十五 神様
「黎羽様、お連れしました」
藜の言葉に、障子の中から声が返ってきた。
「入れ」
「失礼します」
藜の後について、中に入った悠依の顔を一目見て黎羽は問うた。
「……おぬし、幽羽との関係は?」
黎羽の口から幽羽という名前がでて、悠依は動揺した。
「え、あ、えっと……。娘、です」
悠依が答えると感慨深そうな顔で「――そうか、幽羽の娘か」と呟いた。
「はい。あの、父とは……」
「あぁ、幽羽と私は世界に2人しかいない“妖狐の神”だ」
「え……。でも」
「――なんだ?」
「陽翔さんが“現世各地に社がある”と言っていたのでもっといるのかと……」
悠依の言葉に、黎羽は目を伏せ悲しげな表情を浮かべた。
「昔はもっといたんだがな。昔といってもおぬしらの生まれる何千年も前のことだ」
「そんなに前……」
「今はこっちの世を私が、おぬしらの言う現世を幽羽が守っている。――度々私もあちらにいくがな」
その言葉を聞いた悠依は、思わず身を乗り出した。
「現世に行くことは可能なんですか!?」
「あぁ、なんだ、おぬし知らなかったのか? 行こうと思えばおぬしも行けるはずだがな……」
このとき、悠依の頭にはある疑問が浮かんだ。
「――もし、現世に行けたとして、帰ってくることは可能ですか?」
「私は可能だ。……しかし、悠依といったか。おぬしはわからん。何せ、神の娘というのは私でさえはじめて見たからな」
「初めて……。ですか?」
「あぁ、神には結婚という概念が薄くてな。あまり結婚する神がいないのだ。――まあ、幽羽は昔からちょっと変わっていたからな」
黎羽は懐かしそうな顔をして、悠依を眺めながら言った。その表情をみた悠依はなぜか悲しくなった。
(悲しそうな顔……。嫌な予感がする)
「――今、父はどこにいるんでしょうか」
少し悩んだ黎羽だったが、ふぅ、と息をついて問うた。
「――そんなに知りたいか?」
そんな問いに悠依は即答した。
「はい」
「では話すとするか……」
藜が確認するように聞く。
「――よろしいのですか? 話してしまって」
「よい。……このまま帰る者たちでもない」
「――かしこまりました」
「悠依、遥季、これから話すことは陽翔には言ってあるが、他の者には全て他言無用で頼む」
「はい」
黎羽は神妙な顔をして話し出した。
「今から3千年位前のこと。突然のことだった……。各地にいた妖狐の神たちが次々と消されていったのだ。私や幽羽と同じ
「葵……さん」
悠依が呟くと今度は藜が話し出した。
「――葵は、一度こちらに来たときに捕らえられ、危ないところを助けられたことがあった。……助けたのは幽羽様の奥様、
藜はそこまで言うと黙り込み、また黎羽が話し出した。
「その影響は幽羽のお陰でなんとか治まったが、妖狐の神は私と幽羽だけになってしまった、というわけだ。――なにか質問はないか?」
悠依が緊張した面持ちで言った。
「……その虐殺の黒幕って、わかっているんですか?」
悠依の緊張なんて気にする様子もなく、なんだそんなことか、といった表情で黎羽は答えた。
「私や幽羽と同じ空狐だった
「黎羽様、そこまでに……」
藜は唇を噛み締め何かに耐えるような表情で言った。
「あぁ、すまなかった。 ――では、機密の方に移るとするか」
そう言った黎羽はまた一息ついてから話し出した。
「これまでの話は全てこちらとあちら、どちらの世界でも起こったことだ。しかし、これから話すことにあちらの世界はまったく関係はない。全てこちらの世界に関係のあることだ」
悠依と遥季は頷いた。
「では話そう。――現在、先程も言った犬榧はあちらの世界にいるが、そろそろ攻撃を仕掛けてくる頃かと思われる」
「え……?」
放心状態の2人に黎羽は呆れた表情で答えた。
「安心しろ、遥季。何のためにおぬしの兄が飛び回っていると思っておるのだ。それに、こっちにはこやつもいるではないか」
突然自分にふられた悠依は唖然としていた。
「え、なんのことですか? 私……?」
その言葉にこっちもか、と呟いた黎羽はまたも呆れた表情で言った。
「言ってなかったか? 前の犬榧の暴走を止め、大人しくさせたのは幽羽だぞ?」
「父が、ですか?」
「あぁ、だから今度はおぬしが止められるはずだ。白狐の姿になったということは時期が近づいたということであろう」
そこまで言うと、真っ青な顔でどうしよう……と繰り返し呟いている悠依に向かってこう続けた。
「なに、心配することはない。昔とは環境が違うのだ。今は陽翔たちもいる。必要となれば私も手を貸そう」
遥季も黎羽につづき、悠依を励ました。
「そうだぞ、悠依。俺じゃ役に立てないかも知れねぇけど、俺もいる! お前を支えるくらいのことは出来るから、心配するな」
「うん……!」
そうして、悠依と遥季は天狐神社を後にすることになった。
「いろいろ教えていただいてありがとうございました!」
「気にするな、。悠依、遥季。特に悠依、幽羽の娘のおぬしにはいくらでも手を貸そう。困ったことがあったらまた来るといい。もちろん、陽翔の弟、遥季もな。おぬしたちは、……星劉に住んでおるのか。星劉には、先程話した蓮華が守る社がある。社に向かって話せば私に通じるからな。蓮華には伝えておくから、なんかあったら行ってみるといい」
「はい、ありがとうございます!」
黎羽は笑顔でお礼を言った遥季の後ろ、暗い顔の悠依を見つけた。
「――悠依、白狐の姿はここのような妖狐の神を祀る神社などに来ないと出ないよう、封をしておいた。そこにある鳥居をくぐった瞬間、消え去るだろう。それと、星劉にいてもどこにいても、私の声を聞こえるようにしておいた。他に心配事はないか?」
黎羽がそう言うと、暗かった悠依の顔は徐々に晴れていき笑顔になった。
「は、はい! ありがとうございます!」
「礼はよい。 それより、用事があるのだろう? 早く行け」
「はい!」
黎羽に次ぎ、藜も言った。
「脅すようなことを言って悪かったな! また来いよ!」
「はい!」
藜と黎羽に別れを告げ、悠依と遥季は鳥居をくぐったのだった。
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