六 悪夢ノ再来

 悠依が裏階段について10分、人ひとり現れることはなかった。


(ずっと待ってるって書いてあったけど。いたずらだったのかな? そうだよね。何真に受けてるんだろ。帰ろ……。)


 そう思い玄関に行こうとした悠依の背後から「悠依ちゃん?」という低い声が聞こえてきた。

 振り向くとそこにいたのは、少し伊織に似た容姿の背の高い男子。


(誰だろ……。何か、嫌な予感がする……)


 悠依の思いを知ってか知らずか、その男子は自己紹介を始めた。


「はじめまして。悠依ちゃん。君の事は姉さんから聞いているよ。僕の名前は久遠くおん織斗おりと。君は極上の血を持つ巫女なんだってね?」


 そこまで聞いた悠依は直感的に思った。


(この人まさか……、伊織先輩の弟!?)


「しかし。姉さんを夢中にさせるとは、なかなかやるね……。ねぇ? 君の血はどんな味がするの?」


 悠依はなんだか嫌な予感がしたため、思わず後ずさりをした。その一瞬の動きを織斗は見逃さなかった。


「――逃げても無駄だよ?」


 織斗はそう言って右手を前に突き出した。

 すると、突然強い風が吹き、飛ばされた悠依は後ろの壁に激突した。


「うっ……!」


 すごい勢いで壁にぶつかったので悠依は壁に体を預け、座り込んでしまった。

 そんな無防備な悠依の姿を織斗が見逃すはずはなかった。


「ごめんね、悠依ちゃん。僕、風、操れるんだぁ」


(こいつ……伊織より話が通じると思ったのに)


「なんとなくわかってると思うけど、僕はこの前君を襲った伊織の弟だよ。僕たち吸血鬼はね、に惹かれて、その存在の血はご馳走なんだ」


(正反対の存在……?)


 悠依は衝撃によって声はまだ出せずにいた。


「分かるかな? 僕にとっての正反対の存在は、君だよ。悠衣ちゃん」

「っ!?」

「僕は洋の吸血鬼。君は和の巫女。そして僕は男で、君は女だ。同性である姉さんでさえ、『君の血はすごくおいしかった』って言ってたからね。どれほどなのか、楽しみだなぁ?」


(やばい、この人。本当に、やばいっ……!)


 悠依は動かない体を必死に動かそうとするが、壁に飛ばされた衝撃があまりにも強く、悠依の体は少し動いただけだった。


「じゃあ……、味見させてもらうね」


(味見……?)


 悠依は寒気と同時に首筋に痛みを覚えた。


「っ! や、や……め……」


 悠依の口から漏れる声を聞いた織斗は、悠依の制止を求める声を聴くことなく、さらに牙を深く突き刺した。そのたび、悠依の口からは甘い声が溢れた。


 そして7分後、織斗は悠依の首筋から牙を抜いた。


「はぁ、美味しかった。じゃあね。また会いに来るよ。――って言ってももう聞こえないか」


 そういって、指を鳴らし織斗は姿を消し、辺りは霧に包まれた。


(終わった……? 体、全く動かない……。遥季……。架威……。薙癒……。梨緒っ……。誰か……)


 悠依の意識はそこで途切れた。




 その頃、悠依を待っていた玄関の4人はさすがに遅い悠依を心配していた。


「なぁ、悠依どこいったんだろな?」


 不意に遥季が3人に尋ねた。


「そうだな……」

「そうですね……」

「うーん……」


 いくら考えても答えは出なかった。


「よし、探そう! 誰か見つけたらみんなに連絡ってことで!」


 遥季の提案に3人は無言でうなずく。

 そして架威は2階に、薙癒は3階に、梨緒は保健室にそれぞれ散っていった。他の3人がキョロキョロしながら探しているのに対し、遥季には心当たりが合った。


 そう、数日前の悪夢のような事件の現場となった場所、裏階段である。しかし悠依は何も言わずに出て行った。そのことが遥季にとっては最も引っかかっていた。


(もし伊織に呼び出されたのなら、俺じゃなくても誰かには言うはず……)


 そう思いながらも遥季の頭には確証のない自信があった。


 走って数分、裏階段に着いた遥季は唖然とした。まさにデジャブだったのである。悠依の倒れている場所、倒れ方、服装の乱れ方までそっくりだった。


「……ゆ、悠依!! おい! しっかりしろ!」


 いくら呼びかけても悠依が目覚める気配はない。


(これは……、この前より酷い。誰だ?)


 遥季はとりあえず3人に連絡をした。


「遥季くん……、これ、どういうこと……?」


 梨緒は動揺を隠しきれない様子だった。そんな梨緒を無視して話し出したのは架威と薙癒だった。


「主。これは……?」

「薙癒。悪いが見てやってくれるか」

「かしこまりました」

「遥季、これはまたあいつが?」

「いや、悠依がこれを持っていた」


 遥季の手のひらには、カフスのようなものがのっていた。


「なるほど。“ザクロ”のカフスか」

「――ああ、おそらくあいつだろう。だが、なぜまた悠依が……?」


 淡々と進んでいく遥季達のやり取りをボーっと見ていた梨緒だったが、ふと我に返り、「ねぇ!」と遥季に話しかけた。


「あ! 桐生……。えっと、」


 はっきりしない様子の遥季に代わり、架威が答えた。


「詳しいことはまた今度だ。悪いが今日は帰ってくれ。カフェもまた今度で頼む」


 架威の言葉に梨緒は何か言いたげだったが、少し俯いた後、「――わかった。悠依のこと、よろしく」と言い残し梨緒は帰っていった。


 薙癒の応急処置が終わり、遥季の家に着いてからというもの、遥季と架威は言い争っていた。


「架威! ああいう言い方は……」

「なんだ、遥季。“もう少し優しく”ってか? ああ言わなきゃあいつは帰らなかった。わかってるだろ?」

「そうだけど……」


 2人の会話に割って入ったのは薙癒だった。


「主」

「どうした、薙癒」

「悠依ちゃんの、」

「悠依がどうした……!?」

「命に別条はないのですが……」


 そこまで言って薙癒は黙り、代わりに架威が答えた。


「血が足りないのか」

「うん……」

「そうか、考えたらわかることだ。これだけのペースであいつらに2回噛まれたんだ。しかも2回とも倒れるまで吸われている。血もなくなるはずだろ……」


 架威は淡々と言いのけた。そのあとに続けたのは遥季だった。


「そうだよな。でも、悠依の血液型は珍しいからな……」

「何型なんだ?」

「A型のはずだ」

「A型ですか……?」


 この世界では多い順にO型、B型、AB型、A型となっている。しかもA型は滅多にいない、希少な血液型なのである。


「A型……、誰かいなかったかな」


 薙癒と遥季が考えていると架威が話し出した。


「俺はダメなのか?」

「架威?」

「式神にも血は通っているだろ? それに俺の記憶が正しければ、A型とされているはずだ」


 薙癒はハッとして遥季を見る。


「主、どうしますか……?」


 遥季はジッと目を閉じ、何かを考えているようだった。


「薙癒。架威の血を悠依に輸血してくれ」

「主! いいんですか。式神の血を……」

「それしか方法はないからな。仕方ない」


 こうして架威の血液が悠依に輸血されることになったのだった。

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