第28話 ダンジョンでの鬱憤晴らし
長くめんどくさい道を歩き続けて二日後、ようやく地下二十階のボス部屋前にたどり着いた。
ゲームと違ってダンジョンの中を歩くことの辛さが身にしみる。固い床の上を歩いていると、足のちょっとの違和感がどんどん気になっていく。ピセルと話していれば気が紛れるけれど、代わり映えのしない景色にも飽きてくる。
気を抜いていると突然出てくる魔物に驚くし、ずっと警戒してると疲れてしまう。
僕は今まで大変な苦行をキャラクターに強いていたと反省した。
「ああ、ようやくここまで来れた。ここは一気にクリアして、早く地上で休みたいよ」
『今回は時間がかかってしまいましたカラね。センパイがマップを全部埋めるだなんて言わなければ、もっと早く到着できていたはずデス』
「でもそのおかげで、ミノタウロスもずいぶん強くなっただろ。貯まった魔力でかっこいい鎧も買えたし、よかったじゃないか」
『ソウデスネヨカッタデスネ』
なぜかピセルはご機嫌ナナメだった。
心当たりを探したが、ミノタウロスの武具を更新した辺りからこんな感じだった気もする。
新しい鎧は黒くつや消しされた全身鎧で、兜からは角を出せるミノタウロス族専用の装備だ。知らない人が見れば、そういう飾り兜だと思うだろう。
これでミノタウロスを見られても、怖がられることはないだろう。
僕も白いローブの下に、急所を守るように皮鎧を身につけた。レベルが上がってもいるが、前線を張れるステータスではないのでこれくらいがちょうどいい。
その時にピセルにも何か必要か聞いたんだけど、別にいいと言っていた。なのに今は機嫌が良くなさそうなのは、どうしてなんだろうか。
「もしかして、本当はピセルもなにか買って欲しかったとか?」
『違いマス。そんなことじゃありマセン。それより、早く先へ進みまショう』
「怒るなよ。あとで何か買ってあげるからさ」
『だから違いマス!』
ピセルを捕まえようとするも、手の届かない所へ飛んで逃げられた。そのままミノタウロスの兜の上に乗って、ボス部屋の扉へ向かわせている。
まったく、何が気に入らないのかよく分からないな。
ボス部屋の中央には、大きく
背後で扉が音を立てて閉まるが、石像に動く気配はない。
ギミックがないか周囲に目をやるが、ただの広い部屋というだけで、特に何も見当たらない。
「ピセル、アレが何か分かるか?」
『ただの石の塊デス。ゴリゴン鉱を多量に含んでいるので、衝撃に強く魔力を通しやすいでショウね。価値はそこまでありませんが、量があるのでそこそこで売れるデショウ』
「あれがボスじゃないのか。じゃあどこに……って、上だ!」
天井を見れば、表面をギラギラした虹色に輝かせたスライムがくっついていた。
『アレは!』
「知っているのか、らい……」
『レア魔物のドレーンスライムデス!!魔石鉱山の廃液から生まれた粘性生物、捕獲するしかないのデス!!』
ネタにかぶせられた!?せっかくのチャンスだったのに。
『くだらないコトをしている場合じゃありマセン!アレを捕まえて魔力を搾りとるのデス!』
「ちょっと今日のピセルはおかしいよ。いつもみたいに落ち着きなよ」
軽い気持ちで声をかけたら、すごい勢いで振り向いた。
『私がおかしいんじゃありマセン!センパイがのんびりしすぎなんデス!ダンジョンの全マップを埋めるだなんて無駄なコトして時間を使って、せっかく溜まった魔力もデザインがいいからって理由で無駄に高い方にシテ、私の魔法を使った方が早いのに、レベルを上げたいからって余計な時間をかけテ……。私ばっかり頑張ってて、センパイは勝手ばっかりシテ。そんなに私が嫌いなんデスか!?』
「そ、そんなことない。嫌いだなんて言ってないじゃないか。俺はピセルが大好きだよ」
『じゃあなんで早く進んでくれないんデス!魔力なんて、ダンジョンを攻略すればもっと早く集められるノに!配下魔物なんか、死んでもまた買えるノに!なんで、ナンデなんデスか?』
ピセルが目の前でバタバタ羽ばたきながら詰め寄ってくる。
その裏で、石像が虹色の粘液をにじませながら動き出し、ミノタウロスと戦闘を始めていた。
『私は、センパイこそ私の理想だと思ったノに、センパイのために何でもしてきたノに、センパイは私のコトはどうでもいいんデスよね。ただ楽しく遊べれば、私じゃなくてもよかったんデスよね』
「そんなわけないだろ。僕だって、ピセルのためにと思ってやってきたんだ。魔物だって買い直せばそれだけ魔力の無駄だし、そのためにも鎧は必要だ。今時間と魔力を投資すれば、それだけ後で返ってくるんだって。本当だよ、信じてよ」
『そんなこと言われても、信じられマセン。口ではなんとでも言えマス』
そんなこと言われてもは僕のセリフだ。言葉でだめなら、どうすればいい?そもそもピセルは僕の心が読めるのだから、ウソがないことは分かるだろう。
じゃあどうすればいい?僕はピセルの心が読めるわけじゃないから、予想することしかできない。
考えてながら視線を彷徨わせた先を、砕けた石の塊が通り過ぎた。
石が飛んできた方を見ると、ミノタウロスが動いている石像の攻撃を受け止めている。
大振りの攻撃ではあるが、ミノタウロスの素早さでは避けきれないようで防戦一方だ。受け止めるたびに大きな音とともに石のかけらが飛んできて、考えに集中できない。
「うるさいなあ」
石像がワンパターンな動きで腕を振り上げると、胴体の隙間に虹色の粘体が大きく覗く。
それを狙って【
粘液が飛び散り、バランスを崩した石像にミノタウロスが反撃を開始する。
ずっと耐えてたせいで貯まった鬱憤を晴らすように、ミノタウロスは息をつく間もない猛攻を仕掛けている。
その間に僕はショップを開く。『魔物』『捕獲』で検索をかけ、いくつか出てきた中から良さげな壺を選んで購入。
連続攻撃によってダウンした石像にピセルが乗り、魔法を使って石像から虹色の粘液をひきずり出した。
壺を置くとそこに粘液が入ったので、フタをすぐに閉める。
やれやれ、これでやっと静かになった。
動かなくなった石像の上で憮然としているピセルの前へ行き、視線を合わせる。
「ピセル。たしかに僕はのんきすぎたかもしれない。そこはゴメン。今度からは、もっと早く先に進むようにするよ」
『マッピングをせずに?それでいいんデスか?』
「そこは……別な方法を考える。それと、次に魔力が貯まったら、ピセルの封印を一段階解放する。それまで魔力は浪費しない。それで許してくれないかな」
これが合っているか不安だったが、ピセルは少し首を傾けたあとで言った。
『そこまで言うなら、仕方ありマセンね。そもそも怒ってはいませんでシタが、許してあげマス』
「よかった、ありがとう」
『約束はちゃんと守ってくだサイね。ウソついたら承知しませんカラね』
ピセルが杖に飛び乗ってきたので、その頭をなでながら言う。
「もちろんだよ。僕は約束を守るからね」
ピセルが気持ちよさそうに目を細める後ろで、ミノタウロスは所在なさげに立っていた。
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