第8章ー5 量子コンピューター研究開発機構のソルジャー
「抜き打ち監査の手配指示したけど民間施設はムリやで。公共施設として駅まではOK。それと、あくまで量子計算機情報処理省の管轄範囲だけやで。民間のシステムやデータは、基本的にダメだ。あくまで相手が量子計算機情報処理省の量子コンピューター利用してるデータ。そこまでが対象だ」
「何を言ってるんだ?」
「常識をですよ。三枚堂さん」
得意気に言う佐瀬に、三枚堂がやれやれのポーズをとる。
「西川。教えてやれ」
「量子計算機情報処理省の量子コンピューターの計算結果が悪用されていないか監査できる。証拠さえあれば、民間施設のサーバーだろうがデータベースだろうが掌握していい」
「誰がそんなん・・・」
「以前、カドくんが陸自に出向している時、量子計算機情報処理省の量子コンピューター利用の際の注意事項を教示してくれた」
「悪用されねえ前提で演算能力解放してるんだーすけ、そうそう悪用されんし、簡単には監査できん」
「そうそう悪用されないが、悪用される可能性はある。証拠があれば監査できる。そうだな?」
「・・・まあ」
「それに量子計算機情報処理省の量子コンピューターを使用しているところなぞ、ほぼ公共だけだ。少しぐらい証拠があやふやでも問題ないしな」
「そこは問題でしょ!」
「証拠の基準なんざ曖昧だろ」
そう、時代によって変化させねばならない可能性もあり、契約内容では基準の詳細に言及していない。解釈次第では、証拠のハードルはかなり低い。長年の積み重ねで決めている部分であり、裁判になったこともないので判例もない。
官僚の最大の敵は官僚なのだ。
現在の最強官庁である量子計算情報処理省の最大の敵となり得るのは、身内か元身内の官僚しかいない。今回は両方が敵となっている。勝てる訳がないのだ。
佐瀬は心の中で門倉に毒づいていた。
なんや、わいの周りは敵ばかりかいな。
ここが敵地と考えたらしゃーねえが、カドくんからはフレンドリーファイアばっかもろうてる。
三枚堂さんは絶対、こんげな時のこと考えたったな。というより、起きねえかなぁー。起きるように画策しよかなぁー。だども自衛隊が画策して、サイバー作戦隊が事態終息させたら自作自演。それはバレた時に不味い・・・。ならば起きても良いように布石は打っておこかなぁー。カドくんみたいな厄介なトラブル見つける嗅覚持ち、自ら突き進むようなタイプとの繋がり多うもつようにして・・・。
取り敢えず、これ以上大事にならんように、わいも布石打っとこかぁ。
「リニアモーターカーのトンネル内はムリやで。完全に鉄道会社のもんやからな」
トンネル内部でも公共ネットワークに接続できる。それは鉄道会社のネットワークを経由しているのであり、公的機関や通信会社のインフラ設備は存在しない。各通信会社は鉄道会社にサービス利用料金を支払い、ネットワークを使用しているのだ。
「そこは必要ない。サイバー作戦隊の監視装置が設置してあり、通信ケーブルが敷設されてるしな」
「・・・なんだって!」
「後で説明するから少し大人しく待ってような、佐瀬」
「それより、なんで迷彩服? しかもヘルメットまで・・・。目立つだけでマイナスにしかならないやろ。S班はスーツだったのに」
「ちょーっと、待とうか、佐瀬。今忙しい」
今までリニアモーターカー内部のディスプレイ表示が少しずつ増えていっていた。音声はR4班を大きく設定してるが、他の班の音もディスプレイから聞こえてくる。オペレーター役の西川が操作しているのだ。今はCICの音声を流していないが、必要に応じて音声を流す班を選択している。
「三枚堂閣下。R班、作戦予定の全接続が完了しました。どうぞ」
西川は端末を操作し、天井にある一部のガンマイクを三枚堂の口元に焦点をあわせ、全R班への通信を開いた。
三枚堂は座席から立ち上がり、一旦気をつけの姿勢をしてから自然体になった。
彼なりに緊張したのだろう。しかし、自然体で気負いせず鼓舞するのが、隊員に緊張を伝搬させず最高のパフォーマンスを引き出せることを知っている。故に、多くの部下を率い、余人では不可能であったであろう成果を挙げてこれたのだ。
今回も、余人では不可能に違いない。
しかし、三枚堂ならば、門倉の求める成果を必ず達成できる。佐瀬の胃を犠牲にして・・・。
「CICからR全班へ。まもなくリニアモーターカーの発車時刻となる。CICからの・・・」
三枚堂がR班に気合を注入している横で、西川が佐瀬に話しかける。
「さて、どれから聞きたい?」
どれも意外過ぎて優先順位の整理がつかん。
なら、いっちゃん気になるところからにするか・・・。
「彼らの服装・・・というより、格好? 全身が気になる」
「陸上自衛隊の正装だろう。何処がだ?」
軽い口調で答えた西川に佐瀬がかみつく。
「正装なのは知ってるが、彼らはTPOという言葉は知っとるのか?」
「失礼なことを言うな。自らの立場と作戦を完全に理解した上で、彼らは正装してるんだ」
西川の表情で真意を理解し、たまらずに佐瀬はツッコミを入れる。
「なお、悪いわ!」
参加が任意の実戦演習。
任務ではのう強制なき研修の扱いなのだ。一般企業でたとえれば、勤務時間外に実施される任意参加の学習会といった位置づけだ。しかも参加日が休日だーすけ、スーツでのう私服で構わねえ。要は実戦演習に悪影響及ぼさんば、どんげな服装でも構わねえ。
迷彩服姿は彼らの趣味なのだ。そして、リニアモーターカーに乗り込んでるサイバー作戦隊のメンバーは、サバイバルゲームか自衛隊ヲタクにしか見えねえ。ある意味、見事な変装だった。
そこまで考えが及んだ佐瀬は、話題を次へと移した。
「次は・・・トンネル内にサイバー作戦隊の設備がある件について、だな。民間企業の施設に無断? 無理矢理? いずれにしても問題あっろ?」
「まったくの誤解だ・・・」
「誤解?」
西川は、R班への檄を飛ばし終えた三枚堂を目の端に捉えていた。
「三枚堂閣下。それでは品位を回復するためのご説明をお願いできますか。まだオペレーションが残っているので・・・」
佐瀬への説明を上司である三枚堂へ丸投げしたのだ。オペレーションが残っているのは事実だが、
「佐瀬君は大きな勘違いをしている。しかも、だ。我らサイバー作戦隊の品位に関わる誤解ときた。決して看過はできんぞ。説明してやるから心して聞くが良い、佐瀬」
「は・・・い」
三枚堂は流れるような弁舌で、佐瀬に要点を得た分かり易い説明をした。
おそらく、何かトラブルが持ち込まれる度、このような大規模実戦演習を実施し、同じような説明をしているに違いない。
要約すると、地下トンネルを掘り維持してくのには様々なハードルがあり、そのハードルの超えるための協力を陸上自衛隊がしているというのだった。
たとえば、富士山から流れる豊富な地下水脈をなるべく避けトンネルを掘削していくが、完全には無理だった。超高速で走るリニアモーターカーの線路は、あまり曲げられず、ほぼ直線となるよう敷設される。そのため、いくつかの水脈とトンネルが交差してしまう。
いくら頑丈なトンネルでも、長期間の地下水脈の圧力で亀裂なりが発生しうる。
それならば地下水がトンネル内に侵入しないよう地上へと汲み上げる方法が良い。しかし法律の規制が厳しく、民間の鉄道会社の一存で地下水を自由にはできない。
国防を担う自衛隊が必要になる水を地下から汲み上げるのは、民間会社より遥かに規制が緩い。富士演習場で使用するためという名目で、リニアモーターカーのトンネルと交差する水脈から、陸上自衛隊は水を汲み上げているのだ。
「トンネル内でも監視できるのが、鉄道会社との契約に基づくのは理解しました。ちょーっと法律的に灰色のような気がするけど・・・。そういえば、リニアモーターカーが走行中なのに監視する必要ってあるんか? いくら人工知能でもリニアモーターカーの乗客に手は出せねえでしょう」
「リニアモーターカーには手が出せる」
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