十四 神社

「本当にありがとうございます! 陽翔さん」

「いやいや、びっくりしたなぁ。いきなり学園長から電話掛かってきたと思ったら“悠依ちゃんの治し方教えるから早く帰りなさい”って言うんだもん。何事かと思ったよ」


 陽翔は柔らかな笑みを浮かべた。


「すみません……。迷惑を掛けてしまって」

「いいんだよ。それより、まさか悠依ちゃんのお父さんがだったとはね」

「あの……そのとは何なんですか?」

「あぁ、悠依ちゃんは分からないか。現世では、簡単にいうとという不確かな存在を奉っているんだよ。ジャンル的にはこっちでいう偶像崇拝とか個人崇拝に近いかな?」

「そうなんですか……」

「でも悠依ちゃんのお父さん、空狐くうこなんでしょ? ならかなり有名だよ。現世各地に社があるからね」

「そうなんですか!?」

「うん。良い神様だから何も心配要らないよ。胸張ってれば大丈夫」

「……はい!」


 陽翔の言葉に悠依はホッと胸をなでおろした。


「――なぁ、まとまったとこ悪いんだけど。混血人ウェイシェで、巫女の力持ってて、しかも狐の神って……。狙われないわけなくね?」

「――そうなんだよ、僕も考えてたんだ。でも狐ってことはまだ学園長しかばれてないだろ? なら大丈夫。あの人は口堅いから。あとの二つはお前が何とかするだろ?」


 そう言って、陽翔は遥季の肩をポンと叩いた。


「――当然! 悠依は俺が守る。」


 そのときトントンと襖を叩く音がして、カラッと開いた。


「失礼致します。お食事の用意が整いました」

「あ、はい!」


 そしてこの日は夕飯を食べ、そのまま眠りについたのだった。そして翌日の天曳2日目、朝食を食べ必要最低限のものを持った悠依と遥季は、へ向かった。


「着いたな」

「ここか?」

「どう? 悠依ちゃん。何か感じる?」

「いえ……。今のところは特に何も……」


 悠依たちが今いる場所は、天曳郊外にある、神社というにはあまりに小さい社の鳥居の前。

 ここは陽翔に教えられた“空狐”を祀る天曳唯一の神社、天狐あめこ神社である。


 陽翔は「幽羽さんは度々こっちに来ていて、そのときに悠依ちゃんのお母さんと出会ったんだよ。詳しいことが知りたいなら天狐神社に行ってみるといい。一応連絡はしておくから」と言っていた。


「本当にここに悠依の父さんを知る人がいるのか……」


 そう言って歩き出した遥季を追い、悠依が鳥居をくぐり少し経ったころ、悠依に異変が現れた。

 遥季は悠依より前を歩いていて、この異変に気がついていない。


(どうしよ……。言った方がいい、よね?)


 悠依は遥季を呼びとめた。


「は、遥季……」

「ん?」


 振り向いた遥季は、目を丸くした。


「は!? いつからだ!?」


 いつからだ、とはおそらくいつから狐になっていた、という意味だろう。


「鳥居をくぐった少し後、くらいから? どうしよう……」


 周りに人がいないことを確認した遥季は、ため息をついて言った。


「この神社の影響だろ。このまま行く。人もいないしな」

「わかったぁ……」


 応えた悠依だったが、「この格好……、恥ずかしいんだよな」と呟いた。


 少し歩き回った2人は、他の建物より大きな建物を見つけた。


「ここが、本堂?」

「そうみたいだな……すみませーん! どなたかいらっしゃいませんか!?」


 しかし、何も返ってはこない。


「留守か?」

「いや、兄貴は連絡しておくって言ったからな……。すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー?」

「――騒がしいな。何だ、お前ら?」


 社の中から出てきたのは30代前半くらいかと思われる和装の男性だった。


「あ、突然すみません! 俺たち、ここの神様に聞きたいことがあってきたんです」


 その言葉を聞いた男性の顔が渋くなった。


「――お前ら、何者だ」


 その手には扇を持っており、よく見るとその男の口元には牙、頭には角、背中には羽が生えていた。


「俺たち別に怪しい者じゃないんです! 兄から、蒼麻 陽翔から聞いてませんか?」


 その言葉に男は思い出したように言った。


「あ! お前が陽翔の弟か!」

「はい、蒼麻 遥季と言います。そして、」


 遥季の後ろに隠れていた悠依が出てきて、続けた。


「神月 悠依です」

「神月……?」


 一瞬、怪訝けげんそうな顔をした男性だったが、その表情はすぐに消えた。


「俺はこの社の主の補佐をしている鬼天狗のあかざだ。脅すようなことを言って悪かったな」

「あの、鬼天狗って……?」

「あぁ、俺は母親が鬼、父親が天狗の混血ウェイシェだ」

「そうなんですか……」

「今うちの主に聞いてくるから、ちょっと待ってろ」

「はい! ありがとうございます!」


 パタパタと遠ざかる足音を聞きながら、遥季と悠依はホッと息をついた。


「ふぅ、よかったな。とりあえずは」

「そうだね、でも。優しそうでよかった」


 その主のもとへと向かっていた藜は、迷っていた。


(神月ってことは、の関係、だよな。――とりあえず、判断を仰ぐか?)


「失礼します、黎羽れいは様」

「どうした? 藜、何かあったのか?」


 障子の向こうから返ってきた声に、藜は息をのんだ。


「来客です。――それも、幽羽様に関係する方かと」


 “幽羽”と名前が出た瞬間、黎羽の声色が変わった。


「幽羽だと?」

「はい」

「なぜ、ここに……」

「昨日お伝えした通り、陽翔の紹介だそうで、弟さんもいらっしゃいます」

「陽翔の弟……、遥季か」

「はい、どうなさいますか?」

「――よい。通せ」

「はい、かしこまりました」


 数十分後、藜は悠依たちのもとへ戻った。


「遅くなって悪かったな」

「あ、いえ。突然押しかけたのは我々ですから」

「主の許可が出た。ついて来い」


 藜の言葉に、2人の表情かおは明るくなった。


「はい! ありがとうございます!」

「それと、そこの白狐しろぎつね!」

「は、はい!」

「お前が俺のあとにつづけ」

「はい!」


 悠依たちを社の中へ招いた藜は、先程と同じ、障子の閉まっている部屋の前で止まった。

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