第3話 目覚めたそこは
◇◇◇
気がついた時、僕はうつ伏せで硬い床に伸びていた。
いつの間に寝たのか思い出せない。
体を起こして服をはたくと、乾いた砂粒がパラパラと落ちた。
誰だよこんなになるまで掃除しなかったのは。ズボラな僕だって、自動お掃除ロボットでたまに遊んだりするぞ。
って、ちがう、そうじゃない。現実逃避をしてても始まらない。落ち着くんだ、深呼吸をしよう。
勢いよく空気を吸い込むと、とても埃っぽくてむせてしまった。
とにかく状況を確認しよう。
目の前には、飾り気のない石の通路がまっすぐ伸びていて、5メートルくらい先でT字に分かれている。
壁にはだいたい1メートル間隔くらいで原理不明の光るブロックが埋まっていて、暗い通路を仄明るく照らしている。非常灯だけが照らす夜の学校の廊下みたいだ。まだ僕は寝ているのだろうか。
お約束として、きゅっと頬をつねってみる。痛い。やっぱりこれは夢じゃないのか。
ため息をついてから、手首のスナップを効かせて右手を振る。
「リアルダンジョンかよっ」
言葉と右手が空を切る。そこには誰もいなかった。
「僕だけかよっ。ピセルはどこへ行ったんだよ」
ここはあの教会の中だろうか。地下とか?外に連絡できるかスマホの画面を見てみれば、【現在地:封じられし霧の迷宮】という表示があった。
思わず両手を頭に当てて、天を仰ぐ。
「ありのまま起こったことを話すぜ、僕は後輩の美少女に告白されて彼女の家に行ったと思ったらダンジョンに着いていた。そして彼女はいなくなっていた。催眠術とか幻覚だとかそんなちゃちなもんじゃねえ。もっとも恐ろしいことが現在進行中だ」
思いつくまま声に出すが、しかし何も起こらない。
ピセルの事は夢だったってのか?じゃあなんで僕はこんな所にひとりでいるんだ?
ピセルの存在は夢だけど、ダンジョンにいるのは夢じゃなかったなんて、そんな恐ろしいことはやめてくれよ。あんまりだ。
目を強く閉じてから開いても、景色が変わることはない。
いっそ眠れば目覚めるんじゃないかとふたたび横になった時、通路に一筋の痕跡を見つけた。何かが引きずられて運ばれたように埃が避けられている。
それは僕が寝ていた横から始まり、T字路のあたりで見えなくなっている。
「ピセル?まさかピセルに何かあったのか?」
彼女と交わした契約の言葉を思い出す。
ピセルを護る、助けると僕は誓ったんだ。彼女がピンチなら、僕が助け出さないと。そう、この道筋こそが、彼女が夢じゃないという唯一の証拠だ。
「ピセル。絶対に助けるから待ってろよ」
僕は覚悟を決めて、薄暗い通路を歩き出した。
通路は分かれ道がいくつかあり、そのたびに地面に顔を近づけて、進む方向を選んだ。途中に朽ちかけた木の扉がついた部屋がいくつかあったが、特に使えそうなものがあったりしなかった。
しばらく進んだ分かれ道で、引きずられたような跡は途切れていた。
周りを見ても相変わらず薄暗い通路が続いていて、扉も階段も見当たらない。
床にしゃがんでよく見れば、今まで引きずっていたものを持ち上げたのだろう、運んだ人?の足跡のようなものがあった。
疑問形なのは、その足跡が人間のものとちょっと違うからだ。
足跡を追って、曲がり角を曲がる。
その瞬間、何かが足に当たった。それは軽い音を立てて転がり、壊れながら止まった。
「げ、これって」
それは白というには年月が経ち過ぎて、茶色くなってしまったもの。紛れもなく、人の頭蓋骨だった。
足元を見れば、その頭蓋骨の持ち主である体が倒れている。
今の衝撃のせいか乗っていた白いローブがはだけ、持っていた杖が腕ごと離れて転がっていた。
「悪いことしちゃったなあ」
壊れた頭蓋骨をひろい集めて、頭の位置に戻す。腕も杖ごと直して、ローブも慎重に体に戻した。
これで見た目だけなら、最初と同じくらいキレイになったろう。
両手を合わせて目を閉じる。
「迷わず成仏してください」
これで起き上がられたら怖いよな。なんて思った時、誰かの声が聞こえた。
『祈りは聞き届けられまシタ。あなたの行く道に祝福ヲ』
目を開けると、なぜか人骨はキレイに消えていた。その持ち物だけを残して。
辺りを見回しても、骨らしきものは何も残っていない。
それどころか、先ほどまで人骨と同じくらい埃を被っていた杖とローブが、新品同然になっていた。
いったいどういう理屈なのだろう。死体の持ち物だと思うと躊躇うが、キレイになってるから違うか。
それにさっきの声は、まるでゲームのアナウンスみたいだ。そういえば僕は、ピセルの代わりにゲームをしに来たんだった。つまりここはゲームの中なんじゃないか?
だとしたら、ドロップアイテムは僕の命に大きく関わってくる。
まずは手近な杖にさわってみる。触れるだけで回収とかはないようだ。
今度はしっかりとつかんで拾い上げる。
長さは僕の足から肩くらい。表面は硬くて、意外と重い。片方が細くなっていて、もう片方がコブのように大きくふくらんでいる。
当たればけっこう痛いだろう。軽く振り回して、具合を確かめてみる。
「……うん、なかなかいいんじゃないか?」
ケンカはしたことがないが、それでも殴ることはできるだろう。
武器があるだけで、素手よりもかなり気が楽になる。
次にローブを持ち上げる。
白地に黄色い糸で縫われたローブ。
よく見れば縫い跡が小さな文字になっていて、なんとなく不思議な力を感じる。
説明が難しいのだけれど、神社とか教会とかを見ると感じるものに近い気がする。
なんとなくだけど、悪いものではなさそうだ。
ローブを広げると、布の袋が落ちた。
「小さいけど、これに荷物とか入れてたのかな」
引っ張り出してみると、透明なプラスチックのような容器に入った、青っぽい色のついた液体だった。
ゲーム脳で考えれば、どう見ても回復薬。
外から触った時はこんなのがあるとは思わなかった。
まさかと思って試しに杖を袋に差し込んでみると、袋より長いそれがスルスルと中へ入っていく。
あ、これ間違いないわ。なんでも入るアイテム袋だわ。
回復薬の他にも入ってないかと探るが、もう何もないみたいだ。
回復薬(仮)を袋に戻して、ローブを羽織って杖を持つ。気分はゲームの魔法使いだ。
装備を手に入れて1人で盛り上がっていたところで、通路の先から足音が聞こえてきた。
右へと続く曲がり角の先。そこから乾いた足音がゆっくりと近づいてくる。
杖を握りしめて待ち構えていると、通路の壁に影が映った。
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