第6話 メガネとイケメン
「雅人、ご飯食べよ」
「あぁ、うん」
昼休みに華恋が席へと近付いて来る。ナプキンに包まれた弁当箱を携えて。
「ここで食べる? それかどっか行く?」
「中庭に行こう。先にベンチ確保してて。飲み物買って行くから」
「ん、了解」
椅子から立ち上がると廊下へ移動。下駄箱で靴に履き替えた所で一旦別れた。
「はい」
「サンキュー」
先にベンチに座っていた彼女にペットボトルを渡す。隣に腰掛けながら。
「また同じの買ってきてる。どうして2本とも一緒の銘柄なのよ」
「だってそうしないと僕のまで飲もうとするじゃないか」
「別々の買えば一度に2種類の味が楽しめるじゃないの。お茶とコーラとか、スポーツ飲料水と水とか」
「だからだよ」
身内とはいえ飲み物を共有するような真似はしたくない。なので毎回同じ物を2本買っていた。
「ん~、良い天気。やっぱりこういう時は外で食べるに限るわね」
「今の時季は良いけど夏場は地獄だよ。直射日光に耐えられなさそう」
「確かに。これでもかっていうぐらい汗だくになるわ」
2人して顔を見合わせて笑う。長閑な昼下がりを堪能するように。
「じゃあ食べよっか」
「あ、うん」
3年生になってからの昼食は毎日彼女か母親の手作り弁当。だから一度も学食のメニューを口にしていなかった。
「ほい」
「ん、いつも悪いね」
「そう思ってんならたまには恩返ししなさいよ。さり気なく頬にキスしてくれるとかさ」
「……あぁ、今日も美味しそうだなぁ」
紺色の箱を受け取ると蓋を開ける。聞こえてくる戯れ言を無視して。
「いただきま~す」
「ちっ…」
校舎を眺めながら卵焼きを口に入れた。チーズ入りの特別版を。
「ねぇ、今度一緒にカラオケ行かない?」
「ん? どうして?」
「雅人の歌声聴いてみたい」
「別に良いけど、あんまり上手くはないよ」
「あれ? 意外。拒否するかと思ったのに」
「カラオケはたまに行くからね。良いストレス発散にもなるし」
「ふ~ん」
他愛ない会話をしながら昼休みを過ごす。今のクラスになってからずっとこの繰り返し。お弁当を持って中庭やら校庭脇に出没。華恋のおかげでぼっちにならずに済んでいた。
「ん? どうしたの?」
「い、いや…」
ただそこに甘えて友達を作ろうとしていなかったのも事実。しかも彼女とは性別が違うので別の問題が発生。
男女が一緒にいれば誰であろうともその関係性を疑うであろう。登下校も行動を共にしているから尚更だった。
「美味しい?」
「うん。絶品」
「え? べっぴん? やだもう、恥ずかしい」
「……聴覚どうなってるの」
自分達が噂になっている事は把握している。従兄妹という情報を知っているのは去年のクラスメートだけなので。
「一個聞いていい?」
「何?」
「いつも2人でご飯食べてるけどさ、たまには違う人とお喋りしたいとか思わない?」
「思わない」
「そ、そうですか…」
嬉しいやら恥ずかしいやら。返ってきた予想通りの答えに照れくさくなった。
「何でそんな事聞くの? 私と一緒にご飯食べるの嫌なの?」
「そうじゃなくて女の子同士で過ごしたいとか思わないのかなぁって」
「あぁ……たまに考えるかな。女同士でくだけた話をしたくなる時はあるわよ」
「ならどうして今のクラスで友達作ろとしないのさ?」
「面倒くさくない? わざわざ新しい友達作るとか」
「いや、そうだけど仲良く出来る人がたくさんいたら嬉しいじゃん?」
「ん~…」
彼女が箸を動かす手を止める。そのまま首を寝かせて視線を頭上に向けた。
「同じクラスに雅人がいなかったら作ってたかな。さすがに教室で孤立するのは嫌だし」
「じゃあ僕が学校休んだらヤバいじゃん。昼休みとかどうするのさ」
「その時は私も休むから大丈夫」
「ダメだよ、それ…」
何やら自信満々に宣言しているが完全にズル休み。しかも2人揃って欠席したら益々誤解が進んでしまうハズだ。
「じゃあね~」
「ん、また後で」
食べ終えると華恋と別れて駐輪場へと向かう。昼休み後の清掃活動の為に。
「ほっ」
どうやら一番乗りだったらしく他の人間は不在。用具入れから竹ぼうきを取り出した後は散らばった木の枝や紙屑を集めていった。
「他の人達、まだ来てないの?」
「あ、うん。そうみたいだね」
「ちっ…」
しばらくすると1人の男子が登場する。ポケットに手を突っ込んだイケイケな人物が。
「んっ、んっ」
他にも男子1人、女子2人が同じ班だったがいつまで経っても現れない。彼らはいつもサボっていた。
女子2人の方はヤンチャな性格だから納得出来る。不満はあるが。ただ残り1人の男子は見た目が地味なのでどこで何をしているかが謎だった。
「……ったく、サボんなよなぁ」
少し離れた場所から愚痴が聞こえてくる。仕事を放棄しているクラスメート達を非難する意見が。
名前は知らないが彼はモテそうな見た目とは裏腹にとても真面目だった。今まで一度も掃除をサボった事がないし、自分以上に真剣に取り組んでいる。雰囲気がチャラそうなのでそれが少し意外だった。
「ふ、2人だとキツいね」
「ん…」
手を止めて声をかけてみる。少しだけ勇気を振り絞って。けれど期待していた返事は無し。ほうきを地面で擦る音だけが響いていた。
「あ…」
微妙に気まずい空気になった所に1人の男子生徒が現れる。メガネをかけた大人しそうな人物が。
彼は静かに横を通過すると用具入れに直行。遅れてきた行為を詫びる事なく清掃活動を始めた。
「おい、遅刻してきたのに何で黙ってんだよ」
「え?」
「もうチャイム鳴ってから5分以上経ってる。どうして一言も無しなんだよ」
「えっと…」
そんな行動に業を煮やしたのか隣にいたイケメン男子が声をかける。威圧的な口調で。
「聞いてんのか、お前!」
しかしメガネ男子からの返答は無し。一瞬だけ振り向いたがすぐに背を向けてきた。
「無視すんなよ。ちゃんと質問に答えろよな!」
「待って待って。彼にも用事があったんだよ、多分」
「……ちっ」
詰め寄ろうとしたので割って入る。僅かな恐怖感を抱きながら。今度はしっかり声が届いたみたいで制止に成功。ただこちらに対しても敵対心を剥き出しにしてきた。
「う~ん…」
場が気まずい。険悪なムードが漂っているのがハッキリと分かる。少し前まで他人だったという点を考慮したとしても酷すぎた。
結局、女子2人が現れないまま清掃時間は終了。男子3人組の会話は軽い口論だけ。
チャイムが鳴ると自動的に解散に。といってもクラスメートなので向かう先は同じだった。
「うはぁ…」
「どうしたんですか? 自分のアップした動画の閲覧数が1ヶ月経ってもゼロのユーザーみたいな顔して」
「……それ、どんな顔」
放課後になるとバイトに勤しむ。身長の低い後輩と共に。
「私に相談出来る事なら聞きますけど」
「え~と、優奈ちゃんって友達いる?」
「はい? そりゃ、まぁ」
「友達は多い方? いなくて困った事とかある?」
「んん?」
お客さんは平日にしては結構多い。ただ店長がいなかったのでのんびりと仕事していた。
「……というような事があってさ」
「それは大変でしたねぇ。掃除をサボるのは良くないです」
「いや、そうじゃなくて…」
「つまり気兼ねなく話しかけられる人物が欲しいって事ですか?」
「あ、うん」
「しかも相手は女子ではなく男子が良い……そうですよね?」
「おっしゃる通りでございます」
今のクラスでの現状を打ち明ける。清掃時間に起きたトラブルも付け加えて。
「ん~……難しいですね、それは」
「僕に友達は作れないって事?」
「いえ、そうではなくて」
「ほ?」
「私がその場にいないからアドバイスのしようがないんですよ。クラスの雰囲気がどんな感じなのか分からないし」
「あぁ、なるほど」
洗浄した食器類の水分をタオルで除去。会話しながらも手の動きは止めなかった。
「私が先輩の立場だったなら同じような境遇の人に声をかけてみるかなぁ」
「友達いなさそうな人?」
「はい。いつも1人でいるって事は、恐らくその人も誰かに話しかけられなくて困ってる可能性が高いですから」
「孤立してる者同士でつるんでみろって事か」
「手っ取り早いですからね。一番楽そうですし」
「そうなんだよねぇ、うん…」
クラス替えの影響で友達と離れ離れになってしまった人は自分以外にもいるかもしれない。あぶれてしまった者同士でくっ付くのは悪くない作戦だった。
「ただ問題はその人と馬が合うかって事なんですよね」
「せっかく勇気を持って話しかけても趣味や価値観が合わなかったら付き合うの嫌だもんね。変に関係が悪化したら困るし」
「ですよね。好きで孤立してる人もいるでしょうから」
「声かけて『馴れ馴れしくすんな』って反発されたら嫌だもんなぁ」
「だから難しい問題なんですよ。友達を作るっていうのは」
「はぁ…」
首を寝かせて天井を見上げる。現実逃避でもするかのように。
常に華恋といるせいか感覚が微妙に麻痺。男同士の付き合い方が分からなくなっていた。
「あともう1つ思い付いた方法があるんですけど」
「何?」
「ネットを使うんですよ」
「ネット?」
彼女が聞き慣れたキーワードを口にする。文明の利器の存在を。
「どこかのサイトで気の合いそうな人を探してみてはどうですか? 趣味が近い人を調べて」
「いや、僕の求めているのは学校で仲良く出来る友達なんだが…」
「もちろんそういうのも含めてって意味ですよ」
「ん? どゆ事?」
互いにタオルを持っていた手の動きが停止。僅かな間を空けてすぐに再開した。
「先輩ってSNSとか使わない人ですか?」
「あぁ、うん。ゲームやるぐらいかな」
「なるほど…」
アプリをやったり分からない事を調べたりするレベルの利用者。彼女が言いたいのはネットの世界をコミュニケーションの場として活用しているかという話なのだろう。
「どこかに登録してそこから同級生の人を探すと良いですよ」
「え? そんな事出来るの?」
「出来るサイトと出来ないサイトがあります。学校別に検索出来る所を後で教えてあげますから」
「た、助かります…」
やはり彼女は頼もしい。年下なのに不思議と安心感があった。
「ここに学校名を入れると検索出来ますよ」
「ふむふむ」
「表示された人達のプロフィールを見て同級生を探してみてください。年代別の表示も可能です」
「わかった」
バイトが終わると早速言われたサイトに登録する。喫茶店の近くにあるコンビニでたむろして。
「あとニュースや天気予報を見る時はここから…」
「いや、この機能はあんまり使わないかな」
「プロフィールを弄る時はここから出来ます」
「プロフィールって書かないとダメなの?」
「設定しないと相手に誰なのか理解してもらえないですよ? 私は先輩だと分かってるから良いですが」
「あ、そっか」
登録後は使い方の勉強会が開始。後輩による優しい指導が始まった。
「アカウント名には本名をそのまま使わない方が良いです。少し弄るか、全く違う名前にしてください」
「どうして本名ダメなんだろ。ゲームだとそのまま自分の名前を使う事が多いのに」
「個人情報だからですよ。どこで誰が見てるか分からないですからね」
「物騒な世の中だなぁ」
それから大まかな説明を聞くと解散。駅までやって来て別れた。
「とうっ!」
食事後にべッドに寝転がる。手には充電中のケータイを装備して。
「みんな、派手だ…」
ローマ字でMASATOと登録するとサイト内を徘徊。同じ海城高校にいる生徒を物色し始めた。
「ん…」
出てきたのは画像をプリクラや自撮りに設定してる人達がほとんど。中には恋人とキスをしている写真を堂々と掲載してる強者も存在。
画面をスクロールして知り合いを探すが面識の無い人達ばかり。同級生だけに絞ってもクラスメートかどうかが不明な人だらけだった。
「ダメかぁ…」
期待していた成果が出せなくてガッカリ。枕に顔を埋めて落胆した。
「なんだろ、これ…」
表示された同級生の一覧を再チェックする。その途中でおかしなアカウントをチラホラ見つけた。個人を特定出来るような情報が記されてなく、それどころか画像もまったく無関係の物に設定している人物を。
「う~ん…」
話しかけてみたいがその度胸は無い。いくら姿形が見えないとはいえ向こうにいるのはリアルに存在する人間だから。
けれど自分が求めていたのはどちらかといえばこういうタイプ。非リア充組の人間だった。
「……どうしよっかな」
接触しようか悩む。1人で考えていても埒があかないので後輩に相談してみる事に。彼女がくれた助言は『その人のサイトの利用状況を調べてみろ』だった。
「へぇ…」
日記を書いているならその内容から性格を予測出来る。非公開にしている人は気の許せる相手以外の交流を望んでいないという事。
ゲームばかりやっている人はそもそもやり取りを期待出来ない。以前の自分がこのタイプだ。更にサムネには顔を載せていなくても日記等に写真を公開してる人もいるとか。顔が分かれば個人の判別もグッと楽になった。
「よ~し…」
アドバイス通りに同級生達のアカウントを調べ始める。まるで犯人を探す刑事にでもなったかのような気分で。
彼女の言った通り日記の方には顔を出している人もいた。しかし詳しく調べても素性が不明な者も存在。日記も非公開でプロフィールも意味不明な言葉の羅列だから怪しさ満載だった。
「むぅ…」
結局、同じクラスで仲良くなれそうな人物を見つけ出す事は叶わず。得られた成果はサイトの使い方のみ。
「ん?」
気分転換に自分のマイページを確認。そこでとある異変を察知した。Yu-naという名前の他にガンナーという人からの足跡が付いていた事を。
「……誰だろう」
Yu-naというのはこのサイトに誘ってくれた張本人。ガンナーというのは先ほど調べていた同級生の1人だった。しかも日記を非公開にしていた謎の人物。
アクセス時間を確認するとほんの2、3分前に訪れたらしい。恐らく向こうも足跡を見て辿ってきたのだろう。
そこからもう一度ガンナーという人物のアカウントにアクセス。すると面白い事が起きた。
自分が足跡を付けると向こうもこちらに訪問する。交互にアクセスするの繰り返し。
「なんだこれ」
思わずベッドの上で笑い転げた。見知らぬ誰かと鬼ごっこをやっている気がしてきて。
「……いやいや」
けれど数回のやり取りの後に虚しい気分が襲いかかってくる。このガンナーという人物は素性を明かしていないし、自分もプロフィールを設定しただけ。これだとお互いに何者なのかが分からなかった。
「何か書いてみようかな…」
勇気を出してコメントを投下してみる事に。初めましての挨拶と、自分が同じ学校の同級生だという内容を。
どんなリアクションが返ってくるかは分からない。そもそも返事をしてくれるかが不明だった。
「お~い」
「うわぁ!?」
緊張感と葛藤していると突然背後から声が飛んでくる。振り返った先にいたのはパジャマを着た香織だった。
「暇だから遊びに来たよ~」
「い、いきなり入って来ないでくれよ。ビックリしたじゃないか!」
「ん? 何やってたの?」
「い、いや……特には」
咄嗟に持っていたケータイを隠す。目線を逸らしながら。
「……もしかしてエッチなサイト漁ってた?」
「そ、そんな訳ないじゃないか!」
「怪しい…」
「本当だって。仲良くしてくれる相手を探してただけだし」
「え? まさか女の人!?」
「いや、男だけど」
「………」
彼女の表情が普段あまり見せない険しい物に変化。何を言われるかと身構えていたが無言で出ていってしまった。
「ふぅ、助かったぁ…」
それから約5分後。コメントを残した事を後悔し始めた時にガンナーという人物から返事が届く。挨拶に対するお返しと、クラスメートである事を示唆するメッセージが。
「……クラスメート」
どうやらこのガンナーという人物はこちらの素性を把握しているらしい。しかも名前からして男の可能性が高い。
それから数回に渡るやり取りで何者かが判明。同じ班のメガネ君だった。
「なかなか良い人じゃないか」
どうやら彼は名前を知ってくれていたみたいで気になって足跡を付けに来たんだとか。頻繁に掃除に遅刻して来たりするので印象はややマイナス傾向。だがこうして会話してみると意外に気が合う事に気付いた。
小学生の時にハマっていた漫画やゲーム、中学時代に夢中になったバラエティー番組などほとんど一致。同い年だから当たり前なのだが語り合える人物が同じクラスにいた事が嬉しかった。
メッセージで許可を貰ってサイト上でのリンクを結ぶ事に。どうやら彼も今のクラスに仲の良い友達がいなくて悩んでいたんだとか。
「
友人になった人だけが分かる情報を読み上げる。本名を知ると彼の非公開になっていた日記を閲覧する事が出来た。
「すっげ…」
ゲームの画面らしき画像か多数表示される。膨大な文字数で記された情報と共に。
ほとんどが知らない作品だったが並々ならぬ執着心を持っている事は理解。風貌通りのゲームオタクだった。
「お、おはよ」
「……はよ」
そして翌日、休み時間にガンナーこと丸山くんに近付く。挨拶目的で。
「ん…」
お互いにたどたどしい態度全開。目をハッキリと合わせる事が出来なかった。
「あ……えと、昨日はありがとうね。申請承認してくれて」
「別に…」
「まさかクラスメートがいるとは思わなかったよ。ビックリしちゃった」
「そ、そうなんだ」
「僕は登録したばかりだからまだ分からない事あるんだけど教えてくれるかな?」
「……良いよ」
それでもどうにかしてやり取りを進めていく。人見知りなりに。
「うおりゃあっ!! 世界史の授業始めるぞ、うおりゃあっ!!」
「あ……じゃ、じゃあまたね」
「うん…」
だが会話中にタイミング悪く先生が登場。仕方ないので自分の席へと戻った。
「へへへ…」
教室を移動しながら密かに笑う。なんとなく彼とは上手くやっていけそうな気がして。
とはいえ1つだけ懸念材料が存在。また昨日みたいに掃除に遅刻してきて班の空気を悪くしてしまうのではないかという事だ。
「……あ」
昼休み後に駐輪場に向かう。不安な気持ちを抱えながら。
するとそこに期待していた人物を発見。イケメン君とは離れた場所にひっそりと丸山くんが存在していた。
「ん…」
「……へへ」
小さく手を掲げてきたので同じポーズで返す。愛想笑いを浮かべて。
更に彼だけではなく女子2人も参上する事に。結成初日以来、初めてまともな班活動を行う事が出来た。
「雅人~」
「ん?」
枝や葉をまとめていると名前を呼ばれる。甲高い女子の声に。
「あれ? もう終わったの?」
「これ捨てに行くとこ。そっちは?」
「こっちももう終わりかな」
「ならこの中に入れちゃいなよ。まだ余裕あるし」
「ん、助かる」
振り向いた先にゴミ袋を持った華恋の姿を発見。彼女は班が別なので教室担当だった。
どうやらわざわざ寄ってくれたらしい。言葉通りかき集めたゴミを袋の中に入れさせてもらった。
「あ……それ持っていくよ」
「え? え?」
入口を縛っているとずっと寡黙だったイケメン君が口を開く。昨日の愚痴をこぼしていた時とは違い、優しい口調で。
「あとやっておくから」
「けど…」
そして戸惑っている間に彼は行動開始。華恋から袋を奪い取ったかと思えばスタスタと歩き出してしまった。
「待って待って」
すぐにその後を追いかける。いくら何でも人任せにして帰る訳にはいかないから。
「あ、ありがとうね」
「……別に」
集積所にやってくるとやや乱暴な形で投棄。妹の代わりにお礼を述べたが返ってきたのはあまりにも素っ気ない返事だった。
「ただいまぁ」
帰宅後は晩御飯と風呂を早々に済ませて自室に引っ込む。ケータイを取り出し昨日と同じページを表示。
今日は1日中このサイトの事を考えていた程。授業中にも頭から離れないレベルのハマり具合だった。
「しししし…」
マイページにアクセスすると優奈ちゃんの日記が更新されている事に気付く。書かれていた内容は学校での出来事や今日食べた料理の品目など。
ニヤニヤしながらコメントを投下。女の子の秘密を覗いたような気がして恥ずかしくなった。
「ん~と…」
そしてそのままガンナーこと丸山くんとメッセージのやり取りを開始。基本的には昨日の続きでハマっていたゲームについての話題を。
最初はぎこちないコメントの連続だったが一度会話を始めればスムーズな流れに。途中からは敬語をやめてタメ口だった。
『鬼頭くんってちょっと怖くない?』
ふいにクラスメートの話題を振られる。存在を畏怖するような内容の文面で。
「……誰だっけ」
一瞬それが誰の事を指しているのか分からなかった。けれど自分達に共通している男性といえば1人しか該当しない。同じ班に振り分けられているイケメン君であろう。
「お~い」
「うわぁ!?」
思考を巡らしていると突然背後から声をかけられる。そこにいたのはおさげ髪の妹だった。
「今日もまた遊びに来たよ~」
「だからいきなり入ってこないでくれよ。ノックがルールでしょ?」
「ん? 何してるの?」
「えっと、メッセージのやり取りしてた」
「え? まさか女の人!?」
「いや、男だけど」
「………」
言い訳に対して返ってきたのは呆れたような顔付き。何を言われるか身構えていたが彼女はまたしても無言のまま退出してしまった。
「ふぅ、助かったぁ…」
乱入者を追い払ったので再び友人との会話に戻る。意見の応酬に。
「なるほど…」
どうやら丸山くんは他のメンバーもサボっていると思って清掃場所に遅れてやって来たらしい。女子の性格を理解している立場からしたら納得だった。
ただその情報とは別に気掛かりが存在。突然持ち出された男子生徒の名前が。
「鬼頭…」
喫茶店で働いている後輩と同じ名字。もしかしたら家族か、あるいは親戚関係なのかもしれない。ネット経由ではなく本人にメッセージで尋ねてみた。
『はい、兄が1人いますよ~』
「えぇ…」
すぐに届いた返事に拍子抜けしてしまう。予想が見事に当たってしまったので。
以前に家族構成の話になった時は1人っ子だと語っていたのに。自分の記憶違いでなければ。
「……こんな偶然ってあるんだろうか」
詳しい話を聞くとそのお兄さんは海城高校の生徒との事。優奈ちゃんの兄で高校生ならば、ほぼ間違いなく3年生だ。
意外な場所で意外な繋がりを発見してしまう。好奇心が激しく掻き立てられた。
「あ、あの…」
「ん?」
「聞きたい事あるんだけど良いかな?」
「……何」
翌日に本人に話しかける。教室ではなく周りに人がいない清掃場所で。
「君って妹いるかな? 1個下の」
「いるけど…」
「あっ、やっぱり。もしかしてその子って槍山に通ってたりする?」
「はぁ?」
対話開始早々に敵意剥き出しの目を向けられた。威圧感な態度や口調も。
「お前、何が言いたいんだよ? どうしてそんな事知ってんだ」
「あ……いや、君の妹とバイト先が同じかもしれない。多分だけど」
「は?」
「向こうの方にある喫茶店で働いてたりするかな。君の妹は」
彼の言動に足が竦んでしまう。もしかしたら思ったが、どうやら目の前にいる人物は後輩のお兄さんで間違いないらしい。
「違うって言ったらどうする?」
「え?」
「うちの妹はバイトなんかしてないって答えたら」
「え~と…」
しかし瞬時に期待外れの言葉を返されてしまった。否定を意味した内容を。
「だったらゴメン。勘違いだったみたいだ…」
「違わないよ。合ってる」
「へ?」
「優奈だろ? 一緒に働いてる女子高生って」
謝罪している途中で彼の口からよく知っている単語が飛び出す。頭の中にずっと浮かべていた人物の名前が。
「そ、そうなんだ。やっぱり君は優奈ちゃんと兄妹だったんだね」
「俺はアイツと違って頭悪いからな。だからこんな学校にしか来られなかったんだけど」
「別に頭悪いとかは…」
「それで何? アイツと兄妹だと分かったからなんかあんの?」
「えっと、特には…」
「言っとくけど優奈に手ぇ出したら許さねぇからな。ブン殴るぞ」
「い、いやいや。そんな事はしないよ」
手を振りながら慌てて後退。何故か言い争う形になってしまった。
「えぇ…」
助けを乞うように辺りを見回す。危機的状況を察したのか近くにいたハズの丸山くんは既に遠く離れた場所へと移動。巻き込まれないように避難していた。
「お前、彼女いるんだろ? 他の女に手ぇ出すなよな」
「え?」
ショックを受けていると鬼頭くんから別の話を振られる。身に覚えのない話題を。
「いないよ、彼女なんて。誰とも付き合ってなんかない」
「嘘つけ。ならどうしていつもあの子と一緒にいるんだよ」
「……あの子」
脳裏にある人物が思い浮かんだ。恋人と間違えられ常に行動を共にしている女子生徒の顔が。
「あれは違うよ。恋人じゃなくて家族なんだ」
「家族?」
「妹というか従兄妹というか…」
事実を告げるべきか、親戚で通すべきなのか。頭の中で思考が大混乱になった。
「でも名字違うじゃん」
「そ、それは…」
「しかも何で同じ学年で同じクラスなんだよ。んなの有り得ないだろうが」
「……普通はそうだよね」
下手なごまかしは通用しない。直感的にそう理解。なので去年のクラスメート達にもバレるのを覚悟で真相を語り始めた。
「え~と、実は僕達は双子でして…」
「はぁ?」
今までの経緯を簡潔に話す。親の離婚で別々に育てられ、知り合ったのは最近だという事を。周りの人達にはからかわれたくないから内緒にしている点も説明。鬼頭くんは半信半疑といった様子で耳を傾けていた。
「……それマジ?」
「本当だよ。誕生日も同じだし」
「じゃあ白鷺さんとは付き合ってないの?」
「もちろん。いつも一緒に登下校してるのは同じ家に住んでるからだね」
「そ、そっか」
彼が小さく返事をしながら頷く。ホウキを持つ手の動きを止めた状態で。
「なんかゴメンな。いろいろ疑っちまって」
「いや、平気平気」
「そういえばずっと喧嘩腰の態度で話しかけてたな。悪い」
「だ、大丈夫だから。謝らなくても良いよ」
どうやら今の叙説をすんなり受け入れてくれた様子。その素直な態度が少し意外だった。
「あ、華恋」
「へ?」
妹の話題で盛り上がっていると本人を見つける。鬼頭くんの肩越しにこちらに向かって歩いて来る姿を。
「終わった?」
「いや、まだ」
「もしかしてサボってたの?」
「ま、まぁ…」
昨日同様に迎えに来てくれたと理解。ただお喋りしていたせいで作業がまるで捗っていなかった。
「はぁ……ならもう今集めた分だけ回収しちゃいなよ。時間ないからさ」
「そだね。そうしようか」
視線をズラして鬼頭くんの方を見る。今の考えに同意してくれたのか黙ってチリトリを持ってきてくれる事に。
足元に僅かに溜まった木屑を素早く回収。更に丸山くんが1人で黙々と集めてくれたゴミも袋の中に入れた。
「ごめん。これお願いしても良いかな?」
「あ、うん」
持っていた竹ぼうきを丸山くんに預けると歩き出す。彼を除いた3人で。
「やっぱり似てるかな。2人」
「そう?」
集積所にゴミ袋を入れた後は清掃場所を退散。その途中で鬼頭くんが顔を覗き込みながら話しかけてきた。
「え? な、何が?」
「実は僕達が双子だってバラしちゃったんだよ。鬼頭くんに」
「えぇえぇえーーっ!?」
数分前の出来事を素直に暴露する。直後に驚いた華恋の叫び声が反いた。
「なんとなくそういう空気になっちゃって」
「ぐっ…」
「ダメ……でしたか?」
「……別に」
彼女の態度が不機嫌に。口では平静を装っていたが怒っている心境は容易に察知できた。
「あの、他の人には内緒にしておいてね。この事は」
「分かってるって。俺、口は堅い方だから」
「ありがと…」
クラスの全員が初対面なら双子だとバラしても構わない。けれど1年前のクラスメート達には従兄妹だと説明している。辻褄が合わなくなるのでいつまで経っても打ち明けられないでいた。
「白鷺さんって去年転校して一時期いなかった時あるよね?」
「へ? あ、はい」
「やっぱり。隣のクラスに凄ぇ可愛い子がいるって噂になっててさ、でもまた転校したって聞いてショックだったんだよね」
「は、はぁ…」
鬼頭くんが上機嫌で喋りかける。先程までの寡黙キャラが別人のように。
彼の話によれば華恋が転校してきた事は隣のクラスでもかなり話題になったんだとか。特に男子生徒の中で。
「見た目通り優しそうな人だよね。白鷺さんって」
「あ、ありがとうございます」
「いやぁ、一緒のクラスになれて良かった」
「え? あの…」
「……ん」
遠慮がちに会話する2人を見ていて気付いた事があった。鬼頭くんが最初不機嫌だったのは恐らくコレが原因なんだろうと。
それは何の根拠も無い憶測でしかない。ただ華恋の双子の兄として当たっているという自信は大いにあった。
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