第4話 戦闘とドロップアイテム

石の壁に映し出されたのは、紛れもなく人間の全身骨格だった。

滑らかなラインと空虚な隙間が、まるで精巧なCGで造られたもののように動いている。

おそらくあれは【スケルトン】。ゲームではよく出てくる敵であり、序盤ではだいたい難敵だ。


どうする、逃げる?いや、それは無理だ。

ピセルはこの先へ連れて行かれたんだから、助けるためには先へ進まなくてはいけない。


それに、ここがダンジョンなのだとしたら、今はいわゆるチュートリアルのはず。いきなり死ぬような強敵は出てこない……たぶん。


そんな願望とは裏腹に、チュートリアルから殺しにかかってくるゲームがいくつか脳裏をよぎる。

……やっぱり油断はしない方がいい。ここは慎重すぎるくらい慎重にいこう。


「まずは相手の動きを見よう。それからヒットアンドアウェイでライフを削っていくんだ。うん、それでいこう」


脳内で自分の動きをイメージしながら、作戦を立てる。せめてイメージの半分くらい動ければいいんだけれど。


やっと覚悟を決めて、通路の先へと飛び出した。

そこにいたのは、茶色く汚れた全身骨格。

さっきの白骨死体と違う、きたならしさとまがまがしい雰囲気。

予想通りスケルトンと呼ばれるモンスターが、ぎこちない動きで歩いていた。


「武器なし、防具なし。素の状態か……いや、何か持ってる?」


光の具合で見えにくいが、布のようなものを骨の左手に握っていた。

ゆっくり歩いてくるので時間はある。

見極めようと目をこらすと、それが何かはすぐにわかった。

心当たりのものが思い浮かべば、その出処も見当がつく。


「あれは、ウチの学校の制服。まさか、あいつがピセルを!」


一瞬で頭に血が上った。

杖を握りしめ、全力でスケルトンへ向けて走りだす。

自分史上最高速で距離をつめ、頭上へ杖を振り上げた。


「それを返せ骨野郎!!」


ただガムシャラに、怒りのままに、握った杖を振り下ろす。

それはスケルトンの頭蓋骨を簡単に砕き、そのままアバラ、そして腰の骨を吹き飛ばした。


枯れ枝どころか、ふ菓子のような脆さ。

吹っ飛んだ骨は壁に当たると、軽い音を立てて割れた。


怒りのせいか、はたまた慣れない運動のせいか、みっともないくらい呼吸が荒い。

耳にまで響いてくる心臓の鼓動を落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。


初めての戦闘は無傷で終わった。

戦利品である服を拾い上げ、それを未練がましく握る骨を払い落とす。

広げて確認するが、やはりピセルが着ていた制服の上着だ。

それをどうしてこのスケルトンが持っていたのか。

考えたくもない結論をすぐに出したがる頭を振り、スケルトンが来た方向をにらむ。そちらも変わりばえのしない、石の通路が続いている。

そこに積もった埃の上に、さらに先へ続いている足跡を見つけた。


いいだろう。僕は僕の持っているもの全てを使って、このダンジョンを攻略してやる。そしてピセルを助け出すんだ。


「ピセル、待っててくれよ」


制服はたたんで袋にしまい、自分の装備を確認する。

杖は意外と強かった。着慣れてないローブを整えて、しっかりと腰ひもを結ぶ。


鼓動はまだ鳴っているが、僕にはそのくらいがちょうどいいだろう。

この先に何が潜んでいるかはわからない。それでも僕は、やらなくちゃいけないことがある。

そう覚悟を決めて、薄暗い通路を歩き出した。




十分くらい経っただろうか。スケルトンと三回戦闘し、どれも杖で数回殴れば勝つことができた。

一体ずつ出てきてくれたのも大きい。たぶん二体同時に来られたら、うまく対処できなかったと思う。


さすがに合計四体も倒せば戦闘に慣れてきて、最初みたいに一発で息を切らすなんてこともなくなった。


そして、肝心のドロップアイテム。

倒したスケルトンのどれもが、ピセルの服の一部を落としていった。


制服の上着に続いて、ワイシャツ、スカート、そして髪留め。

これ、本当に大丈夫なんだろうか。血はついてないが、だからといって安心できるわけじゃない。

むしろ別の意味で不安が増している。

スケルトンたちが何をしたいのか分からないが、少しでも早くピセルを見つけないと。


焦る気持ちを抑えながら通路を進む。

今のところ二箇所ほど分かれ道があったけど、そのたびにタイミングよくスケルトンが来てくれるので迷わなくて済んでいる。


でもひとつだけ気がかりな事がある。次のスケルトンはいったい何を持ってくるだろうか。

服はもう全部なくなったし、残るは下着の上下くらいだろう。

これは急がないといけない。ピセルがとっても心配だ。


「間に合ってくれよ」


わずかな期待……じゃなかった、緊張で鼓動を高鳴らせながら歩く。すると一分も進まないうちに、スケルトンの足音が聞こえてきた。

目の前にある曲がり角、その向こうにヤツがいる。今度のヤツは、いったい何を持っているのだろうか。

僕は杖を握りしめて、曲がり角の先へと踊り込んだ。


「さあそこの骨野郎、そのふらち・・・なものを僕によこ……せ……?」


黄ばんだ白のスケルトンが、予想どおりそこにいた。でもそいつが両手に持っていた予想外のものを見て、思わず言葉を失う。

それは黒くてツヤやかな光を放つ、革靴ローファーだった。


「期待させてこの結果かよっ!」


杖を振りかぶり、スケルトンへ叩きつける。

こうして、無事にローファーを回収することができた。

袋へ入れてから、たった今倒したスケルトンへと視線を向けるが、すでにチリとなって消えていた。


まったく、靴を先に持ってくるなんて分かってない骨だ。だがまだ希望は残っている。残りは下着とニーハイのはず。

できればそれらが盗られる前にピセルを見たいもとい見つけたい。

そう思いながら次の角を曲がれば、僕の思いが通じたのか、両開きの扉がドンと構えていた。


その扉は木でできているにもかかわらず、劣化のほとんどない、重々しい雰囲気を醸し出していた。

例えるなら、ボス部屋の入り口のような。


念のため、これまで手に入れたものを確認する。

武器は頑丈な杖、防具は白いローブ、そして未鑑定の薬がひとつだけ。後はピセルの制服。スケルトンは結局、服以外を落とさなかった。

これがゲームの中だったとしたら、スルーしてきた脇道や小部屋にアイテムが落ちていたかもしれない。でも今の僕には戻って調べ回るような時間はない。

ピセルは今ピンチで、一刻を争う状況だ。


薬をすぐに取り出せるようにしてから、扉の前に立つ。

たぶん、ピセルはこの中にいる。

どんなボスがいるか分からないが、なにが来たって絶対に彼女を助ける。


僕は自分にうなずいてから、扉に手をかけた。

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