第2話 誓いの言葉

「先輩は、ダンジョンを運営するゲームって、やったことありマスカ?」


急に聞かれてちょっと戸惑ったが、すぐにいくつかのゲームが思い浮かんだ。


「多くはないけど、それなりの数はやったことあるよ。システムがピンキリだけど、けっこう面白いものばかりだったと思うけど」


僕の答えにホッとしたように、ピセルは話しを続けた。


「私にはお父様がいるのですが、自分の代わりにダンジョンを運営できる人を探しているノデス。お父様本人がやりたがってはいるのですが、仕事が多すぎて手が回らないノデス。それでお父様に作られた私の姉妹たちが、ダンジョンの運営をしてくれる人を探しているノデス」


ピセルは胸の前で手を組んで、僕を見上げて言った。


「先輩、手伝っていただけますか?」

「もちろん。僕でよければ」


当然のごとく即答である。それがどんなクソゲーだとしても、ゲームで彼女の役に立てるなら、僕は喜んでやってやる。それに彼女のお父様直々の頼みごととなれば、これからのお付き合いにもかなり有利になるんじゃなかろうか。


「ホントです!?ありがとうございマス!そう言ってもらえてとっても嬉しいデス!」


ピセルは飛び跳ねながら喜び、僕の両手をしっかりと握ってきた。しっとりとした手のひらの感触に、思わず背筋に震えが走る。

ピセルは僕の顔を見上げている。僕はピセルの顔を見下ろしている。二人は手を握り合っていて、当然顔はかなり近くにある。

僕は緊張しながらピセルの顔へと近づき、僕を見つめるピセルはパチパチと瞬きをすると……。


「そうと決まれば、早速行きまショウ!」


そう言って僕の手を引いた。

そうだよね。出会って一日もたってないのにキスとか、気が早すぎるよね。わかっていたとも。でもピセルがあまりにも可愛いすぎて、つい焦ってしまったんだ。

心の中で言い訳しなが、ピセルと一緒に歩く。

きっと奥に生活するための部屋があって、そこへ向かうのだとばっかり思っていたが、ピセルは十歩も進まないうちに立ち止まった。そこは祭壇の前であり、再び彼女は僕を正面から見上げた。


「先輩、これから大事なことを言うので、よく考えてから返事をして下さいネ?」

「え?うん。わかった」


僕が頷くと、ピセルはポケットから金色の一対の指輪を取り出して、それをよく見えるように手の平にのせて言った。


「私、ピセルは、先輩……カゲト モリヤに全てを捧げると誓います」

「は?え?それは……!」


ピセルの突然の言葉に慌てるが、当のピセルは唇に指を立て、静かにするように示してくる。


「私は、常に貴方の側に控え、貴方を助け、貴方を護ることを誓います。貴方と苦しみを分かち合い、貴方の喜びを私の喜びとすることを誓います。例えどちらかが死ぬことになったとしても、私のこの誓いが消えることはありません」


ピセルは、まるで絵画に描かれた天使のよう微笑みながらそう言った。そしてそのまま僕に一歩近づくと、手に持った指輪を差し出してきた。

次は僕が、彼女に答える番なのだろう。何て言えばいいのか、作法なんて知らないけれど、ここまで来て何も言えずに逃げ帰るなんて出来ない。僕の答えは、すでに一つしか残っていない。

僕は大きく息を吸うと、指輪ごと、それを差し出すピセルの小さな手を包み込んで言った。


「僕、森谷影人は、ピセル……に全てを捧げると誓います。……えーと、ピセルを護るし、助けるし……。

ピセルの悩みは僕の悩みで、だから僕が出来る限りを尽くして助けるし……。そんなことを誓います!僕はピセルが大好きです!」


なんかすっごくグダグダになってしまった。だから僕は作法なんて知らないんだってばよ。

未成年同士のゴッコ遊びだったとしても、ふざけられる余裕なんてない。自分のセリフが恥ずかし過ぎて、顔は真っ赤になっているだろう。呆れられてないか心配になってピセルを盗み見ると、その顔には満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます、先輩。初対面の私のためにそこまで言ってもらえて、私、とても嬉しいデス」

「いや、あの……うん」


僕としても、ここで決めないとチキンな僕は一生彼女が出来ないだろうとか、こんな可愛い娘を彼女にできるなら何だってするというような思いがある。だから、ピセルがそこまで喜んでくれるのから、僕も頑張ったかいがあるというものだ。


「ところで先輩、今、何でもするって言いましたよネ?」

「うん。え?言ったっけ?」


あれ、考えはしたけど、口に出してはいないような気がするんだけど。

ピセルはいたずらっぽく笑う。


「冗談デスヨ」

「そっか、冗談だったんだ」


びっくりした。本当に心を読まれたのかと思ったよ。


「さて、誓いは終わったので、次は指輪デスネ」


ピセルはそう言って、僕が掴んだままの手を示す。

この手の下の指輪はそのための物だだったのか。すごく用意周到だ。


「先輩。手はそのままでいいので、私が何を言っても『はい』って答えて下サイ。いいデスカ?」

「はい」

「本当二?」

「はい」

「絶対に絶対?」

「はい」


ニヤニヤ笑っているので、ただ単に遊んでいるんだとわかる。それとももしかしたら、こんな結婚式ごっこやってるのが恥ずかしくて、その照れ隠しをやっているのかもしれない。

僕も恥ずかしいけど、それよりも楽しい気持ちの方が勝ってるし、このままでも幸せかもしれない。なんちゃって。


「それでは先輩、私のこと好きですカ?」

「はい」


それはもう大好きです。


「私のこと大切にしてくれますカ?」

「はい」


もちろんですとも。


「私のご主人様になってくれますカ?」

「はい」


喜んで。ご主人様でも旦那様でもダーリンでも、好きなように呼んで欲しい。

そんな事を考えた瞬間、握り合った手の中から光が溢れた。


「うおっ、眩しっ!」


光はすぐに収まり、ゆっくり目を開いて手を見ると、右手の薬指に、金色に輝く指輪がハマっていた。


「やりまシタ!契約完了デス」

「契約?それはどういう意味の?」

「それは、先輩が私のご主人様(マスター)になったということデス」

「うん、それちっとも説明になってないよね?」

「これは、私達のこれからに絶対必要なものなのデス。私はマスターのものなのデスヨ」


先輩からマスターにランクアップした!?これはいいのだろうか?ニホンの法律とか倫理規定的に。あるいは条例的に。


「私ではご不満デスカ?」

「そ、そんなことないよ。なんか色々と急すぎて、頭がついていってないだけだから」


そうそう。なんで指輪が光ったのかとか、勝手に指にはまったの?とか、本当はそっちの方を気にするべきなんだろうけど、なぜかそれはとても些細な事のような気がする。


「ならよかったデス。ではマスター、これより私達の愛の巣へと向かいマショウ」

「あ、愛の巣ってキミ……」

「ダメですよ。ちゃんとピセルって呼んで下さい」


ピセルが、天使のように微笑むと同時に、指輪が再びまぶしく光った。

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