第27話 あの日のピセルといつもの道

川沿いの土手を歩いていた。対岸には、いくつものビルが並んでいる。

ここは、駅へと向かういつもの道だ。

いつもの・・・・

自分の思考に違和感を感じる。

そうだ、僕はここにいるわけがない。ついさっきまで、異世界のダンジョンの中にいたはずだ。


「さわやかな場所デスね。雰囲気はあまりありませんが、青春にはふさわしいかもしれマセン」


隣でピセルが言った。

光っているかのような金髪ツインテが、歩くのに合わせて揺れている。

学校指定の冬服は新品同様で、汚れひとつついてない。


「私もこんな服を着てみたかったデス。少々急ぎ過ぎたかもしれマセン。もうちょっとあっちにいても良かったかもデス」


ハトじゃなく、人の姿でいる。


「ピセル、これって夢だよね?」


「ハイ、そうデスよ。現在物理接触かつ精神接触を実行していまして、睡眠時の回復・成長上昇効果を継続中デス。センパイ語録から引用しますと……レベルアップ時のランダム成長を最大値で実施中、デショウか」


「それって本来の意味でのチートじゃないか」


「天使の中でも上位のピセルちゃんにとって、このくらいはできて当然デス」


天使ってなんなんだろうね。

疑問もあるが、ピセルのいたずらっぽい笑顔を見てると別にいいかなとか思ってしまう。


「本日はそれなりに経験値を獲得しましたカラね。運動後のケアは重要デスよ。ストレッチをしないと筋肉痛が強くなります。まあその辺りも私の方でケアしていますが。そうそう、お礼に私の羽繕いをしてくれてもいいんデスよ?センパイ」


「そうだね。こんな感じでいいのかな?」


金髪のピセルの頭をなでてあげると、困ったような顔をして下を向いた。


「今じゃないんですけど、」


「そう?じゃあ後で……」


「いえ今も必要デス。精神ケアも大事デス」


手を離そうとすると、頭突きするように寄ってきた。分かりやすいけど、そこがまた可愛い。しばらくなでてやると、満足そうに目を閉じている。

ピセルは気持ちよさそうだけど、僕は手のひらの感覚がはっきりしていない。それがちょっと残念だ。

見た目はすっごいサラサラしているから、きっと手触りもいいだろう。


そういえば思い出した。僕は前も夢の中で人型のピセルに合っている。あれはこっちの世界に来て最初の日だったろうか。

今ほど風景はハッキリしてなかったし、話せてもいなかった気がするけれど。


「センパイはあの時よりもレベルが上がってますし、こちらの世界にもなじみマシタから。私との同調率も上がっていますし、当然のことデスよ」


「強くなればそれだけ、この夢がはっきりするってこと?ならもっと強くなれば、夢でもっとピセルをなでられるってことか!」


「間違ってはいませんが、それよりも早く魔力を貯めて、現実で私が人型になれるようにするべきデハ?」


「ハイ」


「ハイ、じゃないデスが」


魔力通貨Mを集めるには、レベルを上げて自分の魔力を変換するのもいいけれど、やっぱり侵入者の魔力を回収した方が効率がいい。そのためにも、早くダンジョンを完全に掌握したい。


「でしたら、寄り道などせず階段を見つけたら即進むべきデハ?」


「それはダメです。マップ踏破率100%は探索者の義務です」


「頑固デスね。でも、それがセンパイなのかもしれませんネ。私も早く元の姿に戻りたいですし、センパイをもっとお手伝いできる方法を考えマス」


「ありがとう。頼りにしてるよ」


「ハイ、まかせてくだサイ」


ピセルは自信満々に薄い胸をはった。


その様子をほほえましく思って見ていた時、遠くで汽笛のような音が聞こえた。

重く響くその音は次第に大きくなり、夢の世界を大きく揺らし始めた。


「これ、何がヤバくない?ヤバいこと起こってない??」


「大丈夫デスよ。なにも気にする必要ありマセン」


ピセルはなんでもないように言うが、世界の終わりみたいな感じになっているんだけど。


世界を揺らす音は強くなったり弱くなったりしながら続き、途切れる様子がない。

いつの間にか霧のような煙のようなものに囲まれていて、周りがまったく見えなくなっている。しかもだんだんと息苦しくなってきた。


「これ起きた方がいいよね。……って、ピセル、どこへ行ったんだ?」


「大丈夫デスよー」


ピセルの声がどこか遠くから聞こえてくる。それもだんだんと聞こえなくなってくる。

夢なら早く醒めないと。でもどうやって?浮かび上がる?


息苦しさは増しつつあり、それに深呼吸で対抗しつつ起きようと頑張る。

それが上手くいっているのか、目の前は真っ白に染まり、夢の終わりが近いのを感じた。


◇◇◇


「フォオオオオオオォォォ、フシュオオオオオオォォォ」


夢で聞いた音が、すぐ近くから聞こえてきた。

僕の胸の上で、牛の頭がいびきをかいている。寝苦しかったのは、これが重たかったからだろう。


『おや、起きてしまったんデスね。気にすることではなかったと思うのデスが』


ピセルが頭のすぐ横で言った。


「この状況で寝ていられるほど、神経が太くはないよ。でも火事とかじゃなくてよかった」


薄暗い室内に用意した、枯れたフェールウィードの寝床の上。隣で寝ていたミノタウロスの寝相が悪かったみたいだ。


ほっとしたのでまた寝ようと思ったけど、いびきが気になってどうしても眠れない。


「目をつむって深呼吸をしていれば、そのうち寝られマスよ。それとも子守唄でも歌いまショウか?」


「ちょっと嫌な予感がするからいいよ。それよりも、精神接触とかで眠ることはできないの?」


「起きていると抵抗が強くて難しいのですが、私に身を委ねていただければ可能デス」


「なるほど。じゃあ任せるよ」


「いうほど簡単ではないハズなのですが……おや、すんなり接触成功です。寝ている時より簡単とか、センパイいい人すぎデスよ」


ピセルの呟きに応える間もなく、意識があっという間にしずんでいく。

今度は夢を見なかったのが、ちょっとだけ残念だった。

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