第8章ー4 量子コンピューター研究開発機構のソルジャー
切符”マルチ・ヴァリアブル・カード”に表示されているのは、13時50分の品川発のリニアモーターカー”ルーミー”車両の座席指定だった。新幹線のグリーン車やグランクラスと同じで、”ルーミー”はリニアモーターカーの一番良い座席のある車両である。
真田と孝一は、品川駅13時00分発のリニアモーターカーの普通自由席車両に乗車したのだ。指定席普通車両の乗車券なら時間優先で、普通自由席車両に席が空いていれば乗車することもあるだろう。それは指定席料金が、だいたい一般飲食店のランチ代ぐらいだからだ。始発の品川駅から終点の長崎駅までだと2人分のランチ代ぐらいになるが・・・。
しかし、わざわざルーミー車両の座席予約を無効にして、50分の時間を節約するなど普通はしない。何せ、ルーミー座席は乗車料金と同額・・・つまりルーミー座席の片道乗車料金で、自由席の普通車両なら往復できる。
わざわざルーミー車両の座席指定の予約までしておいて、真田と孝一は自由席に乗車させられたのだ。門倉から渡された”旅のしおり”の指示の所為で・・・。
「オレはヴァリアブル・カードの表示を見た時、少しだけ楽しみにしてたんだけどな」
「旅のしおりの指示に、従わない訳にはいかないじゃん」
「ああ、まったくだぜ。しかも理由に、オレ達と周囲の安全のためとも書かれてる。それじゃ逆らえないし、時間優先なのも理解できる。・・・ただただ、残念なだけだ。ホテルのソファーとあまりにも座り心地が違う普通車のシート・・・ルーミー車のシートが良かったってだけだ」
「真田さん」
普通車両の一番後ろの窓側シートに座っている孝一は旅のしおりを読み込みながら、通路側シートの真田の話を手で制した。
年上の社会人に対して失礼な行動だった。
真田の顔が一瞬曇ったが、状況が状況だけに仕方ないと考えたらしい。肩を竦め、一言だけ呟くだけにとどめる。
「・・・お互いの役割を実行すべき、か・・・」
まあ今更か・・・多少コミュニケーションをとったって、スムーズに意思疎通を図れるようにはなれないな。まだ会ってから4日目だけど、思考も嗜好も性格も本性も異なりすぎることだけは分かった。同じ場所にお互いが居るだけで、オレとは別世界の人間なんだろうよ・・・。
とにかく孝一君を第二統合情報処理研究所へ無事に送り届けることだ。護衛としての役割すらこなせなかったとなれば、人事評価はともかく香奈ちゃんからの評価は最底辺へと落ちるな。同僚として同じ仕事をしていくのに、やりにくくなりそうだからな
んっ? 待てよ。門倉さんからの評価さえ落ちなければ、仕事の方は大丈夫そうだぜ。
それなら別に構わないよな?
いや・・・ダメだ。構うぜ。
孝一君のことを別世界の人だと前提にし、護り切れなくても問題ないと考えてしまっていた。
護衛任務に入っている今、旅のしおりを悠長に確認する暇はない。
「リニアモーターカーが走行中の注意事項は・・・と」
旅のしおりに記載されている内容を思い起こしながら、真田は周囲に視線を走らせた。
リニアモーターカーの走行中は、人工知能が手出しする余地が少ない。注意すべきは他人との偶発的なトラブルだ。反社会的な集団や有名な芸能人が同じ車両にいた場合は、別の車両へと移動する。
また、座席は必ず車両の一番後ろを確保し、後方からの危険を減少させる。そのため始発の品川駅から乗り込んだのだ。
門倉が品川駅近傍のホテルを選択した理由でもある。同じ系列ホテルで量子計算情報処理省の御用達ホテルが新宿にあり、中央統合情報処理研究所からも近かった。しかし、昨日より今日の方が、人工知能に時間を与えられた分だけ確実に危険度があがる。どのリスクを甘受して、どのリスクを減少させるか検討した結果なのだ。
「あれは、どう判断すべきか? 趣味・・・だよな」
さりげなく視線を向けた先には、座席の背もたれから迷彩柄のヘルメットが4つ見えていた。
あからさまに怪しすぎるぜ。しかし人工知能からの妨害や攻撃に人は介在しないはず・・・。門倉さんもそう予想している。偶然に乗り合わせたと考えるのが自然だ。
・・・となると。
サバイバルゲームに向かう途中?
何かのコスプレ?
自衛隊ヲタク?
いずれにしても人工知能からの妨害に関係するとは思えない。
「とりあえず放置だな」
真田たちの乗車したリニアモーターカーが品川駅に到着した時。すぐにリニアモーターカーのルーミー車両に、大きなリュックを背負った迷彩服の男4人が乗り込んだ。
「CICへ、R4班。ルーミー車両のプレミアムコンパートメント席に現着」
『CIC了解』
コンパートメント席はドアのない個室のような造りになっていて、席数分の料金を支払うと予約ができる。4人用のコンパートメント席に3人で利用する場合でも、4人分の料金が必要になる。コンパートメント席にプレミアムの接頭辞につくと1.5倍。4人用のプレミアムコンパートメント席だと6人分の料金になるのだ。
彼らは4人で6人用のプレミアムコンパートメント席に陣取りリュックを床に下ろし、中身の荷物を中央の大きなテーブルに並べ始めた。
6人用のプレミアムコンパートメント席は料金に見合った広さと調度品が設えてあるが、男たちにとってはどうでも良いようだ。
全ての荷物を並べてから、班員3人が各装置の動作確認を実施し、班長に報告する。
班長がモバイルディスプレイに表示されている装備リストでチェックを実施している。
「増幅器、動作良し」
「指向性電波受信器、動作良し」
「増幅器良し。指向性電波受信器良し。全装備チェック完了。設営を開始」
「「「設営を開始します」」」
「CICへ、R4班。設営を開始します。設営完了時刻1256を予定」
『CIC了解』
R4班の全員が手際良く装置の設営を始める。テーブルに置いた装備品は、設営の前準備にもなっていた。装置の場所をほぼ移動させず接続し、部品状態になっていた装備品は組み立て、わずか6分で機能チェックに進んだ。
「車内通信機能良し」
「路線内通信機能良し」
「中継処理機能良し」
「全機能チェック完了。現刻1254。通信開始せよ」
「「「通信開始します」」」
豪華な座席でゆったり背を預けることなく全員が浅く腰掛け、通信任務を開始する。
どう見てもプレミアムコンパートメント席には似つかわしくない雰囲気をもつ集団である。しかも怪しげな機材をコンパートメント席内一杯に広げ作業しているのだ。コンパートメント内が他の席から見え難い構造になっているとはいえ、リニアモーターカー車内のカメラには撮影されている。即座に車掌が質問・・・というより尋問に訪訪ねてくるレベル。
予め陸上自衛隊サイバー作戦隊が鉄道会社に話を通しているから、問題になっていないのだ。
「CICへ、R4班。設営完了」
『R1班。対象1、2を視認。周囲良し。R4班応答されたし』
「こちらR4班。R1班へ感度良好」
『R2班。前車両良し』
『R3班。後座席良し』
「こちらR4班。R2、R3班へ感度良好。CICとのデータリンク確立完了」
CICの三枚堂からR班に檄が飛ぶ。
『CICからR全班へ。まもなくリニアモーターカーの発車時刻となる。CICからの情報支援はできるが、諸君らは高速移動する列車で孤立無援といって良い。困難な作戦であるが、諸君らならやり遂げられると信じる。各自奮起せよ!』
『『『「了解」』』』
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