かがいることに気づいた。しばらく様子を見たけれど、移動する気配がない。僕が戻ってくるのを待っているんだろうか。
「王子の遣いかな。僕に用があるとか言ってたし」
本当はピセルの魔法で転移するつもりだったけど、不自然に思われないように二十一階の転送魔方陣を使って戻る。
魔方陣の前にいたのは、立派な鎧を着た兵士だった。いや、騎士と言うべきだろうか。身につけた装備はどれも派手で、傷ひとつない。それでいて着ている本人は筋骨隆々の武人そのものなので、そんなものを用意できるほどの実力と財力があるんだろう。
「魔術師のカゲト様ですね。お初にお目にかかります、フォレスタス騎士団副長のダンテリオンです。このたびはフォーレン王子の命によりお待ちしておりました。よろしければご同行ねがえますかな?」
洗練された動きで一礼してこちらの言葉を待っている。
その優雅さと声の渋さにちょっとびっくりしてしまった。顔と体格から山賊の親分みたいだと思っていた自分がはずかしい。
来る前にどうするかピセルと相談していたから、返事に迷いはなかった。
「今日は疲れているので、また明日でいいでしょうか。それに服も汚れていますし、こんな格好で王子様の前に出る事はできません。わざわざ待っていただいていたのは恐縮ですが、王子様を不快にさせるわけにはいきません。どうかご容赦ください」
僕は優雅な礼などできないので、手を体のわきにつけて45度の角度で頭を下げる。
今はこれが精一杯だ。いつか優雅な動きをマスターしたい。
僕が断ると思ってなかったのか、ダンテリオンさんがわずかに固まる。しかしすぐにニコやかな顔を向けてきた。
「お疲れであることは存じております。なにせずっとダンジョンに潜っておいでだったのですからね。我々としても王子からのダンジョン討伐を請け負っていただいた魔術師殿の手助けをさせていただくべく、専用のお部屋を用意しております。ダンジョンの中は窮屈でしたでしょう。どうぞお部屋でおくつろぎいただき、疲れを癒やしてください。王子への謁見は明日以降でかまいません」
予想してたよりいい待遇だ。あの王子様のことだから、もっと上から命令してくるものだと思っていた。
丁寧に扱ってくれるなら、反抗する必要も無い。この副団長さんもいい人そうだし、一緒に行っても問題ないだろう。
「ありがとうごさまいす。そこまでしていただけるとはおもってませんでしたー」
『センパイ、セリフが棒読みすぎデスよ。せめてもうちょっと感情を込めてくだサイ』
分かっているんだけど、この副団長さんの丁寧さが気になってしかたないんだ。もうちょっと優雅な宮廷人風な見た目だったり、もしくは豪快な言葉遣いだったら違和感ないんだけど、そうじゃないからミスマッチ感が強すぎてコントみたいに見えてしまう。
そんな僕の内心に気づかないまま、山賊の親玉みたいな顔で優雅な動きをする副団長さんが声で続ける。
「この国の未来は魔術師殿にかかっていると言っても過言ではありません。ダンジョンへ挑む神の御遣いを手助けするのは、神の子たる王に仕える者として当然です。どうぞご案内いたします。ついてきてください」
副団長さんは慣れた様子でダンジョンへの出口へ向かう。もしかしたら王子がダンジョンから戻ってから、毎日ここまで
「今回はずいぶんと長い間ダンジョンに潜っておられましたね。どのくらいまで進めましたか?」
「ついさっき、二十階のボスを倒したところです。主に戦っていたのは僕ではなく、こっちの戦士なんですけどね」
そう言って、後ろを歩くミノタウロスを見る。
人間の言葉をしゃべれないのでずっと無言なミノタウロスは、その体格と全身鎧のせいでとても威圧的な雰囲気を持っている。
だが副団長さんはそれをまったく気にしていないようだ。
「もう二十階を突破されたのですか!?いやはやさすがは魔術師殿ですな。いや神の御遣いなら当然なのでしょうか。感服いたしました。ところでそちらの方はどなたでしょうか。よければ紹介していただけますかな?お部屋は一つしかご用意していないので、申し訳ありませんが少々お待ちいただくことになります」
「部屋の準備はいりません。
「ほほう、立派な戦士のように見えますが、それでも魔術師殿の使い魔でありますか。いやはや、私も勉強不足。失礼いたしました」
副団長さんは本気で驚いているみたいだけど、そんなに意外なことだろうか。
『それはもちろん、人に近い人型の魔物は従えるのが困難なためデス。従属の魔法は人に近づくほど
なるほどそういうものなのか。
僕には魔力ショップがあるから完全に従っている魔物を手に入れることができる。
僕が捕まえたわけじゃないが、魔力ショップが神の御遣いの力であると言えなくもないので、僕の実力だと言ってもウソじゃないだろう。
歩きながら話しを続けるうちに、ダンジョンの外に出て王城に入る。
外は夜だったので暗かったが、ダンジョンの入り口で待機していた兵士が明かりを渡してくれた。
案内された部屋はとても広かった。寝室だけで僕の家の部屋を二つ足したよりも大きく、家具も高級感があふれてた。
「長い間ダンジョンに潜っていては気が滅入るでしょうから、広めのお部屋を用意しました。どうぞこちらでおくつろぎください。テーブルの上のベルを鳴らしていただければ、すぐにメイドが駆けつけます」
部屋と待遇についての簡単な説明をしたあと、副団長さんは部屋を出て行った。たぶん王子様へ報告に行っているんだろう。
高級ホテルにでも泊まりにきたと思って、今日のところはゆっくり休ませてもらうことにしよう。
用意された部屋は予想外、いや、予想以上だった。
『まさか部屋に浴室があるとは思っていませんでシタね。お湯に浸かるのは久々ですが、まるで天国にいる心地デス』
「しかも広い。並んで入ってもまだ余裕あるし」
浴槽には並々とお湯が張られているし、魔導具というらしいポットみたいなものから、お湯と水が好きに出せる。
こんなものを使えるなんて、王族とはなんて贅沢なんだろう。
魔力に余裕ができたら、僕も絶対に買おう。
『両手に花でお風呂に入れるなんて、センパイは幸運デスね』
僕の右にはハトのピセルが湯面に浮いている。そして左には鎧を脱いだミノタウロスが方まで湯に浸かっている。
水上だけ見れば、サバンナ温泉て感じだろう。サバンナに温泉があるか知らないけれど。
ミノタウロスは毛深すぎて、男か女か言われないと分からないから、一緒にに入っても全然何とも思わない。ピセルもまだハトのままだし。
次にまたここに来る時までに、絶対にピセルの封印を解除しようと決意を新たにした。
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