第2話 なんもかんもが分かんねぇ
■3
手を挙げるって、どんな世界でも無抵抗の意味なんだな。
「そのまま、足の上に座りなさい」
足の上に座る? 正座って事か。
思わず従う。我ながら凄い、流れるような動作だ。(100点!)
「そのまま、私の質問に答える事。良い?」
良い? の声と共に、背中に何かをゴリゴリ押し付けてくる。
「りょ、了解です」
情けないけど、もう仕方ない。機会をうかがう前に死んじゃうかもしれないしね、逆らったら。
というか、こういう状況で正座すると分かる。素早く立てないし、移動できるようになるまで時間がかかるな、これ。
立つためには足を体の下から抜き出す必要があるけど、それが容易じゃない。
まぁ、どれだけ素早く移動体勢を整えても、背中に突きつけられている物がゴリゴリからザクザクに変わる時間ぐらいはありそうだ。
というかスムーズに、人に気配を察知させずに脅してきているヤツだ。ケンカを売ってはいけない。比較的速やかに無力化されること間違いなし。しかも、容赦なしに。
「まず、最初の質問。どこから来た」
「どこから……」
そうだ、そういう質問はベターだ。というか、どうして自問してないんだ、俺は。
「どこからって、そりゃ家から、だと思う」
「その家はどこに」
「それが分かれば」
苦労はしない。と続けようとしたら、また背中をゴリゴリしてくる。Sっ気があるなぁ。
「川の近くだったけど、そもそもこんなに開けた草原の真ん中で、俺は何してるんだろうな」
「――これに見覚えは」
あれ、結構マヌケな回答だったと思うけど、無視かよ。いや、答えようのない話しだったからありがたいけどね。
家はどこだろう。
それはそれ、今度は肩越しに何かが投げ込まれる。見れば円形で、光を反射している。色は銀色。こういう所も世界共通なのか。四角だと入れ物に穴あいたり摩擦で角が丸まったりしそうだし、自ずとこういう形になるのかも。
「お金、じゃないのか。硬貨」
「では、硬貨の名前は」
「いや、それは知らない――」
ゴリゴリすな! 背骨痛いんだって、それ。
「家の場所も、この硬貨も名前もそうだけどさ。分からないんだって、本気で!」
言うことは言っておく。主張は正しく、必ず行うように。コミュニケーションでは必須だ。円滑にいこう。
「立って」
えっ、もうコミュ終わり?
■4
本当に終わりだった。
俺には何も実りのない質問の後、立たされて向かうのは森の中。
昼なのにめっちゃ暗い。街灯なんかも無いし、これが天然の森なのか。
嫌だな怖いななんて思っても、少し止まろう物なら、
「まだ先。このまま真っ直ぐ進めばいい」
って言われて背中ゴリゴリ、怖い。よそ見してる暇もない。
ただ、立ち上がる時に相手をチラチラ伺ってみた。しっかり観ることはできなかったし、しっかり見れても正体は不明だったろうな。
体型を分からなくさせるローブ。手には茶色のグローブ。足の先まで肌なんか出してないし、頭には帽子まで完備。
顔は布を巻いて隠しているので、完全に夏だったら熱射病一直線って感じだ。
これでは老若男女の違いも分からない。どうしたものか。
いや、どうであれ武器(これもチラ見した。木の杖みたいだけど、めっちゃ硬そう)で脅迫されてる現状では、抵抗なんて無理だが。
さて、そんな訳で誘拐され中。視界がやばい。いや、視界内の情報量がヤバイ。
最初に気づいた時もそうだったけど、なんかゲームのインタフェースが視界に広がっている。
のは、まだ良い。いや、良くない。ゲームの世界に居るってこと?
でもそれ以上の現象が起きている気がする。
視界の右側。まるで文字の滝、洪水のようだ。
数歩歩くと一斉に文字の波。収まるか収まらないかぐらいのタイミングで、また波。
歩き始めてからずっとだ。
『土を25個獲得しました』
『空気を25個獲得しました』
『水分を25個獲得しました』
『植物の種を42個取得しました』
『丸太を8個獲得しました』
とか、延々となにかを取得したらしいことがアナウンスされている。
これは恐ろしい。歩いているだけで大地を削り、空気をえぐり、水を枯らし、植物は新しく生えてくる事もなくなり、木々は全て伐採されていく。
訳ではない。
地面も、周りの木々にも変化はない。獲得? でもそこにまだ在るぞ。バグってんのかこの表示。
それに獲得って言う割には、手持ちのどこに格納されたんだよその土とか木とかは。あと空気の獲得ってなんだよ、ビニール袋に空気入れて膨らませて『空気を獲得しました」とか言うんじゃねぇだろうな。
そんな事を考えていても、また進めば手に入る。
おおよそ土、空気、水分は25個ずつ獲得できるようだ。種と丸太はまちまち。
なんか法則性がありそうだけどなぁ。
というか、このゲームチュートリアルないんですけどー。運営ー、どうなってんすかー。
■5
結局わからないので、獲得の洪水は意図的に無視。歩く事に集中してもう数十分は経っただろうか。
その頃になって、ようやく目的地と思われる場所が見えてきた。
「あそこが目的地なのか?」
聞いてみる。ゴリゴリ。へい、歩きます。
退屈していた心もゴリゴリ削られながら、もう一度しっかり前を見る。
そこは先程までとは違って、木が生えているわけではなかった。
整列している。
まるで壁だ。
というか壁なのか、あれは。防御壁的なやつなんだと思う。
隙間なく丸太が並んでいて、逆に入れそうもない。
どこから入るんだろうか。なんて考える必要もなく、右手側に杖が伸びてくる。
そしてそのまま左へと押してくるのだ。左行けってこと? 会話してくれても良いじゃん。
徹底しているなぁ、なんて考えてボケッとしていると今度は腕までゴリゴリ削られそうなので、従って動く。
目の前の壁に沿うように。円を描くように作られている丸太の羅列の横を歩いていけば、他の場所とは違う風景が見えてきた。
人だ。
2人ほど人が立っている。
どちらも黒か茶色の、汚れてもいいような服装をしている。ゆったりとして動きやすそうだ。
まぁ、そりゃそうだろう。手に槍を持っているのが、俺の気のせいでなければ、戦闘だってするんだろう!
なんだよ、殺伐としてんなぁ。
『槍を2個獲得しました』
……俺の能力も結構物騒じゃないかね?
槍をコピーされた2人は俺達が近づいても動かない。目線も合わせようとはしない。
ただ、近づいていくと上の方で物音がした。視線を上げると、そっちには
どこかに伝令でもしてるのかな。なんだろうこの雰囲気、歓迎されてない感じだ。
そのまま2人の槍兵直前まで来た。穂先が光をギラギラ反射してるこわい。
そして、その二人がいるところも、やはり丸太の壁があるだけだ。中には入れそうもない。
「例の」
「分かった」
俺の後ろの誰かと槍兵の会話はそれで終わり。もうひとりの槍兵が壁を叩くと、眼の前の壁だと思っていた場所が開く。開くというか、上がっていく。5本程度の丸太が上へとスライドして、外と行き来できるようだ。
丸太の動きが止まると、また背中をゴリゴリされるので進む。
どうやって固定してるのかわからないから、落ちてきそうで怖いぞ丸太門。
中に入ると、そこには家が何件も並んでいる。村という認識で良さそうだ。
ログハウスみたいな、丸太をメインに構築された高床式の家が多い。
景色の向こうには、マルタの壁も見える。防御壁の向こう側が見えてるんだろう。結構な距離がありそうで、この村の大きさもなかなかな感じがする。
というか、母親の地元がこういう村だったのを思い出す。丸太の壁なんか無かったけど、この家の集まってる感じは似ているな。
ただ、人の気配が無い。まだ日中なのにな。
門からまっすぐに伸びる道の先には、大きな家がある。
少なくとも道幅よりも横に長く、どの家よりも屋根が高い。よくある人村長の住む場所みたいな所なの――
「ぐえっ!」
背中の真ん中から真っ二つになりそうになって、体の中の空気が喉から強制的に吐き出される。
スゴイ、イタイ。
というか、何が起きた?
「どうした、止まるんじゃない」
そういって背中をゴリゴリしてくるが、待って待って。今一番痛いのはそこなの!
「ま、待ってくれ! まずその背中のストップ! 何か理由があるから、多分きっと!」
「なんの理由だ。止まった理由か」
「というか、俺、止まってる? 歩いてるつもりなんだけど!」
「その不器用な足踏みでか?」
「足踏み?」
視線を下に向けてみる。おぉ? どうしたマイレッグ。その大地はさっきまでお前が居た場所だぞ。前の大地は嫌いかね。
「……いやいやいや、ナニコレ」
「足踏みだろう」
そりゃそうだ、どっからどう見ても足踏みしてるよ。
でもさ、俺はそんなつもりないんだぜ。どうして足踏みしてるの?
背中をコツコツ突かれながら、頭の上にハテナを何個も浮かべる。
理由が分からん。体感として、歩いてる。でも、進んでない。ちょっと感覚の
どういうことだろう。このまま進めないと、体をホームランされながら前に進まなくりゃならなくなりそう。
絶対に痛いよなぁ。
「原因が分かればワンチャン……あれ?」
視線の違和感に気づく。いや景色じゃない。さっきまでと同じで前には進んでいない。視界の下だ。
さっきまでアイテム獲得を垂れ流していた右下の表示は沈黙し、今は視界下に、赤文字で何かが表示されている。
『重量過多です。規定値の100%を超えたため、移動はできません。家、倉庫の設定をし、アイテムを移して下さい』
えっ、今更チュートリアル? というか、もっと別の重要な事があると思うが?
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