嵐天の後差す陽3
その上外部からの侵入も防ぐ。瘴気を帯びていればたとえ依霊であろうと吸収するので迂闊には近づくことはできない。必然的に夜間の見回りも必要なくなるので室倉家は本来の業務のみに戻ってこれからは既に封じられている呪具に集中できることになった。
蔵にいる封印妖魔たちの波動が大人しくなったのも大きな収穫だった。波動を放ち周囲を刺激したところでもう害思徒が生まれないことを悟ったのだろう。優位性が増しこれからはぐっと扱いやすくなる。
ノーニャの内に宿っていた術式が予め瘴気を使い魔として溢れさせる遊びを持った術式だったからこそできたことだ。そうでなければ塀二の手には負えなかった。
これで完了と見るのではなく、今後も経過を観察し続けなければならない。そして起こりうる事故を想定し、マニュアルを制作しておく必要もある。次代に引き継ぐ為に。
塀二は今日行った手順と今後の方針をレポート用紙にまとめると一旦手を休め、凝った肩を回した。框が淹れてくれた緑茶は湯のみを手に取ってわかるほど冷めていた。
「ちょっとノーニャ、こっち来て手伝えっての!」
わめき散らす声を聞き、そっと襖を開いて台所を覗く。框が癇癪を起こしていた。
框はストレスを溜めると決まって手間のかかる作業に取り掛かる。庭の草むしり、風呂場のカビ取り、鏡の曇り取り、障子の張替え、廊下のワックスがけ。大変な思いをすることで自ら火に油を注ぎ続ける悪癖だ。
結界を張り終え痛みで失神したノーニャを担いで家に帰ると、框は台所で換気扇の羽を漬け置きにして包丁を研いでいた。重症だ。
「ああもう! 晩のおかずだってフリカケしかないってのに、なに寝てんのサ!」
足音を立てて歩いてきて、茶を淹れ直して戻っていく。礼を言えば飛び火しそうで話しかけられなかった。立ち上る瘴気が分解され散っていくのを見ても、素直に結界の有効性を喜ぶ気にはなれない。
何を怒っているのか不明ではあるものの、放っておくのもどうだろう。レポート用紙を揃えて天板へ置いて腰を上げると、塀二は恐る恐る台所に踏み入った。
「あのさあ鴨居」
「なに」
手を止めて振り返る。その手に包丁があるので余計に恐かった。
「お茶菓子欲しいなら出すから、座って待ってて」
「いやそうじゃなくてノーニャのことなんだけどよ。あいつしばらく動けないんだ」
ノーニャはTVの前に横たわったまま微動だにしない。痛風患者が日焼けをしたと言えば近いだろうか。全身の皮膚を失うに近い痛みを感じているはずだ。楽になるまで数日はかかる。
「へえ、あの子のこと庇うんだ?」
「そうじゃねえって。俺の家なんだから手伝いが欲しいなら俺に言えよ。そもそもお前がやってることが間違いなんだ。もう夜でも瘴気のことは心配しなくていいんだから、家に帰れって説明したろ?」
「へえ、あの子は置いとくのにあたしのことは追い出すんだ?」
一層低くなった声で言って、ヤカンの焦げを金ダワシでこすり始めたのを見て怯える。
「あの……晩飯の買い出し? それなら俺が行ってくるから、預けてる財布貸してくれ」
一時は墓穴を掘ったかと思ったものの、すぐに框の思念が刺々しいものから和らいでいくのがわかった。噴火口の如く吹き上がってい瘴気もみるみる落ち着いていく。
「じゃあお願い。でもあんた一人に任せらんないから、荷物持ちについてきて。ノーニャ! あたしら出かけるからね。ほらあんたはすぐ支度!」
「お、おう」
気分の変化は不思議でもともかく逆らいたくない。塀二は部屋に戻って上着を持ってくると、框と一緒に玄関を出た。
連れ立って外へ出たものの、近くの商店のほとんどが今日は営業していなかったことを思い出した。いよいよ今夜の食事はフリカケか、と考えると切ない。
どういうふりかけになるか、框の工夫に望みを託しながらそれを伝えると、框はあっけらかんと言い放った。
「お店には行かない。生協に頼んでる分がうちに届いてるから取りに行くだけ」
「えっ、なに? じゃあ今お前の家に向かってるの? ……さよならっ」
「待て荷物持ち」
これから起こることを想像して逃げ出そうとした塀二だったが、ベルトを掴まれて引き戻される。青い顔で抗議する。
「だって俺絶対お前の親に怒られるだろ? 中学生の娘を家に住ませて家政婦やらせるって、殺されても仕方ないと思う!」
「うちそんな物騒な家じゃない。失礼な」
「お前みたいな娘は大事に想われて当然だ! ちょっと呪われてるけど家事は完璧だし面倒見も良いし飯は美味いし美人だし、刺し違えてでも取り戻そうとするに決まってるだろ!」
「それ以上言うと、照れる」
半狂乱で訴える塀二に対して框はモジモジと身を捩った。ピンク色の思念が見えて塀二は混乱して言葉を失った。
連行されるようにして慣れた通学路を外れ路地へ入る。それなりに長い付き合いだが大体の住所を知っているだけで、框の家を訪ねたことはなかった。見たことさえない。
それは何も框の家に限らない。誰かの家に遊びに行けば、今度は自分の家にということになる。興味を持たれてこと自体が室倉家にとっては都合が悪い。
「偉そうに『親に心配かけるな』とか言ってたでしょ。だったらあんたがうちの親を安心させなさいよ。『この男になら娘を任せても心配ない』って」
「たしかお前って一人っ子だったよな? 一人娘が男と住んで家事やらされて、それで安心できる理屈なんてあるかよ。どういう関係だよ」
「……あるでしょ」
「ねえよ」
食い下がると尻をはたかれた。
「食材はママが玄関にまとめてくれてるからすぐ済むし」
「『ママ』つったか今」
「あんたを連れてくってもう連絡してあるんだから、つべこべ言わない」
「ええっ? お前俺が着替えてる間に処刑場の予約してたの?」
「ちょっと挨拶して帰るだけでしょ。ほら、あれがあたしンち」
進路正面、低い空に黒雲が立ち込めているかと思えば、瘴気だった。結界が消化するそばから新たに湧いて渦を成している。あろうことか框の指はその黒雲の下にある家を指差していた。
「なにあれ、超呪われてるんですけど」
「失礼なこと言うな」
殴られた。もっともな反応だが、室倉の人間が「呪われている」と言っている以上それは確信のある鑑定だ。しかし今回に関しては、塀二が言い過ぎている面もあった。
凄まじいがあくまでも瘴気。術式や呪いそのものは見当たらない。原因を推測するなら例えば、大事な一人娘が悪い男にたぶらかされて働かせられている家庭であるとか。
「ごめんなさい。やっぱり逃げます」
「往生際が悪い」
また捕まって途方に暮れながら黙って歩くに従い、当然ながら鴨居家が近づいてくる。今時らしいデザインだが、シックな雰囲気が余計に全体を陰気にしているように塀二には見えた。
「あれ、なんかお前の家でかくないか。お前もしかしてお嬢様?」
近隣の家と比べおよそ二倍の面積を有し、庭木も清潔に手入れされている。
「土地はあんたの家のほうが広いでしょ」
「そりゃうちは蔵があるからよ。それにほら見ろ、一階の上に二階があるぞ」
「そうね。そして二階の下に一階があるわね」
「わわっ、ほんとだ!」
「馬鹿。いいから入るよ」
「おい見ろ! 玄関のドアにライオンが! トントンってする奴!」
「あんたんちは門があるでしょ。心配しなくても平日だからパパは仕事だし、取って食われるわけじゃないっての」
呆れる框が開いた扉の先にはポロシャツ姿の痩せた中年の男が仁王立ちしていて、框がその中年を「パパ」と呼ぶのを聞き、塀二は思った。
取って食われる。
通された応接間の様子を見て鴨居家は外観から察した以上に裕福であるとわかった。和机は飾り彫りが利いていて、畳の目には乱れがなく床の間には小ぶりだが壷が飾られている。
「え~と、良い壺ですね……?」
特別な思念を感じるので由緒あるものなのだと思って口にしてみたが、まったく無視されてしまった。塀二は正座のまま黙り込み、ただただぶつけられる視線と思念におどおどする。向かいに座る框父は憤怒の形相で塀二を睨んでいる。思念はもう真っ赤だ。
平日にも関わらず框父が家にいたのは昨日の体調不良から大事を取って会社を休んでいたかららしい。体調のほうはもう随分良さそうで元気一杯に怒っている。もっと弱っていたらよかったのに。
「君は何を考えとるんだ! 年を考えなさい、年を! 子供の分際で同棲なんて、あっていいはずがないだろう!」
「えっ、同棲……?」
「同棲だろう!」
「いや本当におっしゃる通りですハイ」
框が室倉の家で寝泊りしていたのは塀二も知らなかったことだが、それを釈明するのは難しい。事実を打ち明ければ世迷言とさえ受け取ってもらえない。
「まあまあパパ、そんなに怒らないで。塀二くんは苦労してるんですから」
襖が開き、框母が盆を運んできた。湯飲みと茶菓子を配り框父の隣に座る。対照的に柔和な表情をしているので見過ごしそうになるが、母親だけあって顔立ちが框にとても似ていた。框も瘴気さえなければこんな風に笑うのだろうのと想像して和む。
「小さい頃にご両親が亡くなって、それからずっとひとりなんですって?」
「そうなのか?」
框母のほうはある程度話を聞いているようで、一般的なレベルで塀二の家庭の事情を把握しているようだった。「身寄りのない可哀相な少年」という、誤解とは言い切れない思い込みが基礎にあるようだった。好意的であることは態度を見れば伝わった。
(一体どこまで知ってるんだ……?)
事情を知られたらそれだけで巻き込みかねないことを框が考慮しているかどうか怪しい。
「しかしママ、まだ子供なんだぞ」
「だから助けが必要なんでしょう?」
「なんだってそれをうちの娘がしなくちゃならないんだ」
「それはだって、框が……ねえ?」
微笑を向けられ、塀二は更に動揺した。
框が室倉家に入り浸る理由は闇渡に憑かれたからだが、まさかそこまで打ち明けているのだろうか。しかし本当に事実を知っているのならこうして味方をしてくれるはずもない。娘が呪われたと知って平静でいられるはずがない。
(どういうことだ……?)
この場での返答は望めなくとも、事実を知りたい塀二は横にいる框に目をやった。
框は胡坐をかいて後ろに手をつき煎餅をバリバリ食べていた。とても両親から文字通り親身に心配されている態度には見えない。
こうした粗野な振る舞いは普段見ない姿なので塀二はぎょっとした。親の前で反抗心が顔を出したのだろうか。
話し合いは夫妻の間で過熱していく。
「どうしても他人の助けが必要なら、ママが行けばいいじゃないか」
「んまあ! 娘が駄目で妻ならいいって言うんですかあなたは。ヒドイ人!」
「ちがっ……そういうことを言ってるんじゃないだろう」
モメているこの隙にこっそり逃げ出してしまいたい衝動が塀二の中に生まれた。
誘惑と戦う塀二の横で、煎餅を食べ終えた框がいつもの半眼で呟いた。
「誰かがやんなきゃいけないことなら、あたしがしたっていいでしょ。こいつだって好きでこういう境遇に産まれて来たんじゃないんだからサ」
好きで産まれて来たわけじゃない。同じことを何度も考えた日々を遠い昔のことのように想うことができるのは框の存在があるからだ。塀二はその感謝を忘れたことがない。
「お前は黙っていなさい!」
「あっそ。話聞いてくれないんなら、あたしたちここにいる意味ないと思うんだけど。帰っていい?」
「生意気な口を利くな! お前が帰る家はここだろう!」
「選んで産まれてきたわけじゃないから。どこいるかはあたしが決める」
言い争う親子を見ていて塀二は深く思い知った。框にも、その家族にも多大な迷惑をかけている。框が個人的な自由意思でやっていたとしても、それだけでは済まされない。
(俺は本当に駄目だな)
塀二は浮き足立っていた自分を恥じ、少し緩んでいた膝を閉じて畳に手をついた。上目遣いに框父を見据える。
「鴨井さんにはご迷惑をおかけしています。ご両親とお話をしなければならないことはわかっていたのですが、今日の今日まで後回しになってしまい、申し訳ありません」
「何を言う。今日は食べ物を取りに来ただけだったそうじゃないか。顔を合わせるつもりなんかなかったんだろう? 大体なんで君が食べる物をうちで注文しなくちゃならないんだ!」
「あら、一緒に頼んだ方が安くつくのよ。お金はきちんと頂いてるし」
フォローをしてくれた框母に視線をやってただ見つめる。
手助けは要らない。自分一人で框父を納得させなければ意味がないからだ。安心して見守ってもらう為に、まずはここを自力で治めなければならない。
思えば框の態度もそうなのだろう。けして自分が弱い立場でいるわけではないと主張する為にわざとふてぶてしくしている。馴染んで見えるのは気のせいだ。多分。
「あら失礼」
伝わったらしく、框母は居住まいを正して塀二を見つめ返した。
塀二は視線を框父に向け直す。
「できればもっときちんとした形でお話をしたかった、と申し上げても今更言い訳にしか聞こえないことは重々承知しております」
「当たり前だ! 君みたいな非常識な人間は見たことがない」
静まる気配を見せない怒りの横で、母と娘のひそひそ話が始まった。
「彼、学校ではどうなの?」
「評判いいよ。そうだ、頼んどいたのは?」
「はいこれ。それで、成績は良いのよね?」
「包装なんてしなくてよかったのに、ありがと。体育以外はばっちり。こないだのテストは上から三番だった」
「あらー、凄いのねえ」
家業はあっても学生の本分は勉学ということになっているので、その他の時間を有意義に過ごそうと考えれば手は抜けない。宿題・補講、そんなことにいちいち煩わされたくはなかった。
「それじゃあお友達は?」
「学校内でこいつが話したことない生徒っていないんじゃないかな? 男のくせに携帯電話の登録馬鹿みたいに多いしサ」
「あらー、凄いのねえ」
鴨居母娘の暢気な会話で場の緊張感が消え去った。しょっちゅう話の腰を折る框のマイペースは遺伝によるものらしい。
「優等生なら何をしてもいいのか!」
いきり立つ框父。どんな人物だったところで、どんな真実があったとして、可愛い娘をこれほど若いうちから男の一人暮らしに住まわせることなど許すはずがない。
塀二は畳に額を擦りつけた。積極的に事情を話すことができないあとはもう心情を伝えるしか誠意を見せる方法はない。
「六年前、父が死んだ時から鴨井さんは一緒にいてくれています。今の僕があるのは彼女のおかげです。彼女に何から何まで面倒を見てもらい、とても助かっています。彼女がいなければ僕は生活がままなりません。感謝を忘れたことはありません」
「君はそれでよくても、娘はどうなるんだね」
「鴨居さんの大切な時間を奪ってしまったことについては、必ず責任を取ります」
框に対して果たさなければならない最大の責任。闇渡から開放し自由にすること。
「彼女にはきちんとまっとうな人生を送って――幸せにしてみせます。それでしか恩返しはできません」
闇渡については自分でなんとかできる。短命なので一生の世話をすることはできないが、地球守りには世界的な大企業が秘密裏に加盟し資金面でサポートしているので良い就職口を頼むことくらいはできるはずだ。
だから安心、ということにはできなくともそれが塀二にできる精一杯のつもりだった。
「せ、責任? そんなものを取ってほしいなんて話はしてないんだよ!」
顔を真っ赤にしている框父の肩に手をやり、框母が微笑む。
「いいじゃありませんか。遅いか早いかの違いなんですし」
「いくらなんでも早過ぎるだろう。この子はまだ中学生だぞ」
「あのー……できるだけ早くに片付けますので」
「だから、早過ぎると言ってるんだ! 『片付ける』とはなんだ!」
言葉を挟むと更なる怒りを買ってしまい、塀二は二の句を告げずに口を閉じた。
(あれ……? 闇渡のこと聞いてなかったのかな……。いやそのほうがありがたいんだけど)
普段自覚がないように思えても、框にもその程度の分別があったことを喜んで塀二は框に目をやった。ところが。
框はいつの間にか正座に足を組み直し、指遊びをしながら俯き加減に顔を赤らめていた。纏う意思の色は例のピンク色をしている。
「あんた……何さっきから変なことばっかり」
一瞬目が合ったかと思うと、ぱっと向こうを向いてしまう。かつて見たことのない控えめな恥らいの仕草だ。
「えっなにこれ、スゲー萌えるんですけど」
「ばかあ……」
今度は手で顔を覆ってしまった。予測不能の事態に塀二の混乱が加速する。
「……誰だお前! 百八十度人格変わってるじゃねえか。わかった! お前を〝損級〟の呪いと断定し、室倉の名の下に折伏する! そこへ直れっ」
立ち上がって妙禁毛を構える塀二の腹部に、框の拳が食い込む。いつも通りな反応に塀二はくず折れながらガッツポーズを取った。
「よかった! なんだか知らんが元に戻った! 解呪成功!」
「うっさい! いいからもう行くよ」
手首を握られ、無理矢理居間を連れ出される。
「もう! 会わせて良かったんだか良すぎたんだか……」
「どうしたんだよお前」
玄関で山積みになっていたプラスチック箱から食材を持参のエコバッグに移す背中に声をかける。かけないわけにはいかない。
「あの、怒ってるの? そのピンク色、何?」
「いいからこれお願いね!」
投げつけられた米袋を受け止め、情けなくもバランスを崩しつんのめった足元に靴を用意されてつま先が通った。そのまま正面のドアが開く。
「すいません! また今度お邪魔します!」
どうにか言い残して表へ出たあとも框に背中を押されてしばらく進んだ。二本目の電信柱を過ぎてから、ようやく落ち着く。
「お前どうしたんだよ。様子がおかし過ぎるだろ。あ! 闇渡が何かやってんだな? 悪いやつだからなー闇渡は」
『貴様の盲目振りにはほとほと呆れるわい』
「もう一度言ってみろ、俺は見抜いてナンボの室倉だぞ」
『その哀れな口を閉じるがよい』
黙って背中を押しながら深呼吸を繰り返す框の、その影と言い合っていると電子音が聞こえた。框の携帯電話だ。メールらしい。
「猫美、元気になったって。『室倉くんが言った通り、日付変わる前に楽になった』って感激してる。よかったね」
クラスメイトが回復したのは何よりだ。何よりのはずだが、框は面白くなさそうに見える。ある意味これもいつも通りだ。
「お前、なんか今日ずっと変じゃないか?」
「だってあんたが……パパとママの前で変なこと言うから」
「俺なんか言ったか? お前が俺に『親を安心させろ』って言ったんだろ」
「口から出まかせか!」
答えた瞬間尻をどかんと蹴られた。衝撃で地面へ飛び込むも腕の中の米袋を強く抱いて落とすまいと死守する。
「さっさと帰るよ。……時間無駄にした」
先を歩き始めた框はなにやら落ち込んでいるように見えた。立ち上がった塀二はその背中に向かって叫ぶ。
「何が気に入らないのか知らねえけどな、お前のお父さんに話したのは全部本心だ! 嘘は言ってない……ってオーイ、聞いてんのか!」
膝を上げた全速力で小さくなっていく框を見送って塀二は途方に暮れる。
「もしかして俺、本当に見抜けてないのかな。どうしたらいいんだ、父さん」
がっくり項垂れる視線の先で、ピンク色の思念が煙のように立ち上っていた。
米袋を抱えた塀二が一人とぼとぼ帰り着くと、門前に框がいた。箒とちりとりを手に足元を掃いてはいても雪は溶け枯れ葉もないのでただただ空振りを繰り返している。
意味不明な光景にどう声をかけたらいいものか迷った塀二は、框の注意が自分よりも後ろにいっていることに気がついた。それも目を丸くして仰天している。
「ノーニャあんた、元気になったの? さっきまだ虫の息だったってのに……あれ? さっきもTVの前で寝てたのにいつの間に外に出たのサ」
なにやらおかしなことを言っている。
不思議に思って塀二が振り返ると、そこには金髪の少女がいた。白地のゴスロリ衣裳以上に白い肌を晒し、優しげに微笑んで塀二を見上げている。
塀二は眉を寄せ首を捻り、輝く碧眼を覗き込んだ。
「誰だお前」
とりあえず、人間ではない。
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