十 薬

(お父さんが異血人イ―シュエで私が混血人ウェイシェだったなんて……)


 そう考えながらボーっとしていると、突然誰かに押され、悠依は倒れてしまった。


「ちょっと、学園長になんてこと伝えてくれたの。後からって言われただけマシだけど、後から絶対怒られるじゃん」


 棗は静かに怒気を強めながら悠依を見下ろしていた。そんな棗を宥めたのはなずなだった。


「まぁまぁ落ち着いて、棗。そんなことしている暇はないわよ。よく考えて? 私がここにいるのよ?」

「――蒼麻が来る?」

「大正解。さぁ、急ぐわよ。――悠依、早く」

「え?」

「まずこれを飲んで、その後これに着替えて」

「え? え?」


 なずなに畳みかけるように話しかけられ、悠依は混乱していた。さらに手渡されたものにも混乱していた。


「え、ちょっと待って!? なにこれ!」


 悠依に手渡されたのは紫色のどろどろした飲むものではなさそうな液体と、とても丈が短いワンピースのようなものだった。


「いいからさぁ、早く飲んでくれない?」


痺れを切らした棗が自分の口に紫色の液体を含み、口移しで悠依に液体を飲ませ始めたのだ。それも一回や二回ではなく紫色の液体がなくなるまで何回も口移しで飲ませたのだ。


「ん! ん……! ――ぷはっ! はぁ……な、何するの! いきなり!」

「飲んでくれない君が悪いんだよ。大丈夫。これは感覚を鈍らせる薬。麻痺薬メイヤオと思ってくれれば良いよ」

麻痺薬メイヤオ?」


 そう言うと、悠依はガクンと座り込んでしまった。


「あ、あんたたち……な、何する気?」

「言ったじゃん。“検査”だよ。――さあ、まずは着替えようか?」

「やだ……、来ないで」


 ニヤニヤしながら近付いてくる棗と、自由に動かない体を何とか動かし必死に逃げようとする悠依。そしてついに棗が悠依の制服に手を掛け脱がせ始めたそのとき。


 ガラッと勢いよく扉があいた。


 そこには走ってきたのか息を切らせている遥季が居た。


「あ~もう来ちゃったの~? ――もう少し遅く来てくれてもよかったのに」


 そんな棗の言葉を無視し、遥季は話し出した。


「悠依を返せ」

「あれ? 僕のことは聞かないの?」

「お前が政府の名をかたって学園長に命令したのは知ってる。いいから返せ」

「――返さない、と言ったら?」

「……架威」


 遥季がそう呟くと煙とともに突然架威が現れた。


「いたか、遥季」

「あぁ。悠依を連れてすぐに俺の部屋に飛んでくれ」

「了解」


 架威はすばやく棗を蹴り悠依を抱き上げ、姿を消した。


「あーあ、逃げられちゃった。どうする? なずな」

「しょうがないでしょ。戻るわよ」

「はーい。――じゃあ、また今度、会おうね蒼麻」



 そう言ってなずなと棗の2人も姿を消した。





「ん……?」


 悠依が目を覚ますと何度目かの見慣れた天井が目に入った。


(――ここは、遥季の家?)


 その考えに行きついたそのとき、足元に軽い重みを感じた。


「あ、薙癒さん……?」

「ん……? あ、悠依ちゃん! 無事だったんですね! よかったぁ。おそらくだけどまだ立てないよね? そろそろも出てくる頃だし……」

「他の症状ってなんですか? この後どんな風になるんですか?」

「んー……、悠依ちゃんが飲まされたのは麻痺薬メイヤオの中でも刺激薬ガンジェって言って簡単に言うとになるんだ。例えば、手を触られるだけで痛みを感じたり、電流が走ってるみたいに感じるって感じに」

「そうなんですか……」

「まぁ、架威と遥季には効果が切れるまで会わない方が良いかなぁ?」

「なんでですか?」

「2人ともドSだから……。今の悠依ちゃんを見たらおそいかねないからね」

「え、」


(あり得る……)


 悠依は固まった、2人とも思い当たる節があったのだ。


「まぁ、冗談だよ。私はご飯作って、ちょっと外出てくるから安静にね」


 薙癒はそう言って部屋を出た。



 薙癒が去って3時間、悠依はベッドの上で困り果てていた。


(この部屋から出るなって言われてもなぁ。暇だ……。少しなら良いんじゃない? お腹も空いたなぁ……遥季も架威もいなそうだし……よし!)


 そう決めた悠依は部屋を出た。そこにはやはり誰もいなかった。


「やっぱり誰もいない! ん? あ、薙癒さん本当に作って行ってくれたんだ」


 悠依はテーブルの上に置かれた食事を食べ、片づけをした。


(お風呂入りたいなぁ。家戻っても大丈夫かな……? まだ大丈夫っぽいし、入っちゃおうかな)


 自分の部屋に戻ろうと玄関の扉を開け……ようとしたのだが、その扉は悠依の手によってではない誰かの手によって開けられた。


「ん? 悠依。なにしてんの、そんなとこで」

「もう大丈夫なのか?」


 そうそこに居たのは今一番会いたくない2人、架威と遥季だった。ひきつりそうな顔を抑えつつ、悠依は平静を装った。


「いや、別に? ちょっと自分の部屋に戻ろうかと思って」

「そっか、異常はないって薙癒が言ってたからな、大丈夫だと思うが、何かあったらまた来いよ?」

「うん! ありがとね、遥季!」


 そう言って遥季の部屋を出て自分の部屋に戻った悠依は、まずお風呂に入った。そしてお風呂から上がり着替え、部屋でくつろいでいると何かがおかしい。自分の体温が上がっているのだ。

 ―――いや、体温が上がるというよりは薬の効果が出てきた、というべきか。


(これは、ちょっとヤバイかも……)


 そう思った悠依だったが、もう声も出せなかった。そのとき、扉が開く音がした。


(あれ……私、鍵掛けなかったっけ?)


「悠依? 鍵開いてたから入ってきたけど……?」


(遥季!)


「悠依、寝てるのか? 夕飯一緒に食べないかなと思ったんだが……? 悠依?」


(夕飯? そんな時間か……)


 悠依は、遥季の言葉で知らない間に時間が経っていたことに気が付いた。


「ん……」

「大丈夫か! 悠依!」

「痛っ……!」

「悠依?」

「はぁ……。ごめん、遥季、何か薬、飲まされたらしくて、効果が……」

「薬?」

「ん」

「とりあえず俺の部屋に行こう、立てない……よな。悪いがちょっと触るぞ、悠依」

「痛っ……」

「悪い、ちょっと我慢してくれ……!」



 遥季は悠依を抱きかかえて、自分の部屋に向かった。

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