第19話 捜索とハプニング

「先輩、チョコバーうすしお味食べますか?」


「いらない」


「ならチョコバーカレー味は?」


「いや、いらない」


「お菓子とかあんまり食べないタイプっすか? チョコバー激辛ドリアン梅味美味しいっすよ」


「一体、何種類あるの…」


 紫緒さんから差し出された袋を手を振って拒む。彼女の膝の上には売店で購入した数多くの菓子類があった。


「あっ、なら俺が貰って良い?」


「えぇ……仕方ないなぁ」


「どうして雅人は良くて俺はダメなんだよ。差別ですか?」


「だって先輩さっきから元気ないし。それにお腹空いてそうな顔してたから」


「いや、朝ご飯ちゃんと食べてきたから大丈夫だよ…」


 同行者の2人が大盛り上がり。電車の中はちょっとした行楽気分に包まれていた。


「んじゃ、も~らい」


「あーーっ!? うちのハイパーグランドチョコバーDX!!」


「え? これ取ったらマズかったの?」


「当たり前じゃないっすか! 77本買ったうちの1本だけしか無かったんすよ!」


「それはいくら何でも買い過ぎだぜ」


 紫緒さんが颯太を怒鳴り散らす。恐らく本気であろうと思われる怒り具合で。


「そんなにチョコバー食べたいなら自分で買ってくれば良かったのに」


「なんか店員さんに聞いたら売り切れって言われちゃってさ」


「マジっすか! チョコバー大人気なんすね」


「いや、どう考えても君が買い占めた犯人だろ」


「モッサリ先輩も甘い物好きとか意外っすわ」


「モッサリ先輩って何? 俺の事?」


「そですよ~。何かモッサリしてる感じなんで」


「ガッデム!」


 そのやり取りに付いて行けない。控え目な態度で彼らを見守っていた。


「あ~あ…」


 頬杖をつきながらケータイを取り出す。そのまま画面を操作した。


「……やっぱり来てないか」


 送信したメッセージの返事が届いていない。既読した痕跡すら皆無。どう考えても避けられていた。


「向こう着いたらどうするんすか?」


「1人、友達と合流してそれから街を歩き回る予定」


「先輩のクラスメートの人っすよね? 荷物とかどうするんっすか?」


「え~と…」


 当初は自分の分だけを駅のコインロッカーに預けておく予定だった。だが今は3人分の鞄がある。しかも紫緒さんのバッグはかなり大きめ。これから向かう先は有名な観光地なので収納場所を確保出来るかは疑問だった。


「もし師匠に会えなかったらどうするんすか?」


「一応見つけるまでは帰らないつもり。ホテルにでも泊まれば良いし」


「おぉ~、ホテルとか大人」


「けど予約してないから泊まれるか分からないんだよね。当日でもいけるのかな…」


 今までに自分で受付を通って宿泊した経験はない。保護者なしでの遠出も。


 全てが手探りな状態。それに本日中に華恋を見つけられなけば旅行先のホテルの予約も解消しなければならなかった。


「俺、あんまり金持って来てないぞ」


「僕も無駄遣いはしたくないかな。なるべくなら今日中に目的を果たしたいや」


「うちもお金の浪費は抑えたいっすね。宿泊とかするなら尚更」


「は?」


 紫緒さんの発言に友人と2人して食いつく。膝元に置かれている物体を指差しながら。


「こ、これは?」


「チョコバーは必要な物じゃないですか。これから真夏の街を歩き回る為に必要なエネルギーを摂取してるんです」


「エネルギー摂取ねぇ…」


 きっと遠足気分で買い込んだのだろう。彼女のお金だからどう使おうが本人の自由なのだが。


 それから何度かの乗り換えを済ませ数十駅という区間を移動。4時間近く車両に揺られて隣県の駅へとやって来た。


「んーーっ、良い天気だ」


 一歩外に出た瞬間に気持ちの良い日差しが飛び込んでくる。夏を感じさせる雲と共に。


「あっつぅ…」


 しかし清々しい景色とは裏腹に不快な暑さが全身を支配。ずっとクーラーの効いた車内にいた反動もあってか一気に汗が出てきた。


「どこにいるかな…」


 改札を出た所で立ち止まる。待ち合わせ相手を探そうと。


「あ、いた」


 人が少なくなったタイミングで発見。小さく手を振る短パン姿の男性に近付いた。


「久しぶり。元気だった?」


「うん、元気だったよ。遠いところわざわざお疲れ様」


「えっと……さっき伝えた通り2人増えちゃった」


 丸山くんと会話しながら振り返る。同行者の存在を伝える為に。


「だから何で一番人気の水着がスク水なんすか。どう考えてもビキニでしょうよ!」


「恵美ちゃんは男心を分かってない。野郎ってのは誰もがスク水を愛しているんだ!」


「あんなの学校で着るヤツっじゃないっすか。デザインも地味だし可愛くないし」


「グラマラスな女性が着てたら興奮するじゃん。胸のパッツンパッツン具合を気にする女の子とか最高だぜ!」


「あぁ、もうっ! これだから変態は!」


 けれど背後から聞こえてきたのは激しい叫び声。2人は何故か口論を繰り広げていた。


「……あの、あんまり気にしないでね」


「あはは…」


 あまりにも先行きが不安すぎる。とりあえず互いを紹介。簡単な挨拶を済ませた後はこれからの予定について話し始めた。


「どこで水着買おう。この辺って水着売ってる店とかある?」


「だから海水浴に来た訳じゃないって言ってるじゃないか。泳ぎたいなら颯太1人で行ってよ」


「分かってるって。ちょっとしたジョークだっつの」


「はぁ…」


 協議が序盤から脱線している。友人の悪ふざけのせいで。


「まず先に荷物どうにかしようぜ。邪魔になっちゃうだろ」


「そだね。この駅ってロッカーあるかな?」


「……あ、うん。あっちにあるよ」


 地元民である丸山くんに案内をお願い。彼の先導の元、4人で駅の中を歩いた。


「全部埋まってるわ。1個も空いてない」


「あっちゃあ…」


「仕方ねぇな。俺のピッキング技術見せてやんよ」


「これ以上、罪と荷物を増やしてどうするのさ」


 すぐにコインロッカーを発見。だが多数並べられた四角い箱からは全ての鍵が抜き取られていた。


「この辺ってまだどこかにロッカーある?」


「あるけど、荷物預けたいならうちに置いておけばいいけよ」


「え? 本当?」


 悩んでいると友人から思わぬ意見を持ちかけられる。ありがたすぎる提案を。


「家ってここからどれぐらい?」


「20分くらいかな。歩きだと」


「へぇ。ならまだ近い方だね」


 自転車を押す丸山くんと並んで移動。すぐ後ろでは颯太と紫緒さんが理想の水着デザインについて熱い議論を交わしていた。


 観光地なので辺りには人が多い。ロータリーにもタクシーが多数停車していた。


「じゃあここに置いておくね」


「こんな場所に置いておいて良いの? 邪魔にならない?」


「平気平気。昼間は出掛けてて誰もいないから」


 しばらくすると昔ながらの木造家屋に辿り着く。3人分の荷物を玄関へと置かせてもらった。


「んで、これからどうすんだよ」


「また昨日みたいに街中を駆け回るしかないかな。華恋のいそうな場所を」


「温泉に行ってるかも! 旅館を巡ろう!」


「……だとしても一緒に入浴は出来ないからね」


「ガッデム!」


 見るもの全てが初めて。山も海も街並みも。


「何やってるの?」


「荷物整理っす」


「ん?」


 作戦会議を開いているとバッグを漁る紫緒さんの姿が目に入る。彼女は中から白いビニール袋を取り出した。


「やっぱりチョコバーは必須なんで」


「え? これ全部持っていくつもりなの!?」


「もちろん。当たり前じゃないっすか」


「君、凄いね…」


 どうやら持参していくつもりらしい。売店で購入した大量の商品を。


「はい、メガネ先輩もどうぞ」


「あ、ありがと…」


 彼女は取り出した大好物の1つを丸山くんに付与。その袋にはゴボウのダシ味という奇っ怪な文字が記されていた。


「とりあえず別れて捜そうかな。その方が効率的だし」


「はいはい。うち、先輩とが良い!」


「おい、雅人と行動するのは俺だぞ!」


「えっと……僕が丸山くんと組むのはダメ?」


「ダメーーっ!!」


「そんな…」


 人様の自宅前で盛り上がる。迷惑も考えずに。


「まずはどこ捜すのか先に考えようぜ。別行動はそれからでも遅くないだろ」


「そ、そだね。行き先や集合場所とか予め決めておいた方が良いかも」


「だろ? 特に俺達3人はこの街の事とか知らない訳だし」


「えっと……この辺りで若い子が行きそうな場所ってあるかな? 溜まり場的な」


「溜まり場…」


 華恋が親戚の家にお世話になっているのならそこを探すべきなのかもしれない。だが住所も分からなければ向こうさんの連絡先も不明。マンションやらアパートを1軒1軒回って聞き込みするのも効率が悪いだろう。下手したら不審者扱いされて通報される可能性もあった。


「ゲーセンとか古本屋とかカラオケとか」


「う~ん、あるにはあるけど…」


「本当? ならそこに連れて行ってよ」


「で、でもあそこだよ?」


 友人がある方角を指差す。太陽光を反射している大きな水面を。


「海か…」


 確かに海水浴なら若者が大勢存在。目に入れたくないレベルで。


「んじゃ、とりあえず海行く?」


「いや、やめとこうよ」


「なんで? あそこなら人たくさんいるじゃん」


「けどなぁ…」


「華恋さんの水着姿が拝めるかもしれないぞ!」


「さっきからそればっかり…」


 心配して捜しに来たのに呑気に泳いでいる光景なんか見たくない。とはいえ他に候補もないので向かう事にした。


「はい、次は漆黒のカラス味です」


「……どうも」


 自分は颯太と並び、すぐ後ろを紫緒さんと丸山くんが歩く。そして20分程の時間を費やして浜辺へとやって来た。


「おぉーーっ、広~い」


「すっげぇ人。これならナンパし放題だな」


「行ってらっしゃい。なら颯太とはここでお別れだね」


「悪かったって。ちょっとふざけてみただけだから怒んなよ」


 視界いっぱいに蠢く人間が広がっている。その先には綺麗な水平線が存在。駅前も騒がしかったが、ここも賑やかだった。


「……この中から捜し出すとか無理だよ」


 パッと見ただけで数百人レベルの人間が混在している。いくら知っている顔とはいえ、こんな場所で特定の人物を見つけ出すなど不可能。しかもいるかどうかすら定かではないのに。


「あっ!」


「ん? どうしたの?」


「いけね。俺達、靴じゃん」


 頭を抱えていると颯太が身嗜みの不備を指摘。彼の言葉で視線が各々の足元に集まった。


「このまま突撃したら中に砂入ってくるなぁ」


「それは嫌っす。ザラザラの靴とか勘弁」


「なぁ、丸山くん。この辺りにビーチサンダル売ってる店はないかね?」


「え? えっと……衣料品店に行けばあると思うけど」


「ならそこに行こう。早速案内してくれたまえ」


 どうやら彼は人混みの中に突入したいらしい。華恋を見つけ出したいのか、それとも水着姿の女の子に近付きたいだけなのかは不明だが。


「はい、次は氷山の一角味っす」


「……どうも」


 丸山くんを先頭に道路を歩く。意外だが紫緒さんと親しげだった。


「涼しい~」


 しばらくすると大型の量販店へと辿り着く。主に衣類を扱っているチェーン店へと。


「サンダルあった?」


「これとかどうよ。格好良くね?」


「デザインとか気にしないからどれでも良いや。適当に買っちゃおうよ」


 買い物をしてる時間がもったいない。こんな事をしている間にも華恋と遭遇するチャンスを逃しているかもしれないから。


「先輩、先輩」


「ん?」


「これとこれ、どっちが良いと思いますか?」


「はぁ?」


 商品を選ぶと一足先にレジへ。財布の中身を確認していたら後ろから声をかけられた。


「うち的にはこっちの形が良いんですよねぇ。けど色がなぁ」


「……何それ」


「え? 何って水着じゃないですか」


「いや、それは見たら分かるけどさ…」


 紫緒さんが持っていた物を突き出してくる。片方は花柄のビキニで、もう片方は白いワンピースタイプの水着を。


「先輩はどっちのが好みですか? てかどっちをうちに着てほしいですか?」


「その前に腹パンしても良いかい?」


「えぇ! ど、どどどどうしてっすか。うちのセンス気に入りませんでしたか?」


「そうだね。とりあえず海に蹴落としたくなったよ」


「そそそそ、そんなっ!?」


 睨み付けるように威圧。危険を察知したのか彼女は慌てた様子で逃亡を開始した。


「あっつぅ…」


 買い物を済ませた後は再び外へと飛び出す。日差しが照り返す地獄のような空間へと。


「んじゃ、どの辺から捜す?」


「海には来てないと思う。やっぱり違う場所に行かない?」


「えぇ、なら何の為にサンダル買ったんだよ。せっかく華恋さんの水着姿を拝めると思ってたのに」


「いや、だから…」


 意見の方向性に食い違いが発生。本気で颯太と紫緒さんを切り捨てる事を考えていた。


「この辺って本屋あるかな?」


「3軒くらいなら。一番近いのはこの道路沿いにあるよ」


「よし。ならそこに行ってみよう」


 華恋は漫画が大好き。もしかしたらそれ目的で立ち寄っているかもしれない。


「はい、じゃあ次は床に落ちた肉団子味っす」


「ど、どうも…」


「あ~あ、楽しそうだなぁ」


 海で元気にハシャぐ人達に視線を移す。学生の集団や家族連れに。無邪気に笑う人々を見ているうちに嫉妬のような感情が湧き出してきた。


「ん…」


 そして同時にある事も思い出す。今朝会った後輩と交わしていた遊びの約束を。


 断ち切ったハズなのに未練タラタラ。心の中は不安と後悔で埋め尽くされていた。




「どうだった?」


「……ダメ。いなかった」


 辿り着いた本屋で華恋を捜索するが不発。その後に巡った別店舗にも。


 仕方ないので街中を散策する事に。途中で何度も休憩を挟みながら。スーパーや雑貨屋にも立ち寄ってみたがこれといった成果は上げられなかった。


「やっべ、チョコバー溶けてきた」


「そんなにたくさん持ってくるから…」


 気が付けばあっという間に空がオレンジ色に。時間が惜しい時に限って過ぎるのが早い。


 腕を見たら降り注ぐ日差しのせいで真っ赤に変色。日焼け止めを塗っておけば良かったと後悔するぐらいに焼けていた。


「これからどうするよ?」


「う~ん、もうすぐ日が沈んじゃうなぁ…」


「帰るかまだ捜し続けるか、そろそろ決めないとな」


「……そうだね」


 帰宅に費やす時間を考えたら行動に移らないとマズいだろう。何より猛暑の中を歩き回っていたせいで全員の疲労が限界にまで達していた。


「どっか泊まっていこうかな…」


「帰らないって事? 明日もまた捜すのか?」


「うん。その為に着替えとか持ってきてるし、それに…」


「ん?」


「華恋はこの街にいる気がしたから」


 以前に見た夢の存在を思い出す。妹が失踪した日に見た夢を。


 なんとなくその時に出てきた街がこの場所のような気がしていた。知らず知らずのうちに華恋と記憶を共有しているのかもしれない。そんな都合の良い妄想が頭の中に広がっていた。


「ふ~ん、なら俺はどうしようかな」


「颯太は帰った方が良いよ。家族も心配してるだろうしさ」


「別にそれは大丈夫なんだけどさぁ」


「うちは残りますよ。先輩と一緒にどっか泊まっていきます」


「いや、それはやめようか…」


「は? 何でですか?」


 さすがに彼女と2人きりにされる展開は勘弁したい。例え部屋を別々にとったとしても。


「紫緒さんは帰った方が良いよ。女の子なんだし」


「大丈夫ですって。最初から泊まるつもりで着替えとか持参してきたんすから」


「家族に何も言われないの?」


「ぜ~んぜん。夜中に帰っても文句一つ言われませんよ」


「自由に育てるのが君の家の教育理念なのかね…」


 無頓着なのか無関心なだけなのか。好き勝手にやらせてもらえるのは嬉しいが、興味を持たれていないのだとしたら悲しかった。


「それにバイトで稼いだ金も下ろしてきたから大丈夫っすよ」


「う~ん、でもなぁ…」


「恵美ちゃんが残るなら俺も残ろうかな」


「え?」


 会議中に颯太が意見を挟んでくる。真面目なトーンで。


「2人が残るのに俺だけ帰るのも嫌だわ」


「ほ、本当に残ってくれるの?」


「あっ、でもあんま金持ってきてないや。宿代いくらぐらいかかるんだろ」


「足りない分は僕が出すよ。昨日、バイクに乗せてもらったお礼もあるし」


「え、マジで?」


 それは願ってもない申し出。紫緒さんと2人っきりになるより彼がいてくれた方が幾分助かるから。


 話し合った結果、今日は3人で近くに宿をとる事に。丸山くんの自宅に戻ってバッグを回収すると適当なビジネスホテルに入った。


「僕はそろそろ帰るね」


「ん。今日はいろいろありがとうね。助かったよ」


「明日は夏期講習に行かないといけないから付き合えないけど、ごめん」


「大丈夫、大丈夫。荷物を預かってくれたり街を案内してくれただけで助かったから」


「じゃあメガネ先輩、また一緒にチョコバー食べまくりましょうね?」


「う、うん。また…」


 ホテルのロビーで丸山くんと別れる。彼の手元には紫緒さんから渡された大量の菓子があった。


「ベッド気持ちええぇぇぇ!」


 そして受付を済ませると部屋へ入る。中に入った瞬間に2人が寝具にダイブした。


「ひょ~、フカフカして最高」


「あの、そこ僕のベッドなんだけど…」


「ん? 先輩も一緒に寝ますか?」


「君の部屋は隣ですぜ」


「どうしてうちだけ違う部屋なんすか! つまんねぇっすよ!」


「男女で同じ空間はマズいからだよ。紫緒さんだって着替えとか見られるの嫌でしょ?」


「あ、そっか」


「……はぁ」


 確保した部屋は2つ。シングルとツインを1部屋ずつ。


 ただすぐに追い出すのも可哀想なので就寝時間までは共に過ごす事に。交代で隣の部屋に行きシャワーを浴びた。


「あぁ、気持ちよかったぁ」


 タオルで頭を拭きながら戻って来る。バスローブを身に付けて。


「何見てるの?」


「芸人ネタ祭り。なかなか面白い奴出てこないな」


「ふ~ん…」


 颯太が退屈そうにテレビ観賞。対して紫緒さんは大笑い。2人のリアクションは対照的だった。


「華恋さん見つからなかったな」


「だね…」


 成果を上げられなかった事に意気消沈。人を見つけ出す事の難しさを痛感しただけ。


 彼女と行くハズだった旅行は自然と中止に。ホテルに予約解消の連絡を入れたら既にキャンセルされていた。


「ん…」


 もちろんそんな事をした覚えはない。自分でないとすれば自然と犯人は決まってしまう。家出した時から既に行くつもりがなかったらしい。2人きりの旅行に。


「……はぁ」


 鏡台の前に置かれた椅子に着席。同時に大きな溜め息をついた。


 もし明日も見つけられなかったらどうすれば良いのか。予算だって無限大ではない。資金は数日で底をついてしまう。


「師匠に連絡取ってみたらどうっすか? 意外にすんなり返事くれるかも」


「メッセージはさっきも送ってみたよ。けど音沙汰なし」


「しかし妹を追いかけてこんな遠くまで来るなんて先輩も重度のシスコンだったんすね」


「う、うるさいなぁ…」


 CMになったタイミングで紫緒さんが話しかけてきた。抵抗のあるツッコミを入れながら。


「あん? 雅人と華恋さんは兄妹じゃなくて従兄妹だろ。しかも恋人同士」


「はぁ? 何言ってんすか。師匠と先輩は双子の兄妹ですよ。恋人って何すか」


「2人は付き合ってんだよ。知らないの?」


「付き合う? それ有り得ないっすよ。血の繋がった家族なのに」


「恵美ちゃん、勘違いしてるんだね。雅人と華恋さんは…」


「え、えっと……今日は疲れたからもう寝ない!?」


 友人と後輩が危険な話題を交わし出す。中断させる為に無理やり割って入った。


「俺、まだ眠たくないや」


「うちも~」


「そ、そっか。けど僕は疲れちゃったから横になりたいな」


 本当はまだ眠たくなんかない。足がくたびれて歩けないのは事実だけど。


「仕方ないなぁ。なら寝るか」


「え~、まだ12時前なのに」


「寝不足は肌に悪いよ。夜更かしするとブサイクになっちゃうかも」


「それは困る!」


 脅迫めいた台詞を口にする。その言葉に反応して紫緒さんが慌てて立ち上がった。


「んじゃ、おやすみなさい」


「おやすみ」


「あっ、いけね。鍵忘れた」


「はいはい…」


 パジャマ姿の女の子を廊下まで見送る。男2人でしばらくテレビを見た後はトイレを済ませて電気を消した。


「ん…」


 目を閉じるが眠気がやってこない。知らない場所だからという要素もあるが不安な気持ちが原因の大半を占めていた。


「雅人」


「……何?」


 考え事をしていると隣から声をかけられる。落ち着いた口調で。


「華恋さんといつから付き合ってたの?」


「え?」


「華恋さんが転校してきたのって去年じゃん? その時にはもうそういう関係だったの?」


「いや、どうかな…」


 そのまま会話を開始。目が慣れたせいで天井がハッキリと視認出来た。


「どっちから告ったんだよ。やっぱり雅人の方から?」


「んっ…」


「良いよなぁ、OKしてもらうなんて。俺も華恋さんと従兄妹だったらなぁ」


「はは…」


 上手く答えないと嘘がバレてしまう。親戚ではなく双子なんだと。


「あんな良い子を裏切ったりすんなよ」


「そうだね…」


「んじゃ、おやすみ」


「……おやすみ」


 彼の言葉が痛い。胸の奥底にまで響いてきて。


「はぁ…」


 ケータイで地域のニュースを検索。未成年が巻き込まれた事件や事故を。幸いなのかそうでないのか、めぼしい情報は見つけられなかった。


「……華恋」


 今更になって後悔の気持ちが込み上げてくる。何故もっと傷心中の気持ちを考えてあげられなかったのかと。そんな自責の念に駆られながらも少しずつ思考は途切れていった。


「ん…」


 いつの間にか意識はホテルの部屋から夢の世界へ。すぐそこに立っているのは双子の妹。その綺麗な顔に触れようと手を伸ばす。けれど指先が届くより先に彼女は笑顔で走り去ってしまった。




「ふぁ~あ…」


 体を横にしたまま背伸びする。いつもとは違う布団や天井に違和感を覚えながら。


 更に隣に目を移すとベッドにいるハズの人物が不在。トイレにでも行っているのか見当たらなかった。


「うわっ!?」


 しかし立ち上がった瞬間に大きな声を発してしまう。足元に布団にくるまった死体を見つけてしまった。


「……んがががっ」


「寝相悪すぎるよ…」


 どうやら寝ている最中に落ちてしまったらしい。香織といい勝負かもしれない。


 それから彼を起こした後は出掛ける支度を開始。着替えを済ませて荷物を纏めた。


「眠てぇ…」


「紫緒さん、起きてるかな。返事が返ってこないんだけど」


「寝てんじゃない? あの子、寝起き悪そうだし」


「かなぁ…」


 彼女からメッセージの応答が無い。予定の起床時間はとっくに過ぎているのに。まだ夢の世界に入り浸っているのかもしれない。


「お~い、起きてる?」


 仕方ないので隣の部屋に訪問。やや乱暴に扉をノックした。


「ん~、おはようございまふ…」


「あ、おはよう。起きてたんだね」


「……じゃあ、おやすみなさい」


「待ってくれ、待ってくれ」


 中へと引き返そうとした彼女を引き止める。寝癖のせいか髪の毛がボサボサな状態だった。


「う~ん、目がしぱしぱする…」


「顔洗ってきなよ。サッパリするから」


「はいはい……行ってきまぁす」


「着替えたらすぐ出るから。なるべく急いでね」


「ふぁあ…」


 忠告の言葉を言い終わる前に扉を閉められてしまう。こんな様子だと支度に時間がかかるかもしれない。そう覚悟していたが意外にも15分程で紫緒さんは出てきた。


「2人共、忘れ物はない?」


「はいはい。大量に買ったチョコバーが1つ残らず無くなってるんすけど」


「昨夜、綺麗に平らげていたじゃないか…」


「荷物どうすんの? また丸山くんの家で預かってもらうの?」


「それは悪いから駅のロッカーに預けよう。午前中なら空いてると思うし」


 彼は今日は来れないと言っていた。本人がいないのに荷物だけ置かせてもらうのは悪いだろう。


 チェックアウトを済ませると駅へと向かう。予想通りコインロッカーはガラガラ。荷物を押し込むように仕舞った後は近くにあったファミレスへとなだれ込んだ。


「この後の予定は?」


「え~と、教えてもらったスポットとか巡ってみようかな」


「海行く? 海?」


「いや、行かないってば」


 皿の上に乗ったサンドイッチを頬張る。駅に置かれていた観光案内のチラシをまじまじと眺めながら。


「この時期に学生が集まりそうな場所ってどこだろう」


「学校とか?」


「う~ん、この辺の学校を見てもなぁ…」


「華恋さんが行ったのって親戚の家なんだろ? ならその親戚が住んでるマンションを探した方が早くね?」


「でもマンションっていってもたくさんあるよ。その中からどうやって捜し出せば良いのさ」


「このマンションに可愛い子いませんかって住人の人に聞いてみる」


「質問内容がアバウトすぎるよ…」


 あまりにも時間がかかりすぎる作業。だが昨日の成果を見る限り、効率の良し悪しで華恋を見つけ出すのは不可能な気がしていた。


 この街まで足を運んだのは偶然を期待しての行動。しかし自分の抱いたその希望は奇跡と呼ぶに近いものになっていた。




「うわぁ……綺麗」


 店を出た後はフラフラと街中を移動する。やって来たのは海が見渡せるお城の展望台。丸山くんに教えてもらった絶景スポットだった。


「こうやって見ると広いね」


「この街な」


「うん。それにこの世界全体が」


 並んでいる家屋も道路も全てが小さく見えてしまう。ミニチュアのように。その1つ1つに多くの人間が存在。地図では分からない雄大さを実感した。


「あれ昨日行ったお店じゃね? このサンダル買った」


「あ、本当だ」


「あそことここの道路って繋がってたんだな。ちょっとした発見だ」


 颯太と紫緒さんが楽しそうにお喋りしている。疲れを見せないテンションで。そして焦る心が無邪気にハシャいでいる2人の存在に苛つきを生み出していった。


「ねぇ、そろそろ行かない?」


「ん? そうだな。水着のお姉さん達はやっぱり近くで見ないとな」


「いやいや…」


 華恋も観光しているかもと考えてやって来たがそう上手くはいかなかったらしい。ただ高い所に登っただけでおしまい。


 なるべく午前中のうちに用事を済ませてしまいたい。日が昇れば昇るほど気温も上がってしまうから。




「邪魔な所にいるな…」


 飲み物を買いにコンビニまで来る。すると入口にたむろする2人組を発見。


 1人は黒髪にアロハシャツで、もう1人は金髪でピアスに黒のタンクトップ。地元の若者なのだろうか隣には自転車も停まっていた。


「……あん?」


 コンビニに近付く途中で彼らと目が合う。不自然にならない程度に視線を逸らしながら中へと入った。


「店の入口塞ぐなよなぁ」


「まったくっすよ」


 ガラの悪い連中はどこにでもいる。相手にさえしなければ恐れる事はない。けれど買い物を済ませ外に出た所で運悪く絡まれる羽目に。


「ひっ!?」


「どした?」


「ちょっと! アンタ、今うちの足触ったでしょ」


 声に反応して視線を後ろに移動。紫緒さんが2人組の若者と向き合いながら怒鳴っていた。


「おぉ~、スベスベ」


「絶対ワザとだ。ワザとに決まってる!」


「ワザとだけど何か問題でも?」


「ふざけんなっ! 気持ち悪いんだよ、このガングロが」


 激昂してる彼女の顔を見て男達がニヤけている。悪びれる様子も見せずに。


「お~、怖っ」


「なに笑ってんだ。謝ってよ!」


「はぁ? どうして?」


「セクハラしたからに決まってんじゃん。そんな事も分かんないの? 馬鹿すぎ」


「こいつ、何言ってんだ。頭おかしいんじゃね?」


 2人組は相変わらず地べたに座り込んだままの状態を維持。更には相手をバカにするように顔を指して笑っていた。


「ブッサイキな面でニヤニヤしやがって。キメェんだよ、テメェら」


「あぁ!?」


「ちょ……マズいって」


 そんな彼らに紫緒さんが暴言を吐く。萎縮する事なく強気な態度で。


「おい、お前なんつった!」


「キメェっつったんだよ。聞こえなかったのか、猿」


「こんのぉ…」


「わーーっ、わーーっ、ちょっと待ったぁ!」


 金髪男が立ち上がるのと同時に接近。咄嗟に割って入った。


「ぼ、暴力はやめよ。暴力は。殴ったりはよくない」


「殺すぞ、クソガキ。そっちが先に喧嘩売ってきたんだろうが」


「え?」


「人に啖呵切っといて何が暴力はよくないだ。ナメてんのか、コラ」


「いや、え……え?」


 耳に入ってくるおかしな言葉に思考が混乱する。先に手を出してきたのは彼らなのに。


「いって!?」


「ガキのクセに女連れとか生意気なんだよ」


「せ、先輩!?」


 そんな考え事をしていると頭部に痛みが発生。伸ばしてきた手に髪の毛を掴まれてしまった。


「おらぁっ!!」


「あがっ!?」


 直後に低い叫び声が響き渡る。自分のではなく別の人物の悲鳴が。


「大丈夫か、雅人!」


「あ、あんまし……いってぇ」


 どうやら颯太が助けてくれたらしい。目の前では金髪男が尻餅をついていた。


「これでも喰らえっ!」


「おごっ!?」


 続けて紫緒さんがもう1人の男にペットボトルを投げ付ける。彼はバランスを崩して近くにあった自転車と共に転倒した。


「よし、逃げるぞ!」


「う、うん…」


 もがき苦しむ2人組を後目に慌てて道路へ。周りにいた通行人や店員さんの視線なんかお構いなしに走った。


「はぁっ、はぁっ」


「こ、ここまで来れば大丈夫だろ…」


 追跡を警戒しながらもどうにかして逃げ切る。人通りの多い道路まで。


「あぁーーっ、もう! 何なんすか、あの男共!」


「何されたの?」


「太ももを触られました」


「けしからん。世の中にはスケベが多すぎる!」


「モッサリ先輩がそれ言うんすか?」


 隣を見ると2人が平然と会話を開始。先程のトラブルを意に介さない態度だった。


「雅人、頭大丈夫だったか」


「あ、うん。掴まれただけだから何とか」


「ほんっと酷いよな、さっきの奴ら。もう一発ブン殴ってやれば良かったわ」


「颯太は大丈夫だったの。手?」


「あん? 平気平気。攻撃する時ペットボトル使ったから」


「そ、そうなんだ」


 直接手で殴っていたなら拳を痛めていただろう。顔面を殴った場合、相手の歯で皮膚を切ってしまう場合もあると聞く。


 警察に行くかどうか話し合ったが行かないという結論になった。誰も怪我をしていないし再びいざこざになっても面倒だから。


「でもまたさっきの奴らにバッタリ遭遇しちゃったら嫌だよなぁ」


「なんだよね。どこか人が多そうな場所に隠れちゃおっか」


「海行こうぜ、海。あそこなら人がたくさんいるから見つかりっこないぜ」


「海かぁ……この際、仕方ないかな」


 ほとぼりが冷めるまで時間を潰すのが得策と判断。さっきはたまたま逃げられたが、もし殴り合いの喧嘩に発展したら間違いなく勝てないから。


 紫緒さんの分のペットボトルを捨ててしまったので近くにあった売店で再購入。水分補給しながら観光客がたくさんいる空間へと向かった。


「泳ぎます?」


「水着も無いのにどうやって。タオルだって着替えだって無いのに」


「あ~あ、見てるだけかぁ…」


 3人で浜辺にある階段へと座り込む。なるべく道路を通る人には姿を見られない位置を選んで。


「雅人はどの子が好み?」


「別に…」


「向こうでビーチバレーしてるフリルビキニの子とか可愛くね?」


「ま、まぁ…」


「それから水面の上に立ってる白装束の子も綺麗だ。けど一体どうやって立ってるんだろう」


「待って待って。そんな人どこにもいないんだけど!?」


 生産性の無い話題を交わしながら景色を観賞。目の前には夏を全力で満喫している人達がいた。


「……そろそろ行く?」


「ん? だな」


 適当に時間を潰すと再び街の中を歩き始める。基本的には昨日行かなかった方角の散策。アテもなく知らない街をただ徘徊するだけ。


「はぁ…」


 一体、何をしにこんな遠い所までやって来たのか。わざわざ高いお金を払って宿泊までして。


 猛暑と成果の表れない探索にストレスが増加。ネガティブ思考が全開だった。


「雅人」


「ん? 何?」


「サンダルに血ついてね?」


「……あ」


 颯太に指摘されて足元に目線を移す。右足の親指辺りが赤くなっているのを発見。きっと走って逃げる時に地面と擦れてしまったのだろう。暑さのせいで全く気が付かなかった。


「帰ろっか…」


「ん? もう良いのか?」


「なんか歩き回ってるだけで無駄な事してる気がする…」


「まぁ雅人が満足したなら俺は構わないけどさ」


「……全然してない」


 呼吸するように弱音を吐く。ずっと意識していた本心を。


「足がパンパンだぁ」


 全員が体力的にも限界。日焼けで全身も真っ赤。言葉は無かったが自然と駅のある方に向かって歩いていた。


「ではでは帰りますか」


「ただ散歩しただけで終わっちゃいましたね」


「次に来る時は海に飛び込みたいな。浮き輪とか持ってきてさ」


「えぇ……モッサリ先輩と海水浴はちょっと」


「どうしてだよ! 俺と一緒の事の何が不満だってんだ!」


「主に顔が」


「ガッデム!」


 ロッカーから荷物を取り出した後は券売機へとやって来る。切符を購入したりICカードをチャージする為に。


「はぁ…」


 結局、何一つ進展させる事が出来なかった。華恋に会う事も、手掛かりを見つける事も。


 家にいる香織にも電話して状況確認。だが予想通り捜し人は不在だった。


「じゃあ行くか。腹も減ったし」


「売店でチョコバー買って行こうっと」


 颯太と紫緒さんが改札に向かって歩き始める。重い荷物を引っさげながら。


「……んっ」


 本当にこのまま帰ってしまって良いのだろうか。クーラーの効いた家で華恋が戻って来るのを待つだけで。


 もし帰って来なかったら。ずっと連絡が取れなかったら。本当にそうなったら二度と会う事が出来ない。


「華恋…」


 彼女は諦めなかった。結ばれるハズのない相手との恋の成就を。それは自分が見習わなければいけない姿勢。強情な性格の中から教わった教訓の1つだった。


「あ、あのっ!」


「ん?」


「やっぱりまだ残るよ。もう少しだけ捜してみる」


「え? ここまで来てか?」


「うん。お金ならまだ残ってるし。それにまだ行ってない場所もたくさんあるからさ」


 2人に声をかけて呼び止める。胸に抱いた決意を口にしながら。


「う~ん、なら俺も残るわ……って言いたいとこだけど、いい加減父ちゃんの仕事を手伝わないとマズいんだよね」


「あぁ。そういえば仕事を手伝う事を条件にバイク買ってもらったんだっけ?」


「おう。3日連続で休んじまってるからな。さすがにそろそろ戻らないと」


「そういえばずっと付き合ってもらっちゃったね。ゴメン」


「気にすんなって。好きで行動してたんだからよ」


 感謝と謝罪の言葉に対して颯太の表情が変化。屈託のない笑みを浮かべてきた。


「あっ、ならうちが一緒に残りましょうか? まだ持ってきたお金残ってるんで」


「いや、いいよ。それにそろそろ戻らないと店長に怒られちゃう」


「大丈夫ですって。うちがいてもいなくても変わんないですから」


「そ、そこまで自分を卑下しなくても…」


 バイト学生が2人揃って欠勤している分、瑞穂さんに負担がかかっているハズ。他のパートの方々にも。


 無理やり連休を貰ってしまっているからひょっとするとクビになってしまうかもしれない。それでも紫緒さんと2人で休み続ける状況だけは避けたかった。


「ちぇっ……仕方ないなぁ」


「ゴメンね、わざわざこんな所まで付き合わせちゃって。お店の方よろしく」


「明日からどうやってサボろう。そろそろ親戚を殺していくか」


「……物騒な子」


 どうにかして後輩を説得させる。少々の不安を抱きながらも。


「なら俺達、先に帰るから。昼間の連中に見つからないようにしろよ」


「ん、ありがと。気をつけて帰ってね」


「先輩、またです。生きてたら向こうで会いましょうね」


「勝手に殺さないでくれ…」


 改札の中へと入って行く2人を単独で見送り。その姿が消えるまで何度も手を振り続けた。


「……行っちゃったか」


 今なら追いかければまだ間に合う。けどここで帰ってしまう訳にはいかない。


 颯太達がここまで付き合ってくれたのは親切心だ。彼らがいなければ華恋を捜しに来る事もなかったし、もしかしたら昨日のうちに帰ってしまっていたかもしれない。


「あつ…」


 駅を出ると再び日差しのキツい街中を歩き始める。赤く染まっている空の下を。


 以前に見た夢の中では隣に海が見えた。恐らく海岸線沿いを歩いていたのだろう。


 想像の内容を頼りに行動するとか馬鹿げていると理解している。しかしヒントも無い今となっては、それだけが心の拠り所だった。


「キレイだなぁ…」


 重い荷物を携えてある場所へとやって来る。海を見渡せる公園へと。


「すぅ…」


 そのまま息を吸った。腹の中に空気を溜め込む為に。


「華恋ーーーっ!! 絶対に見つけだすからねぇぇぇぇ!!」


 続けて自身の決意を示すように叫ぶ。水平線の向こう側まで轟かせる勢いで声を出した。


「ふぅ…」


 少しだけ溜飲が下がった気がする。迷いを振り切れた事で。


「……え」


 捜索を再開する為に体の向きを反対側へ変更。その直後に全身の動作が止まった。


 原因となったのはすぐそこに立っている人物。薄着で髪を縛っている女の子。


「そんな…」


 思いもよらない出来事が発生する。有り得ない邂逅が。それはホームラン級の奇跡と呼べる産物だった。

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