横恋慕は洒落にならないマッチポンプを呼ぶ6
保健室で解散した塀二たちはシェイディンシェードで姿を隠し、こそこそと校庭に出ると私服の猫美を外へ逃がしてから避難していた生徒たちに混じった。それから学校を包んでいた炎の幻覚を解く。
事情がわからない他の生徒や職員たちは突然収まった火災に唖然とし、平静を取り戻さないまま一度体育館に集まったあとすぐに残る授業を中止して校舎に戻らずの一斉下校という運びになった。警察消防を呼んで状況を確認するようだが、校舎に火災の痕跡が残っていない以上尋常の判断では「集団催眠」としか理解のしようがない。
ノーニャとプルートは屋上から先に逃がし、八百屋お七を連行していった。当人も再び封印されるよりは猫美と共存する道を選んだ。
それが正しいのかどうか、早くなった帰宅のあとでも塀二はずっと考え続けていた。
「……そういやお前らが封じられた
蔵の中、気の抜けたあぐらの姿勢で封印された妖魔たちに呼びかける。声なき声の反応があちこちから上がって、塀二は苦い顔をした。
「そりゃ『室倉が封じた』ってことはわかってるって。俺に文句言うなよ! はあ? 謝るわけないだろ。なんだよ、ちょっと聞いてみただけなのに」
妖魔たちからしてみれば加害者に「なんで殴られたの?」と聞かれていると同様の心境らしく不平不満ばかりがぶつけられるので塀二としては堪らない。
「じゃあ今度面接するか。その前に文献洗って書類審査な。……いや出さねーよ? 危な過ぎるだろ。そこまでは油断しねえよ」
狼の一件以来優位とは言え、普段の塀二なら封印妖魔たちに対してこれほどくだけた態度は取らない。しかし今ばかりはどうにも真剣になりようがなかった。
「うわっ、雑巾もう真っ黒! これじゃ何枚あっても足りないじゃないのサ。あんたの靴下いっつも汚れがひどいから気になってたけど、これじゃあねえ……」
塀二の横で框が床を水拭きしている。寿命を削る鎮めの香の呪いが消えとはいえ、危険は他にいくらでもあるというところにまったく思いが至っていない。
「そりゃ蔵は何回か建て替えられてるとは言っても軽く百年くらいは閉じっきりでお香焚いてたんだからな。
いつものように抗議も虚しく、框は棚に据え付けられた
自分たちを封じ込めていた香の痕跡が消えることが嬉しいのか、妖魔たちは掃除を喜んでいるらしい。しかしその感謝はどうやら框ではなく闇渡に向かっている。
「闇渡お前、もしかして人気者か? 封印妖魔のアイドルだったのかよ」
『たわけを申すな』
妖魔が環境改善と慰問を喜ぶとしても、塀二としては根本的には部外者である框が蔵に踏み入る状況は見過ごせない。
「掃除はいいから出てけって。どうしても気になるなら俺がやるからさ」
「嘘、あんたはやらない。ズボラなんだから」
「おいおいフザけんなよ? こともあろうに室倉に向かってズボラとはなんだ」
ムッとして言い返すと、そこからの返答は声のトーンが落ちた。
「……ちょっと話したいことがあってサ。最近ふたりになること減ったから」
床へ降りて来て正座に座る、珍しく改まった態度に塀二は「一体何事か」と内心警戒した。なんとなく叱られそうな予感がしてしまうのが悲しい。
「学校でお父さんのこと引き合いに出して、ごめんなさい」
深く下がった頭を見て、塀二の胸がまた痛む。決断の痛みだ。
「……謝るってことは、八百屋お七を生かしたことを『間違いだった』と思ってるってことか? 『殺すのは可愛そう』くらいの気持ちで言ったってことか」
「ううん。そうじゃない。お父さんのことを言ったのを謝ってるだけ。そう言えばやめるってわかってたからサ」
「そもそもなんで止めたんだよ。……おかげで室倉としては道を踏み外さずに済んだ。でもお前は地球守りの事情なんて知らないし、知ったこっちゃないだろ?」
気持ちが焦って言葉が荒れた。
何年付き合いが続いても框は一向に超常の出来事を理解しない。だがそれは塀二も願っていることだった。いつまでも日常にいて、のほほんとボケたことを抜かしてほしい。この世にそんな平和があることを身近で報せてほしかった。
「そうだね、知ったこっちゃない。あたしが気にするのはひとつだけ」
顔を上げた框は普段よりはいくらか優しい顔で、哀れみのこもった眼差しで塀二を見つめた。
「あんたがやりたくなさそうだったから」
淀みなく告げられ、塀二はしばし硬直したあとで顔を覆った。自分が思いやられていたとは夢にも思わず、「取り憑かれ仲間が欲しいのかも」などと考えていたことを恥じ入る。
「……俺、そんな風に見えたか?」
「見えたって言うか、『そうなんだろうな』って思ったから」
「ああ、なんてこった。術士が心の内を見透かされるなんてあっちゃならねえけど、お前なら別にいいかって思う自分がいる」
「うん、あたしも。あたしだけはあんたのことをどこまでもわかってあげたい。でもそれで傷つけるようなことしてたら意味ない。だから、謝りたかったの」
そう言ってもう一度、頭を下げる。
塀二は框の正直ぶりに呆れると同時に悔しくもなった。自分は彼女ほど彼女のことを理解しているだろうか。そこにまるで自信が持てない。
どう声をかけていいかわからずに黙ったまま、戸惑いながら手を伸ばし頭を撫でる。古臭い蔵の中では不似合いな艶の感触を味わうと、同時に框の思念が流れ込んできた。それがまた心地良く、どういった思念なのかも考えずに穏やかな気持ちに浸っていられた。心を締め付けていたものが一気に緩む。
(悩んで保留することと、保留したことにまた悩むこと。そのどちらもが室倉の務めなのかもな……。ああ、でもそれなら――)
今の自分は室倉失格だと、塀二は苦笑を漏らした。
どれくらいそうしていたのか、封印妖魔たちから野次られたことで我に返った塀二は框と連れ立ってそそくさと蔵を出た。顔を合わせづらく目の端で見やれば、框は俯き加減で赤面していた。きっと自分も同じだとわかるから増々気まずい。
(ヤバい……早く部屋に行って移り気巾着使わないと)
玄関から家に上がって居間を抜けようとすると、そこに猫美が居るのを見て腰が抜けそうなほど驚いた。
猫美は口を開けポカンと驚き顔で、塀二を見上げる。
「ハハ……ホントに一緒に住んでるんだ。っていうか、小さい頃噂になってたお化け屋敷が、室倉くんのおうちだったなんてねえ……」
「お化け屋敷? いやどうして軒下がここにいるんだよ」
「あたしが呼んだの。これからのこと、ちゃんと話さないといけないからサ」
「う、ああ……それはそうだな」
八百屋お七を預けることになったからには既に無関係ではない。観念しているとはいえ依霊の力を制限もかけず野坊主とはいかなかった。
「じゃあ――」
話そうかと、猫美の向かいに腰を下ろそうとした塀二は框に押し退けられた。
「じゃあ話そうか」
代わりに座った框が猫美と向き合う。猫美も承知と見えて、顎を引きながら視線を受けた。
(話すって、お前らがかよ……ちぇっ)
後回しにされたことは納得いかないものの、框に反論しても受け入れてもらえないことは察しが付くので塀二は仕方なく横へ移りふたりの用が済むのを待つことにした。正直なところ席を外したくてたまらないがそういうわけにもいかない。
先行は猫美が取った。
「框! あんたさあ、室倉くんのこと散々世話してたくせに肝心なところでは『別に興味ない』みたいな態度取ってたじゃない? なのに『実は一緒に住んでる』とか、なんなん?」
話し合いの議題を知って塀二は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて慌てる。
「いや、軒下あのな? 框は昔の余計な罪悪感で――なんでもありません」
つい身を乗り出して口を挟むと、なぜか框の方から無言で睨まれ塀二は萎縮した。肩を縮めてすごすごと引き下がる。
(なんか俺のこと取り合うみたいな形になってるけど……一生地球守りに支配される俺にそんな自由あるわけないのに……)
早速居辛さに耐えられなくなり、手持無沙汰と現実逃避に蔵から持ち出した呪具の確認を始めた。猫美が八百屋お七を制御するうえで助けになる物を選んでおいた。
縄で繋がった木材、いわゆる拍子木風の呪具。
幻覚から実体化するまでに時間がかかる八百屋お七の能力に対抗するなら正に打ってつけだと満足して頷く塀二の目の前で、框と猫美の言い合いは偏って白熱していた。猫美がどんどん取り乱す一方で框は変わらず平静だ。
「黙ってたことが不満なわけ? 学校で『クラスメイトと一緒に住んでる』なんて、言えるわけないじゃん」
「別にそこまでオープンにしろなんて言ってない! 気持ちが無いフリさえしてなけりゃ、私だってもうちょっと遠慮したのに! 今更本当のこと言われたって盛り上がった私のこの胸の高鳴りはどーすりゃいいのよ?」
「気持ちの話じゃないから。あたしはもうこいつから離れられないの」
妖魔が憑いているからですね、と心の中で付け加えて塀二は次の呪具を手に取る。
柄付き呼び鈴型の呪具、ブルイングベル。中世の時代、とある性悪な貴婦人が何人ものメイドを日々いびり殺す暮らしの中で用いたという曰くのある品で、鳴らせば意図した相手へ直感的に居場所を伝える効果を持つ。呪具だけあって単なる便利な呼び出し道具とはいかず相手が呼び出しに応じなければ延々と鈴の音が頭に響き続ける点に注意が要る。ノイローゼになるまで追い込むので下手をすると曰くにある貴婦人と同じ最期を遂げかねない。
必ず駆けつけるという覚悟さえあればこれは防犯アラーム代わりになる。室倉の知覚はある程度の距離でしか思念の波長を感知できないので、数さえあれば夢玖にも貸し出したい逸品だ。框の場合は闇渡の瘴気がとても目立つのと、当人が遠くに離れては行きそうにないので無用だった。
とりあえず思い付いたこのふたつを猫美に貸し出したいものの、まだ舌戦は白熱していた。
「それって框自身の意思とかじゃなくって、何か取り憑かれてるからっていうだけなんでしょ? だったら私だって今はもう立場は同じだから!」
「別にいいよ。理由とか無くたって塀二のそばに誰かがいたっていいんだからサ」
「なんだそれ、正妻の余裕? ……ああ~っ、もう! そういや私って昔アンタへのコンプレックスでグチャグチャだったわ! アンタのそういうスカした態度嫌い!」
「あたしは猫美のこと好きだよ」
「そういうとこ、ほんっと嫌い……私も框のこと好き」
ふたりの間では判別は困難なほど複雑な思念が渦巻いている。見守る塀二のほうが辛くなってきたところで、そこへ春日居がやってきた。
春日居はもう昼が近いというのに寝起きらしく普段よりも薄着の浴衣で、目の端で見下ろすけだるい仕草が余計に色気を増している。
「なんや学校もう終わったん――あら、お客さん? ああ……ふぅん……」
炬燵を挟んで睨み合うふたりに気付いてから、訳知り顔でほほ笑む。
「どっちになってもええけど、室倉はんの子種は頂戴な。そこだけ承知しといて」
鼻歌を歌いながらそのまま廊下を戻っていく。姿が見えなくなると同時に猫美からもの凄い顔で凝視されていた。
「室倉くん……〝コダネ〟って、なに……?」
塀二がうまい言い逃れを考えて知恵を絞る前に、廊下の奥から「セックス!」と余計な一言が聞こえて胃のほうが締め上げられる結果になった。
「違うんだ軒下聞いてくれ。落ち着いて話し合おう。俺たちは話せばわかる生き物だ。共通の言語と理性を持っている」
「それもう浮気男の言い訳じゃん。……引く」
「俺なんにも悪くない! 色々あるんだよ事情が。その手の感情は同調してる八百屋お七に力を与えるからよくない!」
塀二が慌てふためく横で、框が冷めた顔で湯呑みを揺らし「仲間ができて良かった」と呟くのが憎らしくてたまらなかった。
框と「一旦共同戦線を張ろう」と熱い握手を交わした猫美が室倉家を去ったその後、居間では春日居がひとり髪に櫛を通していた。
「はあ、それは災難やったんやなあ? でもおかげでお昼もあったかいご飯食べられて嬉しいわ。何を食べさせてくれるん?」
呼びかけられた台所からは「グラタン!」と返ってきた。怒声の迫力に間の廊下でオロオロしていたノーニャが飛び上がり、春日居へ避難の目を向ける。
「あーんー……あんまり刺激しないでやってくだしーまし。グズ守りさんがさっきの女の子と出かけたもんで、たちまちナーバス。今は海老グラタンから海老が無くなるかどうかの瀬戸際デス。オウケイ?」
春日居は冷ややかに笑う。
「嫌ぁな思いしたくないんやったら妖部となんかわざわざ関わらんといたらええのに。気の知れんこと」
妖部の子を産むよう地球守りに強制される立場から逃れられない春日居にしてみれば、厄介な血筋の者に愛されようとする框の考えは理解不能だった。普通に生きていれば表社会で平和に暮らせる権利を投げ出すなど酔狂を超えて自虐でしかない。
「室倉は一子相伝のはずやのに、聞いてた話と全然ちゃう。賑やかなおうちやわあ」
嘲った嫌味をタイミング悪く、料理を運んで来た框が聞いていた。
「賑やかで何が悪いの。あいつに人生を楽しむことを教えたのはあたし。間違ってるなんて全然思わない。誰にも言わせない」
「嫌やわぁ、誤解せんといて? 悪いなんて思ってへんよ、全然。地球守りは人手不足やし、お友達は多いほどええことばっかし」
サラダボウルを受け取りつつほほ笑んでやるときつく睨まれた。
そんなものまるで怖くはない。妖部を産む以外に特別な力が無い春日居一族の晒されている境遇を思えば屁のようなもの。
(ほんにまあ……憎らしいくらい、可愛いこと)
短気で鉄火かと思えば能面のような無表情でいたりとよくわからないところはあっても、変化の理由はわかりやすい。気構えするのも馬鹿馬鹿しいほど、小娘だ。
ふと「妹がいればこんな風だろうか」という妄想に浸っていたところで、框が急に顔を近付けてきたのでギョッとした。
「あんた、地球守りとかその辺のことに詳しいよね?」
何かと思えば、想い人が明かしてくれない情報を握っていると気付いたようだ。塀二が出がけに「色々教えとかなきゃいけないな」と猫美に話すのを聞いたことで不満も溜まっているに違いなかった。
「さあ、どうやろねえ?」
春日居はとぼけた風に首を横へ倒した。この小娘は一体何を聞き出すつもりか、と警戒心を取り戻す。
「まあウチは国内妖部の相手を一手に引き受けてきた家系や言うても、代々貯えてきたのはピロートークの知識ばっかりで。例えば室倉家は術やらなんやらに長けてはるから素人相手に熱心に講釈聞かせてくれるとか」
「……ピロートークって?」
「エッチしたあと」
こんなことで真っ赤になってしまう。あまりにも
「あんなあ? 室倉はんにほっとかれて寂しいのかもしれんけど、ホンマは逆なんよ? あんたのことが大切やから、言わんのよ。大切にしまっとくしかやり方を知らんのが室倉やし」
どうしてこんな慰めをしているのか、自分でも不思議だった。
框はすぐに気を取り直し強い視線をぶつけてきた。
「あいつに何かしてもらいたいわけじゃない。どんなに奥へ仕舞われても、あたしは抜け出してあいつの隣に行きたい。その方法を教えて」
拒絶されてもこの家に居座り続けているのだから強情なことはわかっていた。だが、次の言葉は予想できなかった。
「塀二のお母さんはどこでどうしてるの?」
不意を打つ質問に春日居は細めた瞳で框を見上げる。
父子家庭で、母親がいない。そんな当たり前の疑問を持ち出してくるとは思いも寄らなかった。室倉家はそういうもの、という常識が染みついている。
さすが一般人の発想は違う、と考えるとおかしい。
「それは禁忌なんよ。絶対に教えられへん」
春日居家の女は妖部の子を産むよう地球守りに強いられる。その代わりその後は何不自由ない一生を保証されるという契約だ。
ただし余程うまく大人しくしていなければ地球守りに消される。だからこそ使命を終えた春日居家の女が一番最初に望むことはその宿命と縁を切ることで、故に塀二の産みの母を詮索するわけにはいかなかった。明日は我が身。知っていたところで明かせない。
「どっかで平和に暮らしとるんやろうから、ほっといたげて。……このこと他の誰かに聞いたりしたらあかんよ?」
「じゃああんただけに、これから何回でも聞く」
向けられる視線は鬱陶しいくらいに真剣で、絶対に曲げないという信念が伝わってくる。春日居は思わず声を出して笑った。
「そら敵わんわ。……ほんなら、それ以外やったらなんでも答えたげる。それやったらどう? ホンマのこと言うかはわからへんけど。せいぜい自分で確かめられる程度のことを聞きぃな」
意地悪く返すと、框はしばらく考える素振りをしてから急ぎ足で廊下へ飛び込んだ。足音を鳴らし戻って来た時にはノートとペンを手にしている。
「あたしにこの家のこと教えて。術とかそういうの。それなら成功するかどうかで本当かわかるでしょ」
『小娘、貴様何を? 蔵守りの小僧がそのようなこと望むわけがあるか!』
框の足元から声が上がった。
春日居はそれが何かはよく知らないが、正体は判っている。人語を解することも反吐が出るような化物だ。そんなものに囲まれて暮らしているのだから室倉というのも神経がわからない。そう思っていた。少なくとも現実に足を踏み入れるまでは。
出会ってみれば室倉家の当主というのは聞いていた風とは違って随分と甘く、家も居心地が悪くないのでついつい居付いてしまった。その原因となっているのは間違いなくここにいる女――妖魔に取り憑かれた可哀想な少女だ。可哀想な、はずだ。
「塀二の望み? それがわからないから知らなきゃいけないんでしょうが!」
框は畳をドシンと踏みつける。その怒りようを眺めて、春日居の笑みは薄まった。
(調子おかしくされるわあ、まったく……)
自分の中で、正気と狂気を区別する価値観の針が歪んで来ている。そう疑いを持つようになってしまった。超常に身を置く日々と倫理と縁遠い景色の中で誰に預けたらいいかわからないその針を、この少女になら預けてもいいのかもしれない。
「充実した人生? フザけないでよ! そんなものハナから目指すようなもんじゃなく、やりたいことの先にあるもんなのに、あいつはその途中を想像しない。ちっとも生きたいようになんて生きてない。だからあたしはあいつの近くまで行かなきゃいけない。あいつの声が届く所まで。ねえ、手伝ってよ!」
喚き声を自分へ向けられ春日居は右半分、歯を見せて笑う。
「メリットの話をしてもええやろか?」
「もし断ったり嘘だったら、あんたのおかずだけ激辛にする」
作ってはくれるのか、と指摘するのも忘れるほど呆れた。
「それは……敵わんわぁ。胃袋を掴まれた相手には逆らえへん。あんたのごはん、おいしいもんなぁ」
「あ……ありがとう! あたし勉強とか苦手だけど、一所懸命憶えるから」
頭が下がって垂れたまとめ髪を眺め、春日居は哀れに思った。この娘は善人かもしれないが、そんなことに意味はない。
地球守りは既に落日の渡口にある。そんな消耗戦に加わるということがどういうことかをまるでわかっていない。
歪んだ針は、どうやらまだ自分で抱えているしかなさそうだった。
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