第25話 新階層とマッパー
兵士長が退出し、ライゼルが
慌てる治癒術士を連れて入ってきたのは、厳しい表情をしたファントマ王子だった。
「王子、申し訳ありません。私が
「よい、怪我人は大人しくしていろ。兵士長から話は聞いたな」
「はい。自分がいかに慢心し、油断していたか、理解することができました」
ライゼルは視線を下げる。自分があまりにも情けなくて、王子の目を見ていられなかったからだ。
「今回はこれでダンジョンから撤退する。城でならお前の治療もはかどるだろう」
「はい」
「休暇をとるのもいいだろう。お前は十分働いてくれている。次の機会のためにも、体を休めるのも悪くないぞ」
「はい」
膝の上で拳を強く握りしめるライゼル。それはわずかに震えていた。
王子はそれを見てから、声を張り上げた。
「悔しいか、騎士隊長ライゼル。お前はまだまだ強くなれると理解できたか」
「強くなれる、ですか?この私が?」
「そうだ。お前は確かに強かった。だがそれはあくまで王国騎士団の中でだけの強さだ。人は弱く、たやすく死ぬ。だがお前は、生き残った。この敗北を糧に、お前はさらに強くなるのだ。できるな。無理だとは言わせんぞ」
「さらに強く……。はい、身命を賭して、ご期待に応えます」
ライゼルと目を合わせて、王子はうなずく。
王子たちにとってダンジョン攻略の成果は満足のいくものではなかったが、得るものはあったようだった。
◇◇◇
「キリキリキリキリキリ!!」
「ブオオオォォォ!!」
ダンジョンの地下十一階を歩く僕らの前にカースドドールが現れ、ミノタウロスがぶつかって行った。
最初は力任せな部分が多かったミノタウロスも、戦闘経験を積むことで動きが洗練されていき、今ではその戦いを安心して見ていられる。
武器は長柄斧という攻撃特化のものを持たせている。防御は斥候部隊から回収した鎧を着せているため、多少の攻撃も平気なようだ。
それでも無傷とはいかないが、僕の回復魔法の練習にちょうどいい。ダメージ量を見極めて、ぴったり全回復するところを狙って回復魔法を当てている。
魔法式を用意し、魔力を練り上げ、狙って撃つ。
今まで使ったことのない感覚的な部分がつかみ辛かったが、そこはピセルが指導してくれた。おかげでメニュー画面を使わなくても安定して魔法を発動できるようになった。
『だいぶ慣れてきたようデスね。やっぱりセンパイには魔法の才能がありマスよ。この調子でいけば、大魔道士と呼ばれる日も遠くありマセンね』
お世辞混じりであっても、褒められるのはうれしい。それがピセルからなら尚更だ。
「それは大げさだよ。それに、ちょっとした問題が見つかったしね」
問題といっても大したことじゃない。カースドドールに攻撃をしようとしたときに、魔法を撃つのをためらってしまったのだ。
ピセルは僕が攻撃魔法に慣れてないからだと思ったようだけど、それは違う。スケルトン相手だったらなんのためらいなく、攻撃魔法を当てることができた。
たぶんカースドドールは、人間ぽく見えてしまったからだろう。
他にも十一階に入ってから、【リビングドール】という雑魚敵が出てくるようになった。これはカースドドールの下位モンスターのようだが、見た目がけっこう人間に近い。顔を見ると不気味の谷を感じるが、体は球体関節人形のようで割となめらかに動いていた。
このモンスターも狙ってみたけど、やっぱりためらいを強く感じた。
ようは、僕の意識の問題だろう。
『無理にセンパイが戦わなくても、私がやってさしあげマスよ』
「気持ちはうれしいけど、それじゃあダメだと思う。ピセルに頼ってばっかりじゃ、僕が強くなれないからね」
『私は今のままのセンパイでもいいと思いマスよ。これまでもセンパイのおかげでダンジョン探索は順調ですし、頭脳労働担当ということでいいのデハ?』
「今はそれでよくても、ずっとこのままなのは嫌だよ。僕はピセルを守れるようになりたいんだ」
さらっと言えたつもりだけど、ちょっと顔が熱くなるのを感じた。ピセルの方に顔を向けづらい。
『んん~、一度は言われて見たいと思ってましたが、予想以上に嬉しいデス。やっぱりセンパイを選んで正解でシタ。もう最高デス』
「ちょ、顔に抱きつかないで。まえが、前が見えない」
ハトのくせに僕が力一杯引きはがそうとしても、なかなか離れてくれない。これがレベル差というやつなのか。髪の毛も引っ張られていて地味に痛い。
『照れてるセンパイも可愛いデスよ。それから別な角度からの絵も欲しいので、もう一回言ってくだサイ。お願いしマス』
「嫌だよ。もう絶対に言わない。いい加減に離れろよ」
『もうちょっと、センパイの匂いを、クンカクンカ』
「何をやっているんだハトだろお前は!」
その時、必死に引き離そうと踏ん張っている僕の横に、何か重いものが音を立てて落ちてきた。
思わず動きを止めてそれを見れば、等身大の呪われた人形が傷だらけで横たわっている。
その胴体にトドメとばかりに、斧頭が風を切って叩きつけられた。
哀れカースドドールは爆発四散……爆発はしてないが、そのパーツはバラバラになって飛び散った。
斧の手元を見てみれば、ミノタウロスが鼻息荒くこちらを睨んでいる。
『「あ、ごめんなさい」デス』
反射的に謝ってしまった。
浅い階から慣らしてきたかいがあって、ミノタウロスはカースドドールに一人でも対抗できるレベルになっていた。僕も回復魔法に慣れてきたので、この辺りの階層での問題は無さそうだ。
『いえいえ、問題はありマスよ。敵が強くなったせいで、ボーンイーターが使えなくなりマシタ。戦闘面は言うまでもなく、探索でも難しそうデス。なぜならエサの確保が難しくなりましたノデ』
たしかにそれは問題だ。
ボーンイーターの主食はその名の通り骨なので、新たな雑魚が増えたためにスケルトンの割合が減り、現地での餌の確保が難しくなった。
ボーンイーターの餌場は十階に用意してあるが、そこから通いにするわけにもいかない。ネズミは頻繁に食事をする動物だから、十一階以降は使えない。
「ここからは普通に進むしかないかなあ。広いわけでもないし、地道にマッピングしていこうか」
『そうデスね。別に全ての道を歩く必要ないデスし』
「え?マップは全部埋めるよ」
『エ?今何トおっしゃいマシタか?』
「だからマップは全部埋めるよ。通らなかった道に宝箱があったら悔しいだろ。行き止まりだったとしても、もしかしたら隠し扉があるかもしれないし、全部埋めないとその可能性すら見えないだろ。当然じゃないか」
『その、全部歩いて埋めるのは時間がかかると思うのデスが』
「時間がかかるのは当然だよ。でも、ボス戦前にはレベル上げをすることになるだろうし、少しくらい歩き回る時間が増えても最終的な時間は変わらないと思うよ。それにカースドドールは経験値効率が良さそうだしね。このまま全部狩り尽くす方向でいくよ」
『……ハイ、エエ、ワカリマシタ』
理解してもらえたようでよかった。
ダンジョンマップの100%踏破は、ダンジョン制作者への礼儀みたいなものだ。感謝と敬意を持って、ダンジョンを攻略させてもらうとしよう。
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