第24話 騎士隊長の苦難

騎士隊長ライゼルが目覚めたのは、すでにボス部屋が攻略されたあとだった。

起き上がろうとすると腹部に痛みが走り、そこでやっと自分が大けがを負っていたことに気がついた。


簡易ベッドで治癒術師に介護されていると、ボス部屋攻略に同行した兵士長がやってきた。


「ご無事でしたか。治療が間に合ってよかった」


「無事なものですか。これほどの傷を負ったのは、生まれて初めてですよ。我々はボス部屋攻略をしていたはずですが、いったいどうなったのです?」


「覚えていらっしゃらないのですか?いえ、無理もありません。あのとき何が起こったのか、お話いたします」


兵士長はイスにすわり、話し始めた。


◆◆◆


ボス部屋には盾と槍を持ったスケルトン兵がならび、床にはフェールウィードがうごめいていた。

ライゼルは騎士隊の盾を前面にならべ、両脇に兵士を配置する陣形を指示する。


「前進せよ!」


ライゼルの言葉と共に、敵も味方も動き始めた。

スケルトン兵はフェールウィードを気にせずに前進し、騎士は盾で押しのけながら進む。


盾と盾がぶつかり合って重い音を立て、盾に武器がぶつかって硬質な音を立てる。四人の騎士はスケルトン兵の攻撃を全て受け止め、その外側から兵士が攻撃を加える。

フェールウィードはそこら中にうごめいているが、文字通り足止めする程度でしかない。

スケルトン兵はライゼルの予想以上にもろく、その身を欠けさせてゆく。いささか拍子抜けしながらも油断なく指示をだしていると、隊列の一番外側にいた兵士が声を上げた。


「あれ、なんだ?」


「何が見えた。そのまま報告しなさい」


「はい、スケルトンどもの後ろに、なにか黒いのが見えます。フェールウィードが、ちと邪魔ですが、硬そうでけっこう大きいです」


それこそがボス部屋たらしめるものかと、ライゼルは警戒心を強める。


「形状を、分かる範囲で言いなさい」


「アレです。絵本に出てくるような、大砲ってやつに似てます。でもそれがあるだけで、射手はいないです」


ライゼルはその報告を受けて思考する。大砲とは、遙か昔の戦争で使われた兵器だったか。重い鉄球を撃ち出して、その質量と速度で対象を破壊する。だが、鉄をはじめとする金属は魔力の通りが非常に悪く、魔力を付与された騎士の防具であれば、それを受け止めることが可能だ。

魔力を持たずに滅びた国家が使っていた武器。今ではおとぎ話でしか残っていないもの。

であれば、大した問題ではない。


「恐れることはない。騎士隊、物理防御フィジカルガードを実行。兵士は大砲の向きに注意なさい。正面には立たないように」


「正面て大砲が動くわけ……。あ、いえ。大砲が自分で動いてます。隊長の方を向きましたよ」


「ふむ、私を狙いますか。ならば、物理防御フィジカルガード!」


ライゼルの体を白い光が覆う。

同じく白い光を纏った騎士隊の後ろで、ライゼルも大盾を構えた。


兵士達の攻撃により、スケルトンは両脇からくずれていく。まず前列の盾持ちの二体が倒れ、次に後列の槍持ち二体が倒れる。

敵の数が減ったことで余裕の出た騎士の一人が、武器を構えて前に出る。

スケルトンに有効な打撃武器であるメイスを振り上げ、盾持ちのスケルトンへと振り下ろした。

盾を持つ肩に強烈な打撃をくらい、スケルトンの体勢がくずれる。騎士はすかさず盾で押し込み、スケルトンの無防備な背中をさらけださせた。

後列の槍持ちスケルトンが攻撃しようとするが、騎士の後ろにいた兵士が飛び出て剣で払う。そのみごとな連携は、それぞれが普段からしっかりと訓練を積んできた証拠であった。


問題は、彼らが戦争を経験していない若い者達ばかりであったことだろう。

普段の騎士や兵士は、ダンジョンとそこからわき出てくるモンスターと戦うことを想定して訓練している。

国のあちこちにある小さなダンジョンからわき出た魔物は、近くの村や町を襲って被害を出す。

それを食い止めたり、事前にダンジョンごと討伐するのが彼らの仕事だったのもあるだろう。

だから、目の前の戦況は理解していても、その裏にある策略を見抜けていなかった。


横一列だった盾の壁は、敵の数が減ったことで中央に集まることになった。

両脇にいた兵士も、武器を振り下ろす相手を追って中央に寄っている。

つまり部屋の奥にある大砲と、入り口の前で指揮をするライゼルとを結ぶ直線とその付近に、全ての兵隊が寄ることになった。

動いて武器を振るうスケルトンという明確な敵を排除するために、兵士達はさらに中央による。

そしてさらに二体の盾持ちスケルトンが倒れたところで、その大砲、魔術式鋼鉄砲台【マギアキャノン】の自動魔力チャージが完了した。


それは策略とも呼べない、できたらいいなあ、程度のものだったかもしれない。

だがそれが、不運にも上手くいってしまった。


わずかな予備動作の後、衝撃を伴う轟音とともに、砲弾が発射された。


その砲弾が普通のものであれば、ライゼルが思ったように防ぐことができただろう。だがしかし、それは古代に作られた人造魔法生物である強硬鉄鋼虫【キャノンボール・ビートル】だった。


発射された強硬鉄鋼虫は残っていたスケルトンを衝撃波で吹き飛ばし、騎士の構えた盾を貫通し、ライゼルが持った大盾に着弾。その勢いのまま、彼を入り口の扉へ叩きつけた。


衝撃は拡散する。

放たれた砲弾の余波によって、その部屋にいた者はみな吹き飛ばされた。

前ボスを倒していた魔術式鋼鉄砲台はレベルが上がっていて、その威力もまた強くなっていた。


最初に起き上がったのは、一番外側にいた兵士だった。

彼はわけのわからない衝撃に突然押され、思わず後ろへひっくり返ってしまっていた。

みっともない姿を晒してしまった、すぐに起きて敵と戦わないと。そう考えた彼の目に映ったのは、信じられない光景だった。


仲間がみんな、倒れている。

中央では、倒れたタワーシールドの下で騎士たちがうめいている。

そして、首を巡らせれば、ボス部屋の扉に背をあずけるように座っている、騎士隊長ライゼルがいた。


「ら、ライゼル様!」


ふらつきながら駆け寄ると、その異常な状態に目が行く。

ライゼルが持っていた大盾が鎧に刺さるような不自然な形にゆがんでいたのだ。


刺さった矢は、すぐに治療ができないなら抜かない方がいい。

だが、盾が腹に刺さっていた場合は?そんな事態を、だれが経験したことあるだろうか。


「おい、みんな!ライゼル様が大変だ!!寝てないで、すぐに回復薬をありったけ持ってこい!」


そう声をかければ、衝撃を受けただけの兵士達はすぐに気がついてフラフラと集まってくる。

他の騎士の様子を見ている者もいるが、そっちよりもライゼルの方が優先されるのは間違いないだろう。


二人がかりでまず盾を引きはがす。盾には穴があき、さらに鎧も大きくへこんでいた。

次に鎧を外し始める。その途中でライゼルがうめくが、意識が戻る様子はない。

鎧は何かに引っかかっているのか、なかなか外れる様子がない。

三人で息を合わせて引っ張ると、イヤな音をたてて鎧が外れた。


「げ、なんだコイツは」


引きはがした鎧には、強硬鉄鋼虫が首まで埋まっていた。それがライゼルの腹に噛みついていたようだ。


鎧が外れて血が流れ出す傷口へ、回復薬をありったけかける。

別な兵士がライゼルの道具袋から上級回復薬をとりだして傷口に垂らすと、どろりとしたそれが瞬く間に傷口をおおって血を止めた。


これで死ぬことはないだろうと、兵士はやっと息をつく。

振り返れば仲間が数人で、鎧からはがした強硬鉄鋼虫を袋だたきにしていて、残りは騎士を介抱している。

騎士のタワーシールドも一つには穴が空き、一つは大きくへこんでいた。


「おい、どうする。ライゼル様も起きないし、騎士のヤツラも気絶したままだ。どうしたらいいんだ?」


兵士の一人が言う。


「そんなの、俺たちだけで残りのヤツラを倒すしかないだろう。スケルトンは全部吹き飛んでるし、あとはフェールウィードとあの大砲だけだ。とにかく叩くしかないだろ」


「そ、そうだな。やろう」


全員がうなずいて、武器を持つ。


フェールウィードを切り払い、スケルトンのパーツを砕きながらマギアキャノンへと近づく。

強硬鉄鋼虫がいなくなってもマギアキャノンは魔力を砲弾代わりに放てるが、魔力のチャージに時間が掛かる。

最初はおっかなびっくりだった兵士達も、マギアキャノンが大した抵抗をしないので次第に攻撃の手が早くなる。

そのうちに騎士が意識をとりもどして攻勢に加わったことで、マギアキャノンはようやく沈黙することとなった。


こうして時間はかかったが、なんとか十階のボス攻略が終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る