三 悪魔ノ呼ビ出シ

 翌日の朝、悠依はいつも通り弁当を作りながら制服に着替えていた。


(うん、今日もうまく出来た!)


 弁当箱を閉めリュックに入れたそのとき、滅多になることのない悠依の家の呼び鈴が鳴った。


(誰だろ、こんな時間に)


 不思議に思いながらも悠依は扉をあけた。


「どうしたの? 遥季」


 呼び鈴を鳴らしたのは遥季だった。


「いや、一緒に行こうかなって思って……。何か美味そうな匂いがするんだけど、朝ごはん?」

「朝ごはん兼お弁当作ってたんだ。とりあえずあがって?」

「じゃ、おじゃましまーす!」


 遥季を家にいれ悠依は朝ごはんに取り掛かったのだが、その後ろには全く離れる雰囲気のない遥季の姿が。


「あの……、遥季? ちょっと近くない?」

「近い? ――顔赤くなってきたな」

「だから離れてほしいんだけど……」

「だーめ」

「朝ごはん作れないんだけど!」

「じゃあ、俺のも作って?」

「え、いいよ? 同じおかずで良い?」

「もちろん!」

「じゃあ、朝ごはん作ってあげるから離れて?」

「やだ。悠依の反応面白いんだもん」

「作りづらいー!」


 そんな会話をしつつ、朝食を終え、何とか登校したのだった。


 そして時は過ぎ、今はお昼休み。

 昨日と同じく悠依たちが屋上へ行くと当たり前のように遥季もいた。

 しかし、昨日とは違うことが2つ。梨緒はすぐに気づいた。

 1つ目は遥季のお弁当と悠依のお弁当が同じおかずだということ。

 2つ目は遥季と悠依の距離がかなり近く、もはや遥季に抱きしめられながら悠依が食べている感じになっているということ。


「遥季くん……。暑苦しい」


 梨緒は冷たく言い放った。


(そこなの!?)


 思わず悠依は心の中で小さくツッコミを入れてしまった。


「そうか?」

「そうだよ! 今夏だよ? 真っ盛り! 8月だよ?」

「わかってるよ?」

「なら悠依から離れろ!!」

「やだ」


 そこでチャイムが鳴りお昼休みも終わり、授業も終わり、時間は放課後となった。

 そんな生活を繰り返して3週間ほど経ったころ、事件が起きた。


 そう、あの“悪夢のような放課後”に……。


 その日、悠依は授業を終え、帰宅するために階段を下っていた。すると突然後ろから誰かに抱きつかれたのだ。


「いきなりなに!? びっくりするでしょ、遥季!」


 約1か月間、遥季は毎日といっていいほど、悠依に付きまとっていた。そのせいもあり、悠依はもう驚かなくなってきていた。


「悪かったよー。ほら、帰ろうぜ」

「うん!」


 そうして玄関のある一階に着いたとき、「神月さん……だよね?」と話しかけられた。


(え? 誰?)


 悠依が振り向くと、そこにいたのはすらっとした長身で細身の女性だった。ネクタイのカラーが違うところを見ると、上級生であることが分かった。


(すごいモデル体型……。でも、誰だろ? 私何かしたかな……)


「あってますけど……? なんですか?」

「アタシ、2年の久遠くおん伊織いおりって言うんだけど、ちょっと神月さんに話したいことがあってね?」

「話したいこと、ですか?」

「そう! なんだけど……、今時間大丈夫?」


 伊織は悠依の後ろで話を聞いていた遥季を一瞥した。

 すると遥季はハッとした顔をし「俺外でうろうろしてるから話し終わったら連絡して?」と去っていった。


「ごめんね? 彼氏さん、機嫌悪くなっちゃったりしない?」

「あ、いえ、彼氏じゃないので! それに、あれくらいじゃ機嫌悪くならないです!」

「そう? よかった。ここじゃなんだから場所を変えようか!」


 伊織が悠依をつれてきたのは滅多に利用する人がいない裏階段だった。


「こんなところあったんですねぇ。それで……、伊織先輩。話とは何でしょう?」


 悠依の言葉に、伊織はゆっくりと振り向き言った。


「そうね。まず、神月さん。さっきの彼のこと好き?」

「え!?」


 悠依の顔は一気に赤くなった。


「そう。やっぱり好きなのね?」

「い、いえ! 好きというか……!」

「良いのよ、隠さなくて。好きになるのは良いことだし。ただ――」

「ただ?」

「ただ、彼から距離を置いてほしいの」


(えっ……? なんで、この人は何を言ってるんだろう……)


「――何でですか?」

「悠依ちゃん、アタシの持っている力って何かわかる?」

「――いえ、ただ制服についている紋章から洋風の力としか」

「そう、アタシの能力は吸血鬼ヴァンパイアよ?」


 そう言って、悠依に伊織は牙を見せた。


「ここまで言ったらなんとなく察しがつくんじゃないかしら?」


(いや、まさか。そんなことするわけ……)


「……遥季の血を、吸う気ですか?」

「当たりー。さすが、学年トップクラスの成績で入ってきただけあるわねぇ。陰陽の力を持つ人の血って美味しいのよ? だから、距離置いてくれない?」


 悠依は愕然がくぜんとした。

 学園内での能力開放及び能力を使用しての攻撃、喧嘩などはもちろん学園外でも禁止されており、その中には“吸血行為”も含まれていたのだ。


(この人、何言ってるの。そんなことしたら、この人だって処分は免れないのに……!)


「――いやです」

「いや? どうして?」


 伊織は悠依の言葉が予想外だったとでもいうように首を傾げた。


「なんでって規則違反ですよ! それに、遥季のこと守りたいですし」

「そっかー。残念だなぁ。じゃあ、悠依ちゃんでもいいかな。巫女の血も美味しいらしいし、ね?」


 そう呟くと、伊織は一気に悠依とのを詰め、胸元をはだけさせ、壁に押し付けながら、首筋に牙を突き立てた。


「痛っ!! やめ……!!」


(すごい力……! 全然解けない……)


 悠依は必死に抵抗するが、後ろは壁、前は伊織に挟まれ逃げ場はなかった。誰もいない階段に血を吸う音だけが響く。


――数分後。


 悠依は力が抜け、階段に座り込んでしまっていた。そんな状態になっても伊織はまだ悠依の血を吸い続けている。


「も……やめ……て」

「はぁ。今日はこれくらいにしとくわ。これは宣戦布告だよ? 悠依ちゃんの血、美味しかったわ。それじゃあねぇ~」


 伊織はすっかり静まり返った学園の闇に消えていったのだった。

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