八 秘密

「で? 遥季。これから何をする気だ?」


 変化した状態で、架威が言った。変化した架威はいつもの架威よりもどこか大人に見え、悠依は気圧けおされた。


「とりあえず……耳、羽、尻尾の隠し方を教えてやってくれ」

「隠し方、っていってもなぁ」

「あるの!? 架威!」


 目を輝かせ、身を乗り出した悠依に少し驚きながらも架威は続けた。


「あ……あるけど、隠し方って程じゃない。俺の場合は式神だし、遥季が基本的に隠した状態にしといてくれてるからな」

「じゃあ、私このまま学校行かなきゃだめなの……?」


 悠依の頭の中の想像では大変なことになっていたため、悠依の顔はとても言葉では表しきれないような表情を浮かべていた。


「というか遥季。悠依のは式神と同じく無効化できないのか?」


 架威に尋ねられ、遥季は思い出したかのように目を丸くした。


「あー、忘れてた! できるぞ。でも“同業者”には見えるかもしれない。それでもいいか? 悠依」


 “同業者”


 つまりは巫女、陰陽師の力を持つ者には見えてしまう、ということだ。しかし、背に腹は代えられない。悠依の答えはもう決まっていた。


「うん。なかなかいないし大丈夫だと思う! お願いできる?」

「わかった」


 そういうと遥季はなにやら呪文を唱え、気がついたときには悠依の耳と尻尾は消えていた。


(これでやっと普通の生活に戻れる)


 悠依はそう思った。


 それから数か月、悠依たちは2年生となった。


 とはいっても、この学園には“クラス替え”という制度がないため、悠依は2年生になっても織斗、架威、柊木姉弟と同じクラスだった。


 悠依たちの心配に反して、2年生になっても何かが起こることはなかった。

 しかし、1ヶ月を少し過ぎ暖かくなってきたある日。この日も悠依はいつも通り遥季と登校し、授業を受け、お昼休みを過ごした。

 そして放課後に異変は起きた。


 この日、架威が「遥季に頼まれたことがある。遥季が来るまで教室に居ろ」と言い残し行ってしまったため、悠依は大人しく座って待っていた。


 そして数十分後、遥季は廊下を走っていた。


(やばい、まさか俺まで遅くなるなんて……!)


「悪い! 遅くなっ……た?」


 教室の扉をガラッと開けて入ってきた遥季が見たのは、机に伏せた状態で眠っている悠依だった。


 (ちょっと悠依さん。無防備すぎない……?)


「悠依、遅くなって悪い。帰るぞ、起きろ」

「ん……? あ、遥季?」

「あぁ、帰るぞ。」

「うん。」


 そして階段を下りているとき、遥季はに気がついた。

 無効化しているはずの尻尾が見えているのだ。かろうじて耳ははっきりは見えていないが、見えかけている。


「悠依! お前、何か変わったことは!?」

「え……? ないけど?」

「嘘ついてないよな?」

「うん」

「――とりあえず走れ! 早く家に帰れ!」

「え!? な、なんで!?」

「いいから!」


 2人はとにかく走って学園から出た。


「良いもの見ちゃった~」


 廊下から妖しい笑みを浮かべ、カメラを持った生徒がその一部始終を見ていたとも知らずに。



 家につくころ、2人の息は上がっていた。


「な、なんで走ってきたの?」

「お前、気付いてないのか? ……耳と尻尾、見えてるぞ」

「え!」

「多分誰にも見られてないと思うんだが……まあ明日の反応によるな」

「そんな……」

「大丈夫だって。俺が守ってやるから」

「うん……」


 次の日、悠依は遥季と登校した。学園は普段と何も変わらずいつも通りで悠依たちが心配していたようなことは何も起こらなかった。


 唯一怪しがられたこととといえば、“放課後、廊下を猛ダッシュして帰った”ことである。

 その証拠に悠依が教室に入ると柚子が走ってきた。


「おっはよ悠依!――何か昨日猛ダッシュで遥季くんと帰ったんだって? なんかあったの? めっちゃ噂になってるよ?」


(そこ……? まあ、あれだけ走ってればそうかぁ)


「うん、そうなんだよね。実は用事があってさー」


 このときすでに悠依は油断していた。


(誰にも言われない。噂になってるのは走ったことだけ、誰にも見られてないんだ)そう思った。


 その後もいつも通り授業が過ぎ、昼休みも過ぎ、放課後になった。この日も悠依は1人で待っていた。しかし、この日待っている場所は玄関であり、待っている人は架威と遥季である。遥季は教室に忘れ物を取りに、架威は日直だったため職員室に日誌を届けに行っていた。


 (架威はいいけど、遥季だよ! “俺が守る”って言ってたのに――)


 そう思いながら携帯をいじっていると、画面に映っている自分の影の後ろに“何かの影”がゆらっと映った気がした。


(なに?)


 悠依が振り向こうとした瞬間、口元にハンカチを押し付けられ、気付いたときには気を失っていた。


(ん……!? ――え? 暗い? なんで目隠しされてるの? 手も縛られてる……)


 悠依は目を覚ました。“目を覚ました”とはいっても、正確には目隠しされているため周りの様子は全くわからない。しかし、悠依は本能的に“逃げなきゃ”と感じたため床を這い、縛られている手の感覚だけを頼りに脱出を試みた。

 だが、その試みはあっけなく打ち砕かれた。

 悠依がやっとの思いで扉のような所を見つけ開けようとしていたとき、その扉はガチャと音を立て簡単に開いたのだった。


 その扉を開けた人物は目の前にいる目隠しをされ、手も縛られている悠依の姿を見ると妖しく笑い言った。


「やあ、目が覚めたんだね。気分はどう? ――まあ良くはないと思うけど」

「――誰? なんでこんなことするの? とりあえず解いて」

「しょうがないなぁ」


 そう言ったその人は悠依の手の縄と目隠しを解いた。目隠しを外された悠依は目の前にいる人を見て愕然とした。あまりにも見慣れた人物だったからである。


「な、なんで……」 


 無意識のうちに呟いていた。


「なんで? ――そりゃあ、僕は元からこっち側の人間だからさ。」


 そう答えたのは、季節に似合わないロングコートを着てブーツを履き、いつもとはかなり違った雰囲気を身に纏った……。


 高校に入り一番最初に話した生徒であり、悠依の親友の1人でもある、“柊木 棗”であった。

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