第15話 先行斥候部隊

地下九階にたどり着いた。

階段を降りた正面は大きな通路が伸びていて、その突き当たりには大きな扉がそびえている。通路の両側には普通の扉が左右三つずつ並んでいる。

突き当たりの扉には六つの鍵穴がある。この扉の向こうは、確実にボス部屋だろう。通路に並ぶ扉の中に、ここのカギがあるに違いない。


「扉に罠ってあるかな?」


『慎重になるのはいいことデス。センパイなら、安全にチェックできるのデハ?』


さすがは以心伝心。お見通しみたいだ。

貯まった通貨Mを確認すると、潜り初めた時の三倍になっていた。そもそも最初が少なかったから、三倍といっても大金持ちというワケじゃ無い。それでも、僕とピセルの今ある魔力をまわせば、それなりに強いモンスターを喚べそうだ。

でも今は強いのは必要ない。安い方から探し、目的のモンスターを見つけて購入する。

魔方陣から現れたのは、さんざん見慣れた【スケルトン】だ。武器無しだけど、戦わせるわけじゃないので問題ない。


スケルトンに右の扉の一つ目を開けさせる。罠もなにもなく、扉の先には通路が続いている。

続いて隣の扉を開けさせる。そこは小部屋になっていて、台座の上に、カギが置かれていた。


『カギですよ、センパイ。まず一つ目ですね』


「いや怪しい。あからさますぎる。スケルトンに取ってこさせよう」


スケルトンが台座に近づくと、天井から石のブロックが落ちてきて、頭蓋骨を砕いた。


「やっぱりな」


『だらしないスケルトンデスね』


「しかたないね。追加で召還しよう」


アイテムショップで購入したトングを持たせて、二体目のスケルトンを向かわせる。

トングでカギを掴んだところで上から石のブロックが落ちてきて、伸ばした腕に当たった。スケルトンの右腕が砕けたが、反動でカギは部屋の入り口まで転がってきた。これで一つ目のカギをゲットだ。


片腕になったスケルトンに右側の最後の扉を開けさせると、中から槍が突き出されてスケルトンがひるんだ。開かれた扉の中からレッサースケルトンがわらわらと出てくる。小部屋に詰め込まれていたんだろう。


「今度は数押しか。ならそれ以上の数で対抗だ」


ボーンイーターを一気に大量召還する。ネズミの津波は全てのスケルトンを飲み込み、数分も経たないうちにスケルトンはいなくなった。


『気前いいデスね』


「ケチって死ぬよりマシさ。効率化するのは情報が出そろってからだよ」


『センパイが召還したスケルトンも食べられてマスが?』


「えっ、マジで」


ボーンイーターを引かせると、そこにはスケルトンの欠片も残っていなかった。

ネズミには敵と味方のスケルトンの違いが分からなかったんだろう。僕でも自分が召還したのでなければ、区別をつける自信がない。


スケルトン部屋のカギは床に落ちていた。倒したスケルトンのどれかが持っていたのだろう

ボーンイーターはとりあえず最初の扉の通路に送り込み、マッピングをさせる。


『そういえば、上階のボーンイーターですが、マッピングが終了したものから順に五階へ向かわせていたのデスが』


「うん、効率的でいいと思うけど、どうしたの?」


『王国兵士と遭遇したようです』


「えっ、五階でって、早くない?」


マップを開くと、侵入者をあらわす光の点のほとんどは、まだ地下二階にいた。でも、五つの光の点がそれぞれバラけて五階に存在していた。


「弱いレッサースケルトンばかりだから、先行部隊を作って、そいつらが散って先への通路を探してるんだ。五階にボス部屋は……」


『どうせまだ来ないだろうからと設定してマセンね』


「しまった、どうしよう」


どうしよう。


◆◆◆


王国兵斥候部隊長は、行き止まりの通路でため息をついた。

今のところ遭遇するモンスターはレッサースケルトンだけだが、いつ強力なモンスターが出てくるかと思うと気が気でない。

本当なら分散などしたくはなかったが、先を急げとの命令であれば従うしかなかった。ボス部屋を見つければ集合して報告に戻る手はずになっているが、そのボス部屋が見つからないので自分たちだけでかなり先行してしまった。

通路にはマーキングしてあるので迷う心配はないが、薄暗いダンジョンの中を一人で進むのは不安でしかたがない。


斥候部隊に向くのは、臆病で慎重な人間だ。

敵を見つけたいが、自分は見つかりたくない。罠を踏みたくないから、罠を警戒する。

部隊長はそんな人間たちをまとめている、いわば一番の臆病者だ。若手は変わらない状況が続くと、どうしても気がゆるみがちになる。部隊長が近くにいれば注意することもできたが、今はそれができない。

モンスターが心配だ。罠が心配だ。若手が心配だ。任務が達成できるか心配だ。


心配が重なりすぎて、自分がおかしくならないか心配だ。


部隊員は鼻から息を吹き出して、覚悟する。先行するのはここまでだ。次の階段を見つけたら、一度全員で報告に戻ろう。上に怒られるかもしれないが、報告するまでが自分の仕事なのだ。


そう決め、そのために階段を探そうと足を踏み出した時、遠くで悲鳴が響いた。


遠いが、かろうじて人の言葉だとわかる。声音は高い。おそらく最年少の隊員だ。

スケルトン以外のモンスターに遭遇したのか、それとも罠にかかったのか。叫び続けているところから、モンスターに襲われている確率が高いと予想をつける。


声の下へと向かいながらも警戒は怠らない。助けに行く途中で自分まで襲われては元も子もない。

間に合えばいいが、最悪、自分だけでも報告のために生きて戻らねばならない。


問題の地点に近づいているはずだが、声はどんどん小さくなっていく。これはもう間に合わないだろう。やはり散開などするべきではなかったのだ。

後悔するが、それでも自分の仕事を果たさなければならない。


血の臭いがする。だがモンスターの気配が無い。

慎重に進むと、声の主だろう、斥候部隊員の鎧が見えた。その周囲が血だまりになっている。モンスターの気配はない。

慎重に近づいて、もう生きてはいないだろう隊員の顔をのぞき込む。

それを見た瞬間、もれそうになった悲鳴をなんとか押しとどめられたのは、長年の経験からだろう。


隊員は、何も残っていなかった。

そこにあるのは鎧と服と血だけであり、肉も骨も、全てが消え失せていた。

動揺を抑えながら調べると、服も鎧も囓られたような跡がある。流れた血から、小さな足跡が幾つも離れているのも見て取れた。


「これは、ネズミか」


ネズミ型のモンスターは、通常は下水道や湿った森の中にいる。地下墓地にもいると聞いたこともあるが、ここはネズミの住処には向かない環境だ。なにより、ネズミの痕跡など今まで全く見なかった。

なぜ今になって現れたのか。それもこんな短時間で人を食らいつくせるほど大量のものが。


「いや、今はそれよりも報告を……」


つぶやいたところで、また悲鳴が聞こえた。今度はすぐ近くだ。

自分と同じくここに駆けつけようとした仲間が、ネズミの群れに遭遇したに違いない。

荷物の中からカンテラを取り出しながら、声の下へと駆け出す。ネズミ相手に気配を隠す意味などない。


近づけば、声が二つあるのが分かる。もうひとり先にたどり着いている者がいるようだ。


「早く、助けてくれ!こいつら、俺の目玉を!!」

「待ってろ、くそ、離れろ、離れやがれ!!」


駆けつけると、ネズミの群れにたかられている者と、それに剣を向けている者がいた。


「口が、くちごぺっ!もうイヤだ!いっそ殺べぇ」

「くそっ、こいつ首にまで……!仲間から、離れろ!!」


振り下ろされた剣がネズミの一匹を斬り、勢い余って仲間の鎧を傷つける。


「す、すまん。だがネズミが……」

「痛い!痛い!痛いいぃぃぃぃ!」


見るに堪えない阿鼻叫喚の地獄がそこにあった。

斥候部隊長はカンテラに灯をつけると、剣を持った部下へ声をかける。


「離れろ、そいつはもう助からん。群れたネズミは危険だ。もろともに燃やす」

「隊長!?でも、コイツは……」


かまわず部隊長はカンテラを投げつける。燃えた油が飛び散り、炎がネズミまみれの部下を包み込む。


「【性質拡大スプレッド】!」


隊長の魔法が炎を勢いづけ、火の粉がついただけのネズミも燃え上がった。

燃える仲間を呆然と見る部下をつかみ、炎から遠ざけた。


「隊長、あいつは……」

「もう手遅れだった。あそこまでケガを負っては、長くは持たない。我々は本隊と離れすぎた。残りの者が集まるのを待って、すぐに本隊へと戻ろう。本隊には魔術師がいる。あいつらの魔法なら、ネズミごときあっという間に焼き払い、仲間の仇をとってくれる」


ネズミはまだいるだろう。

助けられなかったことは悔やしいし、自分の手でネズミを根絶やしにできないことも悔しい。だが、斥候部隊にはよくあることだ。悲しいが、嘆いているヒマは無い。


「さあ、しっかりしろ。他のヤツラもすぐに来るはずだ」

「たた隊長、隊長」

「落ち着かないか?なら水でも飲め。気をしっかり持つんだ」

「ち、違います。隊長、うしろ、です」


隊員が呆然と指さす先。未だくすぶる火が照らす通路の先に、いくつもの光が火を反射している。

無数のネズミが、その目が、光を反射して輝いている。

たったいま焼き殺したネズミの何倍もの数のネズミが、通路の奥で睨んでいた。


◇◇◇


『センパイ、ボーンイーターが斥候部隊を撃破しマシタよ』

「えっ、ウソ」

『本当デス。ボーンイーターも二十数匹やられましたが、先行していた五名の兵士の反応が消失しマシタ。初勝利デスね』

「ええー、実感がないなあ」


ちょうど六つのカギを集め終わったところで、ピセルの報告を聞いた。

斥候部隊から逃げるために先を急いでいたのに、その必要がなくなってしまった。せっかくスケルトンを多めに喚んで、残りの扉を同時攻略したというのに。スケルトンが余ってしまったじゃないか。


『まあいいじゃないデスか。私たちの支配範囲内で倒せたのデス。おかげで魔力をしっかり回収できマシタ』


言われて確認すると、さっき確認した時より桁が一つ増えていた。一日ダンジョンにいるよりも、倒した方が回収率がはるかにいいみたいだ。


「これならそこそこ強いモンスターを喚べるね。じゃあちょっと休んでから、ボスに挑むとしようか」

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