第4話 上辺と下心

 学校終わりの夕方。いつも通りに飲食店でバイトに勤しむ。


「先輩も好きなんですか? アクションゲーム」


「大好物だよ。1人でやったり妹とやったり」


「へぇ、楽しそうですね」


 すぐ隣には背の低い後輩が存在。お客さんが少ないので割と退屈だった。


「女の子なのにアクションゲームに精通してるなんて珍しいね。もっと繊細なジャンルを好みそうなのに」


「先輩の妹さんだってそうじゃないですか。女子だってやりますよ。それは偏見ってものです」


「いや、うちの場合は僕っていう男兄弟がいるからだよ。もし1人っ子だったならあの2人は興味を持たなかったと思う」


「私は1人っ子ですけどやりますよ?」


「だからそれが珍しいんだってば」


 普段、家でどんな過ごし方をしているかを語り合っていたらゲームの話題に。自分の好きなタイトルを挙げていったら意外にも彼女が食い付いてきたのだ。


「やっぱり変ですかね……女1人でゲームとか」


「別におかしくはないけど珍しいとは思うかな。ケータイゲームとかは皆やってそうだけど」


「アプリはクラスの友達もやってますね。でも私はテレビの大画面でやる方が好きなんですよ」


「気軽にやるのでなく本格的にやり込むタイプとみた」


 急に親近感が湧いてくる。趣味の近さを実感出来て。


「私の場合、楽しむ為っていうかストレス発散目的でやってますから」


「そ、そんなにフラストレーション溜まってるんだ…」


「そりゃあもう。学校やらここでメチャクチャに」


「……スイマセン」


 もしかしたら不甲斐ない同僚の就業態度を見てイラついているのかもしれない。表には出さないけれど内心はムカついているとか。


「どうして謝るんですか?」


「何となく…」


「悪いと思ってますか?」


「はい、思ってます」


「じゃあ、もう二度とやったらダメですよ」


「分かりました。もうやりません」


 頭を小刻みに上下に移動。許しを乞っていると鬼頭さんが口元に手を当ててクスクスと笑い出した。


「先輩、おっかしぃ。何にもしてないのに謝ってる」


「え? イライラの原因は僕じゃないの?」


「違いますよ。先輩に対してストレス感じてるなんて一言も言ってないじゃないですか」


「ま、まぁ」


「仮にそうだとしても本人の前で言ったりなんかしませんって」


「それもそうか…」


「やるならバレないようにやります。裏でコソコソと」


「……えぇ」


 彼女が大木に藁人形を打ち付けてる姿が思い浮かぶ。鉢巻きにロウソクを差して白装束に身を包んでいるイメージが。


「良いなぁ、一緒にゲームやってくれる兄弟がいて」


「でもよく言い争いするよ。どっちが風呂掃除するのかとかで」


「そういうのもひっくるめて羨ましいんです。私も先輩みたいな人と兄妹喧嘩してみたかったなぁ」


「ならうち来る? 一緒にゲームやれるよ」


「え? 良いんですか?」


「どうせ暇だしね。土日も1人で遊んでる事が多いし」


「ん~、なら今度の土曜日とかどうですか。先輩も確か休みですよね?」


「え? ま、まぁ」


 冗談半分で自宅に招待。しかし返ってきたのは意外にも好感触な反応だった。


「どこかでお昼ご飯食べてから行くから……先輩の家に行くのは正午過ぎになりますね」


「ほ、本当に来るの?」


「え? もしかして他に予定ありましたか?」


「いや、大丈夫」


 てっきり社交辞令での返答だと思っていたのに。どうやら本気らしい。


「何か持っていった方が良い物はありますか?」


「特には。ゲームならうちにもあるし」


「う~ん……手ブラってのも悪い気がするなぁ」


「別に気にしなくても」


「とりあえず駅で待ち合わせで良いですか?」


「そうだね。路線とか分かるかな?」


「大丈夫ですよ。最悪、アプリで調べるんで楽勝です」


 こうしてとんとん拍子にお客さんを招く事が決定。他校の生徒とプライベートで遊ぶ事になった。


「う~ん…」


 ただ1つだけ問題が浮き彫りに。華恋の存在。


 会話の流れで1人でゲームをプレイしてると語ったがそれは春休み前の話。今は自由に遊べる時間さえほとんど無かった。


 知り合いを家に連れてくるならちゃんと話を通しておかないといけない。帰ってから早速、一階の客間を訪れた。



「あのさ、土曜日って予定入ってるかな?」


「え? 何々、デートのお誘い?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど…」


 話し合い早々に出鼻を挫かれる。外出してくれるんじゃないかという期待はあっさりと打ち砕かれてしまった。


「はぁ…」


 また以前のようにバイトでもしていてくれたら良かったのに。2人揃って働いたら休みを合わせにくくなるからという理由で彼女はバイトしない宣言を出していた。


「土曜日に何かあるの?」


「どこかに出掛けてくれないかなぁと思って…」


「ん? どうして?」


「え~と、友達を家に招待する事になっちゃった」


「あら、珍しい。春休み中は一度も連れて来なかったのに」


「み、みんな忙しかったみたいなんだよね…」


「ふ~ん」


 本当は目の前にいる人物が邪魔だっただけ。かといってそんな言葉を口に出来るハズもなかった。


「い、良いかな?」


「良いんじゃない、いちいち私に許可とらなくても。ここアンタの家なんだし」


「……そうだね」


「新しいクラスの人?」


「まさか。まだほとんどのクラスメートの顔と名前も把握してないよ」


「なら前のクラスの人かな。私も知ってる人とか」


「いや、学校は別々。だから華恋があんまり知らない人」


 予想通りの展開を迎える。相手を調べる為の質疑応答が開始。


「つまりあの馬鹿じゃないのか…」


「颯太? 違うよ。そういえばまだこっちに帰って来た事言ってないよね?」


「当然じゃん。一生バラすつもりないし」


「ひっでぇ…」


「だってさ、最後にあんな別れ方しちゃったのよ? どの面下げて会えっていうのよ」


「颯太はそんな事気にしてないって。別の意味で気にしてたけど」


 あのビンタのせいで益々華恋にご執心に。ドM属性が覚醒してしまっていた。


「どっちにしろ顔は合わせたくないかな。罪悪感とか感じるもん」


「華恋にもそういう感情があったのか」


「何か言った?」


「いえいえ、何も言ってませんよ」


 慌てて口を塞ぐ。機嫌を損ねては通る話も通らなくなってしまうから。


「中学の時の友達?」


「いや、あのさ……前にショッピングセンターで会った子って覚えてる?」


「ん? 誰?」


「背が小さい子。これぐらいの…」


 伸ばした右手を肩と同じ高さに移動。頭一つ分小さい身長を示した。


「あぁ、あのバイト先の後輩って言ってた子か」


「そうそう」


「……ん? 連れて来るのって女の子なの?」


「まぁ…」


 空気が微妙に変化する。穏和な物から張り詰めた物へと。


「ダ、ダメ……ですかね」


「う~ん…」


 低い唸り声が発生。目を閉じた華恋が腕を組んで熟考を始めた。


「良いわよ」


「え!?」


「今週の土曜日なのよね? その女の子を連れて来るの?」


「そ、そうだよ。昼過ぎに駅まで迎えに行く予定」


「ふむ」


 反発を覚悟していると予想外の答えが返ってくる。まさかの来訪許可が。


「お昼とか用意しなくて良いのかな?」


「あぁ、いらないいらない。何か食べてから来るって言ってたから」


「そっか。なら晩御飯はどうしよう」


「夕方には帰るって言ってたし大丈夫。本当に何もしなくて良いよ」


「ん~、残念」


 彼女は妙にやる気満々だった。どうやら抱いていた不安は杞憂だったらしい。こうして無事に障害を乗り越える事に成功した。



「行ってきま~す」


 約束の土曜日を迎えると家を出る。太陽を垣間見る事が出来ないような曇り空の下に。


 両親は仕事で香織はお出掛け。華恋は自宅待機なので迎えに行くのは自分1人だった。


 鬼頭さんにも予め妹が1人加わる事を報告済み。彼女だって男と2人で遊ぶより女子がいてくれた方が気が楽だろうから。


「お?」


 駅に到着するとそれらしき人物を発見。まさかとは思いながらも小走りで駆け寄った。


「あ、先輩」


「早かったね。いつ着いたの?」


「たった今ですよ。ピッタリでしたね」


「そ、そうなんだ」


 彼女の口から真偽を疑いたくなるような発言が飛び出す。そのやり取りが恋人同士の待ち合わせみたいで照れくさくなった。


「お昼は食べてきたの?」


「はい。ラーメン屋さんで塩ラーメン食べてきました」


「ひ、1人でラーメン屋に行ったの?」


「そうですよ。何かおかしいですか?」


「いや、特には…」


 女子高生が単独で男性の溜まり場に突撃する。その光景をイメージしてみたがシュールでしかない。


「私、よく行きますよ。牛丼屋とか」


「へぇ」


「親が共働きなので家に1人でいる事が多いんです。だからフラフラ~っと近所のお店に足を運んだり」


「僕と同じだ。うちも両親が共働きだからコンビニ弁当とか多いや」


「自分でいろいろ作れたら良いんですけどね。なにぶん料理は苦手なもので」


「それも一緒だ。自炊まったくしてない」


 料理が面倒くさいのでお金を多めに払ってでも作る手間を省きたいのが本音。ただうちには家事を万能にこなす世話好きがいたので助かっていた。


「じゃあ行こっか」


「はい。案内よろしくお願いします」


「こっちこっち」


 来た道を引き返すように歩き始める。バイト先でしか顔を合わせない子と地元にいる状況に違和感を覚えながら。


「ここから近いんですか?」


「近いよ。歩いて行ける距離」


「この辺りって静かですよね。落ち着いてるというか」


「うん。割と住みやすい街かな」


 いつも会話しているせいか女の子相手でもあまり緊張はしない。会話も途切れたりはせず常に喋り続けられた。


「今から会う妹さんって前に挨拶した人ですよね?」


「そうだよ。ショッピングセンターで隣にいた奴」


「綺麗な人でしたよね。大人っぽいというか」


「綺麗ねぇ…」


 外見で判断するならば美人なカテゴリーに入るのだろう。身内びいきではなく客観的な意見として。


 その美人の妹と腕を組んで歩いてた事を彼女は問い詰めてこなかった。見て見ぬフリをしてくれたらしい。こちらからわざわざその話題を切り出すわけにはいかないのでずっと不問になっていた。


「双子なんだから女装したら先輩も美人になるって事ですよね?」


「いや、まずしないから」


「私と顔を交換しませんか? 首から上を外して取り替えてみましょうよ」


「うえぇ…」


 その状況を想像してゾッとする。アニメならギャグで、実写映画ならグロテスクになるシーンを。


「鬼頭さんはそんな事しなくても可愛いから大丈夫だよ」


「む…」


「あ、えと…」


「……ん~」


 気分を変える為に話題を転換。しかしそれは和やかなムードを一変させる失言となった。


「あの……その呼び方変えてもらっても良いですか?」


「え? 呼び方?」


「名字で呼ぶのです」


「名字…」


 後悔の念に駆られていると別の指摘が入る。呼称の問題が。


「私、自分の名前あまり好きじゃないんですよ。怖そうなイメージあるし」


「あぁ、なるほど」


「だからその呼び方されるの本当に嫌で……両親には申し訳ないんですけど、違う名字が良かったっていうか」


「それはなんとなく分かる気がする」


 初めてバイト先で鬼頭さんの名前を耳にした時、どんな強面な人なんだろうと想像した覚えがあった。だが実際に対面したら背の小さな女の子で拍子抜け。イメージとのギャップに驚かされただけだった。


「周りにもからかわれたりするんですよ。喧嘩が強そうとか」


「男ならともかく、女の子相手にそれは可哀想かな」


「あと中学の時はクラス委員やらされました。名前が頼もしそうだからという理由で」


「あはは、それは不運だったね」


 思わず吹き出してしまう。本人には失礼だと分かっていながらもそのやり取りを想像したら笑わずにはいられない。


「しかも先輩、年上なのにいつまで経ってもさん付けだし」


「ダ、ダメっすか?」


「もし自分が慕っている目上の人に敬語を使われ続けたらどうですか? 瑞穂さんとか」


「あぁ、距離を置かれてるみたいで嫌だ…」


「ほらね」


「う~ん、でもなぁ…」


 呼び捨てが出来ないのは無礼な振る舞いをしたくないだけ。何より羞恥心が原因だった。


「ちなみに鬼頭さんのフルネームって何だっけ?」


「え? それ本気で言ってます?」


「え、え~と…」


「うわぁ、ショックだわぁ……プロフィールに登録してあるハズなのに」


「ごめん。あんまり見てなかった」


 メッセージをやり取りする時も確認するのは文章の中身だけ。人にはあまり興味が無いので個人情報を閲覧する機会がほとんど無かった。


「これですよ、これ」


「……やさ、な」


「それマジボケですか?」


「あ、ゴメン。ゆうな……かな?」


 彼女がケータイの画面を見せ付けてくる。そこには微妙に可愛くないウサギのイラストと共に鬼頭優奈ゆうなという文字が記されていた。


「そう言われたらこんな名前だった気がする」


「これからはちゃんと覚えておいてくださいね」


「んと、つまり優奈さんとお呼びすればよろしいのかしら?」


「どうぞ。私に赤井さんと呼ばれたければご自由に」


「す、すいません…」


 人との距離の取り方は難しいんだと痛感する。しかもそれを年下に教えられるという情けない姿まで露呈。


「ここが先輩の家ですか」


「そう、先輩の家です」


 日常的な会話を交わしていると目的地に到着した。数十分前に出発した我が家に。


「おかえりなさいませ」


「おわっ!?」


 鍵が開きっぱなしの扉を開けて中へと入る。その瞬間に有り得ない物が視界に飛び込んできた。


「お疲れ様でした。お迎えご苦労様です」


「……な、何やってんの」


「何って、いつも通りの出迎えじゃないですか」


「はぁ?」


 廊下にいた華恋が挨拶を飛ばしてくる。何故か足拭きマットに正座した状態で。


「どうしたんですか?」


「いや、何でもないから」


「ん?」


 戸惑っているとすぐ後ろから後輩が接近。咄嗟に腕を伸ばして彼女の視線を遮った。


「あっ、アナタがお兄様の御友人の方ですね。ようこそいらっしゃいました」


「ど、ども…」


「雅人お兄様の妹です」


「はぁ…」


 けれど奮闘も空しく間に合わず。互いに存在を認識した2人が頭を下げ合った。片方は困惑気味で、もう片方は満面の笑みを浮かべながら。


「……お兄様」


 意味が分からない。突然のハプニングも妹の愚行も。


「あの……とりあえず上がって」


「お、お邪魔します」


「えっと、コレが僕の妹で名前は…」


「以前お会いしましたよね? 覚えてらっしゃらないかもしれませんが。では改めて自己紹介させてもらいますね」


 いつまでも無言でいる訳にはいかないので簡単に紹介する事に。だがその言葉を遮って本人が喋り出した。


「白鷺華恋と申します。名字は違いますが、ここにいる雅人お兄様の妹です」


「華恋…」


「よろしくお願い致しますね?」


「こちらこそ……よろしくお願いします」


 華恋がにこやかな笑顔を浮かべる。事情を知っている人間からしたら気持ち悪いとさえ思える表情を。


「この子はバイト先の知り合いで名前は、き……優奈ちゃん」


「ふむふむ」


「歳は僕達の1個下だから」


「なるほど。年下の方なんですね」


 彼女達の間に立って中継ぎを開始。異質なシチュエーションを前に後輩は戸惑っていた。


「そこにいると中に入れないんだけど」


「あ、ごめんなさい。私とした事が」


 スニーカーを脱ぎながら廊下に上がる。進路妨害している邪魔者に動くよう促して。


「こちらです。どうぞ」


「は、はい」


「靴はそこで脱いでから上がってきてくださいね」


「分かりました…」


「そんなのいちいち言わなくても良いから」


 空気が微妙に気まずい。原因がハッキリしているが対処の仕様がなかった。


「喉乾いてらっしゃいますよね。何かお飲みになりますか?」


「いえ、大丈夫です。そんなに気を遣ってもらわなくても平気ですよ」


「遠慮なんかなさらなくても。紅茶かコーヒーならどちらが良いですか?」


「え~っと…」


 3人で並んで歩くとリビングにやって来る。いつの間にか隅々まで整頓されていた空間に。


「お茶で良いよ、お茶で。烏龍茶あったよね?」


「はい、ありますよ。お兄様もお茶で良いんですか?」


「良いよ。このグラスに入れて持っていこう」


「あっ、私が持って行きますからお兄様は先に座ってらしてください」


「……分かった」


 不可思議な状況に疑問が止まらない。今更ながらに今回の提案を後悔していた。


「はい、お待たせしました」


「あ、ありがとうございます」


 一足先にソファに座って寛ぐ。しばらくするとお盆を持った華恋も登場。


「ストローは使いますか?」


「いえ、大丈夫です」


「お茶なんだからいらないでしょ…」


「あっ、いっけな~い」


「ぐっ…」


 テーブルに3つのグラスが並べられた。その直後に妹が頭に拳を当てる仕草を披露。舌をペロリと出した表情に一瞬だけ殺意が湧いた。


「先輩の家、綺麗ですね」


「そうかな。普通だと思うけど」


「いえ、かなり片付いてますよ。友達の部屋とかヌイグルミだらけですから」


「あ~、妹のベッドとかそんな感じかも」


 それからは普通の日常会話を交わす。おかしかった一連の流れを軌道修正するように。


「優奈ちゃんの家も物多いの?」


「うちはあんまり。両親が物を欲しがらないタイプなのでサッパリしています」


「ふ~ん、そうなんだ」


「あっ、でも私の部屋は散らかってますよ。いろいろ物で溢れてます」


「ヌイグルミとか?」


「そうですね。ゲームセンターで取った景品とかたくさん」


「へぇ、ゲーセン行くんだ」


 グラスに注がれた烏龍茶を口の中に投入。キンキンに冷えていて乾いた喉に染み込んでいった。


「そろそろゲームやる?」


「はい、やりましょう」


 一段落した所で本来の目的を実行する。箱からゲーム機を取り出してコードを繋いでいった。


「私もやって良いですか?」


「あ~、これ最大2人用だからどうしよう」


「……ダメですか」


「ダメっていうか、3人では出来ないっていうか」


「ダメ……ですか」


 やり取りの最中に華恋が割り込んでくる。何かを訴えかけるような目つきで。


「……3人で交代しながらやろう。1回ずつローテーションで」


「わ~い」


「はぁ…」


 やむを得ず妥協する事に。元々一緒に遊ぶ約束をしていたから仕方ないだろう。何よりいつもみたいな喧嘩越しの態度を見られたらお客さんの心証が悪くなる可能性があった。


「じゃあ、まずは…」


「先輩達、先にやってください。私、見てますから」


「え? でも」


「あの……お手洗い借りちゃっても良いですか?」


「あっ、そっち入った所にあるよ」


「すいません。お借りしますね」


 配線を完了させると後ろに振り向く。同時に優奈ちゃんがスカートを押さえながら廊下の奥へと移動。気を遣って行動してくれたのは聞かなくても分かった。


「……で、これどういう事?」


 トイレのドアが閉まる音を確認して声をかける。人への配慮より己の欲を優先させてしまっている人物に。


「何がです?」


「ごまかさないでよ。分かってるでしょ?」


「ぜ~んぜん分かりません」


「その喋り方だよ! 何なのさ、それっ!」


「はい?」


「……っと」


 ついカッとなって声を荒げてしまった。勢い良く立ち上がって。


「この喋り方がおかしいですか? 普段通りですけど」


「いつもはもっと荒々しい口調じゃん。アンタ~とか」


「やだ、お兄様ったら。いつ私がそんな喋り方をしたって言うんですか」


「……とぼけるつもりかい」


 彼女が口元に手を当ててクスクスと笑いだす。せっかく2人きりになったタイミングで話しかけたのに。


 これはいくら問いただした所で正直に白状する気なんか無いのだろう。猫被りモードに入っていた。


「やってますか?」


「あ、うん。これ終わったら交代するから待っててね」


「頑張ってください」


 敬語の件は不問にしてゲームを手をつける。しばらくするとトイレから戻ってきた後輩も合流。


「はい、次やっていいよ」


「ありがとうございます」


 ステージをクリアした後はコントローラーを手渡した。隣に座る女の子に。


「はい、お兄様」


「え? いや、いいよ。華恋がやりなって」


「大丈夫です。私はお兄様がプレイしてる姿を見ていますから」


「……そうですか」


 しかし自分の前に別のコントローラーが登場する。一緒にプレイしていた相方が差し出してきたので。


「んっ、んっ」


 ステージやキャラクターを選択してゲームをスタート。普段やり込んでいると言っていただけあって優奈ちゃんはかなりの上級者だった。


 ただ集中し過ぎているのかついつい声が漏れてしまってる。ゲームより彼女の声に意識が奪われた。


「あの、お茶のおかわり要りますか?」


「あ、うん。お願い」


「わかりました」


 横から華恋が声をかけてくる。用事を頼むと彼女がグラスを回収してキッチンに向かった。


「サンキュー」


「はい、お兄様」


「え?」


「あ~ん」


「んぐっ!?」


 まだプレイ中なので画面から目が離せない。前を向いたまま礼を告げると口元に違和感が発生した。


「な、何するのさっ!」


「あっ、ごめんなさい。喉が乾いてると思ったからつい」


「……飲みたい時は自分のペースで飲むから」


「本当にごめんなさい…」


 咄嗟に大声で怒鳴り散らす。グラスを振り払いながら。


「はぁ…」


 説教してやりたいが出来ない。状況か状況なので。目は合わせないようにしていたが隣にいる後輩がギョッとしたような顔付きでこちらを見ているのが確認出来た。


「はい、交代」


「ありがとうございます。華恋、頑張るから見ていてくださいね?」


「はいはい…」


 ステージをクリアすると妹にコントローラーを返す。呆れる態度を前面に押し出しながら。


 切り替わった画面の中で女性陣がそれぞれ使用キャラを選択。広大な大地に飛び出していった。


「ふ~ん…」


 即席のコンビだったが普段やっているだけあって彼女達の息はピッタリ。まるでお互いの心を読みあっているような連携を披露。


 てっきり客人に喧嘩を売って邪魔するんじゃないかと予想していたがその心配は不要らしい。もしかしたら純粋に一緒に遊びたかっただけなのかもしれない。


「ふむ…」


 以前に3人でショッピングセンターで鉢合わせした時の事を思い出す。腕を組んでいる現場を見られ恋人と間違われてしまった時のやり取りを。


 恐らくその時の事がキッカケで華恋の中での優奈ちゃんの印象が格段に高い位置に設定されているのだろう。だとしたらこうして女の子を家に招き入れる事に反対しなかったのも頷けた。


「お?」


 意識をテレビ画面に戻すと2人がステージのボスを撃破。一度も全滅する事なくクリアしていた。


「ふぅ、倒せた」


「お疲れ様でした」


 彼女達がお互いに頭を下げる。労いの言葉をかけながら。


「じゃあ次は先輩と妹さんの番ですね」


「いや、やりたかったらやってても良いよ。見てるだけだと退屈でしょ?」


「そういう訳にはいきません。私だけやり続けるとか、そんなのダメです」


 後輩に続投を助言。けれどその発言はアッサリと突き返されてしまった。


「あっ、なら私がお兄様と交代しますよ」


「え?」


「はい、どうぞ」


「いや、2つもいらないから」


 躊躇っていると今度は反対側からもコントローラーを差し出される。対抗心むき出しの態度と共に。


「優奈さんはこのまま続けてくれて構いません。私がお兄様と交代しますので」


「いえ、そんな……それじゃあアナタに悪すぎますよ」


「いえいえ、そんな…」


 自分を挟んで2人が軽い口論を展開。誰も得をしていない攻防戦を始めてしまった。


「やっぱり最初の順番通りやろう。優奈ちゃんのコントローラーを使わせてもらおうかな」


 事態を収集する為に間に割って入る。左側から差し出されていた黒い物体を受け取った。


「これで良いよね?」


「……えぇ~」


「僕と一緒にプレイするのがそんなに嫌なの?」


「いえいえ、そんな! お兄様と一緒に出来るとか余りある幸せです」


 隣から垂れ流される文句を理屈で封殺する。得意気な気分に浸りながら。


 それから3人で交代しながらゲームに没頭した。飽きてきたら違うゲームにチェンジ。また飽きたらチェンジ。だが3時間も過ぎた頃にはゲーム自体に飽きてしまった。


「なんか疲れちゃったね」


「そうですね。交代しながらとはいえ、ノンストップでやり続けてますから」


「ちょっと休憩しよっか」


「はい」


 手の動きを止めて小休止する。ほとんど空になったグラスに手をかけて。


「いつもこんなに長時間やってるんですか?」


「ん~、どうだろ」


 後輩からの質問に対して視線を反対側に移動。華恋に意見を求めた。


「普段はそこまで長くやりません。せいぜい2時間ぐらいですね」


「へぇ、そうなんですか」


「うちってテレビはこの1台しかないからさ。家族がいない時しかゲーム出来ないんだよね」


「先輩の部屋にはテレビないんですか?」


「無いよ。欲しいとは思ってるけど」


 友人宅には結構な頻度であるので憧れた事はある。ただ値段が値段なのでねだったりはしていない。


 ちなみにテレビが1台しかないのは母親の方針。食後に寛ぐ時間ぐらいは家族で一緒に過ごしたいという考えからだった。


「欲しいならお金貯めて買えば良いじゃないですか。バイトしてるんだし」


「あっ、そっか」


「先輩の部屋って二階にあるんですか?」


「そうだよ。行ってみる?」


「え?」


「い、いや……まぁ冗談なんだけどね」


 調子に乗って攻める発言をしてしまう。面白い物なんか何も無い無音空間に連れて行ってどうするというのか。アルバムを見せるような間柄でもないのに。


「先輩の部屋って何があるんでしょう」


「え~っと、ベッドと机と本棚と…」


「漫画もそこにあるんですか?」


「そうだよ。200冊ぐらい持ってるかな」


「おぉ~」


「へへへ…」


「なら少しだけ見せてもらって良いですか?」


「ん? 良いよ良いよ」


 どうごまかそうか考えていると彼女の方から提案を受諾。床に手を突いて勢いよく立ち上がった。


「一緒に行くでしょ?」


「はい。お供させていただきます」


 隣にいた華恋にも声をかける。むしろこの状況では同行してほしかった。部屋に女の子と2人きりとか恥ずかしすぎるから。


 3人で階段を上り二階へ。途中、優奈ちゃんだと思って話しかけたら華恋だったというミスが発生。2人に声を出して笑われてしまった。


「どうぞどうぞ。狭苦しい所ですが」


「……お邪魔しまぁす」


 ドアを開けて中へと入る。こうなる事を予め想定していつもより綺麗に整頓しておいたプライベート空間に。


「案外スッキリしてますね」


「そうかな。こんなものだと思うけど」


「必要な物しか置いてないんですね、ふ~ん」


「いや、けど男がヌイグルミとかたくさん持ってたら嫌じゃない?」


「にしてもスッキリしすぎてますよ。アイドルのポスターでも飾ってあるのかと予想してたのに」


「あ~、そういえばそういうの貼った事ないや」


 壁に存在しているのは月替わりのカレンダーのみ。他は窓しかなかった。


「先輩ってアイドルとか興味ない人ですか?」


「どうだろ。テレビで見るぐらいかな」


「もしや隠して楽しむタイプとか?」


「別にそういう訳じゃないけど…」


 今まで芸能人やらタレントに夢中になった覚えがない。せいぜい香織とテレビを見ながら誰が一番可愛いかと語り合うレベル。


「お兄様は私に夢中ですもんね?」


「……やめてくれ」


 ナチュラルアピールをしていると華恋が会話に割り込んできた。場違いな発言を付け加えて。


「やっぱり私とは持ってる漫画が違いますね。ほとんど読んだ事がない作品です」


「基本的に少年漫画ばかりだからね。優奈ちゃんってどんなの読むの?」


「私は少女漫画ばっかりです。小学生の時からずっと」


「ならジャンル被らないか。語り合えそうな作品は無いかもね」


「そうですね。あっ、でもこれなら映画を見た事ありますよ」


 本棚に近付いて物色を始める。途中で後輩が屈んで1冊の単行本を取り出した。


「あぁ、確か2年前に実写でやったね」


「はい。友達の付き添いで見に行ったけど面白かったです」


「そうなんだ。僕は見てないや」


「実写化は反対派ですか?」


「いや、そういう訳ではないんだけどね」


 思わず否定してしまったが実はその通り。今では気にしていないが当時は好きな漫画の三次元化には大反対。だからこの作品の映画が公開された時も『絶対に見に行くものか』と意固地になっていた。


「ん~、あとは知らない作品ばかりです。タイトルは聞いた事あるんですが」


「こういうの興味ないかな?」


「いえ、ありますよ。ただ読むキッカケが無かったっていうか」


「なら貸してあげよっか? 気になるの適当に持っていって良いよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


 思い付いた提案に彼女が喜びながら返事をしてくれる。親切心だけではなく、また家に来てもらいたいという卑しい下心込みの意見を。


「でも借りちゃって良いんですか? 先輩困りませんか?」


「全然。だってここに先客がいるから」


「……あはは」


「あっ、そうなんですか」


「勝手に部屋に入って無断で持っていくよ。しかもしょっちゅう」


「な、仲良いんですね…」


 隣に立っていた妹の顔を指差した。一連の奇行に対する仕返し目的で。


「でもお兄様も私の部屋に勝手に入ったりしてるから、おあいこですよね?」


「はぁ? いつ?」


「この前タンス開けて私の下着を漁ってたじゃないですか」


「……ちょっ!?」


 口と鼻から液体を放出。慌てて服の袖で拭った。


「と、突然なんて事を言い出すのさ!」


「え? 言ったらマズかったですか?」


「マズいよ……じゃなくて嘘つかないでよ!」


「嘘じゃありません。ちゃんとこの目で見ました」


「こんのっ…」


 彼女の口を塞ごうと手を伸ばす。しかし途中で停止。今は身内同士で争っている場合ではない。


「あの、これ嘘だから」


「は、はぁ…」


「普通に考えて妹の下着盗むわけないよね」


「……ん」


「あはは…」


 乾いた笑いで場の雰囲気を破壊。だが目の前の人物は視線を外すと黙って俯いてしまった。


「え、えと…」


 期待外れのリアクションが返ってくる。予想では苦笑しながらも理解してくれるハズだったのに。それはまるで信じてしまっているかのような反応だった。


「別に隠さなくても良いじゃないですか。私は全然気にしてませんよ?」


「……君はちょっと黙っていようか。少し静かにしててね」


「そんなに見たいんだったら言ってくれれば良いのに。いつも一緒にお風呂入ってるんだから」


「ちょっ…」


「お兄様になら下着姿を見られても平気ですよ。な、なんなら外した姿でも…」


「……なっ!?」


 華恋が両手を顔に当てながら頬を赤らめる。それが計算しての行動だとすぐに理解。


 けれどここにいる後輩はそうはいかない。妹の素性を知らないのだから目の前で起こる出来事をそのまま受け入れるしかなかった。


 それに彼女には華恋の主張を鵜呑みにしてしまう理由がある。以前に腕を組んで歩いてる姿を目撃してしまっているからだ。


「一体いつ一緒に入浴したって言うんだよ。優奈ちゃんがドン引きしてるじゃないか!」


「毎日寝る時も一緒じゃないですか。お兄様が1人じゃ淋しいって言うから」


「嘘をつかないでって。そんな事言った覚えないし!」


「でも私の事好きって言ってくれましたよね?」


「そ、それは…」


 反論する言葉が詰まる。思わぬ意見を出されてしまったせいで。


「言ってくれましたよね?」


「……言った事はあるかもしれないけどさ、今は関係ないじゃん」


「もしかして嘘だったんですか?」


「う、嘘じゃないよ! 嘘じゃない。ただ今はそういう話するのやめようよ」


「お兄様は……華恋の事が嫌いなんですか」


「ぐっ…」


 説教して終わり。そのつもりだった。なのに責め立てる事が出来ない。別れ際に泣いていた彼女の姿が脳裏に浮かんできてしまったから。


「嫌いじゃないよ。だからそんな顔しないで…」


「……本当?」


「本当だって。嫌いになるなんて有り得ない」


「へへへ…」


 素直な心情を打ち明ける。しんみりとした空気感の中で。


「あの、ゴメンね。変なとこ見せちゃって」


「い、いえっ! 気にしないでください。私は大丈夫ですから」


「コイツ、ちょっと変わってるんだよ。いつもはもっと普通なんだけどさ」


「そ、そうなんですか…」


「優奈ちゃんがいて緊張してるのかも。シャイなんだよね」


 場を鎮めた後は言い訳を展開。戸惑っている後輩のフォローに回った。


「ん?」


 頭の中で都合のいい理由を模索していると背後から何かが聞こえてくる。ガサガサという物を漁っている音が。


「ちょ……何してるのさ!」


 振り返った先には床に膝を突いている華恋が存在。彼女は本棚の裏を覗き込みながら手を伸ばしていた。


「見てください、優奈さん!」


「はい?」


「私はお兄様がこういう本を隠してる事も把握しているんですよ」


「ひいいいぃぃっ!!」


 そのまま1冊の雑誌を取り出す。妹の秘密という文字と共にブルマ姿の女性が表紙のアダルト本を。


「うぉおぉっ…」


 ずっとおかしいとは思っていた。女の子と仲良くしているのに文句の1つも言ってこないなんて。


 お客さんと仲良くする為と考えていたがそうじゃない。彼女の目的は関係の破壊。あること無いこと吹聴してブチ壊しにしてやろうと目論んでいただけだった。


「も~、お兄様ったらこんな物に欲情しなくても。言ってくれたら私のをお見せしますのに」


「このっ…」


「お兄様に胸を触られた日の出来事は今でも忘れません…」


 華恋が再び頬を紅潮させる。悪びれる様子のない表情で。


「……で」


「ん?」


「出てけえぇぇーーっ!!」


 拳を震わせると大声で叫んだ。強制的な退出命令を。



「……じゃあ、お邪魔しました」


「う、うん。何かいろいろゴメンね」


「い、いえっ…」


 夕方になると家の外に出る。お客さんを見送る為に。


 玄関先にいるのは自分と後輩だけ。悪ガキは部屋から追い出して客間に閉じ込めておいた。


「あの……本当にこれ借りてっちゃっても良いんですか?」


「あぁ、うん。良いよ良いよ。読んだら店にでも持って来てくれたら良いから」


「わっかりました」


 当初の予定とは違う返却方法を勧める。自宅には二度と招待出来なくなってしまったので。


「また一緒に遊びましょうね」


「え?」


「それでは」


「あ……気をつけて」


 挨拶を済ませると彼女が振り向いて歩き出した。重そうな紙袋を携えながら。


「はぁ…」


 親しくなるハズだったのに。これでは余計な誤解を招いてしまっただけ。


 夕焼け空の下で盛大な溜め息をつく。駅に向かって消えていくシルエットを見守りながら立ち尽くしていた。

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