五 誘い

 悠依が教室に入り少しすると先生がやってきた。


「今日は転入生がいるぞー」


 溝萩のその一言で教室はざわめいた。

 この季節――というかこの学園に転入してくる生徒自体が珍しいからである。

 数でいえば5年に1人、いるかいないかくらいである。


「ほら、入れー」


 ガラッと扉を開け入ってきた人物に悠依は見覚えがあった。

 思わず“あ!”という顔をするとその人物は『余計なこと言うな。黙ってろ』というような眼で悠依を見た。


「はい、じゃあ自己紹介してー」  


 先生に促されその人物は話し出す。


東雲しののめ架威かい。能力は鎌鼬かまいたち。よろしく」

「みんな仲良くしろよー。今日の教室変更は特にないから、お前たちさぼるなよ?」


 そういい残し、先生は去っていった。


 少しシンとしたあと、教室内はまた騒ぎ出す。


『イケメンだー』 『かっこいい!』 


 すると早速囲まれた転入生に対するある質問が出た。


『彼女はいるんですか?』


 定番ともいえる質問に、東雲くん……もとい架威はさらりと答えた。


「いる。このクラスに」


 淡々と答えた架威の言葉に『えっ!?』と響き渡る生徒達の悲鳴。


 そしてもう一つ質問が飛んだ。


『誰ですか?』


 これも納得のいく質問だ。

 “このクラスにいる”と言われ、知りたくならない人はいないだろう。

 その人物をスッと指差し、架威はまたもさらりと答えた。


「隣に居る、神月悠依」

『えぇー!!!!』


 先ほどよりも大きな悲鳴。


 周りの生徒はあまりの驚きに口が開いていた。

 しかも架威の席は悠依の席の隣。


 架威を囲んでいた生徒達の視線が一気に悠依に集まった。


(私……!?)





「はぁ……酷い目にあった」


 昼休み、悠依は思わずそう呟いた。


 あのあと悠依はしばらくの間、架威を囲んでいたはずの生徒達に囲まれ続けた。

 四方八方から聞こえてくる『ほんとに付き合ってるの!?』『どこで知り合ったの!?』という声。

 最初の間は答えよう……というか聞き取ろうと努力していた悠依だったが、あまりにも大量の質問が飛んでくるため途中であきらめた。


 困り果てた悠依だったが、不意に架威が立ち上がり「行くぞ。悠依」と教室から連れ出してくれたのだった。

 そのあと、授業中、休憩中と、ことあるごとに視線を集めた悠依だったが、今は昼休み。


 いつものように屋上で梨緒と2人でお弁当を食べようと思っていたのだが。


「まあ、遥季は良いとしても......なんで架威がいるの!!」


 悠依の目の前にいるのは4人。

 梨緒、遥季、薙癒はまだ良いとしても、今の悠依には架威は許すことができなかった。


「そう怒るなって」


 平然としている架威とは違い、遥季は申し訳なさそうな顔をして言った。


「言わなかった俺も悪かったよ、悠依。俺が架威に頼んだんだ。悠依と付き合っているふりをしてくれって」

「なんで!」

「伊織の件もあったし、俺だっていつも悠依に付きまとえるわけじゃないだろ? だから架威に頼んだんだ」


 遥季の説明で若干落ち着いた悠依はふとした疑問をぶつけた。


「だからって、なんで付き合ってるふりなんか……」


 その疑問に答えたのは遥季、ではなく架威だった。


「都合が良いだろ。色々」

「色々?」

「あぁ。付き合っているふりをすれば俺は他の奴らに構われることはなくなり、お前に専念できる」


 その答えを聞いた悠依は一気に冷めた。


「――何それ。自慢? “俺はモテるからな”みたいな?」


 架威は口角だけを上げ二ヤっと笑った。


「そうとは言ってないだろ? ……まあ実際モテるけどな」

「あ、そう」


 遥季は昔から“こうする”と決めたら変えないやつだ。知っていた悠依は反論する気もなくなった。


「まあ、そういうわけだ。これからよろしくな? 悠依」

「……最悪!」



 架威たちが転入してきてからの数日間、悠依は一緒に架威と登校し一緒に帰っていた。


 そして1か月ほど経ったある日。

 昼休み、悠依はいつものように梨緒、遥季、架威、薙癒の4人とお弁当を食べていた。

 すると突然、悠依の携帯にメールが届いた。


 『神月悠依さま。はじめまして。話したいことがあります。今日の放課後、1人で裏階段に来てください。来てくれるまでずっと待ってます。』という内容だった。


(だれだろ? 私の名前知ってるってことは、この学園の生徒、だよね?)


「どうしたの?」

「ん。ちょっとね……。大丈夫だよ!」


 心配そうな梨緒に悠依は元気に答えた。


「そ? あ! この間、駅前にできたカフェがあるんだけど、今日みんなでそこに行かない?」

「放課後?」

「カフェ?」

「いいな! 行こうぜ~!」


 遥季と梨緒が盛り上がる中、悠依は考えていた。


(放課後かぁ。さっきのメールも今日だったなぁ。どうしようかな……)


 さっきのメールの差出人に心当たりはない。

 普通ならこんな怪しいメールは無視する悠依だが、この時のメールだけはなぜか無視はできなかった。


「悠依も行くだろ?」


 遥季の声に、悠依はうなづくことができなかった。


「あー、ちょっと遅れてもいい? 行かなきゃいけないところがあって……」

「ああ、別にいいけど。なぁ?」

「うん、私も大丈夫! 待ってるよ~!」

「ほんと? じゃあ行く!」


 こうして、約束をした5人は、昼休みを終え、午後の授業を乗り越え、放課後となった。


「じゃあ悠依、俺たち玄関で待ってるからそこ集合な」

「あ、うん! わかった! ありがとう架威!」


 架威にそう告げ、教室を出て裏階段へ向かう。

 そう、この間あの“悪夢のような出来事”のあった裏階段へ。


(もう近付きたくない)


 そう思っていたはずの悠依は、あの裏階段へと来ていた。


 あのときのように誰もおらず、静まり返ったそこには、誰もいなかった。

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