十六 お揃い

 黎羽の言ったとおり悠依の姿は鳥居をくぐった瞬間、普通の姿に戻った。


(よかった、戻ったみたい……!)


 遥季は歩きながら、横でホッとした様子の悠依に声をかけた。


「緊張したな。よく考えたら俺達、神様と会話したんだよな!」

「そうだね! なんか世界の危機とか言われてびっくりしたけど、お父さんが止めたことなら、私にもやれるはず……」


 遥季は笑顔で悠依に向き直った。


「そうだ、俺も兄貴も、黎羽様の言い方では学園も、お前を支えてくれる! 一人じゃないから、大丈夫だ。それに、いつかはまだわからないんだ、今は天曳を楽しもうぜ?」


 その笑顔につられ笑顔になった悠依は、携帯を取り出しつつ、言った。


「そうだね! どこ行こうか……? あっ!」

「ん? どうした?」


 突然大きな声を上げた悠依に、遥季は目を丸くした。


「そろそろ架威たち出していいんじゃない?」

「――別に2人でもいいだろ? それとも、俺と2人は嫌なのか?」


(遥季の後ろに犬耳が見える……! そんな可愛い顔して、負けないぞっ!)


 悠依はキュンキュンしている気持ちを抑え、遥季を説得した。


「そういうわけじゃないけど……、人数は多いほうが楽しいよ?」


 “ダメ?”と悠依が聞くと、遥季は“しょうがないな”と言いながら架威と薙癒を出した。


「話は終わったんですね、遥季」

「あ、狐じゃなくなってる」

「うるさいなぁ、私だって好きで狐になってるわけじゃないよ!」

「悠依ちゃん、どうだった? 何か情報は得られた?」

「はい、いろいろ!」


 答えた悠依だったが、なぜか薙癒の顔は晴れなかった。


 街を歩いていた4人は、とりあえず“興味のある店に片っ端から入っていく”、という結論に至った。

 そして悠依が「私ここ行きたい!」とアクセサリーショップを指差し、「お、ここいいな。俺も行ってくる」と言って架威も行ってしまったのだ。


(それにしても、俺たち4人に1万ずつお小遣いがくれるなんて、兄貴も甘いな)


 残された遥季は、相も変わらず暗い顔の薙癒に目をやった。


(珍しいな、こいつが顔に出るほど悩むなんて)


 見かねた遥季が薙癒に尋ねた。


「どうした薙癒?」

「遥季、なんで悠依ちゃん、敬語なんでしょう?」


 予想外の答えに遥季は目を丸くした。


(悩んでると思ったらそんなことか……。心配して損した)


「はぁ? そんなこと、本人にタメ口で話して、って言えば良いじゃねぇか」

「それが言えたらこんなに悩んでないです! 架威にはタメ口なのに、どうしてでしょう?」

「それはあれだろ? お前が年上に見えるんだよ」

「え!?」


 確かに、架威は見た目17歳くらいに見えるが、薙癒は少なくとも架威より上に見える。

 老けているとかではなく、大人っぽいのだ。


「そんな……」


 思いのほかショックを受けている薙癒を前に、遥季は何も言えなくなっていた。


「まあ、一応それとなく悠依には言ってみるから、あんま気にすんなよ?」

「はい……」


 そうこうしている間に、買い物に行っていた架威と悠依が戻ってきた。さっきまで悩んでいた薙癒は、真っ先に声をかけた。


「おかえりなさい、2人とも! どうだった?」

「いい感じでしたよ! 女性用とか男性用とかなくて、かわいいのとかかっこいいのとかいろいろありました!」

「そうなんだ! ん? 何を買ってきたの?」


 薙癒が聞くとハッとした顔をして言った。


「あ、そうでした! これ、遥季と薙癒さんに」


 そう言って悠依が見せたのは、ペンダントとブレスレット、それにイヤリングだった。


「どうしたんだ? これ」

「みんな同じデザイン?」


 キョトンとしている遥季と薙癒に悠依が話し出した。


「うん! 翼の生えた狐のお面のデザインが可愛くて。架威も気に入ってくれたみたいで指輪買ってたの! だから、4人でお揃いにしようかと思って……。嫌、かな?」

「いいな、それ。選んで良いのか?」

「うん!」


 悠依がそう答えると、遥季はペンダントを手に取り、早速つけはじめた。


「ありがとな、悠依」

「お礼を言うのは私の方だよ、いろいろ迷惑かけてごめんね……」

「気にすんな。俺が好きでやってるだけだし、迷惑なんて思ってないよ」

「ありがと……」


 遥季の言葉に胸が熱くなるのを感じながら、悠依は薙癒の方を向き、改まって言った。


「薙癒さんはどっちにします? ――あと、あの、これからはって呼んじゃダメですか? あと敬語もはずしたいな、なんて……」


 その言葉を聞いた薙癒は、とても嬉しそうな表情で間髪いれずに答えた。


「ぜひぜひ!」

「ありがと! それじゃあ薙癒、どれにする?」

「じゃあ私はこっちにしようかな!」


 そう言って薙癒が手に取ったのはイヤリングだった。


「ありがと、悠依ちゃん!」


 早速薙癒の耳につけられたイヤリングは、その長い髪にとても似合っていた。




 そのあとの4人は雑貨や服、本、などを見て回り、旅館へと戻ることになった。辺りはすっかり暗くなり、歩き疲れ、くたくたになった4人の間に会話はほとんどなかった。


 するとそんな4人の背後からクラクションを鳴らしながら一台の車が走ってきて、悠依たちの横に着くと止まり、窓が開いた。


 思わず身構えた4人とは異なり、車の中にいたのは穏やかな笑みを浮かべた陽翔だった。


「やぁ、遥季。今帰り?」

「あぁ、そうだよ。なんだ、兄貴か……」


 陽翔は苦笑いしながら言った。


「なに? 僕じゃダメだった?」


 遥季は首を横に振りながら言った。


「いや、兄貴でよかったって意味! この夜道にクラクション鳴らしながら来られたら誰でも怖がるって……」

「それはごめん、でもこんな遅くなるまで出歩いてるとは思わなかったからね。つい」


 陽翔の言う通り、街灯はあるが数メートル間隔に設置されているため、街灯と街灯の間は誰がどこにいるか見るのも怪しいほどの暗闇だ。


「すみません、こんなに遅くなる予定じゃなかったんですけど……。色々買い物してたんです! 服とか、アクセサリーとか……」


 そう言った悠依の手には紙袋やらなにやらの様々な袋があった。

 陽翔は楽しそうに話す悠依の方をチラッと見て、微笑んだ。


「そう、楽しそうでよかった。とりあえず、戻ろうか。みんな送るから車に乗って? あ、遥季は前ね」

「はぁ!? 何で俺が前なんだよ!」

「あ、そんなこと言うんだー、じゃあ遥季は置いていこうかなぁ?」


 遥季は慌てて「悪かったよ!」と言いながら車に乗った。

 そして旅館に着いた悠依たちが部屋の襖を開けると、そこには5人分の夜ご飯が既に用意されてあった。


「タイミングぴったりですね……?」

「あぁ、僕が連絡しておいたんだ」

「さすが兄貴! ん? 5つってことは兄貴も食べるのか?」

「うん、なに? なんか文句ある?」


 遥季は陽翔の出す何とも言いがたい威圧感に苦笑いして応えた。


「いや、久々だなーって思っただけ」

「じゃあ、お腹も空いた頃だろうし、早速食べようか」

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