七 変化

「ん……?」


 目を覚ました悠依は焦った。


(誰っ? ここは?)


「んん。――あぁ起きたのか? 具合はどうだ、悠依」

「架威!? なんで??」


 悠依が起き、ふと横を見ると架威の顔が至近距離にあった。


「何があったか覚えてるか?」

「――えっと、ん? 何か思い出せないけど、とりあえず具合は大丈夫! だからその、早く離れて……」 


 それは男子とほとんど関わってこなかった悠依にとって、耐えられない近さだった。

 もちろん架威は遥季から聞いているためそのことはわかってはいるのだが、架威の性格から言って素直に離れるはずはなく。


「ん? なんで?」


 架威は妖しく笑いながら悠依に詰め寄る。


「だ、だから……、離れ……」


 悠依は顔を背けながら詰め寄る架威の胸に手を当て、必死に食い止めている。そんな悠依の様子を見た架威の加虐嗜好ドS心に火がついた。


 先程まで架威の胸を押していた腕をつかまれ、ふと気づくと悠依はさっきまで寝ていたはずのベッドに押し倒されていた。


「か、架威? 何してるの……?」

「何って、別にただ押し倒しただけだろ?」


 悠依はパニックに陥っていた。そんな悠依とは対照的に架威は、嘲るように悠依を見下ろしながら妖しく笑っていた。


「なに? 何か期待してたの?」


 そういって悠依の首筋に舌を這わせた。


(くすぐったい……! なんでこんなこと)


 そのとき、妖しく笑う架威の背後に、目が笑っていない遥季の姿が見えた。


「架威。お前それ以上やったら予備の札破るからな」


 普段の遥季からは想像できないような低い声が響いた。


「ちっ。怒るなよ、遥季。冗談だろ?」

「へぇ。冗談か。なら、気にするな、俺のも冗談だ」


 冗談というわりに、遥季の手には架威の予備札が握られていた。


「――悪かったよ」

「で、目が覚めたみたいだな? 悠依、大丈夫か?」


 先程とは全く違ういつもの遥季にホッとしつつ悠依は答えた。


「うん。大丈夫みたい! また迷惑かけちゃったね……」

「いや、それは大丈夫。それよりお前、今回は誰に噛まれた?」


 遥季は畳みかけるようにして、悠依に尋ねた。


「今回は伊織じゃないだろ?」

「――何でわかるの?」

「あんなことがあった後だ。伊織に呼び出されたら、俺か誰かに言うだろうと思っただけだよ」

「うん……、そうだね」

「で、そろそろ、話してくれないか? 何があったのか、誰にやられたのか。もう関わってしまったんだ。迷惑になるとか気にしないで、教えてくれ、な?」


 悠依の心を見透かしているような遥季の言葉に、悠依は正直に話した。あのとき、誰に呼び出され、何をされたのかを。


「久遠 織斗か……、俺は関わったことないな。クラスも違うし」


 遥季は深刻な顔をして考え始めた。


「織斗か……、あいつはやばいぞ」


 そんな遥季を横目に架威が話し出した。


「架威? 織斗を知っているのか?」

「一応クラスは全員と関わっておいて損はないかと思ってな。織斗の仲間に話しかけられたから、良い感じの印象はもたれたと思うんだが……」

「だが?」

「あいつはまずい。一見静かでまともなやつかとも思ったが、あいつ、目をつけたやつには異常なほどの執着をみせるらしい」

「――それってまさか」

「簡単に言うとストーカー要素の強いやつだ」


「え、じゃあ……」


 遥季がなにかに気づいた。


「じゃあ、悠依もストーカーされるんじゃ……?」

「――まあそうだろうな」


 架威がすんなり言い放った。


「えっ」

「ま、大丈夫だろ。俺が守るから、お前は一人になるなよ?」

「――はい」


 若干上からの目線の架威に違和感はあったが、そんな架威に守られている以上、悠依は頷くしかなかった。




 織斗の事件があってから数日後、悠依の体にある変化が現れる。

 朝、悠依がいつも通り起きると、頭と背中、それとお尻に違和感を覚えたのだ。


(なんだろ。なんか頭が重い? それになんかお尻のちょっと上のところかゆいし。重心後ろに傾いてる気がする?)


 そう思いながらも悠依は朝ごはんを作り食べていた。今日は休日、家でのんびりしようと悠依は寝るときの格好ですごしていた。

 すると家の呼び鈴が鳴り、扉から覗くと遥季が立っていた。


(どうしたんだろ?)


「はーい」

「あぁ、悠依……!?」


 悠依を見た遥季の顔が一瞬にして真っ赤になり、「ちょっと!」と言いながら中に入れられ扉を閉められた。


「わ!」


 部屋の奥に押された反動で、悠依は段差につまずいた。


(転ぶっ!)


 しかしいくら待ってもその痛みが来ることはなく、代わりに柔らかい感触に襲われた。

 そっと目を開けるとその目に映ったのは遥季の胸、どうやら悠依は遥季に抱きとめられたようだった。


「あ、ありがとう……」


 その間も遥季は俯いたままで一言も話さなかった。

 ソファに座り、少し落ち着いたころ、突然遥季が話し出した。


「それどうした?」

「それ?」

「え!? まさか気付いてないのか?」

「うん……」

「見たほうが良いって! ほら!」


 手渡された鏡を見た悠依は呆然とした。

 それもそのはず、そこには頭に耳、お尻に尻尾がついた状態の悠依が映っていたのだから。


「え!? なにこれ! どういうこと!?」


 悠依は軽いパニックに陥っていた。


「落ち着け悠依! おそらく、架威の血を輸血した影響だ」

「架威の? ――あ! じゃあこれ鎌鼬!?」

「おそらくな。……ちょっと待ってろ。架威呼んでくる」


 ――数分後、遥季に連れられ架威がやってきた。


「なに耳はえたって?」


 笑いながら入ってきた架威だったが、悠依を一目見るとさっきの遥季と同じように顔が真っ赤になっていき、「やべえ。思った以上に可愛い」とつぶやいた。


「で? 俺つれてきて何したいの」

「お前に変化ビェンファしてもらいたいんだ」

「はぁ!? めんどくせぇな」

「あの……、遥季、変化って?」

「あぁ、妖怪の姿に戻ることだよ。簡単に言うと今の悠依みたいな感じになることかな」

「へぇー!」


(ってことは、かまいたちか! 見たいな~)


 悠依はチラッと架威を見た。


「……しょうがねえな」


 そういうと架威の体が光りだし、煙に包まれた。煙が晴れたあと、現れた架威の姿はまさに今の悠依と同じだった。

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