十七 指輪

 食事を終え、寛いだあと、架威と薙癒を紙に戻し、遥季と陽翔、そして悠依の3人による報告会のようなものが始まった。


「それで、藜のところはどうだった?」

「あぁ、藜さんは置いといて、黎羽様は優しかった。特に悠依にな」


 そして遥季は黎羽に教えられた昔のこと、これから起こるであろうこと、それを止めるのは悠依だということ、などを話した。


「そうか……。黎羽様に気に入られたなら大丈夫だね」

「そうなんですか?」


(そんなに気難しい人なのかな? 確かに怖そうな人ではあったけど……)


 悠依の気持ちを知ってか知らずか、陽翔は苦笑して答えた。


「うん。 地元の社から話しかけてくれ、って言われたんでしょ? なら大丈夫だよ、面倒くさがりの黎羽様は気に入った人のためにしか動かないからね」


 遥季と悠依は驚いた。


「黎羽様って面倒くさがりなのか!?」

「全然見えなかったんですけど!」

「幽羽様があっちに行ってからは少しマシになったけど……。まだ面倒くさがりだよ? いっつも苦労してるんだから……」


 その陽翔の言葉に、遥季が口を開いた。


「――なあ、結局兄貴って何の仕事してんだ?」

「だから、学園の上の方の仕事だって言ってるだろ?」

「それは知ってんだよ! 詳しく教えろって言ってんの!!」


 遥季の剣幕に陽翔は驚いた。遥季がこんなに強く陽翔に言ったのはこれが初めてだったのだ。


「まあ、落ち着け遥季。悠依ちゃん、怖がってるぞ」


 陽翔の口から出た“悠依”という名前に遥季は我に返った。


「……悪い、つい」 

「大丈夫だよ、ちょっとびっくりした……」


 3人の間に重い沈黙が流れた。数分後、ぽつりぽつりと陽翔が話し出した。


「――そろそろ言わなければ、とは思っていたんだ」

「え?」

「いい? 2人とも。これから話すことは誰にも言っちゃダメだよ。今まで通り、“学園の上の方”ってことにしておいて」


 その言葉に2人は黙って頷いた。


「じゃあこれから説明するよ、僕の、本当の仕事について……。学園の上の方っていうのも間違いではないんだけど、正確に言うと僕は“学園とは別の”学園長直属の部下。仕事は守秘義務があるから言えないんだけど……。まあ、神様と学園長の仲介役とかそんな感じと考えてもらえれば良いよ」


 笑顔で軽く言った陽翔とは対照的に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている遥季と悠依。


 そんな2人を見た陽翔は苦笑いしながら困った顔で言った。


「あーあ、だから言いたくなかったのに……。言っても分からないでしょ?」


 悠依はハッとして言った。


「で、でもすごいですね! 学園長の直属の部下なんて!」


 陽翔は困った顔をして答えた。


「そんなにすごいことじゃないよ、学園に勤務していれば誰でもなるチャンスはある。たまたま僕の力が学園長の目に留まっただけだからね」


 少しの静寂のあと、遥季が言った。


「じゃあ、この後に何が起こるかとか。昔何が起こったとか。色々知ってんの? 兄貴は」

「そりゃあそういうのが仕事だからね」

「――頼む、俺にも関わらせてくれ」


 陽翔は驚いた。


「え? 遥季。お前……」

「頼む兄貴、無茶なこと言ってるのは分かってる。自分でも何言ってんだって思ってる。だけど! 悠依のこと、少しでも支えたいんだ」


 遥季の言葉に悠依は驚いた。


「遥季?」

「俺はずっと前から悠依が好きだった。世界の危機がこいつにしか救えないなら、俺が悠依の負担を少しでも軽くしたいんだ。何が出来るかなんてわからないけど。お前のためならなんでもしたいんだ」


 突然の告白に悠依だけでなく、陽翔までもが固まっていた。静寂の後、咳払いをして陽翔は言った。


「えーっと、遥季? 告白するのはとても良いことだと思うんだけど……。ちゃんと悠依ちゃんの方を向いて言った方が良いんじゃない?」


 そう遥季は悠依に背を向けていたのである。


「まあそこはいいんだよ。また言うから。それで、答えは?」

「それは僕だけじゃ決められないからね。学園長に聞いてみるよ」

「わかった」

「それじゃあ遥季、僕は自分の部屋に戻るとするよ」

「ああ」

「じゃあおやすみ、悠依ちゃん」

「お、おやすみなさい!」


 陽翔は“上手くやれよ”と遥季に耳打ちして自室に戻って行った。悠依は真っ赤な顔で遥季を呼んだ。


「あ、あの、遥季……?」


 遥季は悠依の方を見ようともせず、ただ黙っていた。


「ねぇ、遥季。――何で、何も言わないの?」


(これは、意地でも話さないパターンですかね。はぁ、先に着替えちゃおうかな……)


 悠依が諦めて席を立った瞬間、後ろから遥季に抱きしめられた。


「は、遥……」


 悠依の言葉は遥季に遮られる。


「好きだ」

「遥季……」

「ずっと、ずっと前から好きだった。離れてからもずっと、一度も忘れたことはなかった。高校で会ってから昔より可愛くなってたし、何か危なっかしいし、でも相変わらず男嫌いだし、“俺が告白したら、怖がるだろうな”って何回も思ったけど、もう限界だ」


 そこまで言うと遥季は悠依を振り向かせ、続けた。


「好きだよ悠依。誰にも渡したくないくらい」


 間近に迫った、いつもとは違う真面目な目に悠依は視線を逸らせなくなっていた。悠依はそんな遥季からスッと眼を逸らした。


「……そんなこと、いきなり言われても。確かに遥季は他の人と違って嫌な感じしないけど……!?」


 遥季は悠依の頬に手を当て、至近距離に顔を近付けた。


「悠依? 本当にそう思ってるの?」


 悠依はジッと遥季を見つめた。


「も、もちろん」

「嘘だ。悠依、嘘つくとき瞬きしなくなる癖あるだろ」

「な、なんのことかなぁ?」

「――悠依。簡単なことだよ? 俺のことが嫌いなら嫌いと言えば良いだけのことだ。今じゃなくても良い。気が向いたら言ってくれたらいいんだ」


 頬から手が離されると、悠依はしゃがみこんだ。そして、上目遣いに遥季を見上げた。


「……私も好き、だよ。遥季は私の初恋だった」

「――そっか、よかった。で、なんでしゃがんでんの?」


 悠依は手で顔を覆ったまま首を横に振った。


「違うの! 顔真っ赤だから、今はダメなの! 収まってきたら立つから……!」

「そっか、でも、それを俺に言うのは間違ってないかな?」


 遥季はすばやく悠依の手をどけた。


「ちょっ! 遥季、ダメって言ったのに……」


 悠依は今にも泣きそうな声で言った。


「いいじゃん。可愛いよ、悠依。これからもよろしくな?」

「……うん」


 遥季は悠依を優しく抱きしめた。


「兄貴に色々教えてもらうから、悠依を守れるように。なにかあったら俺に言えよ。どんなことでもいいからさ」

「うん。遥季もなんかあったら言ってね? 私で力になれることなら何でもするから!」


 遥季は微笑み悠依の頭を撫でながら言う。


「お前はとりあえず男嫌いを少しは克服しろよ」

「……これでも頑張ってるんだよ? 話せるようになっただけマシ!」

「まぁ、話せるなら良いか。そうだ明日、どっか行きたい所あるか?」

「行きたい所かぁ……。特にないなぁ。遥季に任せるよ?」

「明日、兄貴の仕事について行こうかと思ってるんだ。もちろん、学園長の許可が下りたらだけど。だから明日は架威と薙癒と3人で行動して欲しい。いいか?」

「うん、分かった!」


 悠依はカバンから小さな箱を取り出し、遥季に手渡した。箱を開けるとそこには狐をモチーフにした指輪があった。


「これは?」

「遥季とペアで着けたいなぁって思って、お昼に行ったアクセサリーショップで買ったんだ。どうかな?」

「いいな! 良いデザインだし」


 遥季は早速着けた。


「じゃあそろそろ寝るか」

「そうだね。明日、早いんでしょ?」

「多分な」

「いってらっしゃい」

「早いって」

「おやすみ、悠依」

「遥季も、おやすみ」


 この日眠りについた2人の手にはお揃いの指輪が光っていた。

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