第8話 オマケとマヌケ

「へへへ…」


 ベッドに寝転がりながらケータイを弄る。いつものSNSサイトの徘徊目的で。


 相変わらずマイページに表示される友達は2人しかいない。もっと知り合いを増やしたかったが、どうやって他人にコンタクトをとれば良いのかが分からなかった。


 絡みもない人にいきなり友達申請を出すのはここではマナー違反らしい。かといって何もしなければ進展もしない。基本的にはリアルの知り合いと繋がる為の場所なので現実に友達がいない人はサイト内でもぼっちだった。


「……ま、いっか」


 それでも不満は特に無い。今のクラスで新しい友達を作れたし、同世代の女の子と繋がれているから。


「綺麗な部屋だなぁ…」


 暇なので優奈ちゃんの日記を読み漁る。過去の記事も含めて。


 それは3日に一度ぐらいのペースで更新される近況報告。とても簡易的な文章だったが彼女の私生活を垣間見るには充分すぎる内容だった。


「お?」


 スクロールしている途中、画像一覧の中に本人が写っている写真を見つける。誰かの部屋で友達と楽しそうに笑っている姿を。問題はその構図。カメラを床に置いて撮影したのか座っていた彼女のスカートの中が見えそうだった。


「んっ…」


 画面に顔を近付ける。太ももの奥を覗こうと。けれど暗くて肝心な部分が見えない。画像を拡大してみたが下半身が大きく表示されるだけだった。


「やっふ~」


「う、うわぁっ!!」


「ん?」


 下心を増幅させていると部屋のドアが開く。華恋の陽気な声と共に。


「入ってくるならノックぐらいしてくれよ!」


「何やってたの? 随分と楽しそうな顔してたけど」


「ゲ、ゲーム…」


「どんなゲーム?」


「え~と…」


 咄嗟にケータイをポケットの中に移動。同時に窓の外に目線を逸らした。


「見せて」


「え?」


「ケータイ。何のゲームやってたのか」


 狼狽えていると彼女が真っ直ぐに手を伸ばしてくる。好奇心満載の笑顔を浮かべて。


「そ、それはちょっと…」


「何でよ?」


「プライバシーの侵害ってヤツ?」


 表示されている画面を見られる訳にはいかない。変態の烙印を押されてしまうから。


「とうっ!」


「うわあっ!?」


「アンタにプライバシーなんか無い。大人しく見せなさいよ」


 廊下に逃げ出そうとベッドに手を突いて移動。その瞬間に彼女が体の上に飛び乗ってきた。


「いてっ、いててっ!?」


「うらうらうらうらぁっ!!」


「頼むからどいてくれ、重たい!」


「ケータイよこしたらどいてあげる。ほれ!」


「だから無理なんだってば!」


 馬乗りになって貴重品を奪い取ろうとしてくる。ベッドをリングにした謎の攻防戦を展開。


 はねのけようにも体勢がキツいので出来ない。更に彼女はスカートだったのでお尻の感触がダイレクトに伝わってきた。


「あっ!」


「も~らい」


「ちょ……返して」


 抗っていると端末を奪い取られてしまう。あまりにも呆気なく。


「良いじゃん、減るもんじゃないんだし」


「ダメなんだよぉ…」


「……ん?」


 彼女が食い入るように画面を直視し始めた。眉をひそめながら。


「あぁ…」


 もうこうなっては電源が勝手に落ちているキセキを期待するしかない。微かな希望に祈りを込めた。


「……没収」


「へ?」


「さ~て、下に戻ろっかなぁ」


「ちょ、ちょっと!?」


 制裁を覚悟していると華恋が立ち上がって部屋を出ていく。身勝手すぎる台詞を口にして。


「あの、ケータイ…」


「はぁ? 没収って言ったでしょ」


「それ無いと凄く困るんですが…」


「良いじゃん。困れば」


「や、やだよ」


 後を追いかける形で一階へと移動。2人して客間へとやって来た。


「女の子の下半身見てニヤついてるとかアホなの?」


「うっ…」


「これ、この前連れて来た後輩の子?」


「そ、そうです」


「ふ~ん…」


 返却を申請するが拒まれてしまう。それどころか理不尽な尋問が始まってしまった。


「いつからこんな事してたわけ?」


「え~と、最近…」


「この写真、削除して良い?」


「あ、それブログに貼られてる画像だから。送って貰ったのじゃないんだよ」


「ん?」


 言葉に反応して彼女の視線が画面に移る。目を細める仕草と共に。


「……なるほど、そういう事か」


「という訳でその写真は消せません。残念でした」


「ちっ…」


 仕返しとばかりに皮肉めいた言葉を投下。その行為に返ってきたのは不快さを表した舌打ちだった。


「わああぁあぁぁっ! な、何する気さ!?」


「ブッ壊す」


「やめてくれぇ!」


「今の反抗的な態度がムカついた。雅人のクセに生意気」


「そんな…」


 大切な私物が頭上に移動する。破壊行為を阻止しようと無我夢中で飛びついた。


「きゃあっ!? 何すんのよ」


「返してくれって」


「やだ。この場で叩き割ってやるんだから!」


「そんな事されたら困るし」


「とか言ってドサクサ紛れに私に抱きつきたいだけなクセに」


「ち、違…」


 顔を熱くしながらも奪い返す事に成功する。先程と攻守を入れ替えた形で。


「あぁ~ん……私のオモチャ」


「違う」


「ケチ。お兄ちゃんなんだから妹に優しくしなさいよ」


「それとこれとは話が別…」


 すぐさま外傷の有無を確認。特に目立った傷は見当たらなかった。


「ねぇ、さっきのサイトの名前教えてよ」


「どうして?」


「もちろん私も登録するからに決まってんじゃん、ひひひ」


「えぇ…」


「雅人の交友関係、全て調べるから」


「や、やめてくれ」


 彼女がいやらしい笑みを浮かべる。背筋が凍りつきそうな表情を。部屋には無断で入って来るし、私物は無理やり強奪。もはやプライバシーという言葉が消え失せていた。


「ふぅ…」


 客間を出るた後は階段を上がる。溜め息をつきながら自室へと戻ってきた。


「ん?」


 そしてサイト巡りを再開しようとしたタイミング良く電話がかかってくる。スカートの中をなかなか見せてくれなかった相手から。


「もしもし」


『あ、先輩ですか?』


「どしたの?」


『あれ? そっちから着信があったからかけ直したんですけど』


「嘘!?」


 どうやら数分前にこちらから通話を試みていたらしい。タイミング的に考えて華恋と揉み合っている時だろう。暴れまわっていたせいで誤作動が起きていた。


「あの教えてもらったサイトさ、結構楽しいね。毎日お世話になってるよ」


『それはどうもです。お役に立てて何より』


 せっかくなのでそのまま会話を開始する。お礼の言葉を告げながら。


「ただ交友関係が狭いからもっとたくさんの人と知り合いになりたいと思って」


『友達を増やしたいって事ですか?』


「そうそう」


『学校の知り合いとかで登録してる人を探してみてはどうでしょう』


「それはもうやってみた。でも誰も見つけられなかったんだよね」


『……そうですか』


 ネットの世界でも消極的。何より要領が悪かった。


『ていうか先輩、サイト内で友達を増やしたいならもっと活動しないと』


「活動? どういう風に?」


『プロフィールの設定以外、何もしてないじゃないですか。呟いたり日記を書いたりしないと業者と間違われる可能性がありますよ?』


「は、はぁ…」


 指摘されて気付いたがまともに活動していない。行っている事と言えば優奈ちゃんや丸山くんの日記にコメントを残す作業だけ。


「日記って具体的にはどういう事を書けば良いのかな?」


『何でも良いんですよ。今日の出来事とか趣味の紹介とか』


「バイト先にいる後輩を写真付きで紹介する記事とかはどうでしょう」


『すいません、ちょっと何言ってるか分からないです。とりあえず今度会った時にトレイで思い切り殴っても良いですか?』


「ご、ごめんなさい…」


『でも写真を貼り付けるアイデアは良いですね。適当に撮影した物を使って日記を書くとか』


「それなら出来そうかな。ただ画像の載せ方が分からないけど」


 周りの人間が当たり前にこなしている作業を年下に指導してもらう。本来なら情けない出来事なハズなのに不思議と劣等感は湧いてこなかった。


『私が直接行って教えてあげましょうか?』


「え? 良いの?」


『良いですよ。明日は休みですけど先輩は用事ありますか?』


「ないない。ヒマでございます」


『じゃあ明日の昼にそっち行きます。借りっぱなしの漫画も持って行きますから』


「ん、了解」


 思わぬ流れで約束を取り付ける。プライベートでの面会の取り決めを。


「へへへ…」


 用事が済んだ後は通話を切断。切り替えた画面を見ながら声を漏らした。


 うちに来ると言い出した彼女の心境を考えると前回の騒動については気にしていないと考えて構わないだろう。むしろ好意的に捉えてもいいかもしれない。


 しかし翌日、朝から妨害の情報が届いた。用事が出来たから昼間だけヘルプに入ってほしいという店長からの電話が。


 悪いとは思いながらも先約があったので断る事に。けれど店長との会話の後、その遊び相手からも電話がかかってきた。


『……という訳でスイマセン。予定の時間には行けなくなっちゃいました』


「は、はぁ…」


『2時か3時には終わると思うのでそれからでも良いですか?』


「もちろん。バイト頑張ってね」


『ありがとうございます。それでは』


 彼女の返事を確認して通話を切る。グチャグチャに散らかったベッドの上で。


「……マジかぁ」


 続けて受け身を取るように背中から倒れ込んだ。上手く断れたと思ったのにまさか優奈ちゃんの方に連絡がいくとは。


 店長から電話がかかってきた時点で彼女にも打診しておくべきだったのかもしれない。真面目な性格を考慮したら予め知らせておいてもバイトに出向いていた可能性が高いけれど。


「まだ10時前か…」


 壁にかかった時計で時間を確認する。せっかく早起きしたのに莫大な空白が生まれてしまった。


「ぐわあぁあぁぁっ!?」


 ドアを開けて廊下へと出る。階段から転げ落ちながら一階へと下りた。


「お、おはよ」


「はよ」


「いちちちち…」


「何か食べる?」


「ん~、どうしよっかな」


 リビングにやって来ると先客を見つける。カーペットの上で足の爪を切っていた華恋を。


「そういうば父さん達は?」


「ん? 2人で映画観に行くって」


「仲良くデートか…」


「私達もデートする?」


「え~と、何を食べようかなぁ」


「無視すんなや、コラ」


 彼女には外出予定を話していない。バレたら付いて来そうな予感がしていたので。


 空腹を訴えるとシェフが冷蔵庫を漁って2人分の焼きうどんを作成。テレビを見ながら仲良く頬張った。


「ぐわあぁあぁぁぁっ!?」


「おはよう、マイシスター」


「お、おはよう。ていうかたまには私の体の心配してくれても良くない?」


「あぁ、うん。そういえばこの前のテストめちゃめちゃ悪かったけど頭大丈夫?」


「うぅ…」


 正午過ぎになるともう1人の妹も起床する。寝過ぎなのか目の下が腫れ上がった状態で。彼女は大急ぎでシリアルを食べると大慌てで外出。再び華恋と2人で取り残された。


「ちょっと出掛けて来る」


「ん? どこに行くの?」


「颯太の家。一緒に行く?」


「い、いや……いい」


 そして頃合いを見計らって自分もソファから立ち上がる。バツの悪そうな顔をする妹を横目に。


 よっぽど天敵と顔を合わせるのが嫌らしい。今だけはその抵抗感がありがたく思えた。


「いい天気…」


 外に出た後はゆっくり歩く。駅とは反対方向に当たる道を。


 目的は市内散策。普段見ている景色をカメラに納めようと考えていた。


 街中の写真なら無断で掲載しても誰も怒らないし気軽に撮影が可能。なにより汚い男の部屋に比べたら100倍マシだった。


「春だなぁ」


 お年寄りにも抜かれそうなスローペースで進む。やがて遊具が多く並べられた大きな公園へと着いた。


「人、すご…」


 休日なので利用者が多い。子供の群れや親子連れがあちこちで蠢いていた。


「何してるんですか」


「え?」


 シャッターを切っていると背後から声をかけられる。髪を両サイドで縛った小学生ぐらいの女の子に。


「えっと…」


「落とし物でも探してるんですか?」


「いや、違うよ」


「じゃあ1人で鬼ごっこしてるとか」


「そんな淋しい人間ではない」


「分かった。恋人との待ち合わせですね」


「……だったら良いなぁ」


 初対面のハズの彼女は何故か質問を連発。辺りの様子を窺うが友達らしき子は見当たらなかった。


「写真を撮ってるんだよ」


「小さな女の子を?」


「そうそう……って違う違う」


「へぇ、カメラマンさんなんですか」


「いや、素人だけど」


 どうやら1人で遊んでいた様子。暇でやる事がないから、たまたま姿を現した人間に声をかけたのだろう。


「良い写真は撮れましたか?」


「ど、どうかな…」


「私、まだケータイ持ってないんですよ。お父さん達が買ってくれなくて」


「ふ~ん、そうなんだ」


「私も欲しいなぁ。カメラとか使えたら楽しそう」


 女の子から離れるように公園の奥に向かって歩き出す。しかし何故か彼女も後ろから付いて来てしまった。


「あっ、ネコ!」


「お?」


「あ~あ、中に入っていっちゃった」


「惜しい…」


 道路を横切る茶色い毛並みの物体を発見する。フレームに収めようとするが民家の塀の中に逃げられてしまい失敗。


「こんなもんかな…」


 人がいる場所をなるべく避けて公園を1周する事に。遊具や木々を適当に撮り終えると散歩に復帰した。


「あ、あの……君の家はこっちの方なのかな?」


「違いますよ。私、この街の住人ではないので」


「へ?」


「今度ここに引っ越してくる予定なんです。だから今日はその下見というか見学というか」


「あ……そう」


 何故か女の子までもが道路に出てくる。猜疑心ゼロの様相で。


「お兄さんはこの辺りに住んでる人なんですか?」


「ま、まぁ…」


「へぇ。ならご近所さんになるかもしれませんね」


「え~と、お父さんかお母さんは?」


「はい?」


「君はこの街に遊びに来たんだよね? ならお父さん達がどこかにいるんじゃないの?」


 住宅見学に来たのか引っ越しの手続きに来たのかは分からない。ただどちらにしろ小学生の子が1人で足を運んだという事はないハズだ。


「お父さん達は業者の人と話があるって言ってました。だから私は退屈なので1人で公園で遊んでる事にしたんです」


「なら道路に出てきたらマズいじゃないか…」


「それは大丈夫です。後でお姉ちゃんと駅で合流する約束してますから」


「駅ってあそこの?」


「はい、そうです」


 いつも通学に利用している場所を指差す。後で自分も向かう施設を。


「次はどこに行くんですか?」


「ん~、その辺を適当にブラブラと」


「ふふふ。なんだか街の探検みたいで楽しいですね」


「こっちは通報されないかとヒヤヒヤ物なんだけどね…」


「はい?」


 追っ払おうかとも考えたが邪険に扱って叫ばれる方がマズい。混乱しながらも名を知らぬ子供と地元を徘徊し始めた。


「わぁ、凄~い」


「よっと」


 当てもなく進むと街を分断する場所へと辿り着く。市内を流れる大きな川に。


 橋を上がった後は頂上部分で停止。落ちないようにバランスを取りながら身を乗り出した。


「押しましょうか?」


「や、やめてくれ!」


「絶対に飛び降りたりしないでくださいね。落ちたら危ないですよ」


「分かってるって」


「そういえば深さはどれぐらいあるんでしょう。何かで試してみたいかな」


「……そんなに突き落としたいのか」


 妙なやり取りをしながらも川を撮影する。太陽光が反射している巨体な水面を。


「綺麗に撮れました?」


「多分。帰ってから確認してみないと分からないけど」


「もし良かったらお兄さんも写してあげますよ」


「いや、それは大丈夫」


「私も隣に並んだ方が良いですか?」


「え、え~と…」


 なぜ知らない児童と街を歩き回っているのか。頭の中は疑問で埋め尽くされていた。


「お?」


 どうやって逃げ出そうか考えているとタイミングよく電話がかかってくる。会う予定を組んでいた待ち合わせ相手から。


「もしもし」


『先輩ですか? 今、バイト終わりました』


「お疲れ様。すぐこっちに来る?」


『そうですね。今から駅に向かうので30分ぐらいで着くと思います』


「分かった。なら30分後に駅で」


 通話を切って時計を確認するとほぼ予想していた通りの時間。渡りに船な情報だった。


「あのね、お兄ちゃん、用事出来ちゃったからもう行かないといけないんだよ」


「彼女とデートですか?」


「ち、違う違う! ただの友達だから」


「駅に行くんですよね? なら私も一緒に行きます」


「……そういえばお姉ちゃんと待ち合わせしてるって言ってたね」


 ようやく別れられると安堵。そう考えたが結局駅まで同行する流れに。


「お待たせぇ」


 それから30分以上の時間を費やして目的地にやって来る。ロータリーに佇んでいた後輩に向けて大きく手を振った。


「ふ~」


「大丈夫ですか?」


「ごめん。コンビニに寄ってたら少し遅れちゃった」


「いえ、そこまで待たされてないので大丈夫ですけど」


「ひいっ、ひいっ…」


 膝に手をついて呼吸を整える。酸素不足の肺に空気を送り込もうと。


「先輩、この子誰ですか?」


「えっと……何て説明すれば良いかな」


「あ……は、初めまして」


 女性陣2人が互いの存在を認識。丁寧に頭を下げあった。


「はい、初めまして」


「お兄さんの彼女さんですか?」


「いいえ、違いますよ」


「ならまだ付き合う前という事ですか?」


「それは分かりません。ところでアナタは誰なのでしょう」


 彼女達が聞いていて恥ずかしくなるような話題を交わす。毅然とした態度で。


「全然知らない子なんだよ。公園を歩いてたらたまたま出くわしちゃって」


「え? どういう事ですか?」


「いや、僕にもよく分からない…」


「とりあえず先輩の知り合いの子ではないんですよね?」


「うん。名前も年齢も全く知らない子」


 事実をありのままに述べた。嘘偽りなく。


「な、何かな…」


「……先輩。いくら友達が欲しいからってこんな小さな子に手を出さなくても」


「違うから! そんな気なんか全く無いから!」


「おっちょこちょいだけど根は良い人だって信じてたのに。まさか重度のロリコンだったなんて」


「どうしてそうなるのさ! 自分から声かけたわけじゃないし。本当だから信じておくれよ」


「軽蔑しました。もうこれからはこうして会いに来るのやめますね」


「ギャアアァァアァァッ!」


 けれど対話相手から疑いの眼差しを向けられてしまう。何も悪事を働いていないのに変態の烙印を押されてしまった。


「あっ、お姉ちゃん」


「ん?」


 喚き散らしていると女の子が突然駆け出す。日差しの隠れた駅構内に向かって。


「あの人かな…」


 その先に自分と同年代ぐらいの女の子が立っている姿を発見。穏やかな雰囲気を纏った人物がいた。


「じゃあ、お兄さん。またね」


「あ……うん」


「付き合ってくれてありがとう。今度写真見せてね、約束だよ」


「へ~い」


 元気に手を振る女の子に同じ仕草を返す。お姉さんとも軽く会釈をしながら。


「また、か…」


 名前も連絡先も分からないのだから願いを叶えてあげるのは難しい。ただあの子とは再びどこかで会いそうな予感がした。


「バイトどうだった?」


「大変でしたよ。いつもより忙しかったです」


「そうなんだ。お疲れ様」


「私より先に誰かに連絡したのに断られたって店長がボヤいてました」


「だ、誰の事だろうね…」


 ようやく予定通りに戻れた事に胸を撫で下ろす。しかし同時に別の不安要素が発生した。


「動き回ってたのでお腹が空きました。何かご馳走してください」


「……えぇ」


「ん~と、誰だったかな。本当は行けたハズなのに店長からの頼み事を断った無慈悲な人の名前は…」


「はい、分かりました。奢ります! 何か奢らせてください」


 彼女が唸りながら人差し指をオデコに当てる。その仕草を見て背筋をピンと伸ばした。


「え、良いんですか? 自宅で先輩が手料理を振る舞ってくれるのを期待してたんですけど」


「うちはちょっと。あと料理は苦手だから無理だね」


「了解です。なら高級レストランに行きましょう」


「ちょっ…」


「あれ? 洋食は嫌いでしたか?」


「いや、大好きです。大好物です。けど金銭的な理由で勘弁してもらいたいなぁと…」


 悪魔のような笑みを向けられる。どこまでが本気で冗談かが分からない発言も加えて。


 とりあえず高級店はやめて近くのファミレスへと入る事に。ピークは過ぎていたので待たずに席へと座れた。


「本当に良いんですか? 奢ってもらっちゃって」


「良いよ良いよ。わざわざここまで出向いてもらったお礼もあるし」


「すいません。さっきの子とデートする予定も台無しにしてしまったばかりなのに」


「もうその話は忘れておくれ…」


 口封じの意味も込めて太っ腹行動を取る。なのに相手がイジるような発言を連発してきた。


「あっ、これ借りてた漫画です。ありがとうございました」


「ん、どうだった?」


「面白かったですよ。いい趣味してますね」


「そ、そりゃどうも…」


「また続き借りても良いですか?」


「うん。なら今度持ってくるよ」


 目の前に茶色い紙袋が出現する。受け取った後は邪魔にならないように足元へと置いた。


「これをこうして…」


「ふむふむ」


「過激なエロ画像を載せると消されるから注意してください」


「いや、載せないってば…」


 そして食事後はケータイの画面と睨めっこする。サイトの使い方の指導が始まった。


「人に見せたくない場合は非公開にすると良いです。そうすれば閲覧出来なくなりますから」


「え? でもそれって日記書く意味あるのかな?」


「ありますよ。例えば特定の人にだけ見せるように設定したい時とか」


「特定の人…」


「先輩しか見れない設定の記事に何度も足跡が付いたら誰が来たのか一発で分かりますからね」


「……あ、あぁーーっ!?」


 その言葉で昨日の出来事を思い出す。天国から地獄に叩き落としてきた写真の存在を。


 罠に嵌められた事を理解した後は上級テクを理解。文字の色や大きさを変える方法を教えてもらった。


「……くぁ」


「眠たいの?」


「まぁ……動き回っていたせいか疲れてしまって」


 撮影した写真を確認していると相方が小さく口を開く。顔を見ると目がうつろ気味。今にもテーブルの上に突っ伏してしまいそうな表情だった。


「すいません、悪いけど今日はこのまま帰りますね」


「え?」


「なんだかお腹いっぱいになったら眠たくなってきちゃいました」


「そ、そっか…」


「また先輩の家でゲームやりたかったですけど残念です」


「うん…」


 うちに来て眠ってくれても構わないのだけれど華恋がいるから招待したくない。前と同じ轍は踏みたくないし。


 心残りはあるが今回は大人しく引き下がる事に。店を出ると見送りの為に駅へとやって来た。


「じゃあ気をつけて」


「はい。先輩も幼児誘拐で捕まらないように気をつけてください」


「うっ…」


「それでは」


 小さな体が改札をくぐる。彼女はいやらしい笑みを浮かべると階段を上ってその姿を消してしまった。


「よく分からない子だなぁ…」


 気軽に誘いに乗ってくれたり、からかうような行動を取ってきたり。イマイチ本心が掴めない。




「ただいま~」


 1人になった後は漫画入りの紙袋を携えて自宅を目指す。ダラダラと歩きながら20分程の時間をかけて帰宅した。


「あ、あれ…」


 靴を脱いでいる最中、異変を感じる。期待していた挨拶が返ってこなかったので。


「出かけちゃったのかな…」


 他の家族が全員外出したのでその可能性はなくもない。ただ玄関の鍵は開いていたし、下駄箱には靴も存在。なのにリビングにもトイレにも、客間にさえ華恋本人はいなかった。


「……どこに行ったんだろう」


 頭の中で様々なイメージが錯綜する。どこかで倒れていたり、家に押し入った強盗に刺されているような場面が。


 あんな乱暴な人物でも姿を見せないと不安で仕方ない。そして諦めて自室に戻って来た時、ようやくその鬼胎が解消した。


「どうしてここで寝てるんだ…」


 ベッドに異様な膨らみがあるのを見つける。近付いて覗いてみると案の定そこに妹の寝顔を発見。


「……にへへ」


「ま、いっか…」


 揺り起こそうとしたが途中で手の動きを止めた。気持ち良さそうな表情を見ていたら妨害するのが忍びなくなって。


「ふぅ…」


 椅子に腰掛けるとケータイを取り出す。今日撮った写真の確認。ぼやけているのもあったが大半はしっかりと撮れていた。


 全て見終わった後はサイトへとアクセス。早速、今日の日記を作り始めた。


「人が写ってるのはマズいよなぁ…」


 掲載出来そうな画像を抜粋していく。アングルや見栄えも考慮しながら。


 適当な文章も放り込むと思いきって投稿。ほとんどが写真の説明文だった。


「う~ん…」


 内容を客観的に見てみたがイマイチ納得が出来ない。完成度が低すぎて。


 まるで小学生の絵日記レベル。センスと語彙力の無さを痛感した。


「ま、いっか」


 別に誰かに評価してもらう訳でもない。なので全力の妥協を決意した。


「うぅん…」


「お?」


 微妙な達成感に浸っていると隣から寝言が聞こえてくる。その声に反応して視線をベッドの方に移した。


「起きた?」


「……あれ、いつの間に帰って来たの?」


「さっき。と言っても30分ぐらい経ってるけど」


「そうなんだ」


 話しかけた瞬間に返事が返ってくる。立ち上がった彼女は瞼を擦りながらこちらに駆け寄ってきた。


「今日早くない? いつもならもっと遅いのに」


「予定がすぐ終わっちゃってね。真っ直ぐ帰って来ちゃった」


「とか言って本当は私の為に早く帰って来てくれたんでしょ。ね?」


「いや、そんな事はないです」


「んにゃ~ん」


「ひゃああぁあぁぁ!?」


 続けて後ろから首を締める形で腕を回してくる。顔を近付けてきたかと思えば猫のような頬擦りを開始した。


「そういえば何でここで寝てたの?」


「ん? だって空いてたし」


「いや、それ答えになってないんだけど。眠たいなら自分の部屋で寝なよ」


「良いじゃん、別に。私だってたまにはベッドで寝たいわよ」


「あぁ、なるほど」


 彼女はいつも布団を敷いての睡眠生活だった。普段は味わえない贅沢を堪能したかったのだろう。


「よだれは拭いた?」


「え?」


「さっき寝てる時に口から垂らしてたよ」


「う、嘘!」


 首を曲げて下から顔を覗き見る。指摘に対して返ってきたのは口元を拭うリアクションだった。


「顔洗ってきたら?」


「そ、そうね。そうしようかしら」


「いてら~」


 彼女が大慌てで部屋を出て廊下へ。そのまま転げ落ちてしまいそうな勢いで階段を下りていった。


「ふぁ~あ…」


 入れ違いに自分の口から欠伸が漏れ出す。いつもの休日より早起きしたせいと、街をあちこち歩き回ったせいで眠たい。


「おやすみ…」


 仮眠をとる為にベッドへと移動。布団を捲りながら中へと潜った。


「ん…」


 ウトウトし始めた時にドアを開ける音が聞こえてくる。華恋が戻って来たと思われる音が。何かイタズラでもされるのではないかと覚悟していたが無言で退出してしまった。


 その後、数回のまどろみを繰り返して起床。顔に西日が当たって眩しかった。


「……あれ」


 どれぐらい寝ていたのかは分からない。認識出来るのは夕方という点だけ。


「そうだ、ケータイ」


 机の上に置きっぱなしだった事を思い出す。また華恋に盗られてしまったのではないかと不安になったが無事に机の上に置かれていた。


「ほっ…」


 ついでにいつものSNSサイトにアクセス。すると日記にコメントが来ているとの表示があった。その数2件。


 自分の知り合いは2人しかいないから誰なのか確かめるまでもない。けれど更新されたページに出現したのは予想していた人物ではなかった。


「……誰、これ」


 Yu-naのすぐ下にあったのはReinaというアカウント。書かれていたコメントは『とっても綺麗だね』という簡素な文章とハートの絵文字のみ。


 プロフィールを見てみるが有益な情報が得られない。画像も初期設定のままだった。


「女の子かな…」


 頭の中で様々な憶測を巡らせる。年齢や性別を推理するように。


 相手の顔が見えないのでイメージとしか対話出来ない。ただその状況が却って妄想を際立たせてしまった。


「う、うわあぁあぁぁっ!?」


 適当な返事を返すと部屋を出る。階段で足を滑らせながら一階へと不時着した。


「うおあぁ、背中超いたいぃ…」


「大丈夫だった? また派手な音させてたけど」


「もうダメかも。死ぬかもしれない」


「私より先に逝くとか絶対に許さないからね。もし死んだら全力でブン殴るから」


「いや、殴るより先に救急車を…」


 床を這いずってリビングへとやって来る。そこでソファに座ってテレビを見ていた華恋と遭遇した。


「ん? 何、ニヤニヤしてんの?」


「いや、実は知らない女の子からコメントが来てさぁ」


「女の子?」


「あ…」


 会話中にふと口を噤む。自身の軽率さを嘆きながら。


「なんて名前の子?」


「レ、レイナ…」


「それ、私だよ」


「へ?」


「昨日、登録して雅人を発見したんだよね。探し当てるのに苦労しちゃった」


「ど、どうやって見つけたのさ!」


 怯えていると予想外の反応が返ってきてしまった。叱責ではなく笑顔が。


 話を聞くと同級生検索を利用したらしい。学校登録を解除するのを怠っていた結果がこれだった。


「私からのコメントに鼻の下伸ばしてたとか可愛いじゃん」


「ひいぃ、恥ずかしすぎる…」


「よしよし」


 子供のように頭を撫でられてしまう。マヌケ過ぎて抵抗する気も起きない。


「じゃあ私も写真とか投稿してみよっかなぁ。コスプレは専用サイトでやってるからこっちは普通のにしよう」


「た、例えば?」


「う~ん、お兄ちゃんとキスしてる所とか」


「やめてくれよっ!」


 彼女の事だからきっと監視目的で使うに決まっていた。確かめるまでもなく。


「はぁ…」


 交友関係を増やしたくて登録したのに。早くも交流を遮断したくなってしまった。

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